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第23話「嵐を呼ぶ転校生」

朝の教室は、だいたい戦場だ。

いや正確には、朝比奈ユウトにとってはだいたい戦場で、周囲の一般生徒にとっては「ちょっと眠い日常」である。


ユウトは机に肘をつき、ぼんやりと窓の外を見ていた。


(怪談旅館、結晶AI、と思ったら町内会のイベント……俺ってホントに高校生かな)


そんな脳内に、担任の声が刺さる。


「よし、朝のホームルーム始めるぞ。――今日は転校生を紹介する」


ざわ、と教室が揺れる。転校生というワードは、どの時代でも燃料だ。

ユウトの隣のメグミが、珍しく真っ直ぐ前を見たまま小声で言う。


「ユウト、最近トラブル多すぎるから、普通の転校生であることを祈ろう」


「それ、俺に言う? 天気に祈るのと同じ難易度だろ」


「そこまでひどくないでしょ」


二人の視線が黒板へ戻った、その瞬間。


教室の扉が、まるで舞台装置みたいに静かに開いた。


入ってきたのは、制服の着こなしが完璧すぎて、逆に校則そのものみたいな男子だった。


背筋は真っ直ぐ、髪は清潔感のあるダークブラウン、顔面は“やたら造形が整っている”のに、表情が余裕の笑みで固定されている。

そして何より、“自分の入場にスポットライトが当たっていないことを不思議がっている”感じがあった。


担任が紹介する。


嵐山あらしやまレオだ。今日からこのクラスで学ぶ。嵐山、自己紹介を」


嵐山レオは一歩前に出ると、さらっと髪を払って、微笑んだ。


「嵐山レオです。

前の学校では学年首席、陸上では県大会優勝、ピアノは全国コンクールで金賞。

趣味は、努力する自分を眺めること」


「趣味でナルシスト宣言すんの!?」と数名が噴き出す。


嵐山は気にも留めない。


「この街に来た理由は――運命、かな」


女子の多い教室に「きゃあ」「なにそれ」みたいな空気の波が立つ。

男子の少なさが逆に効果音になっている。


担任が咳払いした。


「えー、席は……朝比奈の後ろが空いてるな。そこに座れ」


「了解しました、先生。

――朝比奈くん、よろしく。僕の背中は広いよ」


「背中の広さを自己PRに使うな」


メグミが横で、目を細めている。


(まずい匂いしかしない)


