サイドストーリー23 「こたつ籠城戦:出たくない者たち」
吐く息が、はっきり白く見えるようになった朝。
朝比奈家のリビングには──見慣れない家具が、鎮座していた。
「……こたつだ」
ユウトは、半分眠そうな目でそれを見おろした。
天板の四隅には、KAINのロゴ入り。明らかにただのこたつではない。
《正式名称、“KAIN監修・省エネ多機能こたつユニット”。導入理由:居住者の防寒効率向上と作業継続率アップです》
「いや名前長いな」
つぶやくユウトの横で──
「ぬあああああ……ぬくいですぅぅぅぅ……っ」
すでに一名、沈んでいた。
サッちゃんが布団に上半身まで潜り込み、顔だけ出してとろけている。
「サッちゃん、朝ごはんは?」
「ここがご飯です……ここが世界です……」
「ダメだこいつ、もうやられてる……」
そこへ、キッチンからリナがやってくる。
エプロン姿で腕を組み、ものすごくイヤな予感しかしない目でこたつを見た。
「KAIN。これは誰が許可したのかしら」
《総一郎様が生前に発注されていた物資です。“息子が冬に風邪を引くと面倒”とのコメント付きで──》
「親父、最後まで“面倒”って言ったのかよ」
《故人の人格評価は控えます》
その時、テーブルの端に置かれていたタブレットから、軽い声が響いた。
《いや〜〜、でも正直、このフォルムはいいよね。
光源少なめで、ぬくぬく指数は“110%”って感じ?》
「プリズミア、ぬくぬく指数って何よ」
《体感よっ! 若いAIはフィーリングも大事なんだよ?》
「若いAIって自称するのやめろ」
「ともかく」
リナが咳払いして、全員の注意を集める。
「このこたつ、**“管理下使用”**にするわ。
勉強・読書・洗濯物たたみなど、生産的行為をしている時のみ使用可。寝たり籠城したりは禁止」
「えっ」
布団の中から、サッちゃんの顔だけがひょっこり出てくる。
「こたつ籠城、禁止ですか……?」
「禁止です」
《エネルギー消費と家事進行度のデータから見ても、妥当な判断です》
KAINまで即答した。
「KAINさんまで!? ご主人様ぁ……!」
「オレに振るな。正しいもんは正しい。ここにずっといたらお尻に根っこがはえてくるぞ」
ユウトが早々に白旗を上げると、サッちゃんはこたつの中でごろごろ転がる。
「うぅ……この温もりを奪うなんて、人権侵害です……」
「メイドに人権の話を持ち込まないでくれる?」
その時
ピンポーン。
《来客です。映像を表示しますか》
「誰だよ、こんな寒い日に……」
KAINが玄関カメラを映す。
そこには、マフラーを巻き、片手をひらりと挙げる長身の影。
「やぁ、朝比奈くん。寒いねえ。
美しさにハンデを背負って生きる男は、冬の乾燥とも戦わなくちゃいけないのさ」
「うわ、来た。来るの早いな。この間来たばっかりだぞ」
《識別完了。嵐山レオ様です》
その名を聞いた瞬間──
「れ、レオさんっ!?」
こたつからサッちゃんがバネのように飛び出した。
さっきまで“世界はここ”と言っていた女とは思えない俊敏さだ。
「というわけで、おじゃましまーす」
数分後。リビングのこたつは、人数オーバーの戦場と化していた。
向かい合う位置にユウトとレオ。
その両脇にサッちゃんとリナ。
端っこにメグミが半分だけ脚を突っ込んでいる。
「お邪魔ってレベルじゃねぇぞ。なんで当たり前の顔してこたつ入ってんだよ」
「だって、ここ、すごくあったかくてさ。
ほら、“美は足元から”って言うだろう? つま先が冷えると、表情筋のキレも悪くなるんだ」
「誰も言ってねぇよそんなこと」
レオは、いつものように笑っている。
茶色のコートの下から覗く制服のネクタイまで、絵になる。
「それにしても……サーシャ嬢」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれた瞬間、サッちゃんの背筋がピンと伸びる。
「メイド服にこたつ、という組み合わせがここまで破壊力を持つとは。
まるで“冬の必殺技”だ。僕の心に、クリティカルヒットしているよ」
「き、きりてぃかる……っ!? ごしゅじんさま、褒められてますっ!」
