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双星の子守り歌  作者: 宇佐美ましろ
The Opening Act:Theokratia
33/54

Op.32

 


 すっかり太陽は西の空へと傾き始め、人々が行き交う大通りは茜色に染め上げられる。

 太陽が沈んでいくのを追いかけて色とりどりのヴァンノーピスは一輪、また一輪とその花弁を舞い上がらせ煌々と消えていった。人々はヴァンノーピスが消えゆく空を眺め、皆祈るかのように目を閉じ手を組んでいる。テオクラティアの言い伝えのひとつに建国祭の最終日に空に舞っていくヴァンノーピスの花弁が消え去る前に祈ると生きている間に起きる自身の危機を一度救ってもらえると言われているらしい。



 建国祭の最終日、今日は後夜祭であった。街に集う人々は思い思いの盛装に身を包み、皆例外なく顔を隠す仮面をつけている。

 ユールとソルナもその慣例に倣ってそれぞれ自身の顔半分を隠すように満開の花で覆われた仮面を身に着けていた。この場にいるどんな貴族の仮面と並んでも見劣りしないようなこの豪華な仮面も服も、実はすべてフェクロス子爵夫人から送られてきたもので、二人に似合うデザインのものを考えていたらギリギリになってしまったと書かれた手紙とともに昨日使いの者が運んできたのだった。



 __お二人のデビュタントがお済みかは存じ上げませんのでこのようなデザインにさせていただきましたわ。このクロエ・フェロクスの自信作ですもの。似合わないはずがありませんことよ。後夜祭、楽しんでくださいな。



 契約書の時はと異なり、急いで書いたからであろうか筆圧が強く角ばった夫人の字は本来の夫人を表しているかのようで二人は手紙を見た途端笑みがこぼれてしまった。

 洗練された中に遊び心も忘れてはいないデザインは二人の大人びた雰囲気を最大限押し出しながらも親しみやすい性格をそのまま取り出したかのように二人に馴染み、二人の魅力を高めている。

 ユールとソルナは昨晩、服を取り出した時から服を体に当て早く明日が来ないかわくわくしながら部屋の中で二人だけのお披露目会をしていた。



「すごい!ほら、あんなに高い木まで飾りがついてる!」

「ほんとだ!すっかり街も元通りだし、後夜祭がやれてよかったね」



 にぎわう大通りの中、夜に近づくにつれて人々の流れが増していく。二人はその手に露店で買った串焼きを頬張りながらいつものにぎやかさを取り戻したエテルノアを見て胸をなでおろしていた。

 アビタスの侵攻を受けた後、神官ヘシオドスの力によって街の見た目は襲撃を受ける前と何も変わらない元の姿へと戻った。しかし、彼の力に人の心まですべて元通りに戻すなんてことはできるわけもなく、人々は短期間で起きた二度の深淵の襲撃によって辟易し、神殿からの深淵の撃退の宣告が(くだ)されてもなおしばらくは誰も外には出なかった。

 だが、それも徐々に落ち着き、本祭の最終日にはまた神殿へ礼拝に向かう人影が多くみられるようになっていったのだ。



「それにしてもアビタスとかヘスペラとかなんだか分かんなくなってきちゃうよ。結局ヘスペラとアビタスは別のもので、アビタスの方が危ないってことでいいのかな」

「たぶんそうなんじゃない?それい、名前なんて関係ないよ。私たちはただみんなに危険なものを消していけばいいだけなんだからさ!」






 だんだんと日は沈み辺りを照らすのは西日ではなく聖火の灯された街灯に移り変わっていく。自分たちが見守る中人々は楽しそうに笑いあい深淵の襲撃などなかったかのように何げない日常を取り戻していた。

 そんな民の往来と昼と夜の入れ替わる情景をアイソーポスとヘシオドスは文殿の屋上庭園から見下ろしていた。



「結局、ルートヴィヒとはあれ以降会えなかったんだね」



 アイソーポスははあ、と大きくため息をつき欄干に手をつくと大きく背を伸ばす。ガラスの扉の向こうには二人の護衛のローエとホーラティは誰も入らないよう外を見張ってくれている。そのおかげで今この庭園に入ってくる人は誰もいない。



