第14話 メイドと銭湯と超泡タイフーン
夕暮れの路地。赤い煙突から細い湯気。暖簾には白抜きで**「寿湯」**。
ユウト「いい雰囲気だな。昭和って感じ」
番台・おトクさん(70)「いらっしゃい。初めてかい? ここは“汗と人生”を落としてくとこだよ」
サッちゃん「人生は落とせませんっ!あっ、ご主人様」
リナ「のれん、間違えないで。男湯と女湯、あなたはこっちよ」
メグミ「タオル、どうやって巻くのが正解?」
リナ「落ちないことが正解。端を内側へ、結節は横。KAIN」
KAIN(小声)「タオル結節強度:12N以上推奨。ほどけ率、これで0.2%まで低下。」
サッちゃん「任せてください! 20Nで!」
メグミ「強すぎて呼吸止まるから!」
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湯気がふわり。湯面の反射がタイルに揺れている。肩から上のシルエットだけが柔らかく浮かぶ。
メグミ「はぁ〜……生き返る……」
リナ「姿勢。肩を落として、背中で呼吸するのよ」
サッちゃん「背中で呼吸、了解! すーー……(桶を握り潰す)」
リナ「力み過ぎ」
メグミ「サッちゃん、桶は生き物じゃないよ」
サッちゃん「じゃあ救命失敗ですっ!」
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ユウト、桶+タオル二重防御、壁側でちんまり。
ABEL「入浴マナー啓発:かけ湯を十分に。走らない。視線は水平。倫理スコアは現在100です」
ユウト「そんなスコアいらないからね?」
KAIN「女湯にて、サッちゃんが桶を一体破壊」
ユウト「だろうね」
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番台の棚から取り出した限定入浴剤**「極上もこもこ湯(試供品)」。おトクさんが湯へ投入した瞬間、湯面で薄紫の火花が。
KAIN「検知。黒百合データ結晶の微粒《FOAM-ε》が混入」
おトクさん「おや、泡立ちが……ちょっと派手だよ?」
湯面がぼこぼこ盛り上がり、もこもこ泡山が瞬時に増殖。仕切り壁の上まで積もって、泡が越境し始める。
ユウト「ちょ、ちょっと待って!?」
KAIN「倫理バリア展開。泡のみ通過、人は不可。視界遮蔽率:97%」
淡い青光が仕切りの上に薄膜を走り、泡だけがふわりと男湯側へ落ちる。人影は湯気と泡で完全マスク。
ユウト「視界ゼロ! 倫理100!!」
サッちゃん(湯気の向こう)「ご主人様ー! 泡、来訪中ですー!」
リナ「慌てない。避難導線を確保するの。メグミ、脱衣所側のすのこを縦置きにして滑り止め。おトクさん、玄関側の“貸しタオル”を非常用に積んで」
おトクさん「任せな! こういうの、燃えるねぇ!」
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泡がどんどん押し寄せ、肩から上だけが見える。自然に泡造形が……。
メグミ「見てリナ、私、泡ひげになってる」
リナ「似合ってる。けど外しなさい」
メグミ「はい……(外す)……(すぐ付く)」
サッちゃん「私は泡王冠ですっ! どうですか、女王の風格!」
リナ「威厳が泡に負けてるわ」
リナは肩タオル+泡ティアラ。
サッちゃん「リナ様、満点!」
リナ「採点者は私よ」
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浴槽中央で泡が渦を巻き、泡タイフーンに成長。湯が吸い上げられ、天井まで泡柱が伸びる。
KAIN「このままでは泡が煙突から外へ。道路が泡だらけになります」
おトクさん「やめて! 近所の猫が滑っちゃう!」
リナ「制御手順。1)視界確保、2)渦の核を露出、3)結晶を摘出。――サッちゃん、泡切りチョップで渦の縁を切断して」
サッちゃん「泡、切りますっ!」
サッちゃん、湯面をぱしゃんと蹴って連続ステップ。両手をチョップの形にして、渦に沿ってパパンパパン!と切り込みを入れていく。切られた泡は綿菓子みたいに解け、渦の勢いが弱まる。
ユウト(男湯/泡ごし)「すげぇ……見えないけど音が勇ましい!」
KAIN「核の位置、推定。湯底の排水口付近、泡密度最大点」
リナ「桶、借ります。――スリングショット」
リナは桶にタオルを張り、即席の投石器に。泡柱の根元へ、**石鹸玉(固形)**を弾き入れる。
コツン――ボゴッ!
泡が一瞬散り、湯底で薄紫の光がきらめく。
リナ「視界、確保」
KAIN「バリアを“視界窓”モードに。開口角10度」
仕切り上の倫理バリアが三角窓を作り、泡の合間から湯底が見える。
ユウト「見えた!」
サッちゃん「拾いますっ!」
彼女は湯面を走り、泡を切り裂きながら排水口へ到達。
指先でおはじきサイズの結晶をつまみ上げ、胸元の耐水ケースに収める。
サッちゃん「確保ぁぁぁっ!」
リナ「全停止。――KAIN、泡の化学的分解を」
KAIN「重曹・酢・温度調整で処理。排水規制に適合する濃度へ」
おトクさん「頼もしいねぇ!」
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泡はしゅわしゅわと縮み、タイルが顔を出す。湯気はまだ柔らかい。
脱衣所。ドライヤーが並び、髪を乾かす三人。
メグミ「ふぅ……大事にならなくてよかった」
リナ「自治体へ報告書を出す。“泡越境”は視界遮蔽・バリア運用で法令適合。店としての再発防止も添える」
サッちゃん「“泡との和平条約”……締結ですねっ!」
リナ「条約ではない」
番台で、瓶牛乳を腰に手を当てて飲む。
おトクさん「いやぁ助かったよ。あんたら、ただの学生とメイドじゃないね?」
ユウト「ただの……メイド、です(多分)」
おトクさん「またおいで。今日は入浴料、チャラにしとくよ」
KAIN「倫理的に受領して良い“ご厚意”です」
サッちゃん「ご厚意、ゴクゴク……ぷはぁっ!」
メグミ「白ひげ付いてる」
リナ「拭きなさい」
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外に出ると夕焼け。煙突の先に、金星が一つ。
KAIN「回収結晶、識別完了。No.4《FOAM-ε》、機能は界面活性・体積膨張の異常増幅」
ユウト「つまり、泡盛り過ぎ結晶……」
リナ「次は“磁場”か“熱”が怪しい。機器の点検を前倒ししておく」
サッちゃん「了解! 点検ついでに拭き掃除!」
ユウト「ほどほどで」
路地の先、移動クレープ屋の屋台がちりんとベルを鳴らす。
控えめな黒い百合のピンブローチ。
メグミ「あの屋台、どこかで……」
リナ「……油断しない」
洗濯爆破カウンター:#04 吹き飛んだ洗濯物 14点
ユウト「今日は洗濯してないよね?」
KAIN「泡の一部を“脱衣所で遠心脱水”した結果、タオルが3枚天井へ」
サッちゃん「ふわふわしました!」
ユウト「知ってる」
夜風がさっと通り、暖簾が揺れる。
寿湯の明かりは、いつもより少しだけ暖かかった。
(第14話 完)




