Op.10
「お嬢様、ユール様、ソルナ様ご歓談中申し訳ありません。エーフィエ様より至急部屋に来るようにとのお達しがございました。」
その声に各々が振り向くと三人のいる部屋の前には初老の男性が立っていた。急いでやってきたであろうのに息一つ切らさず、主人の許可があるまではドアが開いていようとも部屋に入ってこようとしない。
「姉さまが?何があったの」
「どうやら行方が分からなかったフォーフェルのご令息たちについて進展があったようです。すでにウェヌス公爵様やレイチェット辺境伯などもご到着なさっていますのでお早めにとのことです」
「あの、それって俺たち部外者が行ってもいいものなんですか?」
なにやらただ事ではなさそうな気配にユールとソルナは気になりながらも部外秘の話もあるのではないかと自分たちが参加していいものなのかと躊躇いながら男性の返答を待っていた。だが、男性は姿勢を崩すことなくユールの言葉に首を縦に振る。
「はい。エーフィエ様から今回の捜索について正式にお二人のも参加をしてほしいとのことです。どうやら、テオクラティアのご友人からお二人の活躍を聞いていたようでそのような功績があるならば是非とおっしゃっていました」
ユールとソルナはそれを聞くとステルチェの顔を見てうなづき、急いで階下の書斎へと降りていった。この短時間にどれだけことが進んでいたのか、廊下は慌ただしく騎士や魔術師が行き交い静かだったはずの屋敷は一時の騒々しい雰囲気に包まれていた。
騎士たちは廊下を競歩の様にずんずんと進んでいくステルチェを見ると動きを止めその場で敬礼をして動かない。当のステルチェはそんな光景なんて見慣れているのか軽く手を上げるだけに留め一目もくれずに歩いていった。
三人が書斎の扉の前に着くとすでに中では話し合いが始まっているのか複数人の話声が聞こえてくる。声からして中にいるのは四、五人だろうか、ステルチェは扉を軽くノックする。
「ヴァンドール大公、ステルチェが参りました」
「ステルチェか、入りなさい」
ノックのすぐあと、間髪入れずにエーフィエの返答があり三人は書斎に入る。中にいたのはエーフィエを含めて全部で五名。その中には今日二人が街で見かけたあの二人組の片割れ、アンスの姿もあった。
「あ、ソルナ。あの人って」
「あー、何て名前だっけ……確かアンスさんだったかな」
集まっていた面子は全員威厳を示すようにフォーマルな身なりで整えられ、エーフィエを中心として腰をかがめながら何やら机を囲んでいる。エーフィエは三人の姿を映すと小さく手招きをし、早くこちらへと伝えてきた。
「ステルチェ、それにユールとソルナも、急に呼び出してしまってすまない。実は先ほどウェヌス公爵家の私兵からこのようなものが上がってな」
そう言いながらエーフィエが指を差した先には白い布の上に置かれた黒い何かがあった。木片のような長細い何かは自分たちの指の第二関節ほどの大きさだろうか、その先からは赤黒く小さな花が咲いている。しかし何ということだろうか!三人が覗き込むようにしてよく見てみるとその物体はだんだんと自分たちもよく知っているものだと脳が認識してくる。
それは小さな指だった。全部で計六本、そのすべてが子どものものである。
「これは……!!」
「これが見つかった場所は愚泉の崖付近だそうだ。大きさなどから見て六本すべてがおそらく十歳前後の子どものもの。しかも末期の銀花病の症状が出ていることも見るにフォーフェルの子どものもので間違えはないだろう」
「そして今情報が入ってきたのだが、崖の下で二人の子どもの死体が見つかった。顔を中心に見分けがつかないほぼ損傷が激しく、いま魔術師が判別中だが身体的特徴から見てその二人である線が有効だ。もう少ししたら結果が出るそうだからここで待って、」
「その必要はないぞ。たった今、結果が出てたからな」
エーフィエが報告書をはためかせながら全員に待機を命じようとしたその時、扉を叩きつけるように大きな音を立て何という偶然か、書斎に入ってきたのは今朝民衆に囲まれていた二人が出会ったあの少年だった。少年は不機嫌をあらわにするかのようにむっと口をへの字に曲げたまま大股で進んでくると、身長が足りないせいか踵を持ち上げながらエーフィエの胸元に一枚の紙を机に叩きつけた。
「魔術師立会いの下による検死の結果、あの二人はフォーフェルの子どもたちで間違いはない。死亡理由は失血死、と言いたいところだがどうやら違うようだ」
少年は何とか机に手を伸ばしながら紙のある部分を指さす。そこには死亡理由という欄の下に一文簡潔に書かれていた。
___イデアの消失による死亡
その文章を見た全員が驚きで固まるが少年はそんなことはお構いなしに腕を組みながら話をつづけた。
