サイドストーリー12「買い出し任務:カートは武器じゃない」
「本日の任務――非戦闘・買い出しオペレーション。目的は“冷蔵庫の平和的再充填”。手順‐1、心を折らない。手順0、カートは武器じゃない」
KAINのブリーフィングが屋敷に響くや、サッちゃんは敬礼した。
「任務了解ですっ! 本日は**衝突ゼロ・譲り合い100%**で参ります!」
「その百分率の根拠が一番こわいんだよな……」
ユウトは財布を握りしめ、事前に印刷した買い出しリストを掲げた。見出しには大きく「予算:5,000円(死守)」とある。
玄関にはメグミ。手にはポイントカード(穴が空きそうなほど使い込まれている)と、クーポンの束。
「今日は**“買い物の作法”を叩き込むよ。列に割り込まない、カートは人の足にならない、通路は右端**」
「角度も教えるわ」
リナは扇子を閉じ、淡々と言った。「22.5°で停車。通行の邪魔にならない角度、それが美」
ABELの青い車体が門の前で待機し、ドアが滑らかに開く。
《送迎開始。BGMは“おトクの行進曲”Lo-Fiミックス。帰路の荷重バランス計算、準備完了》
1 入口、第一接触
自動ドアが開く。涼風と同時に、値札とPOPと焼き立てパンの香りが押し寄せる。
「カート、選びます!」
サッちゃんが走り出しかけて――メグミが袖をつかむ。
「走らない。それから“ガタつかないやつ”を選ぶのがプロ。押しながら、微ゼロでタイヤ確認」
「微ゼロ……(そろり)……おお、静音!」
サッちゃんが“静音カート”を押す。金属の軋みはなく、床に擦る音は“すう”と消える。KAINが満足げに囁いた。
《カート騒音値:許容内。接触危険度:低》
「繰り返すけど、武器じゃないからね」
ユウトは予算を再確認した。ポケットの中、五千円札が一枚。「諭吉の孫」と名付けて、心の中で合掌する。
2 青果コーナー:触りすぎない愛
「トマトは“艶とヘタ”。押さない、見る」
リナが見本を示す。人差し指で**22.5°**に傾け、光の反射とヘタの反りを確かめる。
「了解、微ゼロタッチ……!」
サッちゃんは空中で指を止め、つい敬礼で締めそうになった手を慌てて引っ込めた。
「メロンは?」
「香り。鼻を近づけるだけ。押すのは禁止」
「了解……(すん)……わぁ、甘い……!」
サッちゃんの目がきらりと光る。横から小さなおばあちゃんの手が伸び――サッちゃんは自然に一歩下がって譲る。
「お先にどうぞ!」
「まあ、ありがとねえ。あんた、いい子だねえ」
《笑顔指数+0.10》とKAINが囁く。
メグミは横で、小声で補足する。「青果は最後に重ねず、下から詰めない。潰れるから。今日は“紙袋”じゃなくてマチの広いエコバッグを使うよ」
3 精肉・鮮魚:冷蔵チェーンは切らない
「チキン胸肉、特売! 100g 58円!」
ユウトの瞳に光がともる。しかし横には“でかでかと3kgパック”。彼は深呼吸した。
「待て俺。買っても入らない。食べ切れるサイズが正義」
リナがラベルの“加工日”“消費期限”を指す。「連番を見て。奥からじゃなく、手前から取るのがモラル。必要量だけ」
「了解。唐揚げ粉には大さじ1って書いておくべき」
「それは家でメモして」
鮮魚では氷のベッドに鯵が並ぶ。サッちゃんがキラキラ目。
「お魚、キレイ……! 呼吸が……小さく……!」
「感動は分かるが、時間」
メグミが腕時計を指す。「冷蔵品は最後に買うのが基本。今日は先に常温→冷蔵→冷凍の順で回る計画だよ」
《冷蔵チェーン保全モード起動。滞在限界タイマー開始》
KAINの小声が耳に届く。淡々とした声が、妙に頼もしい。
4 通路――隊列と角度
乾物の通路は人でいっぱいだ。カートの向きを22.5°で止め、右端をキープ。対向カートが来たら笑顔で会釈。譲り合いの隊列が美しく流れる。
「サッちゃん、見て。子どもが端の山積みポテチに触ろうとしてる」
メグミが小声で耳打ちする。
サッちゃんは迎撃の姿勢になりかけ――手順‐1を思い出す。先回りだ。彼女は小さくしゃがみ、子どもの視線に目線を合わせる。
「これ、高い山だから、ごはんのあとに見せるね? 崩れたら、お店の人が泣いちゃうから」
子どもは少し考えてから、コクンとうなずいた。母親が「ありがとう」と頭を下げる。
《笑顔指数+0.22。崩落危険度:回避》
「賢い。怒鳴らないで守る、合格」
リナが扇子の先でOKサインを作った。
5 見切り品ゾーン:静かなる攻防
