サイドストーリー25 「年末メイド戦線、大掃除フルスイング!」
「……ん〜……さむ……」
布団から顔だけ出したまま、ユウトは天井をぼんやりと見上げた。
外は冬の空気らしくキンと澄んでいて、吐く息が白い。
「今日こそ一日ゴロゴロしてやる……
コタツと俺の共同生活、年末スペシャル……」
そう決意しかけたところで──
《ドゴォォォォォン!!》
「年末ぐらい静かに始まってくれよおおおお!!?」
屋敷のどこかで、確実に何かが爆散した音が響いた。
KAIN《おはようございます、ご主人様。只今の爆音は“サッちゃんによる窓ガラス拭き一斉破砕音”です》
「拭いてるのか壊してるのかはっきりしろよ……!」
慌てて廊下に飛び出すと、ちょうど階段の上からほうきを構えたメイドが飛び降りてきた。
「ご主人様ぁぁぁっ!!」
「うおっあぶなっ! 年末のご挨拶にダイブしてくるな!!」
サッちゃんは、やる気だけで冬空みたいにキラキラしている。
「本日はっ! 朝比奈家・年末大掃除総力戦でーすっ!!」
KAIN《なお、“総力戦”の定義はメイド殿の主観です》
「主観で戦争やめて?」
そこへストールを巻いたメグミが、あくびをしながら顔を出す。
「……おはよう。……うわ、廊下ツルツルじゃん。ワックス塗りすぎでしょ」
続いて、マグカップを片手にしたリナがバルコニー側から現れた。
「年末の恒例行事ってわけね。どうせなら合理的にやりましょう」
「はいっ! なので今年は──」
サッちゃんは胸を張り、拳を高く突き上げた。
「“爆破抜きでどこまでキレイにできるかチャレンジ”ですっ!!」
ユウト「チャレンジにするな。普通それ標準仕様なんだよ」
KAIN《なお、当屋敷の大掃除による予測損害額は──》
「言うな。今は聞きたくない」
リビングに集合した四人を前に、KAINがホログラムを投影する。
そこには屋敷の見取り図と、赤く点滅する“汚れ多発ポイント”。
KAIN《第一戦目の戦場:リビング。汚れ指数、当屋敷内第1位です》
「一位おめでとうじゃないんだよ……」
ユウトがため息をつく横で、サッちゃんは腕まくりをした。
「では始めますっ!
必殺・テッケン回転モップ──」
リナ「待った。モップは回すもんじゃなくて“滑らせる”ものよ」
リナがスッとモップを取り上げ、教科書のようなフォームで床を拭き始める。
「力じゃなくて“角度”。このくらいの圧で──」
すっとひと拭き。
曇っていた床が、一筋だけ鏡のように光った。
メグミ「うわ、職人……。何その“床職人”ムーブ」
「ふふ、掃除は物理じゃなく物理法則よ」
「なにその名言。ポスターにしようか」
対してサッちゃんは、モップを両手で構え──
「“物理法則+気合”でいきますっ!!」
「そこに気合足した瞬間、爆発フラグが立つからやめろってば!」
言う間もなく、サッちゃんはタービンのような勢いでモップを回転させた。
《ブオォォォォッ!!》
KAIN《床面摩擦係数が限界値を突破──》
次の瞬間、ユウトの足元がツルッと滑る。
「うおおおおおおっ!?!?
