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第21話「豪華旅行?怪談とメイド肝試し」

「三番! 三番の方〜、特賞“町内会ご招待・一泊二日ペア旅行”で〜す!」


商店街の歳末福引所で、おじさんの声と鐘の音が重なる。


「……え?」


ガラガラを回したユウトの手元で、赤い玉がコロン、と転がっていた。


「おめでとうございます〜! 温泉旅館ペア旅行券! しかも町内会枠で“家族・同居人は人数無制限”!」


「無制限って概念おかしくない!?」


「ご主人様ぁぁぁぁっ!! やりましたね旅行ですっ! ミッション・オブ・エンジョイメント発生ですっ!!」


すでにサーシャ――サッちゃんが肩車レベルの勢いで飛びついてくる。


「折れる折れる折れる! 俺の背骨は無制限じゃないから!」


メグミが冷静に旅行券をひょいと奪い、じっと文字を追う。


「“○○県・山間の秘湯 幽星館ゆうせいかん”……口コミ、どうだろ……」


その瞬間、ポケットのスマホからKAINの声。


《レビュー検索結果。“建物は古いが味がある”“たまに出る”“夜の廊下はガチで怖い”》


「最後やめろ!!」


「“出る”って……出るの? なにが?」

サッちゃんの目が、妙にキラキラする。


リナは腕を組んだまま、画面を横目で見て肩をすくめる。


「まあ、旅行費用がタダなら悪くないわ。どうせ何か起こるし」


「起きないでほしい側としての意見、ここに一票……」


その後ろから、白衣姿がぴょこんと顔を出した。


「山間の旅館……古い配線……未整備の設備……それに、結晶反応っぽいノイズ。行く」


松戸ミナミ――流浪中のマッド科学者(自称)は、旅行券を覗き込みながらニヤリ。


「家族旅行に技術参謀は必須でしょ。ね、KAIN。現地ネットワークとの握手準備して」


《仮承認。なお“出る”という評判は、ホラーイベントと怪談レビューが混線している模様》


「混線したホラーって一番イヤなやつじゃん……」


こうして、朝比奈家+αの温泉旅行が決まった。



山道をバスで揺られ、幽星館に着いたときには、夕焼けが山の端ギリギリに引っかかっていた。


「……渋いを通り越して、“さびれてる”って言ったほうが早いな、これ」


木造三階建て。看板は色あせ、玄関の提灯は片方切れ、その隣の鉢植えは半分枯れている。


硫黄の匂いと、誰もいないロビーの静けさ。


「“歴史がある”とも言えるわ」

リナはそう言いつつ、天井の蛍光灯と配線をじっと眺めた。「……昭和で時が止まってるわね、これ」


ミナミの目も同じ方向で光る。


「ノイズまみれのレガシー配線……最高じゃん。手を入れたくて指がうずく」


「今はまだやめてね!? チェックイン五分で旅館解体しないで!?」


カラン、と鈴の音。奥から女将が姿を見せる。


「まあまあ、よくお越しくださいました……あら?」


さらにロビー奥から、見覚えのある金髪と白手袋。


「ごきげんよう。偶然ですね、朝比奈くん」


ロレンス・ウィンダミア。

その後ろには、落ち着いたスーツにエプロンを重ねた灰島ツバメ。


「こちらは黒百合側の“温泉合宿”でして。予算削減の余波で、多少年季の入った宿になりましたが」


ミナミが「あ〜」と肩をすくめる。


「経費削減の波はどこにでも来るんだね。傭兵団も大変」


ロレンスは相変わらず完璧な笑顔を保ったまま、ロビーを見渡した。


「古いが、悪くない。避難導線も単純、死角は少なめ。ツバメ、館内避難プランを簡易で作っておこうか」


「すでに作成中です。非常口、消火器の位置も確認済みです」


「慰安旅行に来てまで危機管理してるの、この人たちさすがだな……」とユウトは小声でつぶやく。


一方サッちゃんはテンションMAXだ。


「ロレンス様〜! ツバメ教官〜! 一緒にお風呂行きましょうねっ! 肝試しもしましょうねっ!」


「まだ誰も肝試しの話はしてないからね!?」



夕食後。大広間で簡単な宴会とカラオケが終わったころ、女将が少し困ったような顔で切り出した。


