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13話

 王宮襲撃事件から3日後。

 ソニアは屋敷で落ち着いた日常を過ごしていたが、クラレンスはメリアの魔力強奪の件と、王宮襲撃事件への後始末でまたもや屋敷に帰れない日々を送っていた。

 そして今日は、一時的な帰宅を許されたが夜にはまた王宮へと向かわないといけないという。

 クラレンスはそのわずかな時間で、ソニアと過ごすことにした。


「…その、旦那様、よろしいのですか?」

「何がだ?」

「せっかくのお休みを、私などと過ごして…」


 二人は今、庭のガゼボに来ていた。

 ソニアとしては、連日働きづめのクラレンスにはゆっくり休んだほうがいいのではないか。そう思ったのだが、本人たっての希望でここにいる。


「君と過ごしたほうが休める」

「そう、なのですか?」

「そうだ」


 自信満々に言われてしまい、ソニアは二の句が継げなかった。


(私と過ごしたほうが休めるって…どういうことなのかしら?)


 ソニアとしてはあまり意味が分からないのだが、クラレンスがそう言うのであれば受け入れるしかない。

 そして、当然のようにソニアの手はクラレンスに握られている。

 クラレンスの左手と、ソニアの右手は繋がれ、二人は空いた手でカップを持ち、紅茶を飲んでいた。

 しかしソニアの利き手は右手なので、カップを持つことはできても、ティーセットに置かれたケーキを食べるには難しい。


(うぅ…せっかく美味しいケーキなのに、これでは食べられないわ。でも、手を離すのも…)


 クラレンスはことあるごとに手を握ってくる。つまり、ちょっとくらい離したって問題ないはずなのだけれど、ソニアにはなんだか躊躇われた。

 仕方なく、不慣れな左手で食べようとしたところで、思わぬ出来事がソニアを襲う。


「ソニア」

「はい?」


 クラレンスに呼ばれ、横を向く。そこには、フォークに突き刺したケーキを差し出す、クラレンスの姿があった。


「はい、あーん」

「だっ…んな…さま!?」


 クラレンスの思わぬ行動に、ソニアは真っ赤になって停止してしまった。

 まさかクラレンスがそんなことをするとは…という驚きと、自分がそんなことをしてもらえる日が来るなんて…という二つの驚き、そして恥ずかしさに顔はどんどん赤くなる。


(な、な、な…なんで、旦那様はこんなことを…!?)


 混乱するソニアに、クラレンスはフォークを下ろすことはしない。

 その表情は穏やかで、決して面白がってしているようには見えなかった。


「左手では食べづらいだろう?たべさせてやろう」


 その食べづらい原因がクラレンスなわけだが、当人は気付いていないのか、わざとなのかわからない。

 ここで、「手を離してくれれば自分で食べられます」とは言えないのがソニアである。


「あ、あーん」


 ソニアは目をつむり、口を開けた。

 口の中に柔らかなケーキと、フォークの金属の食感が舌に乗る。

 口を閉じると、スッとフォークが口の中から抜き取られていった。

 そっと目を開けると、とても満足そうな顔をしたクラレンスがそこにいる。


「うまいか?」

「は、はい」


 なぜかケーキを食べたソニアよりも、食べさせたクラレンスのほうが嬉しそうだ。

 そうして、ケーキを一通りソニアに食べさせたクラレンスは、自分がほとんど食べないまま、「時間だ

 」と言って王宮に行ってしまった。


(うぅ……旦那様が最近ますます変だわ…)


 クラレンスの変化にまったくついていけないソニアは身もだえ、そんなソニアを使用人たちは温かく見守っていた。



 ***



 王宮に戻ったクラレンスは、早速作戦本部室で報告を受けていた。


「申し訳ございません、依然として足取りは掴めず…」

「…分かった。下がれ」


 部下を下がらせた後、クラレンスは1枚の報告書を厳しい面持ちで見つめていた。


(くそっ、してやられたな…)


 そこには、拘留中だったリベルト侯爵夫妻が獄中で暗殺されたこと、そしてメリアが行方不明になっていることが綴られている。

 事態が発覚したのは、王宮襲撃事件の数時間後。

 襲撃者を捕縛し、一時身柄を牢屋にいれようとしたときに、牢屋の出入り口を守る衛兵が倒れているのが発見された。

 内部を急ぎ確認したところ、リベルト侯爵夫妻の死体と、その娘のメリアが姿を消失。

 捕縛した襲撃者を尋問にかけているが、全く口を割らないという。


 襲撃者の目的は2つだった。

 国王夫妻と、リベルト侯爵夫妻の暗殺。

 だが、これは犯人の失策であったとクラレンスは見ている。

 国王夫妻とリベルト侯爵夫妻、この双方を疎ましく思う人物は限られる。

 その中で、最も可能性が高いのがフランコス公爵だ。

 国王夫妻を疎ましく思っているのは以前からだが、リベルト侯爵夫妻を手に掛けた理由は不明。

 だが、もし魔力強奪の呪具を提供したのがフランコス公爵だとすれば?

