第13話 「リナのカルチャーショック」
朝のダイニング。新聞代わりにKAINがニュースを読み上げる。
KAIN「本日の予定。ユウト様は一限目から小テスト。メグミ様は生徒会監査。リナ様は――」
リナ「眼鏡が、ない。」
ユウト「え、珍しい。いつも予備まで持ってるのに」
リナ「昨夜まで机に置いた。盗られた可能性は低い。つまり、どこかに歩いて行った」
サッちゃん「眼鏡が自立歩行! 科学の勝利ですねっ!」
KAIN「現実的推定:掃除ロボNo.78が“異物認定”し、回収。だがログが乱れている」
メグミ「そういえば校門の掲示板に“スマート眼鏡の落とし物”って……」
リナ「学校。回収する」
ユウト「付き添うよ。最近、落とし物がただの落とし物で済まないから」
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職員室。拾得物箱から紫縁のスマート眼鏡が出てくる。レンズの端に、かすかな紫光。
KAIN(腕時計スピーカー)「検知。黒百合データ結晶の微粒子が貼り付いている。モジュール名《LEXICON-γ》」
ユウト「語彙……辞書系?」
リナ「安全確認後、私が装着して無害化を図る。――授業に間に合わせる」
ユウト「ホントに大丈夫?」
リナ「大丈夫“だろ、オイ”。」
一瞬、言葉遣いが揺れ、本人も眉をひそめる。
メグミ「今、語尾どうしたの……?絶対大丈夫じゃないでしょ」
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教室。先生が小テストを配る。
先生「では開始。静かにね」
リナ(眼鏡を装着)「了承いたしました。世界の平和を守るため、ブチ上げて参ります」
クラス「……?」
メグミ(小声)「“ブチ上げ”?」
リナ「設問一、情緒的側面における叙述の――ケリつけてやる」
ユウト「丁寧語とヤンキー語がスパークしてる!」
先生「椎名さん、語調がすごいけど大丈夫?」
リナ「全然余裕。“たいへんよくできました”の判子、先にもらっとく?」
先生「それはちょっと……」
黒板に句読点の使い方を書き始める先生。
リナの視界に、文字が高速で上書きされる。〈“やべぇ”=“非常に”〉〈“マジで草”=“爆笑”〉〈“秒で”=“即座に”〉——。
リナ「辞書、勝手に更新してる……KAIN、制御を」
KAIN「アクセス拒否。結晶が語彙の優先度を乗っ取っています」
ユウト「いったん外した方が」
リナ「授業中。退出はしたくない。――ここで直す」
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放送装置のメンテでマイクテスト中。生徒たちがざわつく。
結晶が音声入力を学習し始め、校内スピーカーから妙な辞書定義が流れる。
スピーカー「“尊い”=“神”=“推し”=“課金”」
生徒「定義に金が混ざった!」
サッちゃん(見学席)「分かりみが深いですねっ!」
メグミ「分かりみって言った!」
リナ「誤学習の拡散はまずい。対話で矯正する」
ユウト「対話?」
リナ「ラップよ」
ユウト「なんで!?」
リナ「辞書が“韻律情報”を優先している。なら、正しい意味で韻を踏んで上書きする」
BGMが流れ、即席サークル。
リナ、深呼吸。
リナ(ラップ)「礼節守って 言葉で勝負/丁寧さこそ 最強ムーブ/“マ?”と問われりゃ “真です”返す/論拠は一次 出典完備」
スピーカー(結晶側)「ヤバ・エモ・アゲ・パリピの理/尊い推しに 全財投棄」
リナ「投棄じゃなくて投機。適切分散、将来設計」
生徒たち「うおーっ(なんか納得感がある)」
KAIN「修正率上昇。誤学習語義が32%是正」
ユウト「ほんとに治ってる!」
サッちゃん「リナ、かっこええ〜〜!」
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メグミ「このまま校内放送や掲示物が誤訳されたらアウトよ。午後の全校集会、どうする?」
リナ「結晶は“公開の場”で定義を確定したがってる。集会で一気に正す」
ユウト「リスク高いけど、ここで片を付けよう」