「二人の身体を開いた魔塔医術師によれば二人のイデアは何のかけらも残さずにすっかりと消えていたらしい。しかも体内の臓器は燃やされたかのように真っ黒で、残っていた臓器には大きさが不揃いな花が咲いていたそうだ。聞いた話によるとこの二人は銀花病に罹っていたらしいが、本来の銀花病にはこのような症状は見られないはずだ」
「それは……黒化をしていたからだろうか」
「恐らくそうだ。何せ今まで黒化をして帰ってきたものは一人もいなかったからな。今回初めて黒化の人間を開いたからまた追加で何かわかり次第君たちにも共有をしよう」
少年はそう言うとそのケープの懐から印章を取り出し紙の右上にダンっ、と強く押した。すると印章を押した跡が少年の瞳の色と同じ色に光始め、見たこともない文字が浮き上がり始めた。
「今ここに魔塔主、フォレ=シリル=アンシャンテの名のもとにヴァンドール公爵家を筆頭としてお前たち公爵家、侯爵家へ正式な調査を依頼する。ここ数年、このルミエールフォアで見られる銀花病の特殊症状について調査し原因を突き止めよ。なお、魔塔も全面的な協力はするため何かあればすぐに魔塔へ報告するように」
背格好には似合わず、その場の空気を震わせるような畏敬のの念を含んだフォレの言葉にヴァンドールの名を冠する二人とユールとソルナ以外の人間が御意、と頭を下げる。
ユールとソルナはまさかこんな自分たちよりも幼い少年がこの国の魔術師たちを束ねる長であるという事実に衝撃で目を見開いた。
(噓でしょ……?!)
「君が……魔塔主、だって?」
ユールの言葉にフォレはフン、と鼻を鳴らしながらユールとソルナを見つめた。
「そうだ。我こそ今代の魔塔主であり偉大なる魔術師、フォレ=シリル=アンシャンテ様である!出会えただけでも幸運だと泣いて称えるがよい!!」
自分たちよりも低い位置でフハハハ、と高笑いをしながら仁王立ちでいるフォレを見て、ユールとソルナは自分たちの中にあった魔塔主の人物像が音を立てて崩れていくのが分かった。もっと大人で落ち着いており、端的に言えば話の通じるようなそれこそヘシオドスのような人間を想像していたのに実際はこれらしい。
これをクソガキと言わずして何というべきであろうか、二人は言葉には出さないものの殆ど初対面に近しい人間に対して失礼なことを思いつつふんぞり返る少年を冷ややかな目で見ていた。
「では、フォレ殿。クロシェット並びに他の侯爵家には私から通達しておこう。ただ、クロシェットはともかくヴァンドールとウェヌスでは魔術師を動員しての単独での調査に限界がある。だから、魔塔から臨時で何人か魔術師の派遣をしてほしい。無論、何か有事の際には魔塔を優先にしてもらって構わない」
「ふむ、それについては心配せずともすでに魔塔内で依頼はかけてある。こちらでも選定をしたうえで名簿を送るからそれを見て選ぶといい」
「分かった。ではこちらも準備が整い次第調査に取り掛かろう」
フォレはエーフィエの言葉を聞き終わると軽くうなづき足早に部屋を出ていった。
「と、言うわけだ。ウェヌス公爵、レイチェット辺境伯、そなた達は先に調査の準備を行ってくれ。ベルング侯爵、そなたは此度の調査に参加するに適している侯爵家のリストアップをしてほしい。さすがにすべての侯爵家の人員をこちらに割くわけにはいかないからな」
「承知いたしました」
「私も名簿を作成次第、大公の元に届けらえるよう手配をいたします」
そう言うと四人はそれぞれ部屋を出ていった。三人が書斎に到着してまだ三十分と経っていないのに一気に事態が二転、三転していってしまったため後発組となった三人はまだいまいち内容が呑み込めていない。
そんな三人を尻目にエーフィエは長い溜息をつきながら椅子に座り込む。
「今の話を聞いてもらって分かるようにヴァンドールも正式にこの事案にかかわることになった。そこでお前たちにもいくつか頼みたいことがあるんだ」
「まずはユールとソルナ。ここへは客人として来てもらっていることは重々承知しているが、もし可能であれば今回の調査に君たちも参加をしてほしい。参加をしてもらえるならば、今回の依頼の形式上二人には我がヴァンドール家の騎士団に籍を置いてもらったのち、団長直属のステルチェとスヴェイユの専属騎士という形をとって調査に参加してもらう形になるがいいだろうか?必要であればエトランゼから二人宛へ依頼を出すということも可能だから君たちの好きな方を選んでくれ」
机の上で手を組みながらエーフィエは話を続ける。
「そして、ステルチェ。お前は私の代わりにヴァンドールの公務をいくつか担いなさい。領地の収支の帳簿付けなどはやったことがあるだろう。それと類似した要件ばかりだから、私の口添えがなくとも完璧に行うように」