 口を割られるのを恐れたフランコス公爵が、口封じに殺したとしてもおかしくない。


 ただ、メリアがいないのはおそらく連れ去ったのだと思われる。

 わざわざ連れて行くリスクを冒してまで連れ去ったのは何故か。


(くそっ、ソニアを安心させてやりたいのに、ままならんな)


 メリアが関わると、ソニアにとってろくなことにならないというのは、これまでのことで分かっている。

 だからこそ何としてでも捜しだしたいのだが、見つからない。

 そもそもどこに連れていかれたのか、全く当てがないのだ。リベルト家の屋敷は封鎖されているし、リベルト家と交流があった貴族をしらみつぶしに調べても、出てくるとは思えない。

 可能性が一番高いのがフランコス公爵の屋敷だが、証拠があるわけでもないのに捜査もできない。


 思い悩むクラレンスのもとに、王妃の侍女が現れた。


「なんだ?」

「奥様宛に、王妃様より手紙を預かっております」


 侍女より一通の手紙が差し出された。


「ソニアに?分かった、あずかろう」

「それでは」


 手紙を受け取ると、侍女は一礼して出ていった。


(おそらく、感謝の手紙だろうな)


 たまたまソニアが居合わせたことで、王妃は九死に一生を得た。それだけに、国王夫妻のソニアへの信頼度はけた違いに上がった。

 クラレンスは懐に手紙を入れると、明日は帰れるようにすることを誓った。



 翌日。

 ソニアはクラレンスから王妃からの手紙を受け取っていた。


「王妃様から、ですか?」

「ああ、君宛だ」


 手紙を受け取ったソニアは、緊張した面持ちで手紙を開く。

 なにせ王族からの手紙なんて受け取ったことがない。何が書かれているのか、不安しかない。

 指先が震えているソニアに、クラレンスは苦笑しながら言った。


「そう緊張せずとも、君を不安に感じるようなことは書かれていないはずだ。おそらく、先日のことの感謝だろう」

「は、はい…」


 そう言われ、ソニアは少し緊張がほどけた。

 手紙を開いて読むと、内容はクラレンスの言う通り命を助けてもらったことへの感謝と、その感謝を直接伝えたくて改めてお茶会を開きたいということだった。

 その内容を伝えると、クラレンスは渋面になった。


「まだ王宮が慌ただしいのに、お茶会を開きたいとか何を考えて…」

「…お断り、したほうがいいですか?」

「いや……行くしかないだろう。ソニアが行かないなら自分がこちらに行くと言い出しかねないからな、王妃様は」


 クラレンスは大きく息を吐いた。

 確かに、そんなことになったらもっと大事になりそうである。


「この状況下で、王妃様が王宮から出ることを国王陛下が許可するとは思えない。が、王妃様には甘いからな。許可したうえで、部隊一つまるまる護衛に付けてきそうだ」


 ほんとに大事になりそうだ。

 ソニアは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


「…わかりました、参加します」

「すまない。…ああ、そうだ。当日は魔法師団第二部隊を護衛に付ける。馬車も公爵家のものではなく、王宮のものを手配させるから」

「? はい、わかりました」


 ソニアはクラレンスの提案の意味がよく分からないまま、うなずいた。


「…公爵家の護衛では万が一もあるからな、念には念を入れておこう」

「旦那様?」


 何かブツブツ言っているクラレンスの言葉は、ソニアには届かなかった。


「何でもない。今度はこの前の突発的なものと違い、正式な招待だ。きちんと盛装していく必要があると思ってな」

「あ、そう、ですね」


 そう言われても、ソニアは盛装が何なのかよく分かっていない。


(マリーたちにお願いするしかないわね…)



 数日後。

 王妃のお茶会に参加するため、ソニアはしっかりと盛装していた。

 侍女たちによって全身を丁寧に磨かれ、身にまとうドレスも既製品ではあるが最高の1着だ。


「奥様、迎えの馬車が到着しております」

「わかりました」


 コナーに声を掛けられ、ソニアは玄関へと向かった。

 そこには魔法師団の隊服に身を包んだ第二部隊の隊員たちがおり、ソニアの到着を待っていた。


「ソニア様、お待ちしておりました」

「本日はよろしくお願いします」


 挨拶をかわし、馬車へと乗り込む。

 ソニアのほかに女性隊員が一人馬車に乗り込み、他は4人ほどが馬に乗って馬車に付いてきた。

 ソニアは王妃のお茶会への正式参加に、だんだん緊張し始めている。


(大丈夫…よね?私、変な所ないかな?)


 しっかり侍女たちがやってくれたのだから大丈夫だと思いながら、やっぱり不安になってしまう。

 そわそわしながらふと正面に座る女性隊員を見ると、なぜかソニア以上にそわそわしていた。


(どうされたのかしら?)


 その様子に疑問を感じつつも、どう声を掛けたらいいのかわからないソニアは、黙るしかなかった。

 沈黙が支配する馬車の中。

 その沈黙を破ったのは、女性隊員だった。


「ごめんなさい!」


 いきなりの謝罪の声が聞こえたソニアは正面に向き直った。しかし、この時すでにソニアの口には何か布が押し当てられていた。


(な、なに!?どういう…こ……と……)


 その布からは嗅いだことのない匂いがした。

 不審に思う頃には、もうソニアの意識は沈んでいた。


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