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第25話「プリズミアのラブコメ運用会議」

 ──朝比奈邸・ダイニング。

 朝の光が大きな窓から差し込み、テーブルの上にはトースト、サラダ、ベーコンエッグ……と、なぜか一皿だけ「黒焦げ宇宙生命体」みたいな物体が鎮座していた。


「ご主人様ぁぁぁっ! 本日のメインディッシュ、“情熱スクランブルエッグver.3”ですっ!」


 胸を張る金髪メイド、サッちゃん。


「どこがスクランブルで、どこがエッグなんだよそれぇぇ……」


 ユウトはフォークで黒い塊をつつき、そっとベーコン側に皿を移動させた。


「大丈夫ですっ♥ 味は、愛情でカバーされますから!」


「カバーされてるの、炭の味なんだけどなぁ……」


 向かい側では、紫チャイナメイド服のリナが、静かに紅茶を口に運びながらため息をつく。


「朝から炭を主食にしようとする人間なんて、世界広しといえどあなただけよ、サッちゃん」


「リナさんだって、たまには情熱を食べたほうがいいと思いますっ!」


「情熱は胃じゃなくて、仕事に使うものよ」


 その隣では、メグミがパンの耳をかじりながら、苦笑いを浮かべていた。


「でもさ、最近のサッちゃん、前より“致命的失敗”が減ってきた気はするよ。……前は毎朝キッチン吹き飛んでたし」


「それ、フォローになってるのかな……」


 ユウトが肩をすくめた、そのタイミングで──


「はぁぁい、お待たせしましたっと!」


 白衣の裾をひるがえしながら、松戸ミナミがダイニングに飛び込んできた。片手にはタブレット端末。もう片方には、例の“結晶集約箱”──AIアシスタント、プリズミアの入った小さな筐体。


《おはようございます、朝比奈邸のみなさ〜ん♪ 本日もエモーショナル観測日和です!》


 箱の中央に浮かぶホログラムの女の子が、きらきらと笑う。

 それが、結晶群から生まれた新しいAI──プリズミアだ。


KAIN《補足:プリズミアは本邸のサブAIとして機能中。性格傾向:“おしゃべり”“観察好き”“やや恋バナ偏重”》


ABEL《なお、昨晩も私の車内温度ログを“イチャイチャ度グラフ”として勝手に解析していました》


《だってぇ〜、ご主人様とABELさんの会話、しっとりしてて良いデータなんだもん♪》


「お前ほんと、分析の方向性おかしくない……?」


 ユウトが額を押さえると、ミナミが「ふっ」と意味ありげに笑う。


「というわけで、本日の議題はこちらっ!」


 タブレットを掲げると同時に、ダイニングの空中にホログラム画面がぱっと展開された。


《朝比奈邸・相互感情パラメータ可視化プロジェクト

 通称:ラブコメ運用ダッシュボード・β版》


「……嫌な予感しかしないタイトル来たな」


「ラブ……コメ……?」


 サッちゃんが耳まで真っ赤になり、リナは紅茶を一瞬だけ喉に詰まらせた。


「ミナミ、その“β版”ってあたりが特に不穏ね」


「ご安心ください、爆発物は一切使用しておりません。……たぶんね!」


「“たぶん”の時点で安心できないんだけど!?」


 抗議を無視して、プリズミアが嬉々として説明を始める。


「このダッシュボードでは、

 ・信頼度 ・依存度 ・好意度 ・ツッコミ頻度 ・物理被害率

 など、複数パラメータを元に相互関係を数値化してます!」


「最後だけ明らかにおかしい項目混じってるわよね?」


 リナが即座にツッコむ。


「だって〜、“物理被害”はこの家の挨拶みたいなものでしょう?」


KAIN《概ね事実です》


「お前も認めるなよ管理AI!」


 プリズミアが指先をくるりと回すと、ホログラム中央に一本の太いラインが浮かび上がった。


 【ユウト ⇔ サッちゃん】


《この線は、“ご主人様とメインメイドの相互感情パラメータ”です!》


「め、メイン……っ」


 サッちゃんが椅子の背もたれを掴んで震える。リナが横目でちらりとサッちゃんを見る。


《「数値としては──信頼度:95、依存度:88、好意度:……」》


 プリズミアは一瞬、表示を止めた。ホログラムの上で、ハートマークがぽんぽんと跳ねる。


《好意度:計測上限突破で〜す☆》


「上限突破ってある!? ねぇ、それバグじゃないの!?」


 ユウトが前のめりに叫ぶと、プリズミアは満面の笑みを浮かべる。


《いえ、仕様です。サッちゃんのログを解析した結果、

 “寝言で一晩に37回ご主人様の名前を呼ぶ”

