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双星の子守り歌  作者: 宇佐美ましろ
Act Ⅰ:Lumièrefoi
36/54

Op.1

 


 季節は早春から晩春へと移り始め、木々は柔らかな若草の色彩から生命の力強さを感じる深緑が空の隙間を埋め始めている。



 ユールとソルナがテオクラティアに来てから早くも数か月が経ち、近頃ではテオクラティアの文化にもだいぶ慣れ顔見知りと呼べる人々も増えてきた。

 今日も午前の依頼を完遂し二人で行きつけのテルモポリウム(食堂)であるアトランタで軽食を取っていた。テラス席を選ぶには少々日差しが強くなってきたが視界に広がる緑は目を癒す。



「あっ、ユールにぃとソルねぇだ!」

「モニカ!こんにちは」

「どうしたのこんな時間に。今日アカデミーは?」

「もーう、今日は安息日なのよ!二人とも依頼のし過ぎで曜日分かんなくなってるのね」



 モニカのおませな発言に二人からは思わず笑いがこぼれる。

 まろい頬を膨らませ腰に手を当てている少女、モニカは今年からアカデミーに通い始めたという子だった。なぜ、一見接点がなさそうなユールとソルナがそんな子と話すようになったのかというと、それはモニカの家はパン屋を経営しており何度か二人がパンを買いに行ったことで顔見知りとなりこうやって外で会うたびに挨拶を交わすほどの仲になったのだ。



 しかし、モニカは先ほど自分から安息日であるはずなのにその小さな手には何冊もの本を抱えている。それもどれも分厚く、読んでいるだけで一日が終わってしまいそうであった。

 ユールは不思議に思いモニカの持っている本を指さした。



「でもその本、アカデミーのテキストじゃないの?ずいぶんと重そうだけど」

「これはね神歴史学の本!この本から興味があることについて二週間後に発表会をするから今から読んでおくのよ!それとこっちはほら見て!」



 モニカは持っていたもう一冊の本の題名を二人に見せつける。深い赤が印象に残る重厚な本は金色の文字で『ルミエールフォア散策記』と題してあった。モニカは本を抱きしめるとうっとりとしたように頬をほころばせる。



「今度、アカデミーの旅行でねルミエールフォアに行くことが決まったのよ!行くのは秋だからまだ先だけれど今のうちから調べておいて損はないの」



 モニカはそう言うと二人の目の前で嬉しそうに菜の花色のスカートの裾を膨らませながらくるくると回っている。よく話を聞けば、どうやらモニカは家のパン屋が忙しくこれまでに外国へ旅行になんて行ったことがなかったらしい。

 生まれて初めての海外旅行、しかもアカデミーの友人たちと行けるなんてこの年頃の子にとっては人生の中で最も心が沸き立つ出来事だろう。


 ユールとソルナは目を輝かせ目の前に回り続けるモニカを時折笑い声を漏らしながら見つめていた。



「でも奇遇だね。俺たちもルミエールフォアに行くことになったんだ」

「えっ、そうだったの?!いつ?いつなの」

「ふふ、一週間後くらいには行こうかなって思ってるの。わたし達は旅人だしそろそろ次の国に行きたいなって思っていたんだよ」



 ユールとソルナの言葉に、モニカが動きを止めて二人を見上げる。





 二人が次の行き先をルミエールフォアに決めた理由。

 それには、ユールとソルナが数日前エトランゼでアヴァからこんな噂を聞いたことから始まった。






「実は今ルミエールフォアからの依頼が少し増えてきているんです」



 几帳面に書類を整えながら、アヴァがカウンターの上で見せてきたのはいくつかの依頼書だった。どれも右上にはルミエールフォアの印が押され、その枚数はカウンターの上に差し出されただけでも十枚以上はありそうだ。



「ルミエールフォアはその国柄もあってもともとこのようにエトランゼに依頼を出されることは少ないんです。偶に出されるとしてもしかもどれも難易度は低いものばかりなのですが今はご覧のとおり」