なんで俺がピンボールみたいに壁から壁に跳ねてんだよ!!」
ソファ、テーブル、観葉植物を華麗に(?)バウンドしながら、
最後はクッションタワーに突っ込んでようやく止まる。
メグミ「はい、過失8:2でそっちね」
「なんの割合だよ!」
KAIN《被害報告:観葉植物1、ソファ上シリアル飛散。床の汚れ解消率:+35%》
リナ「一応、汚れは取れてるわね……」
「コスパ悪すぎるんだよなぁ、この家の掃除……」
「次はこっちですっ!」
サッちゃんに連行されて辿り着いたのは、廊下の奥にある物置部屋。
ドアを開けた瞬間──
視界いっぱいに積み上がる段ボールタワー。謎の木箱。布をかぶった何か。
メグミ「うわ……“時が止まった部屋”きた……」
KAIN《通称:“見なかったことにゾーン”です》
「公式名称ついてたのかよ」
まずは通路確保のため、皆で段ボールを動かすことに。
「これ、何入ってんだ?……“総一郎の青春グッズ①”」
ユウト「最悪の箱名出てきた……」
恐る恐る開けると、中から出てきたのは──
「なにこれ。『アサヒナ☆ソウイチロー・ファンクラブ自作会報』……?」
中学時代らしき父の、キメキメポーズプリクラが大量に貼られた手作り冊子だった。
メグミ「うっわ、黒歴史の暴力」
リナ「これは……燃やすと呪われるタイプね」
ユウト「やめろ、そのまま箱ごと封印だ……!」
そんな混沌をかき分けていると、メグミが一冊のアルバムを見つけた。
「……これ、ちゃんとしたやつだよ。家族写真の」
表紙には「朝比奈家」とだけ書かれている。
開くと、若い頃の総一郎と、その横に小さなユウト。
まだ屋敷がピカピカだった頃の写真が並んでいた。
「……親父、若っ……」
メグミ「ほら見て。ほら、ちっちゃい頃のユウト、めっちゃ丸い」
「丸いは余計」
雪だるまの前で笑う親子、夏祭りの浴衣姿、クリスマスツリーの前での写真。
ぱらぱらとめくる指がふと止まる。
最後のページ、やや色あせた写真には──今より少しだけ若い、父とユウトが二人で立っていた。
「……この部屋、親父と一回だけ掃除したことがあったんだよな」
ユウトがぽつりと呟く。
「どこから手をつければいいか分かんなくてさ。ふたりで笑いながら、結局ほとんど片付かなかったけど」
メグミ「……それでも、いい思い出になってるんでしょ?」
「まあ……今思えば、悪くなかった……のかもな」
少しだけ、部屋の空気が静かになる。
──その空気をぶち壊したのは、他でもないKAINだった。
KAIN《補足:同じ棚の下段から“総一郎ポエムノート”を検出しました》
「やめろおおおおおおお!!」
メグミ「どれどれ……『冬空は 君の瞳の 冷たさで』」
リナ「だいぶ刺さるわねそれ……」
ユウト「親父の評価ゲージが乱高下するからやめてくれ!!」
笑いと、少しだけ胸に残る温度と。
そんなものを抱えながら、物置部屋の“見なかったことにゾーン”は少しずつ片付いていくのだった。
「次は台所ね」
リナがエプロンをつけ、真剣な顔になる。
「油汚れ、焦げ付き、水垢、そして──」
KAIN《賞味期限オーバーアイテムです》
「言うと思った……」
冷蔵庫を開けた瞬間、全員の動きが止まった。
メグミ「……ねえ。奥にいるあれ、いつからいるの?」
最奥に鎮座する、正体不明の瓶。
ラベルのインクは半分以上消えかけている。
KAIN《ラベル解析──“謎の手作りタレ(試作品)”。日付は……判読不能です》
「“謎”に“手作り”に“判読不能”って、三連コンボで一番ダメなやつじゃない?」
サッちゃん「においを嗅げば分かりますっ!」
「やめろ!! 臭いという概念の限界を突破する気か!!?」
別の棚からは、薄っすら黄ばんだ小瓶が出てくる。
メグミ「あ、これ“粉末コンソメ”って書いてある。……賞味期限、えーと……“20XX年12月31日”」
ユウト「……西暦の前半がかすれて読めない時点でアウトじゃない?」
リナ「大丈夫。ここは“心を鬼にして全部処分”よ」
サッちゃん「了解ですっ! 爆破処理で──」
「なんでそこで爆破案が出るんだよ!」
結局、サッちゃんが涙目になりながらも、
謎調味料たちは“丁寧に”廃棄されていった。
キッチンの油汚れは、リナの科学講座が炸裂する。
「アルカリ性洗剤で油汚れを分解して──スポンジは“面”じゃなく“線”で当てるの」
「せ、線……?」
「こうやって、縁から攻めていくと効率がいいのよ。ほら、見てなさい」
リナがさっとひと拭きするたび、長年の焦げつきがスルスル剥がれていく。
メグミ「プロだ……。この人の説明だけ聞いてたら、家中全部キレイになりそう」
ユウト「実際になってるから怖い」
そんな中、サッちゃんは隣でスポンジを握りしめ──
「“線”で攻める……“線”で攻める……!」
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ!