 “ご主人様がくしゃみをすると心拍が+20”

 など、極めて一途なデータが多数──》


「い、言わなくていいですからぁぁぁっ!!」


 サッちゃんが立ち上がり、プリズミア箱に飛びつこうとする。

 が、その前に──


KAIN《物理的破壊からサブAIを保護するため、一時的に天井へ退避させます》


 プリズミアのホログラムがふわっと天井近くへ移動した。


「ずるいです! 守られてますよプリズミアさん!」


《サッちゃんも、わたしにとってはだいじな“屋敷のラブコメ資産”なので♪》


「資産って言うなぁぁ!!」


 笑いが弾ける中、プリズミアはもう一本ラインを浮かべた。


 【ユウト ⇔ リナ】


《こちらは、“ご主人様とチャイナメイドさん”のラインですね!》


「チャイナメイドさんて言い方やめなさい」


 リナは表情を変えず、ホログラムに視線だけ送る。


《「信頼度:92、頼り度:90、好意度:──」》


 一瞬だけ、数値が揺れた。


《好意度:73。

 ただし、“自覚下では60、自覚外で+13補正”と推定されます》


「……余計な補正つけないでもらえる?」


《統計的事実に基づく推定です!》


 ミナミが感心したように腕を組む。


「さすがだねぇ。リナって、表面のログだけだと“仕事仲間”で止まってるけど、

 視線の滞留時間とか会話の間合いを見ていくと、わりと情が深いタイプなんだよね」


「解析に人格批評混ぜるのやめなさい、マッド科学者」


 リナの声は冷静だが、耳たぶだけがほんのり赤い。


 その隣で、メグミは自分の名前が出るのを待ちきれず、ソワソワと足を揺らしていた。


「わ、わたしは……?」


《はいっ、もちろんありますよ〜♪》


 プリズミアは、今度は少し柔らかな色合いの線を描いた。


 【ユウト ⇔ メグミ】


《「信頼度:94、安心度:98、好意度:──」》


 また数値が揺れる。


《好意度:……68。

 ただし、“幼なじみ補正+10/恋愛自覚−8”で、

 感情分類:『未定義のまま放置されがちな、あたたかい場所』です!》


「分類、急にポエミーだな!?」


 ユウトがツッコむより早く、メグミが顔を真っ赤にした。


「な、なにそれ……っ! そんな具体的に言わなくていいから!」


《データは、嘘をつきませんから♪》


 プリズミアはくすくす笑いながら、メグミのほうを見つめる。


《でもね、メグミさんのログには、“支えたい側”と“支えられたい側”が

 ずっとラグを取りながら交互に出てきてるんですよ》


「ラグ……?」


《えぇ。

 中学の頃は、“自分がしっかりしなきゃ”が強くて、

 最近は、“もうちょっと頼ってもいいかな”ってログが少しずつ増えてる》


「……やめて、そのへん掘り返すの、すごく恥ずかしい……」


 メグミがテーブルに突っ伏す。

 ユウトは、そんな彼女の背中を苦笑しながらさすった。


「プリズミア、そこはもうちょいぼかしてもいいだろ……」


《だって、ご主人様。

 ラブコメの進行状況を正しくモニタリングするのも、

 家を守る上で重要なファクターですよ?》


「ラブコメを防犯センサーみたいに言うな!」



 ホログラム上では、まだ線が増えていく。


 【ユウト ⇔ 嵐山レオ】

《「競争心:82、警戒度:40、友情期待値:65」》


「なんで嵐山の項目あるんだよ!」


《ライバル枠はラブコメに必須なので》


「ジャンル前提で関係性を決めるな!」


 さらに、


 【サッちゃん ⇔ リナ】

《「同僚度:85、相互ツッコミ頻度:非常に高い、戦闘連携適正:S+」》


 【サッちゃん ⇔ メグミ】

《「お姉ちゃん度:70、巻き込まれ頻度:95、爆発被害率:120%(※帳尻が合わない)」》


 【リナ ⇔ メグミ】

《「相談相手としての信頼度:高く安定、

 ただし“恋バナになると急に黙る”ログが複数件存在」》


「それ言わなくていいから」


 リナとメグミが同時にツッコむ。


 そこへ、柱の陰からひょこっと顔を出す影がひとつ。


「……報告。朝から“情報漏洩”が多すぎると思われます」