「誇る方向おかしいからな?」
ユウトのこめかみがぴくりと動く。
タブレットの画面では、プリズミアのアイコンがキラキラ瞬いていた。
《この人、すごいね。なぜだか惹かれるけど
発言の“自己愛パーセント”が、平均男子高校生の2.8倍くらいあるのよ?》
《解析不要です》
《いやいや、これは研究の価値あるって! ポーズとセリフのタイミング、完全に“自分プロデュース”なんだよ? プロ意識だよ、プロ意識!》
《褒め方が独特ですね》
「で、用件は?何しに来たんだよ」
ユウトがうんざりした声で切り込む。
「いやぁ、まだ今日はサーシャ嬢と顔を合わせてなかったからね。
彼女の美しさが冬空で凍っていないか、確認しにきたのさ」
「冷凍食品じゃないんですからっ」
「安心したよ。こたつで、ちゃんと“解凍”されていた」
「わぁ、その表現なんか嬉しいですっ!」
「嬉しいのかそれ……」
レオは笑い、ふと表情を引き締めた。
「それともう一つ。このこたつ、危険だろう?」
「……話が分かるじゃん」
ユウトがうなずくと、レオは軽く指を立ててみせる。
「だが、あえて言おう。
このこたつを前にして、“自主的に立ち上がれる人間”が、この部屋に一人でもいるかい?」
リビングが、一瞬静かになる。
ふと視線を落とせば、こたつの中は天国だ。
じんわりと足先を包むぬくもり。抜いたら最後、二度と戻ってこられない気がする。
「…………」
「…………」
《沈黙時間、3.2秒。心理的敗北の兆候です》
レオが、いたずらっぽく微笑んだ。
「つまりこれは、戦いだ。こたつという魔性の装置に抗う、“意志力の籠城戦”。
最後までこのこたつから出なかった者こそが──」
「勝者……?」
サッちゃんがごくりと唾を飲む。
「そう、“真の冬の覇者”だ」
「やりますっ!!」
「乗るなお前は!」
ユウトが悲鳴を上げた時には、時すでに遅し。
「ではルールを決めましょう」
リナがメモ帳を取り出す。
「こたつから腰の位置まで完全に出たら脱落。
勝者の権利は──」
「今夜の夕食メニューの決定権!」
「テレビのチャンネル権!」
「デザートの追加予算!」
《電気代の増量は認めません》
好き勝手な要求が飛び交う中、なぜか全員、こたつから足を出そうとしない。
こうして──
**「こたつ籠城戦 in 朝比奈邸」**が、華々しく開戦した。
「では、スタート!」
リナがタイマーをセットする。
《現在時刻、14時02分。参考までにお伝えしますが──》
KAINの声が、一段と冷静になる。
《この時間帯、予定されていたタスクは“掃除機がけ”“洗濯物の取り込み”“夕食の仕込み”です》
「聞こえないです!」
サッちゃんが耳塞ぎポーズを取る。
「今日はこたつに人生を賭ける日なんです!」
「人生賭けるな」
メグミは苦笑しながら、こたつの上にみかんの山を積んでいく。
「ま、たまにはこういう日もいいんじゃない?」
《メグミ様が中立宣言……家事推進陣営、若干不利です》
「メグミ、裏切ったわね」
「私だってこたつ入りたい日くらいあるわよ」
軽口を叩き合う中で、最初に試練がやって来た。
ベランダの方から、冷たい風が吹き込む。
《洗濯物センサー反応。風速上昇。
このまま放置すると、タオルの一部が飛ばされる確率“87%”》
「なによそのリアルな数字」
リナの眉がぴくりと動く。
(……洗濯物が、無防備に……)
《リナ様の視線ブレ、±5°。心拍数、微増》
《こたつ籠城戦ルール:出たら負け。どうされますか?》
「っ……!」
リナは、こたつ布団をぎゅっと握る。
「……今日は特別。タオルの一枚や二枚、風にさらされても死にはしないわ」
「リナさんが折れたー!?」
サッちゃんが感動している。
《意外な耐性を確認。ログ保存》
時間が経つにつれ、こたつの中は人口密度だけで暖房いらずになってきた。
「ちょっと、誰、こっちに足伸ばしてるの」
「ご、ごめんなさいリナ様! こたつの中で迷子になっただけでっ」
「こたつで迷子って何よ」
布団の下では、足と足が触れ合い、謎の心理戦が繰り広げられている。
(……今、触れてるの誰の足だ?)