「あの子ともう少し話ができればよかったんだがこんなにも公務が舞い込んでくるとは。これではしばらく休む暇さえ作れないな」



 あの日本殿の中で意識を失った二人が次に目を覚ましたのは日が落ち切った後であった。ルートヴィヒはあの後人を呼んだのか二人は神殿内にある休息の間で眠っていた。

 傍ではローエとホーラティが目に涙をためながら手を握っている姿が目に入り、二人は苦い顔を浮かべながらなんとなく自分の置かれた状況を理解したのだ。自分たちに付き添っていてくれたローエとホーラティにそれとなく尋ねてみると、思った通り目を覚ましたころには儀式の時間も終わり聖都エテルノアからルートヴィヒの姿はすでに消えていた。


 なんとなく予想はしていたがそれならば仕方がないと溜まった公務を終わらせてから堂々とルートヴィヒに会いに行こうにも、二人が思っていた以上に自分たちに課された業務量がありに加えて次々と追加される国内外からの依頼に、二人はルートヴィヒの話を聞かされた時とは違う意味でまた頭痛に襲われたの記憶に新しい。



「まさか大陸各地からこんなにも要請が来ていたとはねぇ。借りだなんて大げさだとは思っていたけれどこれを一人でやらせていただなんてさすがにルートヴィヒに悪いことをしてしまっていたね」

「あぁ、これまでにかけさせた苦労を考えれば何も言い返せない」



 今日までは二人も安息日扱いとしてもらったが明日からの公務のことを考えるとこのまま領地に変えるのが恐ろしい。

 しかしそれ以上にここまでヘスペラの侵攻が各地で発生していることは創造主である二人にとって看過できない事態であった。ヘシオドスは知らなくて当然だがアイソーポスでさえもこんなことになっていることを知らなかったのだ。


 今回テオクラティアに出現したアビタスと大陸各地で発生するヘスペラの襲撃。

 両者に関係があることは誰が見ても明白で、今はとにかくその原因を解明することが必要だ。



「あの時、ルートヴィヒが言っていた力の代償や原罪というのも気になるががそれよりも目下の問題を解決せねば。それに解決していくうちにあの子の言っていたことも糸口が見つかるかもしれないしな」



 春風に舞うヴァンノーピスが目の前で消えていく。茜の空に溶けていった彩りにあふれる花弁は今日でその命に終止符を打つのだ。

 アイソーポスとヘシオドスはそんな空に今はもう見えない天空の国の面影を映していた。



 いつか自分たちもこの運命から解放され安楽の地に行くことはできるのだろうか。そう願おうにも自分たちの望みを聞いてくれるような神はもうこの世にいない。

 かつて自分たちを優しく導き包み込んでくれた始まりのあの御方は一足先ににしがらみを断ち切り安楽の地に旅立ったのだろうか。



「まぁ、なににしろテオミュトスもまだ目が覚めない今ボクらはボクらができることを全うするしかないんだね」



 アイソーポスはいつの間に用意していたのか、その手には二脚のグラスがあった。中は西部名産の葡萄酒であるようだ。

 目を引く深い深紅はアイソーポスの持つグラスの中で小さな波を立てている。



「最近西の子たちが新たな品種を作ってね。試しにお酒にしてみたのだと言っていたけどきれいな色をしているだろう?」

「あぁ、さすがはテオクラティアにおける果実の二大産地だ。葡萄酒だけで見たら南部にも劣らないだろう」

「よくもまぁ、そんな皮肉ばかり口にできるものだね」



 アイソーポスに手渡されたグラスからは鼻を抜けるアルコールの芳醇な香りと爽やかな葡萄の香り。きっと販売を開始すればあっという間に人気が出るだろう。

 アイソーポスはグラスを持ったまま民衆を眺めるそんなことを考えるヘシオドスを一瞥し、グラスを持っている腕をつかみ上げると自分のグラスとともに高く掲げる。



「おかえりヘシオドス、改めて君の帰還に心から祝福をささげるよ。今ここに創造主アイソーポスの名において君に数多の加護があらんことを」

「……は、っはは。あぁ、長いこと待たせてしまったな。ただいま友よ」



 あとはもう一人。今も南の離宮で眠り続ける彼が目を覚ませば四人の神官は皆そろう。いつか来るその日を想って二人は葡萄酒を口に含んだ。







 一方、ユールとソルナは大通りの中心部に位置する大広場へと来ていた。この広場といえばテオクラティアへ到着したその日以来、こんな風にここを目的としてくることはなかった。しかし、さすがエテルノアの中央に位置する大広場と言うだけあってこれまで歩いてきた通りとも遜色ないほど多くの露店が並び、小さな子供から老人まで皆身分など気にせず建国祭の終幕を惜しむかのように楽しんでいる。