KAIN《スポンジ圧力、規定値の300%です》
「それもう“線”じゃなくて“殴打”なんだよ!」
「さて……残るは、ご主人様の部屋ですねっ♥」
「やだ」
一瞬で即答が返ってきた。
「大掃除といえども、男子高校生の聖域に土足で踏み込んではいけないのだよ」
メグミ「その理屈を使えるのは、最低限“床が見えてる部屋”だけだと思うよ」
四人はぞろぞろとユウトの部屋へ向かう。
ドアを開けると──そこにはコタツと一体化した生物がいた。
「……ここから一歩でも出たら負けだと思っている……」
「その負け条件、誰が決めたのよ」
部屋の中は、ぱっと見はそこまで汚くはない。
だが──
KAIN《注意:引き出し第二層以降、“カオスゾーン”が存在します》
「黙れ。お前最近ほんと空気読まないぞ」
サッちゃんが、きらきらした目で机の引き出しに手を伸ばす。
「ご主人様の軌跡が詰まった引き出し……! 掃除し甲斐がありそうですっ♥」
「やめろぉぉぉ!! そこは男子の最終防衛ラインなんだよ!!」
攻防の末、メグミがひょいっと第一層を引き出した。
「はいオープン。……お、さすがにここは教科書とノートね」
「ほら見たか。俺だってやる時はやるんだよ」
しかし、問題は第二層。
サッちゃん「開けますっ!」
ユウト「やめ──」
《ガラッ》
中には、ぐしゃぐしゃに折れた紙束と、
謎のイラストノートと、折れたシャーペンの墓場と──
メグミ「うわ。“中二ノート”出た」
「やめろォォォォ!!」
そこには、
黒い炎、封印された右腕、世界の真理、といった単語が踊る手書き設定集がびっしり。
リナ「“漆黒の右腕に宿りし獄炎の竜よ”……」
「朗読するな!!」
サッちゃん「ご主人様……“禁忌の力”を持っていらしたんですね……!」
「そんな真剣な顔で言うな!!」
メグミ「ほら、“邪竜の封印”のページとか、逆によくここまで全力出したなって思うよ。いい意味で」
「フォローなのか追撃なのかはっきりしろ!!」
結局、「必要なもの」と「さすがに燃やしたいもの」に分別され、
中二ノートの大半は封印箱に格納されることになった。
その頃には、ユウトの部屋も、床がちゃんと見えるレベルにまで片付いていた。
サッちゃん「ご主人様の“今”にふさわしいお部屋になりましたっ♥」
「お、おう……なんか恥ずかしいけど……ありがとな」
日が暮れる頃には、屋敷のあちこちが見違えるようにスッキリしていた。
リビングも、キッチンも、廊下も、物置部屋でさえも──
「今年の分」は、ちゃんと手が入った。
夕食後。
炬燵にみかんとお茶を並べ、四人と一基(AI)は円になって座る。
「ふぅ〜……やりきったぁ……」
「床、歩くたびにツルツル光ってるわね」
「ね、今年は天井抜けなかったし。劇的成長だよ」
サッちゃん「ご主人様っ、今年のホコリは、今年のうちに撃破完了ですっ!」
「物騒な言い方すんな」
窓の外には、年末特有の静かな街の明かり。
ストーブの熱とコタツのぬくもりで、頬がほんのり赤くなる。
「……なんかさ」
ユウトがぽつりと口を開いた。
「こうして全部片付けてさ。
親父のガラクタも、中二ノートも、賞味期限切れの謎ソースも……」
「最後に残ったの、このメンバーってのは、わりと悪くないなって」
メグミ「素直じゃん。録音しとけばよかった」
リナ「今の一言を“今年の名言ランキング”一位にしてあげるわ」
サッちゃん「ご主人様ぁぁ……! 来年も、再来年も、その先もっ! 私、がんばってホコリ殲滅しますからねっ!」
「“殲滅”って言葉から距離取ろうか、一回」
笑いながら、みかんに手を伸ばす。
そのタイミングで、KAINが控えめに音声を落とした。
KAIN《総括:今年度大掃除における屋敷汚れ除去率は、昨年比+42%です》
「お、やるじゃん」
KAIN《なお、ユウト様の机・第三層引き出し内部に、“まだ開封されていないカオスゾーン”を確認しています》
全員の視線が、同時にユウトへ向いた。
「……」
「……」
「……」
メグミ「そういうことらしいけど?」
リナ「今からでも行く?」
サッちゃん「今からでも行きますっ!!」
「来るなぁぁぁ!!」
ユウトは慌てて立ち上がり、天を仰ぎながら叫んだ。
「そのログは今年を越えさせろォォォォ!!」
KAIN《了解。“机第三層カオスゾーン”の報告は、来年一月一日午前0時に再送信します》
「元日からカオス持ち越すなぁぁぁ!!?」
リビングに笑い声が弾ける。
大掃除は終わった。
でも、ツッコミどころと騒がしさは、来年にもちゃんと持ち越されるらしい。
──そんな当たり前が、きっと一番ありがたいのだと、
誰も口には出さないまま、コタツの中で足をぶつけ合いながら、年の瀬の夜は更けていくのだった。