「実は……この旅館、昔は“お化け旅館ツアー”なんてのをやってましてねぇ。ホログラムや音響で……。最近は設備も古くなってやめたんですが……ええと、その……」


《ピン》


ロビーの蛍光灯が、一瞬だけ青く明滅する。


「……今も、たまーに、勝手に動くんですよ。あの、ホログラム装置が」


「帰っていいですか」


「よくない。ここまで来て引き返したら、幽霊より町内会長が怖いよ」

メグミが即答した。


KAINが淡々と補足する。


《館内ネットワークに不自然な信号を確認。旧イベント設備由来の自動起動と思われます》


ミナミのゴーグルが、わずかに光った。


「……今の波形、“人の心拍と声”に似てる。結晶が遊んでるにおいがするねぇ」


ロレンスが、すうっと指を鳴らす。


「ならば、“安全な肝試し”として整えましょう。我々も避難導線と照明を管理します」


ツバメもうなずく。


「恐怖時のパニックは事故の元です。事前にルートを決め、危険箇所を封鎖しましょう」


「黒百合、やっぱ運用プロだな……」とユウト。


メグミはさっそくメモ帳を取り出した。


「じゃあルート決めるね。ロビーから中庭経由で渡り廊下、三階端の旧資料室前までの往復コース」


「先頭はサーシャさん、次にユウト、その後ろに私とリナ、そのさらに後ろにミナミさんと黒百合組……かな」


「待ってメグミ。俺、完全に盾ポジションなんだけど」


「男子はだいたい盾だよ?」


「理不尽〜〜〜」



夜の廊下は、昼間と別物だった。


絨毯はくたびれ、曲がり角ごとに暗がりが溜まりこんでいる。窓の外は山の闇で、ガラスがぼんやり鏡みたいに中を映す。


《チ……チ……》


天井の蛍光灯が、不自然なリズムで点滅した。


壁のスピーカーから、かすれた女の声。


『……まだ……ここに……いるのに……』


「うわああああああああ」


ユウトの悲鳴に、メグミの「ちょっ、声がデカい!」が重なる。


サッちゃんは即座に腕まくり。


「ご主人様ぁぁぁ!! 大丈夫です! お化けが出たら正拳突きで成仏させますからっ!」


「だから殴んなって!!」


リナは懐中電灯を構えながら、眉をひそめた。


「音源が廊下側か、屋外か……。KAIN、定位出せる?」


《スピーカー出力。廊下側です》


「……とりあえず、“足元見えてる恐怖”から片付けましょう」



中庭に面したガラス窓の前まで来ると、石灯籠が一つ、勝手にぼうっと光った。


さらに――灯籠の側面に、影絵のように“首だけ”の人影が浮かぶ。


『……みてる、よ……』


「ひっっっ!!?」


渡り廊下の向こう側から、ノアが飛び出してきた。

くのいちとは思えない、カエルみたいな姿勢で床を滑りながら逃げてくる。


「さ、三階の端の部屋に、首だけの女の人がぁぁぁぁ!!」


後ろからマリー・マカロンが顔を出し、ガクガクしながらも影を凝視する。


「ひい……でも演出としては悪くない……台本と組めば高評価……」


「マリー、評価軸がブレてるから」

ロレンスが苦笑した。


ツバメは正面の中庭を観察しながら、冷静に分析する。


「石灯籠の下に旧型投影レンズ。中庭の暗さを利用して、輪郭を強調しているだけですね」


「分かってても怖いもんは怖いんですよぉぉ!!」

ノアは今にも泣きそうだ。


ロレンスは、そんな部下たちを横目に、きれいな微笑を崩さない……が、その頬はわずかに引きつっていた。


「なるほど、戦場にはない種のプレッシャーだ。ツバメ、後で“ホラー環境下の退避訓練”をメニューに加えよう」


「了解しました。なおロレンス様も、顔色がいつもより三段階ほど白く見えます」


「見なかったことにしてくれたまえ」


そんなやり取り自体が、少し場を和ませる。



問題は、その少しあとの角だった。


曲がり角を曲がった先――

ふわり、と白い影が浮かび上がる。


白い着物。長い髪。虚ろな目でこちらを見つめながら、のろのろと手を伸ばしてくる。


『……あそ……ぼ……?』


「出たああああああああっ!!」


ユウトとメグミとロレンスの悲鳴が見事にハモった。


次の瞬間、その“手”へ一直線に飛び込む、金髪の影。


「――正拳っ!!!」


バキィィィィィンッ!!