ユウトも同意したいのに、なぜか身体が先に疲れていた。


昼休み、事件は秒速で起きる。


ユウトが購買のパンをかじりながら廊下を歩いていると、背後から妙に上品な足音が寄ってきた。


「朝比奈くん」


振り返ると、嵐山レオがいた。

その手には、なぜか番組収録用みたいな小さな花束。


「……昼休みに花束持ってる男子、初めて見たわ」


メグミがついてきていて、呆れ顔だ。


「これ、君に渡したいものがあって」


「え、俺に?」


「違う。君を“介して”渡したいんだ」


いやな予感が脳内アラートを鳴らす。


「……誰に?」


嵐山は、息を吸って、廊下の端へ視線を投げた。


そこには、今日も当然のように学校にいるメイドがいた。


サッちゃん――いや、サーシャ。

制服姿(という名の改造制服)で、屋外用モップを肩に担ぎ、なぜか校舎裏の落ち葉を本気で掃いている。


「学校に“掃除任務”が発生したのでっ!」

という意味不明な言い訳が、昨日も今朝も通ってしまっているあたり、朝比奈家の世界線がもう常識を侵食している。


「サーシャさん」


嵐山が、まっすぐ彼女に歩み寄る。


「……え? あ、はいっ!?」


サッちゃんがきょとんと顔を上げる。

その瞬間、嵐山は膝をついた。


「えっ」


廊下が静まり返った。

女子の誰かが「ひゃっ」と小さく息を飲む。

メグミが思わずユウトの腕を掴む。


「白昼の廊下で跪く男、ヤバい」


「俺の心臓も今跪きそう」


嵐山は眩しい笑顔のまま、花束を差し出した。


「あなたが出演していた料理番組を見ました。

“爆裂ハートのオムライス”――あれは料理じゃない。芸術であり、恋の雷撃だった」


「ええええっ!? あの番組、見てたんですか!? しかもそこ褒めるんですか!?」


サッちゃんの顔が一気に赤くなる。


「僕は、あなたに会うために転校してきました。

この街に来たのは、あなたに一目惚れしたからです」


廊下が、今度は爆発したみたいにざわめく。


「え、うそ」「漫画かよ」「やばい尊い」

ひそひそ声が波になる。


ユウトの魂が、椅子からずり落ちそうになる。


「いやいやいや、え、ちょっと待って」


サッちゃんは花束を両手で受け取って、固まった。


「え、えっと、わたし……その……えぇ……?」


その後ろから、低い声がスッと差し込む。


「朝比奈家のメイドに、学業の場で“公開求愛”は非推奨よ」


リナだった。

静かに近づき、嵐山の前に立つ。

紫のチャイナ風メイド服ではないが、学校対応のシンプルなカーディガン姿でも、**“しっかり者の圧”**がまったく薄まらない。


嵐山は立ち上がり、彼女を丁寧に観察した。


「あなたは……椎名リナさん。

番組の裏方で、サーシャさんの無茶を全て拾っていた、“理性のメイド”」


「どうしてそこまで知ってるのよ」


「僕は、努力家だから。推しの周辺情報は徹底的に調べる。まあお金もいっぱい持ってるからね」


「努力の方向性が怖いわ」


リナは一歩も引かず、淡々と言う。


「サッちゃんは今、専属契約下のメイド。

私的接触を希望するなら、最低でも“本人の意思”と“主人の同意”が必要よ」


嵐山が、ゆっくりとユウトを見る。


「朝比奈くん。

君が主人だね。――僕に、挑戦権をくれる?」


「何の競技だよ! 恋愛に挑戦権とかあるの!?」


サッちゃんが「ご主人様ぁ…」と上目で見上げ、リナが無言でユウトに“管理者の目”を向ける。

メグミは腕を組んで「うわぁ」って顔。


四方囲まれたユウトは、腹を括った。


「……とりあえず、廊下でやる話じゃない。

サッちゃんも困ってるし。放課後、屋敷に来い。ちゃんと話そう」


嵐山は、勝ち誇ったように優雅に微笑む。


「ありがとう。運命が動いたね」


「運命じゃなくて俺の胃が痛いだけだよ」


放課後の朝比奈邸。

……と言っても、屋敷は前回の戦闘と旅行のあれこれで、**“大体の屋敷”**という状態を維持しているだけだ。


玄関が開くと、嵐山レオは一瞬だけ目を丸くした。


「……すごいね、これは。

“戦場を住居にした美学”がある」


「美学じゃなくて修復中だよ! 切実な!」


KAINのホログラムが玄関に出現する。


《来訪者認識:嵐山レオ。

容姿端麗・高成績・資産家・身体能力相関値A。

ただしナルシシズム指数:危険域》


「AIにナルシスト測定されるの、逆にすごいな」


ABELの車載スピーカーが、低く響く。


《ユウト様、当該人物の“誇示欲”は結晶の引き寄せ要素になります。念のため警戒を》


「待って、俺の家は“ナルシストで結晶が寄ってくる”ステージなの?」


ミナミがテーブルの上に座り、面白そうにレオを見上げた。


「ナルシストはね、結晶の大好物。

