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サイドストーリー11「銭湯任務:のぼせ禁止」

 「本日の任務、非戦闘リラクゼーション訓練――目的は“ご主人様の疲労回復”。手順‐1、心を折らない」


 屋敷の天井スピーカーでKAINが宣言した瞬間、サッちゃんはきりっと背筋を伸ばした。筋肉の気合いが浴衣からはみ出しかけている。


「任務、了解ですっ! 本日は爆発ゼロで参ります!」


「その宣言が一番こわいんだよな……」


 ユウトがため息をつき、メグミは微笑んだ。「大丈夫。銭湯は基本、静かに、ゆっくり。ね、サッちゃん」


 昭和の香りが残る商店街の角、白い湯気の絵が描かれた「ゆ」の暖簾が風に揺れた。番台の女将さんが顔を上げる。


「いらっしゃい。初めてさんは、かけ湯を十分にね。走らない、怒鳴らない、そして笑って帰ること」


「了解ですっ。かけ湯=予備洗浄!」


 言葉が軍隊じみているのはご愛嬌。男女に分かれ、ユウトは男湯へ、女子は女湯へ。のれんの向こうは、磨き込まれたタイルと、湯と石鹸の混じる懐かしい匂いが満ちていた。


 洗い場では、まず静けさの訓練からだ。メグミが椅子を指して言う。


「蛇口は“微ゼロ”。ゼロに近いけど、ゼロじゃない。ほら、そっと」


 サッちゃんは緊張した面持ちでノブをひねる。金属のクリックは指先の力を吸い取り、「ちょろ〜」と控えめな水音だけが響いた。


「合格よ。泡は自分の半径一メートル以内。桶は、投げない」


 リナが扇子を畳みながら淡々と告げる。隣の子どもが桶を振り上げた瞬間、サッちゃんの身体が“迎撃”の姿勢を取りかけるが、リナの扇子がさっと前に出て止めた。


「手順‐1。心を折らない。注意は静かに、先回り」


「……たしかに、受け止めたら驚かせちゃいますね」


 メグミは子どもの前にしゃがみ、小声で言う。「ここに、ゆっくり置くとね、いい音がするよ」


《コトン》


 桶が小鳥みたいな音を立て、子どもが目を丸くした。「できた!」――洗い場に小さな拍手が広がる。


 かけ湯を十杯。女将が言った「熱めだよ」の重みを、サッちゃんは真剣に受け止めた。湯縁に膝をそろえ、静かにすくっては肩へ、またすくっては膝へ。


「ここからが“待つ”の見せ場ね。目線は湯面より少し上――二十二・五度」


 リナの指示に従って、サッちゃんは深く息を吸い、長く吐く。「すぅ、四。はぁ、六」。湯気が頬の温度を撫で、こわばりがほどけていく。壁一枚向こうの男湯で、ユウトも同じ呼吸を真似していた。


「若いのに渋い息づかいだねぇ」と、知らないおじさんが笑う声がして、ユウトは苦笑いを返した。


 サウナは短く。砂時計が落ちる音に耳を澄ませ、出口では汗を流してから水風呂へ――隊列はひと桶分の間隔。動作は静か、歩幅は小さく。水面を乱さぬように足を入れ、肩まで沈めると、心臓の鼓動が湯舟で整えたリズムとつながった。


 洗い場の隅では、崩れた桶の山がサッちゃんの視線を引き寄せた。


「整頓、開始します!」


「音は“コトン”だけよ」


 リナの条件のもと、サッちゃんは桶を一つずつ重ねていく。取っ手の向きは揃え、同心円は美しく。最後の一個が“コトン”と座ると、見ていた子どもたちが「すげー!」と親指を立てた。女将さんが笑う。「静かにやってくれるのが、一番ありがたいねえ」


 脱衣所ではドライヤーの列が詰まっていた。メグミはさっと三分タイマーを出し、列に声をかける。


「三分交代で回しましょう。先頭さん、どうぞ」


 サッちゃんはおばあちゃんの髪を二十二・五度の角度で“遠風”。温度で炙らず、風で持ち上げる。ふわりと乾いた白髪に、おばあちゃんが目を細めた。


「おやまあ、軽いねぇ」


 湯上がりの番台前。冷蔵ケースのガラスに、フルーツ牛乳とコーヒー牛乳、ラムネが鮮やかに並ぶ。男湯から戻ったユウトが腰に手をあて、ふう、と肩から力を抜いた。


「生き返る……」


「“腰に手”は正しい作法。昭和の回復術よ」とリナ。サッちゃんも真似をして牛乳を飲む。涼しい甘さが喉を落ちて、胸の中で小さく花火が開いたみたいだった。


「はい、頑張ったアンタたちにこれ。静音手ぬぐい」


 女将さんが手ぬぐいを四枚差し出す。白地に小さな湯気の模様。布の柔らかさが、今日の静けさを褒めてくれているようだった。


「本日、爆発ゼロでした!」とサッちゃんが胸を張ると、女将が肩をすくめる。


「銭湯で“爆発ゼロ”は最低条件だよ」


 帰り際、KAINが淡々とまとめを告げた。「本日の記録――構造被害ゼロ、苦情ゼロ、落とし物・桶のふた一、回収済み。笑顔指数、プラス零・七一」


 駐車場でABELのヘッドライトが二回、優しく瞬いた。「帰路BGMは子守唄と行進曲のミックス。車内は二十六度、湿度四十パーセント」


「最高……また来ような」


 ユウトの言葉に、メグミが頷く。「次は“サウナ長居禁止”札、持ってこよっか」


「“待つ=守る”……今日、ちょっと分かった気がします」サッちゃんは手ぬぐいを胸の前で握りしめる。筋肉に頼らず、角度と呼吸と“微ゼロ”で、世界は静かに回る。そんな日があることを、湯気が教えてくれた。


「分かったなら、毎回やること」リナが扇子で頬を扇ぎ、いたずらっぽく目を細める。「次は図書館。ささやきボイス訓練」


「任せてくださいっ。ささやきは……微ゼロ!」


 暖簾の向こうで女将が小さなクラッカーを鳴らした。乾いた「ポン」という音は、湯上がりの空気によく似合っていた――“無被害記念”。四人は笑って頭を下げ、夕暮れに溶け込んでいった。

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