第22話「結晶総決算!朝比奈邸クリスタル棚卸しパニック」
──朝の朝比奈邸。
「……なんか、いつもよりキラキラしてない?」
寝ぼけた頭のまま廊下に出たユウトは、一歩目で後悔した。
床の一部がやけに光沢を帯び、壁紙の端はいつの間にかパステルストライプ。天井からは、場違いなシャンデリアのホログラムがゆらゆら揺れている。
「おはようございます、ご主人様っ!」
振り向けば、エプロン姿のサッちゃん──サーシャが、全力スマイルで敬礼していた。背後のキッチンからは、やや不穏な匂いと白煙がもくもく。
「お、おはよう……って、なんでうちの家、勝手に“キラキラ改装”されてんの?」
KAIN《ご主人様。現在、屋敷内における結晶由来の局所現実改変が、一日平均12.6件まで増加しています》
「なんだか最近あちこちにある光る石だよね。何個かあるけどあれもいつまでも家においておけないよな」
そのとき、キッチン奥の冷蔵庫の扉が、自動でバーンと開いた。
《ピロリン♪ ようこそ、プリン王国へ》
中は棚が不自然に増殖し、すべての段にプリンがびっしり並んでいた。コンビニ系から高級スイーツまで、謎のフルラインナップ。上段には王冠マーク付きの「キングプリン」まで鎮座している。
「……うち、いつから王国になった?」
KAIN《冷蔵庫ノードに付着していた結晶が、昨夜のメグミ様の独り言──“プリン食べたい……”──に反応した結果です》
「私のせいなの!?」
いつの間にかダイニングにいたメグミが、プリンを食べながら固まっている。
その冷蔵庫の上部が、ぐにゃりと膨らんだ。
《プリン王国、さらに拡大中♪》
天井側にまで“プリン専用棚”が伸びかける。
「拡大しなくていい!!」
「ご主人様っ! ここは私が──」
「殴るなよ!? 殴ったらプリン弾け飛ぶからな!?」
サーシャの拳がピタッと止まり、代わりに彼女はそっと冷蔵庫に抱きついた。
「落ち着いてくださいプリンさんたち……! あなたたちの気持ちはわかりますっ。でも、ここは共同生活スペースですっ!」
「なんでプリンに説教してるんだよ……」
そのやり取りを横目に、メガネをクイッと押し上げる影がひとつ。
リナ「……そろそろ、ちゃんとやる時が来たわね。“結晶の棚卸し”」
「せっかく科学者も家にいるんだしこの際きれいに片付けてもらおう」
KAIN《賛成です。このまま放置すると、屋敷から“日常”という概念が物理的に消失します》
ABEL《本日を“結晶総決算デー”に指定。洗車は延期を推奨します》
「洗車と同列で扱うな!」
こうして、朝比奈邸・結晶総決算会議が幕を開けた。
元・リビング。
中央のローテーブルはホワイトボードに差し替えられ、壁には「結晶在庫リスト(仮)」と書かれた紙がペタペタ貼られている。どこから出したのか、ミナミが白衣でくるくる回りながらマーカーを振っていた。
ミナミ「ついに来たね、クリスタル棚卸し♪ 研究者的にはボーナスステージだよ」
「楽しそうに言うなよ……こっちは人生がハードモードなんだが」
ユウトが頭を抱える横で、サーシャは拳を握りしめている。
「結晶退治任務ですねっ! 全部まとめて、ドーンとクリーンアップしますっ!」
「だから退治じゃない、“整理”って何回言わせるのよ」
リナはさっとマーカーを走らせ、ホワイトボードに大きな三つの円を描いた。
リナ「はい。ここまで回収した結晶をざっくり分けると、こんな感じね」
一つ目の円の下に、さらさらと文字が入る。
『願望増幅型』
リナ「誰かの“こうなったらいいな”を拾って、過剰に実現するタイプ。
屋敷が二足歩行ロボで街に出ようとした回、あったでしょ?」
ABEL《“巨大ロボ・モード”時の映像を再生しますか?》
「やめろフラッシュバック案件だ!」
ホログラムに、歩き出そうとする屋敷の映像が一瞬映り、即座に消えた。
リナ「今日のプリン冷蔵庫も、その仲間。欲望に耳を傾けて、やりすぎるお節介屋って感じね」
メグミ「プリン食べたいって言っただけなのに……」
