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14話

「さっさと起きなさい!」

「っ!」


 大声が聞こえ、ソニアは反射的に身を震わせながら目を覚ました。


「えっ、あれ……ここ……」


 ソニアはボーっとする頭のまま、周囲を見渡す。

 薄暗く、周囲には壊れた椅子や家具の瓦礫のようなものが散乱していた。

 壁は木製のようで、ところどころ剥がれ掛けている。どうやら廃墟にいるようだ。

 窓は何かでふさがれているようで、わずかに日が差し込んでくる。

 手足は何か縄で縛られていて、身動きができない。

 そして、視界にやたらと派手な紫色が映る。それはドレスだった。

 ゆっくりと見上げていくと、そこにはあのメリアがいた。


「あんたの、せいで!」

「っ!」


 振り上げられた手がソニアの頬を打つ。

 ジンとした痛みが頬に広がった。痛みのおかげで頭がはっきりしていたソニアは、ようやく今の自分の状況が見えてきた。


(そうだ…私、王宮に向かってる途中で、眠らされた…?)


 まさか、クラレンスが護衛に付けてくれた第二部隊の隊員にそんなことをされるとは思わなかった。

 そしてどこかに連れてこられ、なぜかそこにはメリアがいる。

 メリアは仁王立ちでソニアの前に立ち、その顔には憤怒の表情が浮かんでいた。

 ドレスはあちこち破れて、薄汚れている。髪もめちゃくちゃで、以前のメリアでは考えられない姿だった。


「呆けてんじゃないわよ!」

「っ!!」


 さっきとは反対側の頬が叩かれる。叩かれた頬が熱を持ち、ジリジリと痛い。


「あんたのせいで、最悪よ!あんたが、あんたなんか!!」


 何度も何度も頬を叩かれる。

 しかし、メリアも自分の手のほうが痛くなってきたのか、叩くのをやめた。息は上がっているが、それでも怒りは収まらず、にらみつける目つきは変わらない。


「はっ、はっ……」

「……ごめん、なさ……」


 メリアに虐げられた記憶が、ソニアを支配していく。目からは涙がこぼれ、気付くと謝罪の言葉を口にしていた。

 だけど、それでもメリアの表情は変わらない。


「ふん、いくら謝っても許さないんだから!いいえ、それどころか、今度こそお姉さまには死んでもらうわ。あの公爵と一緒にね」

「…えっ?」


 メリアの言ったことが理解できなかった。頭が一瞬で真っ白になる。


(死んでもらうって……なんで、旦那様まで)


「どうして旦那様まで…」

「当然じゃない!あいつがいたせいで私は痛い思いをして捕まったのよ!その報いを受けるのは当然なのよ!」


(報いも何も、悪いことをしていたのはメリアなのに…!)


 こうしてはいられない。ソニアは今の自分の状況を把握しているわけではないが、何もせずにこのままでいてはまずいことは分かった。

 この場を切り抜けるには、魔法の力が必要だ。そう思い、魔法を発動させようとする。

 だが、なぜか魔法が発動しない。


(…どうして?魔法が、発動、できない?)


「ああ、そうそう。お姉さまには大人しく死んでもらうために、魔力封じの呪具を付けてあるわ。魔法を使えると思わないでよ」

「っ…そんな……」


 まさかそんなものが存在するとが思わなかった。

 どうしようもできない状態にされていることに、ソニアは悔しさで唇をかんだ。


「なによ!お姉さまのクセにその反抗的な目は!」


 再び頬が叩かれる。何度も叩かれた頬はとうに痛みでマヒし始めていた。


(私だけなら…しょうがないと思ってた。でも…旦那様にまで手を出すのは許さない!)


