サイドストーリー26「初詣デビュー:願いごとは内緒ですっ!」
元日の朝。
朝比奈家の廊下には、すでに全力疾走の足音が響いていた。
「ご主人様ぁぁぁぁっ!! 起床ターイムですっ!!」
「うるさい正月ぐらい静かに…」
勢いよくドアが開き、勢いよく布団が剥がされ、勢いよくユウトの魂が抜けかける。
「さ、寒っ……! 外かここは……!」
KAIN《本日の外気温:3℃。室内体感温度:ご主人様のやる気と同程度です》
「黙れAI」
目の前には、やたらキラキラした笑顔のメイドが立っていた。
「ご主人様、本日は──初・詣・決・行の日ですっ!」
「そんなロボットアニメみたいな言い方しなくていいから」
サッちゃんは、なぜかいつもと違う服装だった。
黒を基調としたメイド服の上に、赤い羽織。
帯風のサッシュに、わずかに和風アレンジが入っている。
「それ、和メイド……?」
「はいっ! リナ様が『神社に全力メイド姿で行くのはやめなさい』っておっしゃったので、“七割メイド・三割和”に調整した結果ですっ!」
「割合で語るな」
そんな騒ぎの中、襖が静かに開く。
「おはよう。……騒がしいわね、正月から」
淡い紫の着物に黒い羽織を合わせたリナが、湯気の立つマグカップを片手に現れる。
髪はいつもよりきちんとまとめられていて、眼鏡もシュッとして見えた。
「リナ、その格好……」
「初詣なんだから、ある程度“正装”で行くべきでしょ」
「メイド寄りの正装の人がいますけどねっ!」
続いてメグミも、マフラーぐるぐる巻きで顔を出した。
「……寒。あけおめ。……うわ、サッちゃん、本気出してる」
「メグミ様も可愛らしくて素敵ですっ!」
「はいはい。今年もテンション高いね、アンタ」
KAIN《ご報告:商店街会長大崎様より“初詣ついでに商店街も回ってね”との圧力混じりのメッセージが届いています》
「年始から営業熱心だな、あの人……」
そんなこんなで、四人は連れ立って近所の神社へ向かうことになった。
屋敷から歩いて二十分ほど。途中から参拝客の列に合流する。
「わっ、人多い……!」
参道には屋台が並び、甘酒の湯気と焼きそばのソースの匂いが混ざり合っている。
人の波に押され、列はゆっくりとしか進まない。
メグミ「まあ、元日だしね。これぐらいは覚悟しないと」
リナ「はぐれないように気をつけなさいよ。特に──」
リナがちらりとサッちゃんを見る。
「視界が“ご主人様一点集中”の人」
「はっ!? わ、わたしちゃんと周囲警戒してますよっ!」
と言ったそばから、前の屋台のたこ焼きをガン見するメイド。
「……たこ焼き、美味しそう……」
「完全に食欲にロックオンしてるじゃねえか」
そのタイミングで、横から別の客がぐっと割り込んでくる。
参道は一瞬、押し合いへし合いのプチ混乱状態。
「うわ、ちょ、押すなって──」
人波に押され、サッちゃんの身体がふらつく。
帯に指をかけた誰かの手が、うっかり引きそうになる。
(やば──)
思わず、ユウトは手を伸ばしていた。
「おわっ、サッちゃん!」
ぐい、と手首を掴む。
そのまま、サッちゃんを自分のほうに引き寄せた。
「きゃっ……!」
ほんの一瞬、二人の距離がゼロに近づく。
冷たい外気よりも、近くなった体温を意識してしまう距離。
「は、離れ……いや、離れたらまた流されるか……」
気まずさをごまかすように、ユウトは視線を逸らした。
「ほら、ちゃんとつかまっとけって。
お前、変に力あるから、どっか突き抜けていきそうなんだよ」
「ご、ご主人様……」
サッちゃんは一瞬ぽかんとしたあと、
じわじわと顔を赤くしながら、ぎゅっとユウトの手を握り返した。
「りょ、了解しましたっ!