自己愛っていう“強い感情のループ”が常時回ってるから。プリズミアが反応してるわ。彼女にとっては彼の存在は劇物ね」


「とっても素敵な男性ね。是非デートのお誘いをしてほしいわ」


嵐山はむしろ興味深そうに頷いた。


「僕に興味を持ってくれるとは嬉しいよ。自己愛も情熱も、同じ熱量だ。

僕は、燃えるほど自分が好きだからね」


「うん、言い切った。強い」


サッちゃんは、廊下の角からそわそわ顔を出す。


「ご主人様、どうしましょう……この方、なんか“キラキラでドカン”って感じで……」


「雑な擬音で説明するな~。まあ何も間違っちゃいないけど」


リナはティーカップを並べながら、冷静に嵐山へ向き直る。


「本題に入りましょう。

あなたはサッちゃんに好意がある。

サッちゃんはあなたを“知らない”。

そしてサッちゃんは、朝比奈家の契約従事者。

ここまでOK?」


「OK。

だから僕は、彼女がこちらを向くまで、正々堂々と魅力を提示する」


「提示方法が廊下跪きスタートだったけどね」とメグミが刺す。


嵐山は一ミリも動揺しない。


「僕の人生はいつも、盛大な登場で始まる。

僕は“嵐”だから」


サッちゃんがぽかんとした。


「嵐……かっこいい……!」


「サッちゃん、危ない! その“かっこいい判定”は地雷原だ!」

ユウトが慌てる。


嵐山が、サッちゃんの方へ視線を寄せる。


「サーシャさん。

僕はあなたを尊敬している。

爆発しても、壊しても、笑って全力で“誰かのために”動けることを」


サッちゃんの頬が、さっきより強く赤くなる。


「……そ、そんな、えへへ……///」


ユウトの内心が、露骨にざわめく。


(やめろ、褒め方が真っ直ぐすぎて刺さるタイプだ)


そこへミナミが、悪い笑顔で口を挟む。


「で、レオくん。

君の“自己愛エネルギー”、ちょっと測っていい?

もっとプリズミアの反応を、実験したいんだよね」


「えっ、実験?」


「うん。安全なやつ。たぶん」


「“たぶん”は安全の対義語なんだよ!」

ユウトが叫ぶが、もう遅い。


ミナミはポケットから小型の鏡状センサーを出し、嵐山の前にかざした。


「はい、なにか“自分についての最大の魅力”を、熱量マックスで語って」


嵐山は、待ってましたとばかりに姿勢を正した。


「僕の最大の魅力は――

“完璧であろうと努力する、その努力さえも完璧なところ”だ」


その瞬間。


《ピン……》


廊下の奥の**姿見(鏡)**が、一人でに淡く光った。


KAINが即座に警告。


《結晶反応。

自己賛美波形に同期して増幅中》


「ほら来たぁぁぁぁ!!」

ユウトが頭を抱える。


姿見の光が、次第に濃くなり――

鏡の中に、嵐山の“別バージョン”が次々と投影されはじめた。


王子服の嵐山。

白馬に乗る嵐山。

学園屋上で風に髪をなびかせる嵐山。

さらに謎の黄金オーラ付き嵐山。


「どういう“セルフファンアート生成機能”だよこの結晶!!」


嵐山本人は、むしろ感動している。


「素晴らしい。僕の可能性が、無限に展開されている」


「喜ぶな! この現象が嵐を呼ぶ原因だ!」


サッちゃんも目を輝かせた。


「すごい……ご主人様、嵐山さん、七変化ですっ……!」


リナは即座に状況を読む。


「ミナミ、センサーオフ。

プリズミアは“自己愛の連鎖”に餌付けされた。

このまま放置すると、屋敷が“嵐山テーマパーク”になる」


ミナミが小さく舌を出す。


「うわ、だいぶめんどくさいことになったわね。

じゃ、実験は一旦中止にしようか」


サッちゃんが前に出る。


「わたしが、ぶん殴って止めますっ!」


「ダメ。鏡だし、物理的に止めても連鎖は残る」

リナが止める。


「ユウト、あなたが話しかけて“ループを切る”。

サッちゃんは鈍感だから、感情の向きを変えられるのは主人の声だけ」


ユウトは「無茶言うな!」と叫びたいが、

理屈が正しすぎて否定できない。


彼は嵐山の前に立つ。


「嵐山」


「朝比奈くん。見てくれ。

今、僕の人生で最も美しい瞬間が投影されている」


「はいはい、その美しさを一回しまえ。

今のままだと、お前の“美”で家が爆発する」


嵐山はきょとんとした。


「……僕の美が、爆発……?」


「うん。ここではよくある」


「よくあるの!?」


メグミが横から真顔で頷く。


「この家は“感情が強いと結晶が寄ってくる”仕様なの。

あなたの自己愛は、強すぎて危険物」


嵐山は初めて、少しだけ迷った顔をした。


「僕は……危険?」


サッちゃんが慌てて首を振る。


「ち、違いますっ! 嵐山さんが悪いわけじゃなくて……その、うちの結晶が、空気読まないだけで……!」


「サーシャさん……」


サッちゃんの優しいフォローに、嵐山の瞳がキラッと潤む。


(あ、また自己愛の火が点きかけた)