 それはソニアがメリアに対し、初めて見せる反抗だった。

 キッとメリアをにらみつけるソニアに、メリアは臆し、一歩引きさがった。


「ふ、ふん!もうすぐここにあの公爵も来るわ。お姉さまを助けたければ、一人で来るように伝えてあるからね。そうしたら二人まとめて始末されるのよ。楽しみにしてなさい」


 そう言ってメリアは部屋を出ていった。

 ソニアは手足を動かしてみたり、何度も魔法を発動できないか試した。

 しかし、手足を縛る縄は緩まず、魔法も全然発動できない。

 どうあがいても自力での脱出はできそうもなかった。

 あとは、外部からの助けを期待するしかない。だけど、助けに来てほしいとソニアの頭によぎった人物は、絶対に来てはならない人物だ。


(…旦那様、来ちゃダメ。……なのに、私は、来てほしいって、助けてほしいって思っちゃってる)


 ソニアは叩かれた頬よりも、助けに来てほしくないクラレンスに来てほしいと願う自分の心に、再び涙が溢れてくる。

 しばらくして、扉の外が騒がしくなってきた。

 扉が開き、まず二人が入ってきた。その二人は魔法師団の隊服を纏っており、ソニアの背後に陣取る。


(ああ、やっぱり……そういうことなのね)


 彼らがここにいるということはつまり、裏切ったのだ。クラレンスを。

 さらにメリアが入ってくると、その後に知らない男性が入ってきた。

 ずんぐりとした体形で、来ている服はやたらときらびやかだ。あちこちに宝石が付いているのか、薄暗い中で何かが煌めいている。ずいぶんと髪は薄く、率直に言って禿げていた。目つきは淀んでいるのに鋭く、ソニアは恐ろしさを感じた。


「『それ』が、王妃暗殺を邪魔したゴミか」

「はっ」


 男の声に隊員が応じた。


(…どういうこと?邪魔したって、まさか……)


 男の話した言葉にソニアは1つの推測を立てた。それを裏付けるように、男はさらに続ける。


「まったく、フォースター家は夫妻揃って私の邪魔をしてくれたものですね。おかげでずいぶんと計画が狂ってやり直しです。忌々しい」

「その通りですわ、フランコス公爵」

「貴様のせいでもあるんですよ!軽々しく言うな!」

「は、はい!」


 フランコス公爵と呼ばれた男は、同意したメリアを叱責した。

 その状況に、ソニアは二人の関係がなんなのか、いまいちつかめずにいた。


(どういうこと…?この人が旦那様と同じ公爵…?一体、何が起きているの?そうだ、そもそもメリアは牢屋に入れられてたはずなのに)


 ソニアは改めて、どうしてメリアがここにいるのか、疑問に思った。

 フランコス公爵はソニアを見やる。


「くっくっく、もうすぐフォースターの若造もここに来る。二人まとめて始末して、この溜飲を下げるとしよう」


(旦那様が…来る?)


 何度も言われる、『始末』という言葉。ソニアにとっては、フランコス公爵がどうしてこんなことをしているのか、どうして自分とクラレンスを始末しようとしているのかは皆目見当もつかない。

 社交界や政治内の派閥に疎いソニアは、フランコス公爵についてほとんど知らなかった。

 それでも、何をしようとしているかだけは分かる。

 しかし、ソニアには何をしたらいいのか分からなかった。唯一出来る魔法も使えない。


(このままじゃ……旦那様が、殺されてしまう?そんな、そんなのイヤ……)


 どうしようもできない。悔しい思いを抱えていると、扉から新たな人影が見えてくる。

 それは手を黒い縄で縛られたクラレンスだった。その後ろには、クラレンスを急き立てるように2人いる。

 クラレンスは部屋に入り、すぐさまソニアがいることに気付いた。


「ソニア!」

「旦那…様……」


(来てほしくないのに…来てくれてうれしくて……私は…)


 頬を涙が流れる。

 クラレンスは頬を腫らし、涙を流すソニアを見て声を荒げた。


「貴様らぁ!ソニアに手を出して、タダで済むと思うなよ!」

「くっくっく、威勢のいいことです。だが、そのざまで何ができる?」

「くっ…」


 だがフランコス公爵は全く臆せず、自分が優位にいることを確信している。


「いかに稀代の魔法士といえど、魔力さえ封じてしまえばただのゴミと同じよ。全く、ゴミを使うなどと考えなければ我が陣営に迎えてやったというのに」

「国が守るべき民を、貴族ではないからという理由だけでゴミ呼ばわりする貴様とは、絶対に相容れん」


(なんてひどい…貴族じゃないからってゴミ呼ばわりするのね、この人は)