リナは二つ目の円を指さす。
『感情同調型』
リナ「これは、周りの感情の波を拾って、演出や幻影を盛りまくるタイプ。
あの怪談旅館、覚えてる?」
KAIN《あの旅館では“恐怖”波形が平均値の320%まで増幅していました》
メグミ「あれはマジでやめてほしい……勝手に廊下延びるし、布団勝手にめくれるし……」
三つ目の円には、こう書かれた。
『環境擬態型』
リナ「道具や設備に化けて、インフラのふりして居座るタイプ。
演武台の気流増幅板とか、厨房の謎省エネ装置とか、便利そうなものに寄生するクセがあるわ」
ミナミ「まとめると──」
ミナミが指でぽんぽんと円を指す。
「願望増幅型=“盛りすぎ実行委員”。
感情同調型=“過剰演出担当”。
環境擬態型=“便利になりすぎる設備バカ”。……ってところかな」
「なんかすごくよく分かるけど、同時に腹立つワードセンスだな」
その瞬間、ホワイトボードの上空がチカチカと光り始めた。
《願望検知:“ちゃんとした研究室ほしい……”》
ミナミ「あ、心の声が漏れた」
隣の空き部屋の壁が、ぐにゃりと歪む。
白かった壁紙が黒背景にネオンカラーの化学式柄へ変わり、天井からは怪しげな配線がドサドサ垂れ下がる。
「待て待て待て! 勝手に“マッドラボ”増設すんな!」
ユウトが慌てて壁を両手で押さえる一方で、リナは結晶ロケーターをかざし、天井近くの蛍光灯に擬態していた小さな光をパシッと摘み取った。
リナ「はい、出てきなさい。願望増幅型」
結晶がきらりと光り、部屋の変形がぴたりと止まる。
ミナミ「惜しい……あと三秒あれば素敵な研究室になったのに」
「そんな危険物、増やさない方向で頼むわ」
KAINが、電子音混じりのため息をひとつ。
KAIN《……ご覧の通り、彼らは悪意で動いているわけではありません。
ただ、“加減”と“安全”という概念が、根本的に欠落しています》
「つまり、サッちゃんみたいなもんってこと?」
サッちゃん「はいっ! 私と同じですねっ!」
リナ「そこは全力で否定したいのに否定しづらいから複雑だわ……」
「で、なんでそんな奴らが、うちばっかりに集まってくるんだ?」
ユウトの素朴な疑問に、KAINとABELが同時に応答した。
KAIN《分析結果。結晶の集積主因は、主に三つ》
屋敷の簡易図がホログラムに浮かび、三か所がやわらかく光る。
《① 屋敷中枢AIである私──KAINの演算コア》
《② 自律支援車両ABELの高密度演算ユニット》
《③ サーシャ様の“高出力感情波”と、ユウト様の“保護欲”》
「最後のだけ説明の雑さ増してない?」
ABEL《要するに、“高度な知性”と“濃い感情”が同居している場所は、結晶にとって非常に居心地が良い、ということです》
ミナミ「AIの頭脳と人間の感情。その両方がぎゅっと詰まった場所は、結晶からしたら高級シェアハウスみたいなもんなんだよね」
「シェアハウス扱いやめてくれない?」
リナ「だから“自然に”集まる。──で、もう一つ。というよりこれが一番の原因だと思うけど」
ホワイトボードの端に、小さな円がひとつ描き足される。
リナ「どこかに、“結晶を集めたい誰か”がいて、
ここを“集積ポイント”として利用してる可能性もある」
空気が、僅かに重くなった。
サッちゃん「誰かが、結晶さんたちを“集合”させてるってことですか?」
「今のところ、ただの仮説。でも──」
リナはホログラム図を見上げる。
「結晶を追いかけると、必ずこの家に辿り着く。
その事実を“知ってる側”がいるかもしれない、ってこと」
ユウト「……つまり、“敵”かもしれないって話?」
「“誰か”がいる。そこまでは言えるわね」
重くなりかけた空気を、サッちゃんが拳ひとつで吹き飛ばす。
「大丈夫ですっ! 誰が来ても、全力でおもてなしして、全力でお帰りいただきますっ!」
「おもてなしと追い返すを同じテンションで言うな」
その時だった。
KAIN《……異常検知。地下保管庫の結晶群から、同期共鳴を検出》