端のワゴンに「本日限り」の札。バナナ、豆腐、パン、そして誰もが気になる“刺身盛り少量パック”。
すっと手が伸び――別の伸びる手と交差する。
沈黙。視線。呼吸。
「どうぞ」
サッちゃんが一歩引いた瞬間、相手の青年が困った顔で笑った。
「いえ、僕、刺身苦手で……豆腐どうぞ」
「ありがとうございますっ!」
その間にメグミは、冷静に値引きシールの算数を終えている。「今日は豆腐→麻婆に寄せよう。合い挽きは半量で可。調味料は家の在庫で足りる。“唐揚げ粉:大さじ1”は買い足しなし」
「在庫の把握、完璧」
ユウトが感嘆する。
「あと十七時からポイント5倍。でも、冷蔵チェーン切りたくないから、今日は**“時間より生活”**でいこう」
《メグミのポイント最適化:長期利益+。生活快適度:維持》
KAINの評価が珍しく主観的だった。
6 試食という戦場(※味見は一口)
ベーカリー前で焼き立てクロワッサンの試食。
「一口だけね」とメグミ。
「一口とは、大さじ1と同義?」
「違う。一口」
サッちゃんは慎重に“微ゼロ”で噛み、待つ。
「……バターの香りが……上等ですっ」
店員さんが笑う。「ありがとう。帰りにまた寄ってね」
唐揚げ試食の前で、サッちゃんの目の奥に戦闘色が宿る。
「好きでも、列に並ぶ」
リナの低い声が背骨を通り抜ける。
「並びますっ!」
7 セルフレジと袋詰め:段取りは愛
会計前、役割分担を確認する。
「スキャン:メグミ。袋詰め:サッちゃん。支払い:ユウト。私は監督」
リナの声が妙に軍隊。
バーコードは角度22.5°で読み取りが速い。
袋詰めは、重いものが下、角は外、卵は上。潰れやすいものは“防波堤”を作る。
サッちゃんの手つきは、まるで戦術配置。柔らかいパンには空気の余白を残す。彼女の指が、今日はやさしい。
最後の品、卵。セルフレジの秤が、ほんの少し誤差を示した。ピッと警告音。
列の後ろからため息が一つ、二つ。サッちゃんの肩が強張る――
「大丈夫。深呼吸。吸って四、吐いて六」
メグミが小さな声で言う。ユウトはレジ係を呼ぶボタンを押し、にっこり笑った。
「すみません、お願いします」
店員がすぐ来て、秤をリセット。「お待たせしました」の一言に、ユウトも「ありがとうございます」と返す。
《手順‐1:心を折らない、遵守。笑顔指数+0.30》
KAINが満足そうに言った。
8 駐車場、思わぬ坂道
出口のスロープは、少し傾斜がある。前方では幼児がしゃがみ、靴ひもを“結んでいるのか結んでいないのか”の状態。
「カート、微ゼロ前進。ブレーキ準備」
リナの低い声が、サッちゃんの背に入る。
サッちゃんはカートのハンドルを低く持ち、22.5°で体を傾け、ゆっくり進む。
幼児の母親が気づき、小さく会釈。サッちゃんは笑顔で会釈。
すれ違いざま、「ひも、蝶々結び上手ですね!」と一言添える。
幼児は胸を張った。ぐちゃぐちゃな結び目でも、胸は張れた。
《事故危険度:回避。称賛ワード効果:+》
KAINのレポートはいつも通りドライだが、どこか得意げだった。
9 帰路と戦果報告
ABELのラゲッジに荷が載る。重いものは奥、冷蔵は保冷ボックスへ。ドアが閉まり、静かな冷気が満ちる。
《本日の戦果――予算:4,862円。節約額:1,138円(うちクーポン412円、見切り品726円)。構造被害:0。苦情:0。笑顔指数:+0.83》
《帰路BGM:子守唄×レジスキャンSEミックス》
「勝った……!」
ユウトが諭吉の孫をそっと財布に戻す。
「今日は“時間より生活”。よく我慢したね」
メグミが微笑む。
「カート、武器じゃない。角度は22.5°。押す力は微ゼロ。そして“待つ=守る”……」
サッちゃんは指折り、今日の作法を数えた。「……あと、“唐揚げ粉は大さじ1”!」
「それは家でやること」
リナが笑い、扇子で頬を扇ぐ。「でも、覚えは上々。五十点」
「また低い!」
ユウトのツッコミに、後部座席が笑いに包まれる。
夕暮れの商店街が遠ざかる。信号待ち。歩道で手をつなぐ親子が見える。今日の買い出し袋は、底がしっかりして、角も丸い。中には、潰れていないトマト、ふわふわのパン、そして守られた卵。
KAINが控えめに言った。「次任務、プール清掃。高圧洗浄ノズルは――」
「置いていく」
三人と一台が声を揃え、車内に笑いが弾けた。
――こうして、朝比奈家の冷蔵庫に、今日も平和が詰め込まれた。