(これサッちゃん? いや違うな、筋肉量的にレオだな、やだな)
「ん? どうした、朝比奈くん。顔赤いぞ」
「お前の足が勢いよくこっち来てるからだよ! なんでこたつの中でまで前進してくんだよ!」
「こたつの中心には、真理があるからね」
「ねぇよそんなもん」
レオは笑い、サッちゃんのほうへ身体を少し傾ける。
「サーシャ嬢」
「は、はいっ!」
「もし、君が勝ったら──」
「勝ったら……?」
「僕と、冬の街を一周、こたつ抜きで散歩してくれないか?」
「こ、こたつ抜きデート……ですかっ!?///」
「デ、デートとは言ってないよ?」
言ってないが、完全にそう聞こえるニュアンスだった。
ユウトの頭の中で、何かがバチバチと音を立てる。
(……なんだこいつ)
胸のあたりが、もやっと重くなる。
言葉にするには、あまりにもこそばゆい感情だ。
《ご主人様の心拍数、平常時より“18%”上昇》
「黙れKAIN」
《これは、恋のフラグというやつでは?》
「黙れプリズミア」
時間はあっという間に夕方へ。
《現在時刻、16時48分。
参加者全員、こたつからの完全離脱ゼロ。籠城継続中》
「すごいね、みんな根性あるね……」
メグミが感心したように呟く。
その時──
ぐぅぅぅぅ……。
静かなリビングに、情けない音が響いた。
「……誰の?」
「……わたしです……」
サッちゃんが、こたつ布団をかぶったまま手を挙げる。
「お昼から、みかんしか食べてません……」
「そりゃそうだろ!」
《エネルギー供給不足。サッちゃんの戦闘力、現在“40%”》
「戦闘するなよ」
レオは笑いながら、ポケットから小さな袋を取り出した。
「じゃあ、非常食タイムだ。
ほら、僕のクラスにファンがくれるんだ。“美容にいいナッツ”らしい」
「ファン……」
言い方が相変わらず鼻につくが、中身は本当に美味しそうなナッツだった。
「いただきますっ!」
「おい、こら、手ぇ早いって」
《分析中……この見た目と自己愛スペックで、ちゃんと“中身”も用意してるところ、ギャップポイント高いね》
《プリズミア、嵐山様の評価が右肩上がりですが》
《うん。ナルシストはナルシストでも、“手間を惜しまないナルシスト”は嫌いじゃないかも》
《新しいジャンルを開拓しないでください》
《現在時刻、18時02分》
外はすっかり暗くなり、窓の外には商店街のイルミネーションがちらちらと見える。
こたつ内では、誰もが半分眠そうな顔をしていた。
「……ねぇ」
リナが、こたつ布団に頬を押しつけながら口を開く。
「このままじゃ、本当に夕飯抜きになるわよね」
「だろうな」
ユウトがため息をつく。
《夕食未準備。
このまま全員がこたつから出ない場合、“カロリーバランス崩壊”の恐れがあります》
「それっぽく言うな」
沈黙が流れたその時──
「……ぬぅ……」
サッちゃんが、もぞもぞと動いた。
「サッちゃん?」
「ご主人様の、晩ご飯……作らないと……」
布団から出たくないオーラを振り切るように、一度深呼吸して──
「メイドとして、こたつに負けるわけにはいきませんっ!」
勢いよく立ち上がった。
同時に、こたつ布団がめくれ、冷気がなだれ込む。
「さっっっむ!!?」
「うぎゃぁぁぁ!!」
全員から悲鳴が上がる。
《こたつの内部温度、急降下。“天国から現実へ”の落差指数、最大値更新》
「い、今の一瞬で人生の厳しさを思い出しました……!」
サッちゃんはガタガタ震えながらも、エプロンを装着し始めた。
「ご主人様、今夜はあったかい鍋にしましょうっ。唐辛子マシマシで!」
「鍋は賛成だけど、“マシマシ”はやめろ」
レオが、ふっと笑う。
「負けを認めるよ。
こたつへの執着より、ご主人様の夕飯を優先するなんて──
やっぱり、サーシャ嬢は、僕の好きな“ヒロイン像”ド真ん中だ」
「ひ、ひろいんぞう……っ!?///」
サッちゃんの顔が、鍋より先に真っ赤になる。
その隣で、ユウトは視線を外し、ぼそっと呟いた。
「……当たり前だろ。うちのメイドだし」
その声は小さすぎて、誰に届いたのか分からない。
ただ、プリズミアがこっそり記録していた。
《本日のハイライト:“俺のメイド”発言。
モヤモヤ指数は高めだが、ニヤニヤ指数も高め。要観察》
《そのようなログ分類は不要です》
その後。
サッちゃんの鍋は、案の定、途中で唐辛子を入れすぎてリナに止められ、
なんとか“人類が食べていい辛さ”に調整された。
レオは「これはこれで、冬に合うね」と平気な顔でおかわりし、
メグミは「明日絶対ニキビできる」と文句を言いながらも箸が止まらなかった。
食後、再びこたつに集まった面々を見ながら、ユウトはぽつりと漏らす。
「……結果的に、こたつの完全勝利じゃないか?」
「そうね。誰も本気で離脱できなかったし」
《データ的には“作業効率ダウン”でしたが──》
《笑顔ログは普段の“1.6倍”くらいだね》
「じゃあ、いいんじゃない?」
メグミが笑う。
「たまには、こたつに負けてみる冬もさ」
レオは、湯飲みを持ち上げて乾杯のジェスチャーをする。
「“こたつ籠城戦”に、栄光あれ。
そして──」
少しだけ、ユウトのほうを見て。
「この屋敷の、面倒くさくて、楽しい人間関係にもね」
「余計なこと言うな」
ユウトがそっぽを向く横で、サッちゃんはこたつの中でこっそりガッツポーズをした。
“ご主人様の晩ご飯のためにこたつから出たメイド”として、今日はなんだか誇らしい。
外は相変わらず冷え込んでいる。
けれど、朝比奈家のリビングだけは、こたつの熱と、どうにも面倒くさい感情たちで、冬とは思えないほどあたたかかった。