「そうだったんだ。何かあったのかな?」



 ソルナの口から零れた何気ない問いかけに、アヴァは少し周りを見渡すと二人にもっと近づくように手招きするといつもより小さな声で実は、と囁いた。




「ここだけの話ですが最近ルミエールフォアで銀花病の流行が起きているらしいんです。それも他の国では見られないような変異まで起きているようで」

「ちょっと待って。銀花病?それって、」

「銀花病はエピュフォニアで見られる原因不明の風土病です」



 なに、と聞こうとしたユールの声と聞いたことのあるような声が重なった。

 二人の目の前ではアヴァが目を点にして固まっており、二人が振り返るとそこには建国祭以来久しぶりに見る濡羽色の髪が木漏れ日を受けて控えめに輝いている。


 見慣れた白のローブを身にまとい、腕を組んで二人の後ろに立っていたのはヘシオドスだった。その背には黒い鎧を身にまとう若い女性が控えており、長い焦げ茶の髪は高い位置でまとめられ雀斑(そばかす)の散った顔も相まって鎧よりも街の売り子の方が似合っていそうな雰囲気を出していた。



 雀斑の女性は二人の顔を見ると何かを思い出したかのような表情をしヘシオドスを差し置いて二人のもとに近づいてきた。



「あっ、あなた達は!」



 ユールとソルナは驚いたような声色で二人に話しかけてくるその女性に訝しむような顔をしてまじまじと顔を見た。そういえばこの深緑の瞳にはどこか見覚えが、そう思った時ソルナがあーと声を上げ女性に向かって指をさす。



「ほら、ユールあの人だよ。わたし達にぶつかりそうになった!」

「あー、あの時の!」

「そうです!その節は大変失礼いたしました」

「なんだ、ホーラ。二人に会ったことがあったのか」



 ヘシオドスにホーラと呼ばれた女騎士は主人より前に出てしまっていたことに気が付いたのか顔を赤く染め、すみませんと呟きその身を縮こまらせた。ヘシオドスは何も気にしていないのだろう委縮するホーラティに顔を上げるように命じると彼女はまだ口元を隠しながらおどおどと顔を上げる。



「は、はい。ヘシオドスさまが目を覚ましたとの一報を受けて急いで馳せ参じようとしたところ、こちらのお二人にぶつかってしまって」

「そういうことだったのか……お二人とも申し訳ありません。まさかホーラティ……私の護衛とお二人にそのようなことがあったとは」

「いや、ぜんぜん!どこも怪我してないし、ね、ソルナ?」

「そうそう、大体もう二か月くらい前のことなんだから時効だよ」



 ホーラティはその言葉を聞きこっちが申し訳なくなってしまうほど何度も頭を下げてくる。声をかけなければ永遠に続きそうな謝罪に、二人はそれ以上頭を下げないでほしいとホーラティに伝えるとようやく謝罪の嵐は止まった。

 そういえばホーラティは二人とぶつかりそうになった時は眼鏡をかけていたのに今日はその眼鏡がない。だから初めに会った時と大きく印象が違って見えたのか。



「あの時は私も気が動転していおたとはいえ二人に名前すら告げずに去ってしまって……これでは騎士の風上にも置けません」

「そういえばまだちゃんと自己紹介してなかったね。俺はユール、こっちは妹の、」

「ソルナです!」

「あっ、お二人のことはヘシオドス様から伺っております。ご挨拶が遅れました、私はヘシオドス様の護衛騎士を務めております、ホーラティと申します。オーレリウスやローエと同じく所属は宮廷騎士団、その中でも書記官に任ぜられています。ぜひお見知りおきください」



 胸に手を添え、恭しく一礼をするホーラティは先ほどの気が抜けたような雰囲気とは一変し洗練された騎士の風貌をその身にまとっていた。



「ホーラティも騎士だったんだね。なんだか騎士には見えないというか」

「ふふっ、よく言われます。特にローエからは街の菓子屋の娘の方がしっくりきそうだななんてからかわれるんです」



 ホーラティは続けてまぁ、力面では私にかなわないですからね、とにこやかな笑顔で毒を吐いた。

 ローエを見ていても思っていたがやはり神官の護衛に選ばれるほどの実力の持ち主は精神の太さが優れているらしい。先ほどまでの顔の青さはどこにいったのかすでにヘシオドスの横でにこにこと控えている。



