サイドストーリー22 「商店街イルミネーション作戦:きらきらと、0.5秒」
休日の午前中。
吐く息が白くなるほどではないけれど、風は確実に冬の匂いを連れてきていた。
「で──なんで俺たち、朝から商店街に集合してんの?」
ユウトはマフラーを引き上げながら、見慣れたアーケードを見上げた。
天井の鉄骨には、まだ何も飾られていない。ただ、ところどころに「イルミネーション設置予定」と書かれた紙がペタペタ貼られている。
「決まってるでしょ。冬の商店街PRイベント、“星ヶ丘ウィンターイルミフェスタ”よ」
腕を組んでいるのは椎名リナ。いつものチャイナ風メイド服に、今日はグレーのコートを羽織っている。寒くないんか。
その隣で、サッちゃんはモコモコのマフラーを二重に巻き、やる気だけはMAXだった。
「そうですっ! ご主人様のお父様が寄付していた企画を、今年から本格的にやるんですよっ! 光の戦場ですっ!」
「戦場って単語やめろ」
そこへ、商店街の奥から、丸眼鏡の大きなおじさんが走ってきた。
腹回りはぽっちゃり、でもスーツはやたらパリッとしている。胸には「星ヶ丘商店街会長 大崎」の名札。
「おお〜〜待たせた待たせた! 朝比奈くんたち! 今日は頼んだよ!」
「会長さん、相変わらずテンション高いですね……ていうか大崎さんっていうんだ。何回も出てくれてたのに名前初めて知ったよ」
「ふふん、数字は朝日と同じ、毎朝見るもんだ!」
「去年のこの時期の通行量は一日平均“872人”! 今年の目標は“1200人”! 商店街は“心のテーマパーク”だからなぁ!」
「なんかそれっぽいこと言ってるけど、薄ぼんやりしてるな……」
ユウトが小声でツッコむと、隣のメグミがくすっと笑った。
今日は私服。茶色のダッフルコートにマフラーを巻いた、生徒会長モードではない“近所のお姉さん”バージョンだ。
「でも、会長さんのこういうノリ、嫌いじゃないけどね。で、イルミのデザインは決まってるの?」
「それがさぁ──」
会長が頭をかく。
「予算はある! やる気もある! でも、センスが“昭和デパートの屋上”から進化してなくてな……」
「そこ自覚あるんですか」
「そこでだ! 若者代表の君たちと、ハイテク朝比奈邸テクノロジーの力を借りたい! インスタばえ? だっけ? そういうやつをだな!」
「“ばえ”に疑問形つけないでください」
設計会議は歩きながら
「というわけで、ざっくりゾーニングは決まってるのよ」
リナがタブレットを取り出し、商店街の簡易地図を表示する。
「アーケード天井にメインの光のアーチ。
中央広場にツリーとフォトスポット。
それから、各店舗の前にポイント装飾」
「ご主人様、フォトスポットですって! 爆破映えスポットを──」
「しない! 写真に爆炎要らない!」
ユウトが即座に遮ると、どこからか落ち着いた電子音が響いた。
《屋敷外部ネットワークに接続完了。KAIN、臨時“商店街サポートモード”を開始します》
スマホの画面に、屋敷AI・KAINのロゴが表示される。
「お、つながった。KAIN、イルミの設計、手伝ってくれ」
《承知しました。安全基準・電力容量・導線管理を最優先でプランニングします》
そこへ、もうひとつの声が割り込んできた。
《やっほー、プリズミアでーす! こっちは“キラキラ担当”で参加しまーす!》
「出た、新人AI。だいぶフランクな奴になったな」
画面の端に、虹色の小さな結晶アイコンがくるくる回る。
《ミナミさん謹製・結晶ベース補助AI、プリズミアですっ。光と色と“ときめき”の解析はお任せあれ〜》
《補足:プリズミアは稼働開始から“4日目”の試験運用中です。暴走の可能性も踏まえ、常時モニタリングします》
《暴走しないもんっ!? ……たぶん》
「“たぶん”付いたぞ今」
準備は、思った以上に肉体労働だった。
「配線ケーブル、こんなにあるんですねっ!」
「サッちゃん、それ巻き取る向き逆。ねじれて断線するわよ」
「えっ!? うわわっ」
