Op.31
本祭の最終日の忙しさは何百回と経験しても慣れないものだ。
アイソーポスは西の離宮で安眠を貪っていたところを夜明けの前にたたき起こされ離宮付きの神官たちによってあれよあれよという間に身支度を整えられると、まだ眠い眼を擦りながらローエを連れてイニ―ティス神殿へと向かっていた。
皇宮の広大な敷地の中にある神殿の中でもこの本殿には建国祭の最中、それも首席神官のみが入ることを許される。
ローエは本殿の入口までアイソーポスを見送ると絶対に他の二人に迷惑はかけるなと半ば脅しの様にアイソーポスへ言いつけ、次の休息の刻にまた来ると言い残し来た道を帰っていった。
「早いね、二人とも。一体何時に起きたんだい?」
夜明けの刻、儀式の開始まではまだ時間があるというのにアイソーポス以外の二人は到着していたようだ。
本殿の中では自分と同じように布がふんだんに使われた礼服を身にまとい、思い思いに過ごしているヘシオドスとルートヴィヒの姿があった。アイソーポスも本殿の中へずんずん進んでいき、近くの椅子へと腰を掛ける。
本祭の儀式とは名ばかりにほとんど形骸化してしまっているため三人がやることは少ない。しかも本殿にはこの三人以外の人は立ち入れないため何をしていようと外部に漏れ出ることだってない。
専ら国民の不安を取り除くためだけに行われる生産性のない行為をアイソーポスは時間の浪費のように思われたが今日だけはこの時間があってよかったと思っていた。
なにせここでの話は外部に漏れることは無い。創造主同士でしかできない内緒話にはもってこいな場所であった。
「おはよう。おれも今来たところだよ」
「お前にしては時間通りに行動できているな。この数百年でようやく神官としての意識が芽生えたか」
「あー、うるさいね。言っておくけれどボクはどこかの寝坊助さんとは違ってもずっと早くに目覚めて頑張っていたんだね」
顔を合わせれば小言を漏らすヘシオドスから顔を背け近くの長椅子の上で足を組む。
ふとアイソーポスが目を向けた先に在った本殿の中を照らす灯りは、自分たちが代わりに灯していた紛い物の聖火なんかではなくヘシオドスがこの数日で急いで灯しなおした聖火で一段と明るく清らかな空気を纏っていた。
「じゃあ、みんな集まったことだし儀式までにはまだ時間もあるね。せっかくだし再会の喜びでも分かち合おうじゃないか」
「それよりもやることがあるだろう。なぁ、ルートヴィヒ」
「……さぁ、何のことだろう。アイソーポスのいう通りおれもヘシオドスが目を覚ましてくれてうれしいよ」
ヘシオドスが突然仕掛けたかまにも動揺のひとつも見せないルートヴィヒはそっと目を伏せると、それまで体を預けていた内壁を離れ、長椅子に腰を下ろす。
ヘシオドスは予想した通りというかの如く長い息を吐きだすと、それまで立っていた場所からルートヴィヒの座っているところまで音もたてずに歩いてくる。
「この私の前でしらを切り続けられるとは思わない方がいい。力を使われたくなければ正直に答えなさい」
ルートヴィヒは高い位置から自身を覆うかのように見下ろしてくるヘシオドスに視線を向ける。そのオーロラと淡金の瞳は聖火の明かりを吸収し閑雅に光を宿し、時折ゆらゆらと揺れていた。
ルートヴィヒは少しの沈黙の後、微笑むと分かったと小さくつぶやいてヘシオドスへ身体をまっすぐに向き直る。
(普通の人がいたらこんな空気、すぐに気をやってしまいそうだね)
一触即発とも見えるような緊迫した雰囲気の中アイソーポスは野暮なことなんて言わずそんな二人の様子を頬杖をつきながらじっと眺めていた。
「まず、君はいつ目を覚ましていたんだ。少なくともアイソーポスが目覚める前には起きていたようだね」
「いつだったかな、正確になんて覚えてないよ。あ、でもテオクラティアで目を醒ましたときにはおれ以外誰も起きてなかったはずだよ」
「なぜそれを知っている」
「起きてすぐいろんな国を見に行ったから。どの国も創造主が力を失ってみんな眠ってたけど、おれじゃどうしようもできなかったからその後すぐにテオクラティアに帰ってきて国の再建に手を貸していたよ」