「そういえばヘシオドスたちはなんでここに?神殿にいなくても大丈夫なの?」

「えぇ、つい先ほど皇帝陛下への謁見を終え今から神殿に戻ろうと思っていたんです。しかし、お二人をお見掛けしたのでご挨拶をと思い声をかけようとしたらずいぶんと興味深い話をされていたので」

「私達は昨日までちょうどルミエールフォアまで行っていたんです。どうやらお二人にもお伝えした方がよさそうですのでひとまずどこか座れるところに入りませんか?」



 ホーラティの提案に四人はエトランゼに近くにあるカフェテリアへと足を運んだ。まだ昼前であるからかカフェテリアの中には人はそこまでおらず、時計の針が時間を刻む音が店内に響いている。

 ホーラティは入り口まで三人をエスコートすると、自分は一度騎士団に顔を出してくるとのことで三人とは別れ皇宮へと向かっていった。



 残された三人は入り口から少し奥に入ったソファー席に腰を下ろすと、すぐに店員がやってきてメニュー表を置き、その手には片手に収まるほどのメモ帳が握られている。三人が手渡されたメニューに軽く目を通すとこの時間はドリンクのオーダーしか受け付けていないようでユールとソルナ、そしてヘシオドスはそれぞれ目に留まったドリンクを口頭で伝えると店員はそれをメモに書き込み少々お待ちくださいと残して裏へと入っていった。



「さて、先ほどの続きですがお二人は銀花病については全くご存じがないということでお間違えはないですか?」

「うん、俺は初めて聞いたよ。ソルナは?」

「わたしは前に依頼に行った家で一度だけ聞いたことがあるけどそれが何なのかまでは……」

「分かりました。では銀花病が何なのか、その発祥からお話ししましょう。お二人とも時間は大丈夫ですか?」



 二人がうなづくとヘシオドスはテーブルの上で手を組み、口を開いた。

 その口から語られたのは自分たちの知らないこの大陸に蔓延る恐ろしくも美しい奇病の話であった。



 ___銀花病



 それは、このエピュフォニアに根を張る奇妙な病。一度かかってしまえば最後、有効な治療や特効薬はなく、発症後おおよその人が二、三年で命を落とすと言われている。



 その特徴は名前にもあるように体中に銀色の花が咲くのだ。

 発症初期は微熱や倦怠感など普通の風邪と何の変りもない症状だが、半年ほど経つと手足の先から徐々にしびれが出始めやがて美しい銀に染まっていく。そこからは個人によって差があるものの、ゆっくりゆっくりと宿主を侵していき、その人の生命力を吸い尽くしていく。そして末期になると顔や首筋、手先足先といった全身に大小さまざまな銀色の花を咲かせる。



「通常、そこまで行くと多くの人が数か月と経たずに命を落とします。しかし一部の感染者はその命を落とす前に忽然と姿を消してしまうのです」

「忽然とって、そんなみんなどこに行っちゃうの?」

「それが本当にわからないのです。いくら探しても見つからない、大方どこかで亡くなってしまっているのだとは思います」

「どうやったら感染するとか何が原因とかも分からないの?」

「はい。発症の起源などはまだ分かっていないことが多く、何もできていないのが現状です。ですが圧倒的に患者が多いのは大陸の東部に位置するドゥルヒヴァルドという国です。おそらく発祥の地もそこと見て間違いはないと思われます。その他の国ではそれほど頻繁にみられる病ではなかったはずなのですが、」

「でも最近になってルミエールフォアでも見られるようになってきたって訳なんだね」



 ヘシオドスは黙って首を縦に振るも、その顔はまだ何かを言いたげにしている。ちょうど手元には頼んでいたドリンクが運ばれており、乾いてしまったのどを潤そうとヘシオドは一口アイスティーを口に含んだ。



「それが話を聞いてみると従来の銀花病とはどこか様子が違うのです」

「どういうこと?」

「先ほども言ったように銀花病は身体全体が銀に侵され花が咲くといった特徴を持つはずなのですが、ルミエールフォアで見られる銀花病では銀に混じって黒い花が咲くのです。しかも、四肢の末端からは薔薇の蔓のような痣が浮かび、花が咲くころには患者は物言わぬ人形のように自我を失いそしてみな行方を眩ませるのです」

