Op.4
「ユール、おはよう」
窓の外からはすっかりと日が差し込み、外を流れる川はその光を受け止め水面がしとやかに反射する。未だ口を緩慢に動かすユールをよそに、ソルナは身体を起こし大きく腕を伸ばすと背の筋肉が瞬間張ったような感覚の後、すぐにここちよい感覚へと変わる。
そのままベッドから起き上がり小屋の扉へ手をかける。そのまま開ければ朝の清涼な空気がソルナの両側をすり抜ける。澄み切ったその感覚にふと、片割れの眠るベッドのすぐそばにある窓も開けようか迷ったが寝坊助なユールはもう少し夢になかにいさせてあげようと決め、ソルナは一人川へと向かった。
朝一番の川は身をさすような冷たさがあるかと思ったが、水にふれると一瞬冷たさに指先は引っ込みそうに固まったがすぐに慣れ、ソルナはそのまま川辺で朝の身支度を整えた。様子を見に部屋へ戻るも、ユールはまだベッドの番人と化していて動く気配がみられない。
ソルナはベッドへと向かいベッドの番人に一言声をかけると再び小屋を後にする。その手には昨夜見つけた地図と木籠を携えて部屋を出ようとしたとき、ソルナはもう一つ重要な忘れ物をしていたことに気が付く。
「…用心するに越したことはないもんね。」
誰に聞かせるわけでもなく小さく口にすると、テーブルにかけておいた剣を腰に差し今度こそ部屋を後にした。
朝は太陽の足も速いのか先ほどよりも高い位置に上っていた。昨日目覚めた場所よりもさらに日が入る森路を歩きながらソルナは散策を続ける。川の流れに従いを少し歩くとソルナの目に今までの新緑とはまるで違う鮮やかな色彩が目に入ってきた。ソルナが小走りに近づくとそこには自分の腰の高さほどの低木に鮮やかな果物が実っていた。見たことのない果物は朝露に濡れてささやかな光を反射し、特有のみずみずしくほのかに甘い香りを発していた。
ソルナは用心しながら一つ実を採ると、ためらいながらも口へと含む。プチ、と控えめに皮がはじけ、中から甘くさわやかな酸味が口に広がる。
「うん、あまい。まあ、死にはしないかな。でもなんていうんだろうこれ」
ソルナはそのまま二つ目を口に入れ、朝露に揺れる果実を一籠分摘み取る。予想もしていなかった散策の収穫にほほを緩めると、突然ソルナの目の前を白銀の鱗粉を落としながら小さな花を身に宿す蝶がゆらゆらと通り過ぎた。それは昨日、目を覚ました場所にもいた見たこともない蝶であった。ソルナはその蝶の行方を静かに見つめ、やがて辺りに舞う鱗粉以外が見えなくなるとそのまま長く息を吐く。
「ほんと、ここはどこなんだろう。見たことないものだらけだし……。
「早くかえろう。」
そうつぶやき、手でさっと服についた汚れを払うとソルナはユールの待つ小屋までの帰路を歩む。さすがにあのベッドの番人もいい加減起きているだろう、そんなことを考えながら歩いていればあっという間に小屋が見えてくる。
小屋の前には腕を組み眉間にしわを寄せたユールが立っていた。ソルナはそんなユールの姿を徐々に認知すると途端に顔を嫌そうにゆがめ、今から起こるであろうことを想像しながらユールのもとへ帰ってきた。
「……ソルナ、俺の言いたいことわかるよね。」
「言っておくけど、あんなにベッドに張り付いていたユールが悪いんだからね。わたしはちゃんと声をかけたんだから。」
ユールの言葉に若干のとげを感じるが、ソルナも黙ってはいない。互いに口を真一文字に結びしばらく互いに譲らぬ硬直状態にあったが痺れを切らしそれをを打ち破ったのは、…もとい先に折れたのはユールであった。ユールは手のひらで眉間のしわを伸ばし大きくため息をつくと、降参と示すかのように両手を挙げた。
「ごめん、俺が悪かったよ。おはよう、ソルナ。」
「うん、おはよう、ユール。」
ソルナはユールの手を取り、小屋へと戻る。ユールも川へ行ってきたのであろうか、その手はひんやりとしていた。
「ところでソルナ、その手に持ってるもはなに?」
見た感じ果物みたいに見えるけど、と付け足し椅子に腰かける。ソルナも同じように椅子に座り、腕に抱えていた木籠をテーブルに載せる。そして一粒摘まみ取り、口に放り込む。その光景にユールは口をあんぐりと開け、唖然とした表情を出す。
「これね、ちょっと行った先で見つけたの。多分食べても…」
「何やってんだ!?ソルナのバカ食いしん坊!!吐け!!」
死にはしないよ、と言いかけたソルナの言葉を遮りユールが叫ぶ。ソルナは突然の大声に驚き、その拍子に口腔内にあった果実は喉を通り過ぎた。それを見たユールはあーっ、と再び叫びソルナの背後に回り込んでソルナの肩を大きく揺さぶる。
「ソルナはいっつもこうだ。後先考えずに行動して!ほら、早く水飲んで…!」
慌てるユールになされるがまま揺さぶられていたソルナもやられっぱなしではいられない。自身の後ろにいるユールの一瞬の隙を突き、恨み節を垂れ流すユールの口へと果実を押し込んだ。
ユールはソルナのしようとしている行動に気が付き、とっさに口を閉じようとするも時はすでに遅し、軍配はソルナに上がった。
「ほら、ユールも食べてみなよ。わたしもさっき食べたけど何ともなかったよ。」
ユールは怪訝な顔をしながらも口をもごもご動かし、口に広がる果実を味わった。そしてゆっくりと飲み込むと何も言わずソルナの正面へと戻った。
「ね、何ともないでしょ。わたしを信用して正解だね。」
「…はぁ、確かにおいしいよ。」
ユールは妹の奔放さに頭を抱えつつも二粒目へ指を伸ばしていた。