全力で、ご主人様に“接続”しておきますっ!」
「接続って言い方やめろ。なんか重い」
後ろから見ていたメグミが、こっそりリナに小声で囁く。
「……はい、今年も順調にフラグ立っております」
「そうね。誤差プラスマイナス0.5歩ってところかしら」
ようやく本殿前までたどり着き、四人は列に並ぶ。
「えっと、二礼二拍手一礼、だったわね」
「はいっ! 角度は──」
リナ「角度で測らない」
順番が来て、賽銭箱の前に立つ。
「じゃ、行くか」
ユウトは小銭を投げ入れ、目を閉じた。
(……今年も、屋敷が壊れずに済みますように)
(サッちゃんが、爆発一日一回以内で済みますように)
(……それと──)
最後のひとつは、言葉にならないまま、心の中だけで結ぶ。
あの金髪メイドと、この屋敷で、笑って過ごせますように。
隣では、サッちゃんも真剣な顔で手を合わせていた。
(ご主人様が、毎日ちゃんとご飯を食べて、よく眠れて、元気でいられますように)
(ご主人様の周りから、悲しいことが一つでも減りますように)
(……それと)
そこで、サッちゃんの思考回路が一瞬バグる。
(ご主人様と、ずっと、ずっと一緒にいられますように)
顔が熱くなるのを感じ、慌てて頭を下げた。
「──よしっ!」
「……何をお願いしたんだ?」
ユウトが何気なく聞くと、
サッちゃんはわたわたと手を振る。
「え、えっとですねっ、あの、その……ご主人様の安全と、屋敷の無事と、世界平和と、あと、ご主人様の安全ですっ!」
「最後のダブりやめろ」
後ろで見ていたメグミが、ニヤニヤしながら口を挟む。
「ユウトは?」
「……まあ、似たようなもんだよ」
リナ「そう。じゃあその“似たようなもの”が、今年も続くことを祈っておくわ」
「さらっといいこと言うな」
「おみくじ引きましょうっ!」
境内の片隅に、おみくじの箱がいくつも並んでいる。
四人はそれぞれ一本ずつ引くことにした。
「どれどれ……」
ユウトの紙には「中吉」の文字。
「……まあ、真ん中ぐらいが一番安全か」
項目をざっと読む。
『願いごと──焦らなければ叶う』
『恋愛──気づけば傍にいる人』
「……はいはい、テンプレテンプレ」
紙を折りたたみながら、心臓の鼓動が微妙に早くなるのは、きっと寒さのせいだ。
そして、満面の笑みで紙を広げるサッちゃん。
サッちゃん「わたしは……“大、だ……大……”」
「ご、ご主人様ぁぁっ!! 出ました!! “大凶”ですっ!!」
「そっちかよ!!」
紙には、なかなかのパワーワードが並んでいた。
『願いごと──ほぼ叶わぬ』
『家内──爆発注意』
『仕事──やりすぎて失敗するおそれ』
『恋愛──暴走すると逃げられる』
「……なんかお前専用カスタムおみくじみたいになってない?」
「こ、こんな……! 今年一年、わたしは何もしてはいけないということでしょうかっ!?」
「違う。していいけど、爆発と暴走だけはやめろって書いてあるんだよ」
リナとメグミも紙を広げる。
「私は小吉。“慎重にすれば問題なし”だって」
「私は吉。“余計な一言に注意”……。……日頃の行いを見られてる気がするんだけど」
サッちゃんは真剣な顔で、自分の紙を握りしめた。
「……わたし、決めました」
「嫌な予感しかしないけど、一応聞こうか」
「“爆発しない範囲で全力を尽くす一年”にしますっ!」
「範囲が広いのか狭いのか分かんねえな……」
最終的に、四人はそれぞれの紙を境内の木の枝に結びつけることにした。
サッちゃんは、自分の大凶を結びながら、
そっとユウトの中吉の隣に結びつける。
「なにしてんだ?」
「えへへ、“一人じゃ心細いので、となりで縛られ仲間”ですっ!」
「語彙のセンスどうなってんだよ」
参拝を終えたあとは、お約束の屋台タイムだ。
「ご主人様っ! 焼きそばです! たこ焼きです! りんご飴です! チョコバナナですっ!」
「落ち着け。胃袋と財布には上限がある」
しかし、商店街の顔なじみの屋台が多く、あちこちから声がかかる。
「おーい、朝比奈くんとこのメイドちゃんたち〜! 新年サービス盛っといたよ!」
「サッちゃん、一玉増やしといたから!」
「ご主人様ぁぁっ! たこ焼きが山になってます!!」
「誰がこれ全部食うんだよ!」
ひとしきり食べ歩いたあと、境内の隅にある石段に腰を下ろす。
ちょうど人の流れから少し外れた、静かな場所だった。
吐く息は白く、夜空には星がいくつか見えている。
「ふぅ……食った……」
「ご主人様、マフラー、ずれてますよ?」
サッちゃんが、少しだけ身を寄せてきた。
冷たい指で、マフラーの位置を直しながら、小さく微笑む。
「……今年も、ちゃんと年を越せて、よかったです」