「そんな、いったいどこに行っちゃうの?」

「それも私からは何とも……しかし調査を続けて患者にいたところ、失踪をした者にはある共通点があることが分かりました」

「共通点って?」


「みな、失踪するのは月が見える夜。しかも何か譫言を言いながら人とは思えないような速さで走っていくのです」



 治療方法もなく日を追うごとに感染者が増えていく状況にルミエールフォアの国民も疲弊しているのだという。ヘシオドスたちが今回調査に出向いたのも、ルミエールフォアのみでは対処が難しくなってきたことで国家として正式にテオクラティアへ協力を仰いできたためだったのだ。

 しかし、その調査の甲斐もむなしく何の結果も得られぬままルミエールフォアでの調査を切り上げ帰ってきたらしい。



「本来であればもう少しルミエールフォアに滞在したかったのですが明日からアイソーポスとルートヴィヒがそれぞれ国外に出てしまうためこのようにテオクラティアへ戻ってきたのです」



 ヘシオドスはやるせなく残りのアイスティーを煽ると静かにカップをソーサーに置いた。

 ユールとソルナは思っていた以上に深刻なルミエールフォアの状況に辛酸をなめるような気持ちに陥っていた。ヘスペラの脅威もさることながら、原因不明の病まで広がる国でどれだけの人が眠れぬ夜を過ごしているのだろうか。


 愛する人が突然いなくなってしまう恐怖。もしも今隣にいる自分の半身がそのような状況に陥ったら想像するだけで胸が張り裂けそうな苦痛が二人を襲った。

 二人がそんなことを考えているとここから本題に入るかのように、ヘシオドスは目の前に座るユールとソルナの瞳をまっすぐに見つめる。



「そこで折り入ってお二人に頼みがあるのです。私の代わりにルミエールフォアへ行ってこの件の調査をお願いできないでしょうか。もちろん危険が伴うものですので強制はできません、ですが、もしもお二人に受けていただけるのであればルミエールフォアに滞在中の必要経費はもちろん十分な報奨もご用意させていただきます」



 ヘシオドスから提案されたのは二人の想像の斜め上を行くものだった。今の話を聞いたのならば並大抵の人ならばルミエールフォアに行くことをためらうだろう。

 しかし、ユールとソルナの中に灯る正道と好奇心の火種は自行動を起こすには十分なほど燃え盛っている。病の恐怖もヘスペラへの不安も新しい場所へ旅立つ動力は止められない。



「俺たちにできることがあるなら何でもするよ!」

「ちょうど、ユールとそろそろ次の国に行きたいねって話をしていたところなの。願ったり叶ったりだよ」


 二人の快諾の一声にヘシオドスは表情を柔らかくするとありがとうございます、と言いそのまま言葉を続ける。以前会った時よりも感情豊かに見えるその顔にユールとソルナの二人は一瞬、何か感じたことのあるような不思議な感覚が脳裏をよぎった。

 だが、それは本当にすぐ過ぎ去ってしまい二人の意識はヘシオドスの言葉へと移っていった。



「お二人ならそう言ってくれると思っていました。では、神官ヘシオドスの名において正式に依頼をお出しいたします。二日後、エトランゼに行って依頼を受けてください」



 ヘシオドスはその端正な顔に微笑みを浮かべたまま二人に向かって手を差し出し、握手を求める。



「期限は未定。依頼内容はルミエールフォアにおける銀花病の謎とヘスペラの撃退を中心とした治安維持。ですが危機を感じたら自分の身の安全を第一にしてください」

「はい!」

「その依頼お受けします」




 幼い二人にこんなことを頼むなんて眠る前の彼だったら考えにも及ばないことだったかもしれない。しかし、なぜだかこの二人ならばなんとかしてくれるかもしれない、そんな根拠のない希望がヘシオドスの胸に宿っていた。



「お二人のこれからの旅路のその先にに大地の祝福あらんことを」


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