ユウトが即座に割り込む。


「嵐山。

自己愛は持ってていい。むしろ才能だ。

でも、ここで暴走させると周りが死ぬんだ。

だから、今は一旦深呼吸して、普通の高校生の顔をしてくれ」


嵐山は、真剣にユウトを見た。


そして、ゆっくり息を吸って吐く。


「……分かった。

僕は、完璧を誇るけど、誰かを困らせる美しさは望まない」


鏡の光が、すっと弱まりはじめた。


《自己賛美ループ弱化。プリズミア出力低下》


「よし、今だミナミ」


ミナミが姿見裏をパカッと開け、耐熱ケースで包み取る。


「回収〜。

いやあ、**“ナルシスト増幅型結晶”**は初めて見た。

データうまい」


「データの味の話すんな」


鏡の中の嵐山王子たちが、ふわっと霧散して消えた。


玄関の空気が、現実に戻る。


静けさのあと、嵐山はきちんと頭を下げた。


「迷惑をかけた。

でも……こういう“危険な日常”も、君たちの魅力なんだね」


「魅力っていうか、体力の削り合いだけどな」


嵐山はサッちゃんに向き直り、今度は跪かない。

ちゃんと距離を取って、穏やかに言う。


「サーシャさん。

僕は、あなたが“主人のそばで笑っている姿”が好きだ。

だから、まずはその笑顔の邪魔をしないところから始める」


サッちゃんが、花束をぎゅっと抱きしめた。


「……はいっ。

わたし、よく分かんないけど……その言い方、すごく嬉しいですっ」


(分かってないのに刺さってるの、こわい)

ユウトが内心で椅子を倒す。


リナは嵐山を真っ直ぐ見て、淡々と締める。


「合格。

あなたは“危険な人”だけど、制御できる人。

準レギュラーとしては上出来よ」


「メタ⁉準レギュラー認定した?」

メグミがツッコむ。


「ええ。男手は貴重だから」


「露骨ぅ!」


嵐山は、ほんの少しだけ照れくさそうに笑った。


「……ありがとう。

君たちの仲間に入れるのは、光栄だ」


「仲間って言い方、急に爽やかすぎて逆に怪しいわ」

メグミが首をかしげる。


ユウトは肩をすくめた。


「とりあえず、学校では普通にしろ。

廊下で跪くのは禁止だ。

あと、俺の家で自己愛を爆発させるのも禁止」


嵐山は胸に手を当て、やけに誠実な顔で宣言した。


「了解。

僕は“嵐”だけど、君たちの屋根を飛ばすつもりはない」


「その言い回しがもう嵐なんだよなぁ……」


玄関の外で、夕暮れの風が吹いた。


サッちゃんの髪がふわりと揺れて、彼女は思わず嵐山の方を見る。

嵐山はその視線を受けて、満足げに微笑む。


その微笑みを見たユウトとメグミとリナは、同時に思った。


(――この男、絶対また何か呼ぶ)


KAINもABELも、同じ結論に到達していた。


《警戒レベルを“日常嵐モード”へ暫定移行します》

《了解。風向きは読めませんが、守る準備はあります》


ユウトはため息をつき、ぽつり。


「……嵐が来ても、もう逃げる場所ないしな」


サッちゃんが元気よく頷いた。


「はいっ! 嵐が来たら、一緒に吹き飛ばしましょうっ!」


「選択肢が物理しかないんだよなぁ、この家」


嵐山レオは、夕焼けを背に、ひときわ自信満々に笑った。


「僕がいる限り、退屈だけは来ないよ」


ユウトは即答した。


「退屈は来なくていい。

でも平穏は来てほしい」


誰も否定しなかった。

否定できるほど、まだ余裕はなかった。


【第23話・完】

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