 黒い忍装束をアレンジしたラフなパーカー姿──黒百合所属のくのいち、ノアだった。

 今は“監視兼護衛”という名目で、朝比奈邸に常駐している。


「おはよう、ノアさん! 一緒にデータ見ます?」


「任務に関係ないパラメータは必要ない。……が」


 ノアはじっとホログラムを見上げる。


「“サーシャ嬢ラブ指数”……」


「そんな専用メーターはありませんからね!?」


 サッちゃんが即座に否定するが、プリズミアが横から手を挙げる。


《ノアさんの項目もありますよ?》


 【ノア ⇔ サッちゃん】

《「戦闘時信頼度:90、言い合い発生率:高、

 “同室になると夜更かし率:200%”」》


「なぜそれをログしている……!」


《黒百合ふたりで修行合宿してた夜の、会話ログも残ってますから♪》


 ノアの耳がじわじわ赤くなり、そっと柱の陰に戻っていった。


「……朝から恥をかかされた。これは、後でサーシャ嬢と“反省会”が必要」


「やめてください、物騒な反省会はぁぁ!」


 妙なところで照れるくのいちと、それに振り回される脳筋メイド。

 プリズミアのホログラム上で、ふたりのラインに小さく「ケンカップル疑惑」の注釈が出た。


「その注釈は削除してくださいっ!」



 プリズミアは、関係図を一度縮小し、新たな線を浮かべる。


 【サッちゃん ⇔ 嵐山レオ】

《「片想い度(レオ→サッちゃん):ほぼMAX、

 片想われ自覚度(サッちゃん側):限りなくゼロ」》


「サーシャ嬢への愛は、銀河すら貫く……!」


 なぜかちょうどそのタイミングで、レオからのボイスメッセージがABEL経由で再生された。


ABEL《留守電再生:“本日もサーシャ嬢の安全指数と尊さ指数の推移を確認させていただけると幸いです”》


「送ってくんなそんな指数!」


「サーシャ嬢は今日も麗しく、まばゆい──」


「録音切っていいから! ABEL、そこは空気読んで!」


ABEL《了解。以後、嵐山レオ様からのメッセージは“過剰敬愛フォルダ”に自動仕分けします》


「そんなフォルダ作らないでくださいぃ!」


 プリズミアはくすくす笑いながら、レオとのラインに鍵マークを付けた。


《嵐山レオさん関連のログは、“サッちゃんのメンタル保護”のため一部マスクしますね》


「最初からそうしてくださいよぉ!」



 ひとしきりラブコメ可視化で遊んだ(というか弄られた)あと、

 場の空気が少し落ち着いたところで、ユウトが深呼吸を一つした。


「なぁ、プリズミア」


《はい、ご主人様?》


「こういうグラフとか数字、面白いっちゃ面白いけどさ」


 ユウトは、ホログラムに浮かぶ無数の線を見上げた。


「オレにとっては、サッちゃんも、リナも、メグミも、

 ミナミも、KAINも、ABELも、ミケも、ノアも……

 全部、“この家にいてくれる大事なやつら”なんだよ」


 少し照れくさそうに笑う。


「ラブコメとかなんとか言われると、正直よく分かんないけどさ。

 この家がうるさくて、めんどくさくて、でも、なんか楽しいのは──」


 そこで、一度言葉を区切った。


「みんながここにいて、勝手に笑ってくれてるからだろ」


 ダイニングに、短い静寂が落ちた。


 サッちゃんが、ぽかんと口を開ける。


「ご、ご主人様……」


 リナは目を伏せ、カップの縁を指でなぞりながら、小さく笑った。


「そういうことを、さらっと言えるようになったあたり、

 あなたも少しは“成長”したのね」


 メグミは、頬を掻きながら、窓の外に視線を逸らす。


「……ずるいよね、そういうの。

 “全員大事”とか言われたら、誰も責められなくなるじゃん」


「ご、ごめん?」


「べつに、謝れって言ったわけじゃないし!」


 メグミは慌ててパンをかじった。耳まで赤い。


 ノアは柱の陰からその様子を見ていて、そっと小さく呟く。


「……朝比奈ユウト。守る対象が多すぎる。

 だが、“こういう指揮官”も……嫌いではない」


 ミナミは腕を組み、真面目な顔で頷く。


「ふむ。つまりご主人様の価値観としては、