サッちゃんの渾身のストレートが、白い影を真正面から貫いた。

ホログラムはきれいに霧散し――その後ろの壁板が、見事なクモの巣状にひび割れる。


「わあああああああ!?」


「だから殴るなって言ったでしょ!!」


メグミが頭を抱え、リナが額を押さえる。


KAINが即座に報告。


《壁面損傷レベル:中。構造には影響ありませんが、視覚的ダメージは大きめです》


ツバメがため息をついた。


「……恐怖時の条件反射としては優秀ですが、退避導線が破壊されるのは最悪です。今度“恐怖下での行動制御”も訓練に入れましょう」


「す、すみませんっ……お化け=敵、という図式が脳内で……」


「サーシャ、あなたの脳内マップ、戦場モードがデフォルトすぎるのよ」

リナは呆れたように言いながらも、足元の破片を避けて通路の安全を確認していた。



やがて一行は、三階奥の“旧映写室”前に辿り着く。


ギィ……と、古い扉が湿った音を立てた。


中からは、低いハム音と、どこかで鳴り続けるテープのリール音が聞こえる。


懐中電灯の光だけが、細い線となって扉の隙間から漏れた。


リナは、握っていた懐中電灯にうっすら浮かんだ自分の汗を見下ろす。


(……怖いのは、得意じゃない)


(でも、“怖くてもやる”のが大人の仕事。それくらいのことは、ちゃんとやらないとね)


意識的に指を開き、握り直す。


「KAIN、ノイズ波形まだ出てる?」


《はい。映写室内から強い信号。結晶由来と推定されます》


「行きましょう。ここまで来て引き返したら、怖がり損だもの」


リナはそう言って、真っ先に扉に手をかけた。


「鍵、わたしが開けますっ!」

サッちゃんが勢いよく前に出る。


「壊さないでね。文字通り“開ける”だけでいいから」


「了解ですっ、“ノブにそっと愛を込めて回すモード”で!」


ギュッ……ギギィィッ。


扉は、サッちゃんの“そっと”とは思えない力加減にも負けず、意外と素直に開いた。

古い木材の方が、逆に彼女の握力に慣れているかのように。



映写室は、長年のホコリと機械油のにおいで満ちていた。


古いミキサー卓、スライドプロジェクタ、ホラーイベント用のカセットテープ。

その中央、制御盤の上に――青白い光を内側から脈打たせる結晶が一つ、鎮座している。


スピーカーから、まだかすかな声が漏れる。


『……こわい? もっと、こわくする?……』


ミナミが小さく口笛を鳴らす。


「はい確定。ホラー演出に味を占めた結晶くんですねぇ」


リナの手が、ほんの少し震えた。

でも、その震えを隠そうとせず、あえて制御盤に歩み寄る。


「怖いけど……事故が起きる方が、もっとイヤ。――仕事しましょ」


配線を一本一本指でなぞり、電源ライン、投影ライン、館内放送への分岐を確認する。


「KAIN、こっちに目を繋いで。切る順番を一緒に組むわ」


《映写室ノード仮接続。波形共有。心拍・音声パターンとのミラー率は高めです》


ABELもスマホ越しに声を乗せる。


《皆さんが怖がるほど、結晶の出力が上がっています。“恐怖のフィードバックループ”構造です》


ミナミは耐熱ケースを取り出し、結晶の上にそっと被せた。


「じゃ、手順は“SAFE”で行こっか」


「SAFE?」ユウトが首をかしげる。


「Shutdown(電源落とす)→Aisle(退避導線確保)→Frame(ケージで囲う)→Enrich(あとでPLAYPENに移送して、マトモな遊び場を与える)。

