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サイドストーリー07 リナのチャイナメイド秘話──「深紫の誓い」


 夜更けの屋敷は静かだった。私は自室の姿見の前で、深紫のチャイナメイド服の襟をそっと正した。端正な立ち襟、腰に巻いた帯、スリットから覗く黒のレギンス――どこか戦闘服のようで、けれど確かにメイド服。鏡越しの自分に呟く。


「──色には、意味がある。私はそれを忘れない」


胸元で揺れる紫糸の小さな結び目を指先で撫でると、八年前の上海の風が蘇った。



 八年前。武術と茶藝を学ぶ短期留学で訪れた上海。休日、細い露地を散策していると、赤提灯の奥に古びた看板を見つけた。


吳仕立屋――一針入魂。


 半開きの扉を押すと、香木と針山の匂いが混ざる不思議な空気。そこで出会ったのが、白髭を撫でる仕立て職人・吳老師だった。


「お嬢さん、良い色を探しているのかい?」


 見透かすような目に射抜かれ、私は頷いた。老師が奥から持ってきた反物は、夜の葡萄を思わせる深紫。「紫は高潔と秘めた想いを封じる色だ」と語る老師の横で、私は寸法を測られながらくすぐったさに顔が熱くなった。――まさか仕立て屋で赤面するとは。


 その直後、隣家のガス爆発で看板が吹き飛び、老師が「またか」と笑ったのを覚えている。上海、恐るべし。



 帰国前夜、老師は紫絹の反物を包んで私に託した。


「本当に守りたいものが出来たら、その布で誓いを縫いなさい」


 当時の私は「守りたいもの」など曖昧で、礼だけ言って反物を鞄にしまった。その重さに、本当の意味で気づくのはずっと後になる。



 そして現在。脳筋メイドと天然ご主人様の住む屋敷に、私は参謀役として招かれた。サッちゃんの爆裂家事、ユウトの優しさ、騒動の合間に垣間見る二人の絆――その光景に心が揺れるたび、押し入れに眠る反物が呼吸を始めた。


 ある嵐の夜、私は納戸で年季の入った足踏みミシンを発掘。「今だ」と反物を広げた瞬間、雷鳴でブレーカーが落ち、針が三本へし折れた。さらにアイロン係に名乗り出たサッちゃんがスチーム全開→生地を焦がしかけ、私は絶叫。


「火力は料理だけに使いなさいッ!」


 格闘の末、夜明け前にようやく一着が完成。深紫は夜明けの薄桃色をほんのり映し、私の胸に“誓い”を縫い留めてくれた。



 翌朝、廊下でばったり会ったユウトが目を瞬かせた。


「……リナ、その服……すごく似合ってる。」


 不意打ちの囁き。心臓が跳ね、手にした紅茶カップを取り落として――パリン。


 サッちゃんが駆け寄り「リナさん顔真っ赤ですよ〜♥」と追い打ち。違う、これは湯気のせい、湯気の……!


 でも、胸の奥で紫糸が熱を帯びる。秘めた想い、バレたくないのに。



 夜、鏡の前。私は再び襟を整え、微笑んだ。紫は秘める色。しかしいつか、赤い糸で“想い”を縫い出す日が来るかもしれない。


 針山に一本だけ差した赤い絹糸を見つめながら、私はそっと灯りを落とした。


「その日が来たら……私、きっと――」


 深紫の裾が揺れ、静かな夜風が窓辺を撫でた。



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