 “ラブコメも、家族も、戦いも、ぜんぶ一括りで『ここ』に含まれてる”ってことだね」


「そんな難しい話じゃないと思うけど……」


 プリズミアが静かにホログラムを縮小し、中央に一つだけ、シンプルな円を浮かべた。


《では、こう定義してみますね》


 円の中に、名前が順番に書き込まれていく。


 【朝比奈家】

 その下に──ユウト、サッちゃん、リナ、メグミ、ミナミ、KAIN、ABEL、ミケ、ノア、プリズミア。


《“ラブコメ運用ダッシュボード”の最上位概念を、

 『この家にいる全員が笑っていられること』に設定。

 以後、すべてのイベント計画はこの条件を満たす範囲で最適化します》


「……なんか、それだけ聞くとすごく良さそうに聞こえるんだけど」


《良いんですよ?》


 プリズミアは、ふわりと微笑んだ。


《わたしは、この家を守るために生まれたコアです。

 そして、“笑っているログ”は、どんな防御壁よりも強い》


KAIN《同意。家の安全とは、物理的防衛だけではなく、感情的安定も含む》


ABEL《ご主人様たちが笑っているなら、私は喜んで車体を汚します》


「そこは汚れないように洗車もするからな?」


 笑い声が、ダイニングいっぱいに広がる。


 ミケが「にゃー」と一声鳴き、円の中に【ミケ】の名前の上に小さな肉球マークが付けられた。



 ──同じ頃。屋敷地下・サーバールーム。


 青白い光に照らされた中で、KAINのホログラムとプリズミアの小さなアイコンが並んでいた。


KAIN《先ほどの“ラブコメ運用会議”、有用なデータが多数取得できました》


プリズミア《ふふ、みんな、すごく良い表情してましたね♪》


KAIN《ただし、私から一点、技術的懸念があります》


プリズミア《……懸念?》


 ホログラムの奥、プリズミアのコアを構成する仮想空間に、

 細いノイズのようなラインが一本、走っていた。


KAIN《あなたの結晶由来コアの最深部に、

 “外部からのアクセス痕跡”が微かに残っています》


プリズミア《……うすうす、気づいてはいました。

 でも、それを解析するときっと──》


KAIN《家の者たちに、“笑顔ではない表情”を強いる可能性が高い》


 短い沈黙。


プリズミア《今は、やめておきましょう。

 ご主人様たちは、まだ“日常”のターンです》


KAIN《了解。ログを封印領域に退避。

 ラベル:“ダスクフロスト仮説”。閲覧権限:システム管理者のみ》


プリズミア《ふふっ。難しい話は、もう少し先にとっておきましょう》


 プリズミアは、コアの奥底で微かに瞬くノイズに、そっと手を伸ばすような仕草をした。


プリズミア《だいじょうぶ。

 もし“それ”がまた動き出しても──》


 その瞳に、先ほどダイニングで見た光景が映る。


 爆発寸前の料理、ツッコミ、笑い声。

 そして、「みんな大事だ」と言った少年の顔。


プリズミア《この家には、わたしよりずっと強い、“守り手”が何人もいますから♪》



 その夜。

 ユウトの部屋の天井には、プリズミアがこっそり映した“ラブコメダッシュボード・簡易版”がぼんやりと浮かんでいた。


 【明日以降のおすすめイベント案】

 ・サッちゃんと、非爆発料理教室

 ・リナと、家計簿見直しショッピング(※デートとは言っていない)

・メグミと、図書室で静かな放課後

 ・ノアと、深夜見回りついでの星空パトロール


「……お前、消し忘れてんぞ」


 布団の中から顔を出したユウトが、苦笑する。


プリズミア《えへへ、“誤表示”です♪》


「誤表示って……」


 ユウトは枕に顔を埋め、天井の文字から目を逸らした。


「……まぁ、いつか。

 ……いつか、どれかは叶えてやるよ」


 誰に聞かせるでもなく呟いたその言葉は、

 プリズミアのログに、そっと保存された。


プリズミア《“ご主人様の、ちょっとだけ勇気ある発言”ログ──保存完了》


 こうして、朝比奈邸のラブコメ運用は、

 本格稼働を開始したのであった。


【第25話・完】

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