 二人もそんな輪の中に入り宴も(たけなわ)と言えるような建国祭のフィナーレの雰囲気に酔いしれていた。


 ユールとソルナは街灯の灯りで多くの人影が映されている白い煉瓦の道を歩き、食後の甘味を吟味しながら露店の店主と値引きの交渉をしていると、どこからともなく場の雰囲気を一気に盛り上げるかのように鮮烈で、それでいて繊細な音楽が聞こえてくる。



「おっ、もうそんな時間か。お嬢ちゃんたち値引きはしてやるから先にルードゥスに行ってきな」

「えっ、ルードゥスっていうのは、」

「そりゃあ、建国祭の目玉行事に決まってんだろ!見てみろ、ああやって誰でもいいし何人でもいいから踊るんだよ。このときだけは無礼講。身分も礼儀作法も何にも気にしなくていいのさ。ほら、行った行った」



 店主に半ば追い出されるようにしてユールとソルナは露店から離れると、目の前では男女、年齢、身分に関係なく流れてくる演奏に合わせて人々が踊っていた。ある人は優雅に舞い、ある人は情熱的なステップを披露し、またある人は歌劇団のスターの様に歌いながら一人で踊っている。



「わぁ、すごいねソルナ!俺たちも踊る?」

「確かに楽しそうだけど、わたし達踊り方なんて知らないんだよ?今回は見てるだけにしない……?」


「珍しいね。そういうことはユールが言いそうだと思っていたのに」



 二人の後ろからどこかで聞いたことのある声が降ってくる。

 ユールとソルナが同じ人物を頭の中に浮かべながらが驚いたように振り向くと、そこには仮面を外し二人に微笑みかけるフェルンヴが立っていた。しかしその姿は最後に会った時とは異なり髪は紫がかった淡金色で瞳も左右ともに金色であった。



「フェルンヴ……なの?」

「なんか最後に会った時とすごい印象が変わったような」

「ん……?あぁ、この髪と目の色か。あの色で人が多いところにいると何かと目立つからね」



 二人に指摘されるまで気にしていなかったのかフェルンヴは髪先を指でいじる。



「でもすごいに合ってる!まるで星から生まれてきたみたい」

「うん!前の姿もよかったけど、あんまりに綺麗だからなんかこっちが照れちゃうなってちょっと思ってたんだ。それになんか不思議とそっちの方が安心する」



 二人から出てきた予想外の誉め言葉にきょとんと目を丸くしたフェルンヴだったがすぐに口元を手で覆う。二人は何か不快なことを言ってしまったのかと一瞬不安になるも手の奥から聞こえてきたのは小さな笑い声だった。



「そういってもらえると嬉しいよ。おれもこの色が好きだから」



 フェルンヴは仮面をつけなおすとおもむろに二人に向かって手を差し出してきた。ユールとソルナは何だと思いながらも導かれるように二人が手を添えると、白い手袋にに覆われたフェルンヴの薄い手は二人の手を優しく握りそのままユールとソルナの身体ごと自分に引き寄せる。



「さぁ、せっかくだし三人で踊ろうか。なんにも考えないで自分の思うように楽しんで」



 言葉を言い切らないうちにフェルンヴは二人の手を取って人々の集まる輪の中に潜り込んだ。

 二人の踊りの経験のなさを思っての気遣いか、歩くよりもゆっくりに踏まれるステップは気品が漂い、彼の教養の高さを物語っていた。二人はせめて足だけは踏まないようにと思いながらフェルンヴのエスコートに合わせてステップを踏む。

 ステップを踏んでいくうちに初めは遠慮がちだった二人もだんだんとコツをつかんできたのか音楽を聴く余裕が生まれてきた。



「そういえば北部は大丈夫だったの?あっちもヘスペラの襲撃にあったって聞いていたけど」

「うん、幸い神官たちが早く対処していたから怪我人は少ししか出なかったよ」

「そっか、それならよかった」



 仮面に隠され、今のフェルンヴの表情ははっきりとはわからないが穏やかな声色からは二人が心配するようなことは起こっていないらしい。



「二人は?元気だった?」

「もちろん!いろいろあったけど全部新鮮でいい経験になったよ」



 ユールの答えに言葉は返ってこなかったが仮面の奥の瞳は柔らかく細められ、自分たちを見つめている。


 ユールもソルナもフェルンヴを目の前にしてまだまだ言いたいことがたくさんあるんだ、と口を開こうとしたとき、だんだんと広場に響き渡る音楽が小さくなり踊っていた人々もその場で立ち止まり向かい合ってカテーシーを交わす。

