Op.7
「でも、一緒に向かうっていってもどうやって向かうんですか?馬は二頭しかいないし、というかそもそもわたしたち馬なんて…」
ソルナは真っ直ぐにフェルンヴを見つめる。今ここにいる馬はフェルンヴとオーレリウスが乗ってきた二頭しかおらず、ましてや経験をした記憶もない乗馬という行為は双子にとって未知のものである。もしかしたら記憶を失う以前は乗ったことがあったのかもしれないが今すぐ乗れといわれても無理な話であった。そんなソルナの問いにフェルンヴは細腕を組みながらそうだな、とつぶやく。
「まあ、二人を相乗りさせてもいいんだけど初心者の二人をいきなり乗せるのはさすがに危険だし、しかも一人は怪我人。おれもそんな無謀なことはしないよ。この先をもう少し行けばちょっとは開けた道に出るから、そこからは馬車で行こう。」
さも簡単であるかのように答えるとフェルンヴはオーレリウスを連れて先に歩き出す。ユールとソルナはその後を追いながら今のフェルンヴの言葉を反芻する。頭の中で言葉を繰り返しているうちに二人はは今の言葉に引っ掛かりを覚え、その場に立ち止まった。
「…ん?ちょっと待って、馬車ってどういうことですか?二人は馬で来たんですよね?」
ユールの横でソルナも首を縦に振る。彼らが自分たちの前に現れたとき馬車なんてものはなく、前を歩く二人は今オーレリウスが引く二頭の白毛とその身一つだったはずだ。ユールの言葉を聞き、フェルンヴはそんなに畏まらなくてもいいよ、と前置きをし歩みはそのままに少しだけこちらを振り向いて口を開いた。
「それは今からのお楽しみ。先にネタばらしをするのはナンセンスだろ?」
悪戯げに答えるとフェルンヴは前を向きなおし、変わらずその足を進めた。フェルンヴの答えに双子は疑問を解決されなかったモヤモヤを抱えながらも前を行く二人についていった。
四人がしばらく歩くと徐々に木の数は減っていき枝葉の隙間からは今まで歩いてきた森路とは明らかに異なる土の見えた道が見えてきた。一足先に開けたその道に足を踏み入れるとフェルンヴはここらへんでいいかな、と軽く足先で地面を小突き、彼のローブから一冊のスケッチブックを取り出した。
「じゃあ、みんなちょっと離れて。オーレリウス、二人の前に。」
スポットライトの様に地面をまだらに照らす陽光の中、フェルンヴはスケッチブックをパラパラと捲りながらある一ページを開く。オーレリウスはフェルンヴの言葉に従い、ユールとソルナの壁になるかのように目の前に立つ。それを黙って見ていたはその双眸を閉じ、そして口を開いた。
『我が名に従いかたちを創れ』
決して大きくはないはずの彼の声は空気を震わせ二人の耳にも響いた。その直後、フェルンヴの目の前には大きな光の群れが形成されていく。その光の明るさに二人は我慢できず目をぎゅっと閉じる。光がやまぬ中、一息開けてフェルンヴは流れるように続けて言葉を紡ぐ。
『創造の玉座を拝する我が名は、』
(今……なんて)
耳に入ってくるはずの単語は一粒も篩にもかけられずに、二人の中をなににも引っかからずにすり抜けていく。双子の片割れがそんなことを考えていると次第に光はまばらになって空気の中に消えていく。光が今にも消えそうになったその時、強い突風が二人の脇を抜けていった。風は一瞬で止み、風に煽られた草花がひらひらと舞い落ちる中、二人は恐る恐る目を開くとそこにはそれまでなかったはずの白塗りの馬車が鎮座していた。
ユールとソルナは自身の目と鼻の先で起こった出来事に唖然とし、言葉を失っているとフェルンヴとオーレリウスは慣れたかのように馬車へと近づき、馬をつなげ出発の準備を進める。準備はすぐに終わり、フェルンヴは啞然とする二人の元へ歩いてくる。
「さ、準備も済んだからテオクラティアへ向かおうか。」
後ろで馬の手綱を調整するオーレリウスを横目に、当たり前かのように言葉を発するフェルンヴに二人はだんだんと思考を取り戻していく。そしてありがとう、と感謝の言葉を口にするよりも先に出たのは二人が一番思っていたことだった。双子は息を合わせたのではないにもかかわらず一言一句たがわずに頭の中に浮かんだ言葉を口にした。
「どうやって出したの…それ。」
二人は全く同じ表情をしていたのであろう、そんな二人を見てフェルンヴはかすかに微笑み、そっと人差し指を口元へ添える。口角は上げたまま小さくつぶやいた。
「それも内緒。秘密は自分で暴いてこそ、でしょ。」
滑らかに馬車の扉を開けるとユールとソルナへ手を伸ばす。二人はその手を順につかみ馬車へと乗り込む。優しく自分たちに添えられた手は思っていたよりも冷たく、ほっそりと壊れそうであった。二人が乗り込んだのを見てフェルンヴはオーレリウスにいいよ、と伝え自分も馬車へ乗り込む。
フェルンヴが乗り込むむと馬車は小さな揺れを起こしてゆっくりと走り始めた。心地の良い馬車の揺れは疲れた身体をほのかに癒す。ユールとソルナはしばらく心地の良い揺れに身を任せて歩きよりもはるかに早く過ぎていく風景に感嘆しながら窓の外を眺めていた。
「それで二人は何から知りたい?おれに答えられることならなんでも答えるよ」
ユールとソルナはその言葉を待っていましたといわんばかりに背筋を伸ばし、目を覚ましてからいまに至るまでにずっと聞きたいと思っていたことを尋ねた。
「……この世界について、俺たちがあったあの怪物は何なのか。ここはどこなのか。全部教えてほしい。」
ユールとソルナはまっすぐにフェルンヴの左右で色の異なる瞳を見つめる。ソルナも琴田には出さなかったものの思っていることはユールと同じあった。真剣な表情の二人を見つめ返しフェルンヴは長くなるよ、と前置きを話を始めた。
小さい子に童話を聞かせるような聞きなじみのある声に、ユールとソルナは耳を傾けた。