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第3話「洗濯爆破任務と“その言葉”」



──昼下がり。空は晴れ渡り、屋敷の庭では鳥のさえずりが穏やかに響いていた。


「はぁ〜……平和って……最高だなぁ……」


ユウトは縁側であおむけに寝そべり、ふかふかの座布団を抱え込んでいた。 昨日の深夜訓練で魂が抜けかけた身体を、陽だまりがじんわりと包み込む。


「もうあんな夜は二度とごめんだ……サッちゃん、今日はおとなしくしててくれよ……」


その願いは、10秒後に打ち砕かれた。


「ご主人様ああああぁぁぁっ!! 洗濯の時間でーすっ♥」


《ドスンッ!!》


ものすごい音を立てて庭に飛び降りてきたのは、例のメイド・サッちゃんだった。 しかしその姿は──全身、銀色の防爆スーツに包まれていた。


「ちょっ……何その出で立ち!? 今日は洗濯だけだよな!?なぁ!? 洗濯だけだよな!!?」


「もちろんですっ♥ 洗濯、つまり“汚れを消す任務”ですから! 爆破対象の洗濯物、こちらにどうぞ♪」


「“爆破対象”って言った! 今“爆破対象”って言ったよね!?」


サッちゃんが手にした洗濯かごには、ユウトの学校の制服やシャツ類がきっちり詰められている。 ──そして次に、彼女が取り出したのは……高さ1メートルほどの、真っ黒な鋼鉄製ドラム缶だった。


「ではっ、戦闘洗濯モードに移行します!」


「戦闘……!? いや、なんで洗濯に戦闘モードがあるんだよおおお!!」


サッちゃんはキビキビと動きながら、洗濯物をドラム缶に叩き込んでいく。


「洗剤投入! 本日は新配合“C-99爆裂分解液”使用ですっ!」


《警告:使用は推奨されません》 KAINの電子音が空間に鳴り響くが、サッちゃんはまったく聞く耳を持たない。


「洗濯槽加熱、反応加速装置ON! タイマー、セット──爆風洗浄モード、3分!!」


「爆風!?!? おい! そのボタン絶対ヤバいやつぅぅ!!」


《3……2……1……》


「ぎゃあああああっ!!」


《ドゴォォォォォォォン!!!》


次の瞬間、轟音と共に爆炎が立ち昇った。 ユウトの悲鳴と一緒に屋敷の一角が文字通り吹き飛び、白煙と洗濯物が空を舞う。 洗濯機ごとドラム缶が跳ね上がり、空中で二回転して落下。芝生が抉れてえぐれる。


「……ば、バカヤロォォォォ!!」


爆煙の中から立ち上がるユウト。その髪は逆立ち、制服の袖が焼け焦げている。


「なんで毎回毎回、物理で解決しようとすんだよぉぉぉぉ!!」


「だって! 私、メイドですからっ♥」


「お前の“メイド”って概念、絶対間違ってるぅぅぅ!!」


サッちゃんは晴れやかな笑顔を浮かべ、白くススけたシャツを掲げた。


「はい、ご覧ください♪ 汚れゼロ、完全除菌済み! 熱風で瞬間乾燥も完了ですっ」


《なお、生地ダメージ:致命的》 《再使用回数:残り0.7回》


「致命的って言ってるよぉぉぉ!?!?」


──屋敷の一角が焦げている。 その中心に立つのは、防爆スーツ姿で勝ち誇ったメイド。


「ふぅ……今日も完璧な洗濯日和でしたねっ♥」


「屋敷が半分吹っ飛んでんだよッ!!」


ユウトが全力でツッコむも、サッちゃんは全く悪びれず、煙の中からシャツを一枚掲げる。


「ご覧くださいっ! 汚れゼロ、菌ゼロ、しみゼロ、あと家もゼロですっ♥」


「うまいこと言うなぁぁぁぁぁっ!!!」


そこへ屋敷AI・KAINの冷静な声が入る。 《構造被害評価中──現在、建物復旧プロセスを開始します。推定修復時間:2時間54分》


「早ぇなおい!!」


ユウトが絶叫していると、上空からドローンが降りてきた。 “【お詫びに伺いました】”とプリントされた垂れ幕を掲げたドローンが、丁寧に礼をする。


「……ABELの配慮だな……」


ちょうどそこへ、青いスポーツカーがぬるっと庭へ登場する。


《現在地到着。被害確認中……朝比奈様、ご無事で何よりです》


「ABELぅぅ……もう君だけが癒しだよ……」


ユウトは近づいてボンネットを撫でる。温かい。優しい。エアコンが効いている。


「なあ、君の中にずっといたい……住みたい……このまま逃げてもいい……」


《脱走モード:未対応です》


「そっちにも逃げ道ねぇのかよぉぉ……」


その光景を見ていたサッちゃんが、微妙にふくれっ面を浮かべる。


「むぅ……私のドラム缶の中にも住んでくれたらいいのに……♥」


「イヤだよ!? なんでそんな爆心地みたいな所に!?!?」


「え〜〜、じゃあ次は一緒に火山に洗濯行きましょうよぉ♥」


「選択肢が爆裂すぎるよ!! “選択”と“洗濯”の違いくらい理解してぇぇ!!」


──ようやくドタバタが落ち着いたあと。


ユウトは泥だらけになった服を脱ぎ、替えのシャツを羽織る。 その背中をふと見つめながら、サッちゃんがぽつりと呟いた。


「……私、任務には命を懸ける主義なんです」


「えっ……」


突然のシリアスな一言に、ユウトは思わず動きを止める。


サッちゃんは、いつもの笑顔のままだった。 でも、その瞳の奥にあるのは、どこか──違ったもの。


「ご主人様を守る。それが、私の存在理由ですから」


「サッちゃん……それって──」


「ふふっ。お洗濯って、深いですよねっ♥」


笑ってはぐらかすように、サッちゃんはまたドラム缶を回収しはじめる。 けれど、ユウトの胸には、確かな違和感と重みが残っていた。


“あれは……冗談じゃなかった──”


──その夜。屋根の応急修理が終わった頃。


ユウトは書斎の窓から外を眺めていた。


「あいつ……笑ってるけど、なんか……」


そこへABELの音声が響く。 《ご主人様。サッちゃんは、特殊な存在です。軽率に扱えば、彼女は“壊れる”》


「……壊れる?」


《それほど、貴方を“守る”ことを優先しているという意味です》


「守られるばかりじゃダメだな……」


《その想いに、向き合う覚悟があるのなら──“その言葉”の意味に、いずれ気づくでしょう》


「“その言葉”……か……」


──そして、屋敷の外。 遠くのビルの屋上。 椎名リナは、双眼鏡でユウトとサッちゃんを静かに観察していた。


「感情の揺れ。今が、介入の好機ね」


その隣にいたのは──長髪をなびかせた、どこか謎めいた新キャラクターの影。


「“黒百合”はまだ本気を出していない……なら、私が試す番よ」


【第3話・完】





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