「大げさだな」
「いえ、本当に。
ご主人様、去年は……いろいろありましたから」
父の訃報。屋敷の相続。破産した旧家の跡取りとしての現実。
ユウトは、わざと肩をすくめてみせた。
「まあ……なんだかんだで、屋敷はまだ立ってるし。
俺もこうして生きてるし。サッちゃんも、リナも、メグミもいて──」
「……うん」
「爆破回数も、ギリ許容範囲だったし」
「最後の評価、ちょっと引っかかりますっ!」
二人の笑い声が、白い息と一緒に空に溶けていく。
しばらく無言の時間が続いた後、
サッちゃんが、少しだけ真面目な声で口を開いた。
「ご主人様」
「ん?」
「わたし、今年も──いえ、来年も、その先も。
ずっと、朝比奈家のメイドとして……ご主人様のそばにいたいです」
「……」
正面からは見られなかった。
だからユウトは、視線を少しだけ逸らしたまま答える。
「……まあ、俺も」
「えっ」
「勝手にどこか行かれると困るし。
この屋敷、サッちゃんがいないと静かすぎてな」
「し、静かなのはいいことじゃ……」
「うるさいぐらいが、ちょうどいいってことだよ」
その一言に、サッちゃんの耳まで真っ赤になる。
「ご、ご主人様ぁぁ……っ!」
「だからあんま飛び跳ねるな。段差から落ち──」
言い終える前に、足元の石段でサッちゃんがぐらりとバランスを崩した。
「わっ!」
「ほら見ろ! ……っと」
反射的に腕を伸ばして、また彼女の手を掴む。
二度目の手と手が重なる感触。
さっきよりも、長く。
さっきよりも、少しだけ、強く。
「……ナイスキャッチですっ、ご主人様」
「お前がドジなだけだ」
そう言いながらも、手を離すタイミングを、
どちらもほんの少しだけ、遅らせていた。
屋敷へ戻ると、玄関ホールにはすでに湯気の匂いが漂っていた。
KAIN《おかえりなさいませ。本館ラボより“徹夜組”の微弱な生命反応を確認しています》
ユウト「徹夜組……ああ」
地下のラボに降りていくと、白衣のまま椅子に突っ伏しているミナミがいた。
髪はいつも以上にボサボサ、足元には空きカンコーヒーの山。
ミナミ「……んあ……おかえり……データがね……初夢みたいな波形でさ……」
ユウト「寝ろ。今すぐ寝ろ」
サッちゃん「ミナミ様っ! 初詣のお土産、買ってきましたよっ!」
サッちゃんが差し出したのは、金色の小さなダルマと、屋台で買ったりんご飴。
ミナミ「おぉ……実験以外の赤い球体だ……かわいい……」
メグミ「“実験以外の”って前置きが怖いんだけど」
リナ「片方は飾って、片方は血糖値になるから安心して」
ミナミはダルマをじっと見つめて、にへっと笑う。
ミナミ「願いごと、一個だけって書いてある……」
ユウト「何か書くの?」
ミナミ「んー……そうだね。“今年もみんな、無事で爆発はほどほどに”」
サッちゃん「ほどほどなら、OKなんですねっ!」
リナ「そこ、変な条件覚えない」
ミナミはりんご飴の包装を開けながら、ふと首をかしげる。
ミナミ「ユウト君たちは? なにお願いしたの?」
ユウト「それは……企業秘密」
サッちゃん「ひ、秘密任務ですっ!」
メグミ「はいはい、“各自取扱注意案件”ね」
こたつに4+1人が集まり、なんとなくテレビを眺めながらダラダラと時間が流れていく。
KAIN《本日初詣ログを集計しました》
ユウト「嫌な予感しかしない」
KAIN《本日の統計》
《サッちゃん》
「ご利益」「爆発」という単語の同時使用回数:8回
《リナ様》
参拝マナー修正指摘回数:15回(うち見知らぬ一般参拝者への指導:3件)
《メグミ様》
現場誘導により改善された人流効率:32%
屋台のおじさんからのスカウト数:2件
《ユウト様》
“今年もよろしく”的ニュアンス発言回数:口頭0回、心の中推定4回
ユウト「最後のどうやってカウントしたんだよ!?」
KAIN《推定です》
ミナミ「いいじゃん。心のログ、大事」
サッちゃん「ご主人様……今年も、よろしくお願いしますっ!」
その言葉に、ユウトは少しだけ照れながらも、素直にうなずいた。
ユウト「ああ。今年も、よろしく頼むわ。……爆発、ほどほどにな」
サッちゃん「了解しましたっ! “ほどよく安全な爆発ライフ”をお届けしますっ!」
リナ「そのコンセプトコピーやめなさい」
メグミ「新年早々、監査案件だよそれ」
笑い声とこたつのぬくもりの中で、朝比奈家の新しい一年が、ゆるく、賑やかに始まっていった。
──神様より先に、
この屋敷のAIと、ここにいるみんなが、彼らの“今年の願い”を知っている。
朝比奈家の新年は、今年も騒がしく、少しだけ甘く、こうして始まっていくのだった。