 フランコス公爵とクラレンスの会話にソニアは憤る。

 貴族ではなくてもいい人はいっぱいいるのに。それを、生まれだけで差別するフランコス公爵のことを、ソニアは許せなかった。


(この縄さえ、とければ…)


 ごそごそと縛られた手を動かすが、やはり縄はほどけそうにない。それどころか、擦られ過ぎた手首がヒリヒリと傷みだしている。もしかしたら、皮膚が破けているかもしれない。

 それでも、ソニアは必死でほどけないかもがき続けた。

 一方、クラレンスとフランコス公爵との会話も進んでいる。


「やはり貴様が黒幕か」

「ほう。やはり…とは、そこまで調べが進んでいましたか」

「しくじったな。焦って口封じのつもりだったんだろうが、それがより貴様への疑心を深める結果になった」

「ふん。役立たずは始末して当然です。それが何か?どうせ分かったところでもう遅いのですから。いかがです?信頼していた部下に裏切られた気分は?」

「最悪だな。今すぐ貴様をこの手で拷問にかけてやりたいくらいに」

「おお怖い怖い。ですが残念。あなたにはもうそんなことはできませんよ」

「そんなことはない。貴様の罪状を並べ、処刑するために必要だからな」

「それこそ無駄ですな。私は貴様らを始末し、この国から逃げ、時を待つ。そして、今度こそこの国を手に入れるのですから」


(一体、何の話をしているの?)


 ソニアには2人が何を言っているのか、全然分からなかった。

 分かるのは、フランコス公爵が何かしらの悪事を働いていて、クラレンスがそれを暴こうと働きかけていたことぐらい。

 状況は明らかにフランコス公爵が有利だ。しかしクラレンスは臆しない。


「この国を手に入れる、か…。そのために罪なき市民を殺し、魔暴石を作ってまで国王たちを暗殺しようとしたか」

「ええその通りです。ゴミのクセに神聖な王宮に仕えるなど、身の程知らずも甚だしい。ねぇ、あなた方もそうでしょう?」


 フランコス公爵はそう言って、魔法師団の隊服を纏った者を見やる。彼らはうなずいた。


「どうです?魔法師団にもゴミがいることを許せない者がいるのです。それを無視して登用するなど、恥知らず。まぁそんなゴミの魔力で作った魔暴石で死ねれば、国王も満足でしたでしょうに。邪魔するなんて、嘆かわしい」

「ふざけるな。陛下がそんなことで満足することはない。それよりも、我が隊員たちを魔力を奪って殺したこと、絶対に許さんからな」


 二人の会話を聞いて、ソニアは疑問が氷解していった。

 それは、王宮の襲撃事件がどうして起きたのかという事。


(王妃様が殺されかけたのは、この人のせいなのね!それに、あの爆発した石もこの人が作らせて…そのために人を殺したなんて…!)


 ソニアの中で怒りが蓄積していく。

 フランコス公爵は愉悦の笑みを浮かべたまま、さらに話を続けた。


「ふふ、怖い怖い。ですが、私の計画を散々邪魔してくれたあなたは簡単には殺しません。あなたにはしっかりと後悔していただきたいですからね。そのために…」


 フランコス公爵はメリアに目をやる。


「あなたを連れてきたんです。さぁ、今度こそ役に立つんですよ?」

「は、はい」


 メリアはフランコス公爵に少し怯えた様子ながら、懐から何かを取り出した。

 それは散々よく見た、魔力強奪のための手袋だった。

 手袋を目にした瞬間、クラレンスの目が吊り上がる。


「貴様!まだそんなものを…!」

「複数用意しておくのは基本ですよ?まぁ作るのは大変でしたし、なかなか実験対象を探すのも難しかったですが…都合よく、いましたからね」


 フランコス公爵の目がソニアへと向けられる。そこでやっと、ソニアはメリアがそんな手袋を持っていた謎の答えを知ることになった。


(私を…魔力強奪の実験にしてたのね)