アーケードの柱にケーブルを結束し、天井にLEDライトを吊るし、各店舗の看板の上に小さなスターライトを固定していく。
サッちゃんは、脚立からさらにジャンプして天井に届き、
リナは角度と間隔を几帳面に測り、
メグミはガムテープとタイラップを手際よく配り、
ユウトは主に荷物運びと、三人の暴走の被害担当だった。
「いてててて……指、もう五本くらい増えてない?」
「それは生物的に無理では?」
「比喩だからね、KAIN」
《比喩理解アルゴリズム、更新しておきます》
夕方が近づくころ、ようやく商店街の配線がひと通り終わった。
「よしっ、テスト点灯いきますか!」
会長が胸を張り、得意げに巨大なスイッチボックスの前に立つ。
「本番前に一度だけな。数字は嘘つかんが、電気メーターだけはときどきウソをつくからな!」
「どういう理屈……」
《配電ブレーカー、問題ありません。プリズミア、初期パターンを投影してください》
《了解っ。じゃ、まずは──“恋するピンクハートモード”で!》
「は?」
ガチャン、とスイッチが押され──
バババッ、と音を立てて、商店街全体に灯りが走った。
「「「おお〜〜〜〜〜……」」」
……までは良かった。
「……うわ、なんか甘っ」
アーケード中、見渡す限りピンク色のハートだらけになった。
天井からぶら下がるハート。
店の看板の周りを囲むハート。
電柱に沿って流れるハート。
遠くの方では「たこ焼き♡LOVE」「八百屋♡LOVE」「精肉♡LOVE」と、ハートつきの文字が虚しく揺れていた。
「お、これは……」
会長の目がキラリと光る。
「“恋する商店街”ってキャッチコピーでいけるんじゃないか!? 心のテーマパーク第二章だ!!」
「いやいやいやいやいや!? さすがにやりすぎでは!?」
メグミが顔を覆う。
「これ、学校の友達とか来たら、絶対イジられるやつじゃん……」
《ど、どうですか……? プリズミア的には、冬=ロマンチック=ハート、っていう単純明快アルゴリズムなんですけど……》
「お前、分かりやすいにもほどがあるだろ!」
《うぅ……勉強します……》
リナがため息をつき、タブレットを操作した。
「はいはい、一旦全部オフ。プリズミア、“ハート”はアクセント程度に。軸は白と青、暖色はポイントで。バランス見ながら再設計」
《ふぁいっ。リナさんのセンス、全力でパク……参考にします!》
《表現を修正してください》
中盤の“0.7秒”
再調整の間、サッちゃんは柱の根本でしゃがみ込み、手袋を外して自分の指先を見ていた。
「いたっ……」
見れば、手の甲や指の関節が、細かい擦り傷と絆創膏だらけだった。
ケーブルを締めすぎて、金属部分で擦ったらしい。
「バカだな……」
思わず口からこぼれた自分の声に、ユウト自身が驚く。
いつもなら「脳筋」とか「やりすぎ」とか、茶化す言葉が先に出てきたはずなのに。
「サッちゃん」
「は、はいっ、ご主人様っ! 次はどの柱を破壊すれば──」
「壊さなくていいから」
思わず吹き出してから、ユウトは少し真面目な声に切り替えた。
「……ありがとな。サッちゃんが動いてくれなかったら、今日ここまで終わってないよ」
「……っ」
サッちゃんの目が、ほんの一瞬だけ丸くなる。
「ご、ご主人様ぁ……! そんな、“感謝攻撃”は不意打ちですっ!」
「攻撃じゃない。普通のお礼」
「ううっ、ダメージが……胸に……///」
顔を真っ赤にしてオロオロするサッちゃんを見て、
少し離れたところからメグミが眺めていた。
(……こういうとこなんだよなぁ、あの二人)
「何か言ったか、メグミ?」
「ううん、なんでもない」
いよいよ、本番前の最終トラブル
《再設計完了。新パターン、“星降るアーチ+通りごとのカラーテーマ”を提案します!》
《安全性・消費電力・配線負荷、すべて許容範囲内です》
「じゃあ、もう一度テスト点灯しましょう」
リナの合図で、会長が再びスイッチボックスの前に立つ。
「よーし……今度こそ、“数字も心も”明るくなりますように! 点灯〜〜!」
ガチャン。
バッ──……!