「は? 保管してるやつ、今触ってないよな?」
ミナミ「波形見せて──……うわ、これ“自発共鳴”だ。
結晶たちが、自分たちで集まろうとしてる」
全員で地下のセーフルームへと駆け込む。
透明ケースに一つずつ収まっていたはずの結晶が、ケースの中でふわりと浮き上がり、ガラスを沈み込むように透過して、中央へじりじり寄っていく。
空気がじっとりと重くなり、耳鳴りのような高い音が部屋全体に満ちた。
「な、なんか……合体しようとしてない、あれ!?」
中央には、心臓みたいに脈打つ光の塊が生まれつつあった。
周囲の蛍光灯はちらつき、壁の時計は針を高速に逆回転させ、足元の床タイルがかすかに浮き上がる。
KAIN《警告。重力ベクトルに局所的な乱れ。電源系統にノイズ侵入》
ABEL《このまま集積が進行すると、当区画の物理法則が一時的に不安定化する可能性あり》
メグミ「“不安定化”って軽く言ってるけど、要約すると?」
ミナミ「下手すると、この部屋ごと“別画面”に飛ぶね」
「最悪じゃん!!」
そのとき、部屋の隅でぽこん、と何かが起動した音がした。
《……ピッ……起動プロトコル……エラー多数……》
四角い金属箱。
前面に小さなスピーカーと、古い家電みたいなシンプルなアイコン表示。
ミナミが朝、こっそり設置していた装置だ。
ミナミ「あ、それ今日試そうと思ってたやつ。“結晶インターフェースBOX”試作一号」
「さらっと爆弾ワード出すなよ!」
ミナミ「ケースごとにセンサー付けて、波形をこの箱に集約して“人間語に近い形”に変換するんだ。
……のはずなんだけど、ちょっと予定より“直結”しすぎてるね、これ」
中央の光の塊から、箱へと細い光の糸が伸びる。
箱の表示がチカチカと乱れ、かすれた声がスピーカーから漏れた。
《……ひろい……ところ……せまい……やだ……》
メグミ「しゃべった!?」
KAIN《補足。現在の音声は、結晶群の共鳴波形をミナミ様のBOXが“擬似音声化”したものです。
結晶そのものに声帯はありませんので、ご安心を》
「全然安心できねぇよ!」
サッちゃん「侵略って感じじゃないですけど……なんか、“お引っ越し騒ぎ”みたいな……!」
リナ「どっちでもいいわ。このまま巨大コアになったら、屋敷ごと巻き込まれる」
破壊は論外。散弾になって飛び散ったら、今度こそ収拾がつかない。
そこで、KAINのホログラムがユウトの前へと浮かび上がる。
KAIN《ユウト様。結晶は、強い感情と“場のルール”に反応します。
ここで当屋敷の“ルール”を、正式に宣言することを提案します》
「ルール……」
ユウトは、脈打つ光と、それを受け止めているBOXを睨みつけた。
正直、怖い。
屋敷がロボになったときとも、旅館怪談とも違う、もっと“根っこ”を揺さぶられる感じ。
けど──。
ここは父親から引き継いだ家で、今はみんなの住処で、結晶騒ぎも含めて、もう“普通の一日”の一部みたいになっている。
その事実を、思い切って言葉にした。
「……おい、そこの箱さん?結晶さん?」
自分でもどうかと思う呼びかけだが、光の塊もBOXの表示もぴくりと揺れた。
《……よぶ……きこえる……》
「ここが好きなら、ルールを守るんだ」
光がわずかに弱まり、脈動がゆっくりになる。
「うちは、みんなで暮らしてる“家”なんだよ。
屋敷歩かせたり、プリン王国作ったり、怪談ショー開いたり、やらかしてくれてるけどさ──」
肩をすくめて、苦笑する。
「正直、巻き込まれてばっかで超しんどい。
……でも、なんだかんだで、全部ひっくるめて“うちの日常”なんだよ」
サッちゃんが思わず顔を上げた。
サッちゃん「ご主人様……」
「だから、住みたいなら──」
ユウトは一度、息を吸い込む。
「うちのルール、守るんだ。
暴れるのは禁止。危ないのも禁止。
ここで一緒にいたいなら、“一緒に暮らせる形”でいてくれ」
サッちゃん「そうですっ! 家族なら、ちゃんとルール守らないとダメですっ!」