 優美な弦楽器のロングトーンは消え去り建国祭の終幕を静かに告げた。三人もその場で動きを止めるとフェルンヴはこの場にいる誰よりも美しいカテーシーを披露し、二人もそれに倣い見様見真似で拙いカテーシーとも呼べるかは怪しいお辞儀をした。



「ユールとソルナに会えてよかった。これからはつもり?」

「もう少しテオクラティアで過ごしたら次の国に行ってみようと思ってる」

「そう、どうか身体には気を付けて。あと、これ」



 そう言いながらフェルンヴから二人の手に渡されたのは二つのイデアだった。自分たちの様にその二つは形も大きさも瓜二つで淡い光を放っている。

 いきなり渡された誰のものかわからないイデアを落とさないよう二人は硬直しながらフェルンヴの顔を見た。



「これってイデアだよね?わたし達なんかに預けたらだめだよ」

「いいんだ、きっと二人の役に立つから持って行って」

「でも……」

「いいんだ。おれが持っていても仕方がないから」



 手の中のイデアは水晶のような輝きの中に太陽や月光のかけらを閉じ込めたような目を奪われる色合いに見れば見るほど魅了される。

 二人が微動だにせず手中を見つめているとそれまでぼんやりとしていたイデアの光が急に強まり手の中から浮かび上がった。イデアは二人の目線の高さまで浮かび上がるとそのままゆっくりと大きく開いた二人の胸元へと移動していく。



「へ、な、なに?」



 イデアは何の抵抗もなく当たり前のようにユールとソルナの胸元から体内へと侵入してくる。

 二人は体内にイデアが入り込んでくるという衝撃に目を見開きながら、感じたことのない不快な感覚に襲われるかもしれないと全身に力を入れて身構えたがそんな感覚はいつまでたっても来ることは無く、むしろじんわりとした温かさが胸元に広がるだけだった。

 イデアはそのほとんどを二人の体内にしまい込むと表面の一部だけを胸元からのぞかせ満足げに二人の体内に居座っていた。


 ユールとソルナは自分たちの身に起こった驚愕すべき出来事に顔を青ざめさせ、目の前に立つフェルンヴへ助けを求めるかのように目を潤ませその顔を向けた。



「フェルンヴ、どうしよう……。これ大丈夫なの?」

「というかこれ取れないんだけど。どうなってるの」

「二人のこと気に入ったんじゃない?今痛くなったりしてないなら大丈夫だよ」



 涙目の二人はフェルンヴの言葉を聞いてもなお、さすがにこれはまずいのではないかと思ってい胸元を引っ張ってみたり叩いたりしてみるも何も変わらず、フェルンヴのいう通り確かに痛みや異物感はなかったため数日は様子を見てみてもいいかと諦め、顔をのぞかせるイデアをそっと撫でた。

 滑らかな表面はほのかに暖かくその奥で規律正しく動く心臓の拍動が伝わってきた。



「それじゃあ、おれはそろそろ行こうかな。またね、二人とも」



 創造の加護あらんことを、そう一言だけ告げてフェルンヴは広場を抜けて一本入ったところにある小路へと入っていく。フェルンヴの後を追うように数匹の蝶がひらひらと羽を動かし人の中に消えていった。



「あっ!!」

「どうしたの、ユール」

「またフェルンブへの手紙の宛先聞くの忘れた」



 あ、とソルナも気が付くが時はすでに遅く広場に集まった人たちもみな家への帰路を歩み始めている。今更追いかけても追いつくかは微妙だろう。



「まぁ、きっとまた会えるよ。」

「そうだね、旅はまだ長いんだから」



 二人も宿への道を歩き始める。建国祭は怒涛の一か月とともに二人に様々な思い出や経験を残しその幕を下ろしたのだった。


約一か月間お付き合いいただきありがとうございました!

少しずつ読んでくださる方が増えてゆき、目標であった毎日投稿も達成できたのも読んでくれる人読者の皆様がいるという嬉しさのおかげです


序幕はこれで幕を下ろしますが、どうかこの先も続いていくユールとソルナの旅路を見舞ってくれると幸いです


少しおやすみしましたら一幕も投稿していきますので、開演までしばらくお待ちください

一幕以降は週に三回ほどの投稿ペースで頑張っていこうかなと考えておりますので、さらに完成度の高い作品をお届けできるかなと思っております


気に入っていただけましたら是非評価やブックマークも併せてよろしくお願いいたします。

では次の二人の行く旅の先で、また皆様にお会いできることを心待ちにしております!


宇佐美ましろ

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