「さぁ仕上げです。メリア、その娘の魔力を奪いつくして、殺しなさい」

「はい!さぁお姉さま、今私が殺してあげるわ」

「っ!」


 手袋を纏い、喜色の笑みを浮かべたメリアがソニアの首を掴む。そして魔力を奪おうとしたとき、クラレンスが吐き捨てるように言った。。


「…愚かだな、貴様は。そんな奴の言うことを聞くなど」


 それはメリアに向けられた言葉だった。メリアは看過できず、クラレンスをにらみつける。


「どういうことよ?」

「言葉の通りだ。貴様の両親を殺した男の言うことを聞くなど、愚かだと」

「えっ?」

「?」


 クラレンスの言葉に、メリアもソニアも一瞬呆けてしまった。


(両親を殺し…た…って、えっ…それって、つまり…)


 ソニアはクラレンスの言うことが理解できなかった。

 クラレンスはさらに続ける。


「メリア、貴様の両親は国王襲撃の日、牢屋の中で殺されていた。口封じのためにな。貴様がいなかったのは不思議だったが、今分かった。ソニアを始末させるために貴様だけ連れ出したんだと。とことん自分の手を汚さない、卑怯者め」

「ははっ、何を言うやら。メリア、さっさとソニアを殺しなさい」


 クラレンスの言葉を、フランコス公爵は笑って流そうとした。

 だが、メリアはソニアの魔力を奪わない。その目が見開かれ、信じられないという表情をしていた。


「うそ…ですよね?フランコス公爵?」

「何をしているのですか、メリア。あんな男の言うことを信じるのですか?」

「メリア、貴様は脱獄してから、両親に会ったか?」

「それ…は……」

「さっさとしなさいメリア!」

「気付け、君は利用されていると」


 メリアは混乱していた。クラレンスの言葉が事実だったからだ。脱獄してから、一度も両親と顔を合わせていない。それは、メリアにだけ特別な仕事があり、そのために別行動しているだけだと聞かされていたからだ。

 だけど、もしそれが、既に殺されているからだとしたら?

 クラレンスとフランコス公爵、二人に詰め寄られ、メリアは何を信じていいか分からなくなっていた。


「メリア…」


 ソニアはクラレンスの言葉を聞いて、両親が…特に血のつながった父が…もう死んでいるかもしれないと聞いても、思ったほど悲しくは無かった。

 ソニアにとって、父親も後妻も自分を虐げる存在でしかなかった。もう、感情的にはどうこう思う事もない存在だ。

 しかし、メリアにとってはどちらも実の両親。それも、ソニアと違って愛されてきたはずだ。その二人が殺されていると聞けば、そのショックは相当なものだろう。

 そこに憐れみを感じたソニアは、ついメリアの名を呼んでしまう。だが、それを聞いたメリアはソニアを憎しみの表情でにらみつけた。


「お前がぁ!」

「っ!!」


 メリアは手袋をつけたほうの手だけでなく、両手でソニアの首を掴み、力を入れてくる。そのせいで、ソニアは呼吸ができない。


「っは……!」

「お前が!お前さえいなければ!私は、私たちは幸せだったのよ!死ね、今すぐ死ねぇ!」

「ソニア!」


 メリアの発狂する様子に、クラレンスも焦る。だが、縛られたままの彼ではどうすることもできない。

 ところが、クラレンスは自分の背後にいる2人に対し叫んだ。


「切れ!」


 クラレンスが何か叫んだが、それを気にも留めずメリアは首を絞めたまま、ソニアの魔力を奪おうとした。

 ソニアの体に、魔力強奪されるときのあの嫌な感覚が始まった。

 首を絞められ、魔力も奪われる。今度こそ死を覚悟したその時だった。


「うっ……ぎっ……な、何…ああああああああ!!痛い、痛い痛い痛い痛い゛い゛い゛ぃ!!」


 それは突然だった。

 メリアが叫び、床を転げまわり始めた。


「げほっ!ごほっ!」


 首絞めから解放され、ソニアは大きく息を吸った。

 息を整えながら、床を転げまわるメリアを見る。


(一体、メリアに何が起きたの?)