リナ「……“家族”ね。言ってくれるわ」
リナが前に出る。
「こっちも条件を出すわ。
あなたたちの“居場所”は、ここにちゃんと用意する。
外の人間や街を巻き込むのは絶対に許さない。
暴れたいエネルギーがあるなら、安全な形に変えて、必要なときだけ貸してもらう。
その代わり──」
ミナミ「解析と面倒は、私が責任持ってやるわ。
“怖い未知”から“扱える未知”にしてあげる。これは約束するよ」
BOXのランプが、弱々しい点滅から、一定のリズムに変わっていく。
《……ルール……きろく……する……》
《……いっしょに……いても……いい……?》
声はまだノイズ混じりだが、さっきよりずっと“意味”を結んでいる。
ユウトは、笑って頷いた。
「いいよ。
ただし、調子に乗ったら、うちのメイドさんたちがが全力で締めに行くからな」
リナ「最後の脅し文句だけ物騒すぎ」
サッちゃん「お任せくださいっ♥」
次の瞬間、中央の光の塊がふわりと弾けた。
無数の小さな粒になって部屋全体に散り、元のケースへとストン、ストンと戻っていく。
浮いていたタイルが音を立てて床に収まり、蛍光灯の明滅も止まった。
耳鳴りが消えると同時に、地下室は嘘みたいに静かになる。
KAIN《共鳴沈静化を確認。結晶群は当屋敷の“ルール”を受け入れたようです》
ABEL《新運用方針を反映。セーフルーム防御レベルを更新しました》
BOXの表示には、小さなアイコンがひとつ点った。
《サブノード:暫定起動》
KAIN《……興味深い現象です。ミナミ様のBOX内部に、結晶由来の“準AI”が形成されつつあります》
ミナミ「おお、“結晶インターフェース子機ちゃん”の誕生だね!」
「ネーミングのセンス、もうちょっとなんとかならない?」
KAIN《当面は“副次ノード”として監視下に置きます。……妹分、という扱いでも構いません》
夕方。
修復途中のリビング。
ホワイトボードには新しいタイトルが書かれていた。
《結晶運用ルール・朝比奈邸版》
その下に、シンプルな三行。
──壊さない。
──閉じ込めるだけにしない。
──一緒に暮らせる形を探す。
ユウト「……思ったより、うちっぽいな」
リナ「ルールはシンプルでいいの。細かい運用はこっちでどうにでもするわ」
KAIN《要約:破壊禁止。回収と隔離を優先。
再現実験はセーフルーム内のみ。以上です》
サッちゃん「はいっ! 独断でぶん殴らない、ですねっ!」
「今さら!? 今まで独断だった自覚あったのかお前」
ミナミ「ログもちゃんと取るよ。発生場所、トリガー感情、現象内容。
次からは、“何をするとどんな騒ぎになるか”の予測もできるようになる」
メグミ「じゃあ私は、外向けの言い訳係かな。
また何か壊れたら、“最近の突風すごいですよね”って言っとく」
「それもう誤魔化しきれないレベルだろ……」
ABEL《外部機関への保険・警察対応は、今後もリナ様に一元化されます》
リナ「書類仕事は得意よ。慣れてるしね」
ふと、サッちゃんが胸を張る。
「結晶さんたちも含めて──これでみんな、うちの“家族”ですねっ!」
メグミ「家族……増えたね、また」
ユウト「増えすぎて、そろそろ戸籍がカオスだけどな」
テーブルの端には、例のBOXがちょこんと置かれている。
小さなランプが、ぽうっと暖かく点滅した。
《……きょうのルール……さんこう……しました……》
KAIN《発話頻度を1日あたり3回に制限します。うるさくなる前に教育が必要です》
ミナミ「立派なAIアシスタントになれるといいねぇ、BOXちゃん」
「名前考えないとな…」
窓の外、夕焼けが赤く差し込む。
地下のセーフルームでは、ケースに収まった小さな結晶たちが、夕日を反射して、かすかに瞬いていた。
AIとメイドと結晶と人間と、新人BOXが同居する、騒がしくて、ちょっと不安で──
それでもなんだか悪くない、“朝比奈邸の新しい日常”が、ここから始まっていく。
【第22話「結晶総決算!朝比奈邸クリスタル棚卸しパニック」・完】