KAIN「舞台機材の配線図を取得。語彙アップデートを限定回線に封じ込めるルーティング案を提示」
メグミ「よし、私が校長を説得する。“教育的意義がある”って」
サッちゃん「私、応援うちわ作ります!」
ユウト「観客にしっかり届くように安全導線も引こう。非常口確認、OK」
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体育館に全校生徒。ステージ上にリナ、隣にユウト。背後スクリーンには“用語定義”の一覧が映る。
レンズの端で、薄紫の光が脈打つ。
リナ「本校は“言葉”を大切にする学び舎。だからまず、ここから直す」
スクリーンに大きく映る語。
【尊い】 ある対象に対し、深い敬意と愛情を抱き、自己改善の動機となるさま。
スピーカー(結晶)「【尊い】=金を積み上げること」
リナ「積むのは金じゃない。時間と研鑽」
【エモい】 自分の言葉にできない感情が立ち上がる瞬間。
スピーカー「【エモい】=語彙がない」
リナ「語彙は“増やせる”。感じて、考えて、言葉にする努力」
KAIN「是正率62%、さらに上がります」
サッちゃん(客席)「尊い=ご主人様! エモい=ハグ!(バシーン)」
ユウト「骨、気をつけて!」
リナ「最後に――」
リナが眼鏡を外し、会場に向かって高く掲げる。
リナ「私の責任で誤学習が広がった。だから、私が終わらせる」
彼女はレンズの結晶部へ、ごくわずかな角度で指先を当てる。
指揮棒のように、繊細なタップ。
KAIN「入力検出。辞書優先度テーブルを手動で再編成――上書き成功!」
スピーカー「【丁寧】=相手に敬意を払い、理解を助け、傷つけない配慮を含む態度」
会場に拍手が波のように広がる。
メグミ「決まった……!」
ユウト「さすがリナ」
リナ「……当然。ド正論でボコる」
ユウト「最後、まだちょっと混ざってる!」
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辞書が整った瞬間、結晶は“負け”を認識し、眼鏡から逃走。
レンズの縁から飛び出し、体育館の梁へ走査光のように移動する。
KAIN「逃走経路トレース。天井梁、舞台袖、最終的に放送卓のミキサへ寄生」
ユウト「任せて!」
ユウトはサッちゃんから受け取った**サンダースパチュラMk.Ⅱ(投擲用)**を構え、梁の結晶粒に狙いを定める。
呼吸を整え――投擲!
ヒュン……カン!
わずかな接触で位置をずらし、ミキサ手前にコロリ。
リナ「回収する。サッちゃん、風を」
サッちゃん「掃除機ランチャー・送風っ!」
床に転がった微小結晶を、リナが白手袋でつまみ、耐震ケースに収納。
紫光がすっと消えた。
KAIN「黒百合データ結晶No.3《LEXICON-γ》、確保。機能:俗語優先化・語義拡張の強制」
ユウト「俗語も大事だけど、バランスね」
リナ「ええ。適切に使う。マジで」
ユウト「“マジで”は残すのね」
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放課後。夕陽の校舎裏。
リナ「今日の件、私の判断が早すぎた。以後、結晶絡みの装備は二名以上で確認。辞書もKAINとダブルチェック」
メグミ「完璧。……それに、ちょっと可愛かった」
リナ「可愛いという評価は、受け取っておく」
ユウト「お疲れ。すごく頼もしかったよ」
リナ「当然」
サッちゃん「リナ様〜〜尊い〜〜!」(抱きつきに行く)
リナ「来るな。……来た。……でもまあ、少しだけ」
ユウト「許した!」
KAIN「なお、明日の課外授業は“地域交流銭湯ツアー”。泡発生確率が非常に高い」
サッちゃん「泡! 風呂! 勝利!」
ユウト「勝利って何」
テロップ:
洗濯爆破カウンター:#03 吹き飛んだ洗濯物 9点
メグミ「今日洗濯してた?」
KAIN「ラップ練習で汗をかいたため、体育館裏で爆速乾燥を実施」
ユウト「学校で爆発やめよ」
夕陽にきらめく眼鏡のレンズ。
そこには、もう紫の光はない。
――そして銭湯の看板が、遠くで湯気のように揺れていた。
(第13話 完)