「えっ……私も調査に、」
「だめだ。少なくとも騎士の称号を得ていないお前を調査に参加させることはできない。それはお前もわかっているはずだろう」
ユールとソルナの時とは違いエーフィエはステルチェに選択肢を与えない。かすかに唇をかみしめるステルチェを見ないようにしたのかエーフィエは三人に背を向け窓枠へと手をかける。姉妹というには距離が遠い、まるで君主とその臣下のようにはっきりとした主従の関係が生まれていた。
ステルチェはすぐに顔を戻し、小さく分かりましたと呟いた。エーフィエはちらりと振り返りそんな妹の表情を見ると一瞬息をのみ固まったが、すぐに再び視線を外に投げ出し首を縦に振った。
固く、重苦しい空気が流れる中そんな空気を打ち壊すかのようにソルナが口を開く。
「私たちも参加するのは全然大丈夫だけど、私たちなんかが参加して足手まといにならないかな」
「うん、それにそんな無理に騎士団になんて入らなくても協力はするよ」
「ううん、実はそういうわけにもいかないんだ。ルミエールフォアの憲法の中にはね魔塔からの正式依頼に参加できるのは依頼を受けた本人、またはその家が保有している騎士団、魔術団のみってなっているから」
「あぁ、それに君たちの実力は先ほど見せてもらったからな。あのステルチェと互角にやり合える力を持っているんだ。そんな君たちが参加をしてくれるなんてこっちからしたら願ったり叶ったりだ」
「そういうことなら、いいよねユール?」
「うん、俺たちも協力するよ。どこまで力になれるかは分からないけど期待はしておいて」
二人の色の良い返答にエーフィエは肩をなでおろした。
ここでいくら念を押したところできっとステルチェはエーフィエの目をかいくぐって調査を行うだろう。妹を危険な目に合わせるのはエーフィエが許すはずもないが、それ以上にステルチェの自由を損なうようなこともしたいわけではない。そこでせめてもの保険としてユールとソルナの二人がステルチェの手綱を握ってくれれば、あわよくば何か手がかりをつかんでくれれば、二人に頼んだ本当の思惑は三人に知られることもなくエーフィエの心の中だけに留められていた。
「二人ともありがとう。入団試験はすでに通貨をしたことにしておくからまた部屋に制服を届けさせよう。細かいルールなどはおいおい覚えていってくれれば構わない、まずは我が家の騎士団の雰囲気に慣れていってくれ」
「それじゃあ、あたしたちは部屋に戻るね。騎士団のみんなには姉さまから伝えておいてもらえるの?」
「あぁ、では二人とも頼んだよ」
これ以上ここに居る必要はない、とエーフィエの言葉を聞いたステルチェはユールとソルナを連れて書斎を出ていった。廊下は先ほどよりも少し落ち着いたのか行き交う人数は減り、騎士よりもヴァンドール家の使用人の方が多くなっていた。
一度、三人が部屋に戻ろうと階段に足をかけたとき、視界の隅に小さな白い塊が映った。ユールが顔を上げると二階へ続く階段の踊り場、手すりに隠れるようにしてネグリジェ姿のスヴェイユが立っていた。その手には真っ白な兎のぬいぐるみを抱え、大きな瞳を揺らしながら三人のことを見つめていた。
「ステルチェおねえさま、あと、」
「スヴェイユ!そうしてここにいるの?!もう起きて大丈夫なの?」
そこに立っていたのがスヴェイユだと分かるとステルチェは階段を駆け上がり、小さな体を抱き上げる。大好きな姉の腕の中で甘えるように身体を摺り寄せるスヴェイユは後に続いて階段を上ってきたユールとソルナを見ると何やらもぞもぞと目を伏せ顔を隠すようにぬいぐるみを抱きしめた。
「あのね、おれ、その」
ぬいぐるみからちらちらと二人を覗きながらスヴェイユは言葉を紡ぐ。どうやらスヴェイユは姉ではなく二人に用事があったようで聞こえるか聞こえないかくらいの声で二人に向けて何かを話していた。
「さっきは、氷でつかまえちゃってごめんなさい。おれ、ステルチェおねえさまがいじめられてるって思っちゃって、おれがおねえさまをたすけなきゃって、」
うまく言葉がまとまらないのか、だんだんと語尾が小さくなりながらもスヴェイユは言いたいことを頑張って伝えてくる。その言葉にユールとソルナはなんとなく何を言いたいのかを察し、庭園での出来事を思い出すとあぁ、と小さくつぶやきスヴェイユを見た。
するとスヴェイユもちょうどこちらを見ていたのかその瞳と目が合う。スヴェイユは目が合うなんて思っていなかったのか一瞬で耳を赤くして二人から顔をそむけてしまう。
ユールとソルナはそんなスヴェイユの姿に小さく笑うと、目線を合わせるように膝を軽く曲げて彼の名前を呼んだ。
次回は5月24日更新予定です