 覚えておきなよ? 危ないオモチャの扱い方」


「横文字にすると、なんか急にプロ感出るの腹立つわね……」

とリナ。


そのやりとり自体が、部屋の空気を少しだけ軽くしていた。


「サーシャ、念のためドア近く担当。何か“出たら殴る”じゃなくて、“何か落ちたら支える”役」


「了解ですっ、“守りティブモード”に移行しますっ!」


役割を口に出して確認してから、リナはブレーカーに手をかける。


KAINがカウントを始め、ミナミがケージのロックを外す。


《三、二、一――カット》


カチリ。


部屋の非常灯が一瞬だけ強く光り、その後すっと落ち着く。

同時に、結晶の光が弱まり、耐熱ケースの中でおとなしく脈打つだけになる。


廊下の方から、歓声と溜息が混ざった声。


「お、お化け……消えた?」


「スピーカーも静かになりました……!」


女将の安堵した声も聞こえてきた。


ミナミはケースを抱えあげながら、満足げに頷く。


「回収完了。“ホログラム怪談くん”、PLAYPEN行き決定。

 ――やっぱりね、結晶は“人が遊んでるもの”に寄ってくる」


皆が顔を向ける。


「怖がりも、笑いも、退屈も。こいつらにとっては、全部“おやつ”みたいなもんだよ。

 だから放っとくと、勝手に“おやつの在庫”を増やす方向に動く」


「……だからホラー設備に巣食った、と」

リナが結晶を見る目に、わずかに警戒が増す。


「うん。だから、ちゃんと遊ばせてやりつつ、安全柵をつける。それが今んとこの最適解かなぁ」


ユウトはごくりと喉を鳴らした。


「なんか、笑って聞いていいのか怖がるべきか、よく分からない話だな……」


ABELが穏やかにまとめる。


《少なくとも、今日のところは“怖いだけのオモチャ”から“管理された遊具”には昇格しました》


リナは懐中電灯を消し、ふうっと息を吐いた。


「……怖いのは、やっぱり得意じゃない。でも、“怖がりながら仕事する”くらいは、できてよかったわ」


その横顔を、ユウトはちらりと見て、小さく笑う。


「十分カッコよかったけどな、さっきからずっと」


「……聞こえてるわよ」


リナの耳が、ほんのり赤くなった。



翌朝。


幽星館のロビーには、「安全なホラーイベント、再開します!」の素案チラシが山になっていた。


女将「昨夜は、本当にありがとうございました……。もしよろしければ、“合法怪談イベント監修”をお願いしたくて……」


ロレンスは顎に手を当て、笑みを深くする。


「ふむ。安全管理と演出、双方の視点から見れば、なかなか興味深い案件ですね。

 ツバメ、避難経路と最大収容人数の計算を」


「すでにシミュレーション済みです。黒百合側としても“脅威下訓練コース”として提携すれば、双方の利があります」


メグミが横から割り込む。


「じゃ、私たちは“脚本協力”ってことで。怖くて楽しい台本、書くよ」


マリーが即座に食いついた。


「やります! “ヒューマン安全基準クリア版・怪談シナリオ集”絶対楽しい……!」


ミナミは結晶入りケースを軽く揺らしながらニヤッと笑う。


「KAINが演算して、ABELが避難経路を管理して、こいつが演出の“スパイス”……。

 人間より話が早い頭脳が二つ、おもちゃ箱の両端に刺さってるみたいなものだよ。

 ……贅沢な現場だねぇ」


「例え方がわりと怖いんだけど」

ユウトは苦笑した。


リナはそんな一同を眺めながら、静かに肩をすくめる。


「ま、結果オーライね。幽星館も生き延びるし、結晶も暴れない。

 ――いい仕事だったんじゃない?」



夜。露天風呂の横の休憩スペース。


「かんぱーい!」


湯上がりの牛乳とフルーツ牛乳の瓶が、カチンとぶつかる。


「風呂あがり牛乳、マジで世界遺産……」

ユウトが一気飲みして、「ぷはー」と息を吐いた。


メグミがスマホを掲げる。


「さ、昨夜の“ビビり顔フォルダ”スライドショー、再生しまーす」


「やめろおおおお!!」


壁に映し出されるロレンスの青ざめ顔、

珍しく眉間に皺を寄せたツバメ、

カエルのような姿勢で逃げるノア、

台本を抱きしめて震えるマリー――


そして、懐中電灯を握りしめ、目を大きく見開いているリナの一枚。


「ちょっ……なんでそれを大画面に……!」


リナが慌ててスマホを奪いにいくが、メグミはひらりとかわす。


「いいじゃん。怖がってたのにちゃんと前に出てた、“プロっぽくて”可愛いよ」


サッちゃんも勢いよく頷く。


「リナさん、ほんと頼もしかったです! わたし、背中見てたら安心しましたっ!」


ロレンスも肩をすくめながら、あきらめたように笑った。


「……まあ、誰しも“完璧じゃない顔”を一枚くらい持っているのも、悪くないかもしれませんね。

 ――ただし、その写真の管理は厳重にお願いしますよ?」


ツバメが淡々と続ける。


「削除要請ではなく“管理条件提示”というあたりが、さすがロレンス様です」


「ビビり顔を人質に取られてる貴族って、だいぶ新しい構図だな……」とユウト。


リナはフルーツ牛乳を一口飲み、ためらいながらも言った。


「……まあ、そうね。“資料用”として、残しておいてもいいわ」


「資料って何の?」とメグミ。


「怖がってても仕事はできるっていう、自分用の証拠」


彼女がそう言って笑ったとき、湯上がりの頬は、いつもより少し柔らかかった。


露天の向こう、山の稜線に、いくつか星が滲んでいる。


遠くでは、KAINとABELとミナミが、

「幽星館・合法ホラー開発計画」について真面目に議論している声が、微かに聞こえた。


「豪華旅行……って聞いたときはどうなるかと思ったけどさ」


タオルを肩にかけながら、ユウトがぽつりと言う。


「こういうのも、まあ……悪くないな」


すかさずサッちゃんが隣に寄ってくる。


「次は“筋肉鍛錬合宿コース”の旅行も当てましょうねっ、ご主人様!」


「絶対イヤだぁぁぁ!!」


笑い声が、夜空に軽く飛んでいった。


【第21話・完】

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