 それを見たフランコス公爵が、忌々し気に舌打ちをした。


「チッ、このタイミングで副作用を起こしますか。全くもってついてませんね。親子ともども役立たずとは」


(副作用?どういうことなの?それに役立たずって、やっぱりこの人…両親を!)


 ソニアが疑問に思うも、メリアという手が使えなくなったフランコス公爵は、すぐさま次の手を打った。


「お前たち、さっさとこの娘を殺せ!」


 フランコス公爵はソニアの背後に控えた隊員二人を見て、命令を下した。

 2人が剣を抜き、振り下ろそうとしたその瞬間、黄色い閃光がソニアの前を通り過ぎた。


「ぎゃあぁ!」

「ぐぎっ!!」


 あっという間に二人は倒れる。そしてそこには、光を纏うクラレンスの雷狼がいた。

 それにフランコス公爵は驚く。


「バカな!?魔力封じの縄で縛られてどうして魔法が使える!?」

「縛られていれば、な」


 クラレンスは悠然とそこにいた。

 手に巻かれていた縄は切れており、床へと滑り落ちていく。クラレンスの隣には、剣を手にした魔法師団の隊員がいた。


「貴様ぁ!何を勝手に縄を切っている!?」


 フランコス公爵は激怒して、隊員に向けて叫んだ。それにクラレンスが答える。


「こいつらは俺は部下だ」

「バカな!こいつらは貴様を裏切って…」

「そう見せかけるように仕組んだ。二重スパイというやつだ。とはいえ、本当に裏切ったやつがいたのは誤算だったがな」


 クラレンスは先ほど雷狼で痺れさせ、床に寝ている二人を見る。

 クラレンスはただこの場に来たわけではなかった。

 ちゃんと勝算があって、この場に来たのだ。

 そのことにソニアは安心し、クラレンスを憧憬のまなざしでみた。


(さすが旦那様だわ!こんな状況も想定していたのね)


「さて、ベラベラ喋ってくれたおかげで、貴様の罪状を確定させることができた。後は貴様を捕らえて、終わりだ」

「く、クソ!」


 フランコス公爵はとっさに風の鳥を顕現させた。だが、その大きさは小鳥程度で小さい。

 それはあっという間に雷狼に食いちぎられてしまった。


「寝ていろ」

「ぐぎゃあぁ!!」


 雷狼がフランコス公爵に襲い掛かり、公爵は叫び声をあげ、静かになった。

 残ったのは、ひたすらに痛みで転げ余るメリア。


「縛って連れていけ」


 クラレンスの指示を受けた隊員は、メリアに猿ぐつわをかませると無理やり連れだしていった。


「ソニア!」


 クラレンスは短刀を取り出し、ソニアの手足を縛る縄を切った。

 きつく縛られた縄から解放されたソニアだが、新たな拘束を受けることになる。


「ソニア!生きてて、良かった……!」


 クラレンスはギュッとソニアを抱き締めた。その抱き締める力の強さに、ちょっと息苦しい。だけど、この力の強さが彼が心配した度合いだと思えば、ソニアは黙って受け入れることにした。


「助けてくれて…ありがとうございます、旦那様」

「…すまない。君を守るために選んだはずの護衛が、まさか君を誘拐するなんて…。それに、こんなに顔を腫れあがらせて…」

「それは……仕方ないことです」

「…君は、本当に優しいな。私を責めてもいいんだぞ」

「いいえ、優しいのは旦那様です。だって、旦那様みずから助けに来てくれたんですから」

「当たり前だ。君がいなくなっては…私は、もう生きてはいけない」

「旦那様…」


(そこまで、私を心配してくださったなんて…うれしい)


 未だに、クラレンスがどうしてソニアへの対応を変えたのか、ソニアは知らない。それでも、こんな危機にも駆けつけてくれたということは、純粋にうれしく、そしてクラレンスへの想いを深めた。


(旦那様……好きです)


 誰にも言えない気持ち。

 ソニアはそっと心の中でだけ呟いた。






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