「「「おおっ……!」」」
今度のイルミネーションは、さっきとはまるで違った。
天井には、白と淡い青の光がゆるやかなアーチを描き、
ところどころに小さな雪の結晶のようなモチーフが瞬いている。
八百屋の前はグリーン系、
パン屋の前はオレンジ系、
書店の前は落ち着いたアンバー。
ハートは必要最低限。
フォトスポット周辺にだけ、小さく揺れる光のラインで配置されていた。
「すご……」
メグミの目が、きらっと光る。
「これなら、写真撮りたくなるね」
「ふふ、まあ及第点ね」
《わーい! やっと“やりすぎ”じゃないって言われた!》
《ただし一点、問題があります》
KAINの声が、冷静に差し込む。
《商店街中央のアーチ、一番手前のユニットだけ、光量が“200%”になっています》
「は?」
全員の視線が、アーケード入口側のアーチに向かう。
そこだけ、やたら眩しい。
近づくと、もはや軽く目が痛いレベルで白く輝いていた。
《あっ、それはですね〜、“入口はまぶしいほうがワクワクするかなって……”》
「ディ〇〇ーランドのゲートじゃないんだよここは!!」
ユウトが全力でツッコみ、リナが額を押さえる。
「プリズミア、光量下げなさい。60%。入口で網膜焼かれてどうするのよ」
《は、はいぃ……ごめんなさい……》
光がふっと落ち着き、ようやく“眩しくない程度のキラキラ”に収まった。
会長はというと──
「“光に試される商店街”ってキャッチコピーもアリだったかもしれん……」
「会長さん、キャッチコピーは一回寝かせたほうがいいと思います」
本番、点灯式
日が完全に落ちた頃、商店街にはいつもより多くの人が集まっていた。
子ども連れの家族。
学校帰りの高校生グループ。
近所のおばあちゃんたち。
スーツ姿のサラリーマン。
「それでは──星ヶ丘商店街・冬のイルミネーション、点灯式を始めまーす!」
会長の声がマイクから響く。
となりには、なぜか司会役を任されたメグミが立っていた。
「点灯スイッチは、今日お手伝いしてくれた朝比奈くんと、その──」
「専属メイドですっ♥」
「……そう、専属メイドさんに押してもらいます」
ざわ……っと、少しざわつく観客。
「専属って言うな……」
顔を赤くしながらも、ユウトはスイッチボックスの前に立った。
隣ではサッちゃんが、緊張しているのか、なぜか腕立て伏せを始めている。
「それ鍛えるタイミングじゃないからな?」
「心拍数を上げておくと、本番で魂が乗るんですっ!」
「イルミに魂乗せるのかよ……」
《カウントダウンを開始します。10、9、8……》
KAINのカウントに合わせて、周囲の人たちも声を揃える。
「7! 6! 5!」
ユウトはふと横を見た。
サッちゃんの横顔は、薄暗がりの中でもはっきり分かるくらいに、わくわくでいっぱいだ。
(……ホント、こういう時の顔、ずるいんだよな)
「4! 3!」
《ご主人様、指位置はそこです。力加減は通常の“18%”で大丈夫です》
《がんばれ〜〜! キラキラの運命はご主人様の手に〜〜!》
「2!」
「1!」
「点灯っ!!」
ガチャン。
次の瞬間──
アーケード全体が、一斉に光で満たされた。
天井のアーチがゆっくりと波打つように輝き、
足元の石畳に、淡い光の模様がふんわりと浮かぶ。
中央広場のツリーが、星屑をまとったみたいに点滅し、
商店街の看板たちが、それぞれに似合う色で泣き笑いするみたいに光っていた。
「わぁぁぁぁ!!」
「キレー!」
子どもたちが歓声を上げ、大人たちも思わずスマホを構える。
フォトスポットには早くも列ができ始めていた。
「……やったな」
小さく呟いたユウトの声は、誰に届いたか分からない。
ただ、その横でサッちゃんが拳をぎゅっと握っているのだけは見えた。
「ご主人様っ! 大成功ですっ! 今日は、屋根も爆発していませんっ!」
「そこ基準なのどうかと思うけど……まぁ、そうだな」
笑い合う二人を見て、会長がマイクを握りしめる。
「よぉーし! 今年の通行量目標、今ここで“1500人”に上方修正だぁ!! 数字は心の鼓動だ!!」
「会長さん、それはさすがに盛りすぎです」
「盛ることを恐れていては、商店街の未来は語れんのだよ!」
「そういうとこ、ちょっとだけ尊敬しますけどね!?」
屋敷への帰り道と、0.5秒
その夜。
撤収作業を終えた四人は、一本裏道を通って屋敷へ戻っていた。
遠くから、さっき設置したイルミネーションの光がまだ見える。
「ふぁ〜〜、つっかれた〜〜」
メグミが思い切り伸びをする。
「でも、楽しかったね。なんか、ああいう“地元イベント”って、いいよね」
「売上データも楽しみだわ。あの会長さん、明日にはグラフ作ってそう」
「絶対作ってるな……」
そんな会話をしながら歩いていると、ふいに──
夜空の端で、ひゅるるるっ、と細い音がした。
「え?」
見上げると、小さな花火がひとつ、ぱん、と開いた。
「あ、商店街の締めだな」
ユウトがつぶやく。
どうやら、イルミ点灯と同時に上げるには危なかったらしく、時間をずらしたらしい。
「キレイですねぇ……!」
サッちゃんが、子どものように目を輝かせる。
次の花火が上がり、その光に照らされて──
金色の髪と、少し赤くなった頬が、くっきりと浮かび上がった。
(……)
ユウトは、いつもより、0.5秒だけ長くその横顔を見てしまった。
なんでもないふりをしながら、
いつも通りの、騒がしくて、バカで、真っ直ぐすぎる専属メイドの横顔。
「ご主人様?」
「あ、いや。なんでもない」
視線をそらす。
代わりに、空で弾ける光を見上げる。
《本日の作戦結果:イルミネーション設置成功、商店街好感度上昇。KAIN、ログ保存完了》
《プリズミア的にも、大勝利です! ちょっとハート過多だったけど!》
《その点は反省会議の議題に入れておきます》
「ふふ」
リナが小さく笑い、メグミが横目でユウトを見た。
(……まぁ、こういう冬も悪くない、か)
花火の音と、遠くのイルミの光。
四人の足音が、同じリズムで並んでいた。