どうやってみんなが起きたかは分かんないな、と純白のヴェールに施された繊細なレースを指で触りながらルートヴィヒはヘシオドスから視線を外す。
これ以上は何も言わないと決めていたのか、続きについては語ろうとせずその口は閉ざされた。ヘシオドスはそんなルートヴィヒの態度に眉を顰め追求しようと口を開こうとしたとき、それまで静観を決め込んでいたアイソーポスも立ち上がり二人の元へ近づいてきた。
腕を組んで立っている彼はヘシオドスと並びまるで双璧の様にルートヴィヒへと影を落としている。
「ボクからも聞きたいことがあるんだね。どうして君はヘシオドスが目を覚ましたことを知っていた?しかも何故ボクらの宝具を持っていたんだい?」
「おれが国の復興に手を貸したらその時の皇帝が持っていたのを譲ってくれたんだよ。その時の皇帝もおれの正体は知ってたし、それぞれの神殿で保管するよりもおれが持っていた方が安心でしょ」
「ふーん、まぁ、道理は通っているんだね。で、ヘシオドスが目を覚ましたことはなんで知っていたの」
「なんとなく?ほら、おれは昔から勘が鋭かったから」
手をひらひらさせながら薄ら笑いを浮かべ、二人を見上げる双眸は厳冬の真夜中を彩る空の様に一点の曇りもなく美しかった。
しかしその左右で色違いの瞳を改めてみたとき、ヘシオドスの蟀谷に鋭い痛みが走る。急に湧き上がってきた何かで締め付けられているかのような激しい痛みにヘシオドスは端正な顔をゆがめ、めまいもするのか僅かに体をよろめかせる。
アイソーポスは突然身体の均衡を失い倒れそうになるヘシオドスに驚き、咄嗟にその脇へ腕をくぐらせ自分よりも宇和是のあるその身体を支えた。よく見るとその顔は青く染まり、額からは一滴の汗が流れている。
「ちょ、ちょっと、ヘシオドス!?どうしたんだい。まだ体調が、」
ヘシオドスは自身を心配するアイソーポスの言葉には耳を貸さず、目の前で変わらずどこか妖艶に薄い笑みを浮かべる幼い彼に目を向けた。
今日、ルートヴィヒに会ってからずっと感じていた奇妙な感覚。そのピースは思いもしないタイミングで埋まった。
「待て、ルートヴィヒ。なぜ瞳の色が左右で違うんだ。それにその髪色も」
「は、ヘシオドス何を言っているんだい?この子の髪の色も目の色だってずっとこの色だっただろう?」
「そんな訳がないだろう?!アイソーポス、思い出してみろ。この子の他の兄たちを、アイテリオンで過ごしていた時この子はこんな姿ではなかった!」
ヘシオドスは痛みなど忘れたかのようにアイソーポスの肩を強く揺する。ヘシオドスの剣幕に圧倒されながらアイソーポスの頭の中はルートヴィヒの二人いる兄と妹のことを思い出していた。
天空にいる頃から聡明で厳しいところもあるが礼儀正しい長兄に、身体が弱いが優しく剣の腕ならエピュフォニアでも三本の指に入るほどの才を持つ次兄。そしてそんな次兄の剣の腕を継いだ愛らしく可憐な末妹。みんなお揃いの紫がかった淡い金髪に同じく淡金色と蓮色が混ざり合ったの瞳。
三人の姿を思い出したそのときアイソーポスの頭は霧が晴れたかのように冴えわたる。ルートヴィヒは顔面蒼白になりながら険しい顔をする二人をどこか他人事のように眺めていた。
「君はいったい誰なんだ」
震える声でヘシオドスがつぶやく。その手には時の執政を象徴する王笏が握られている。
「だれって、ルートヴィヒ・グリム。アイテリオンの最も若い創造主でありこの国の北部を司る神官。二人だってよく知っているでしょ」
「生憎だが私の知っているあの子はそんな髪色も瞳の色も持っていない。」
「なら時の権能を使ってみればいい。その力は嘘をつかないんだもんね」
ルートヴィヒがそう言い切るより前にヘシオドスの足元にはすでに蒼白の光を放つ陣が出現していた。アイソーポスも咄嗟にヘシオドスの握る王笏を掴み自分の神力を流し込む。
今から自分の断罪が行われるかもしれないというのに目の前の少年は狼狽えもせずにただ微笑んでいる。
『時を司る執政の名のもとに過ぎ去った時を、真実をここに映し出せ。』
本殿の高い天井はヘシオドスの声を幾重にも反響させた。
空気が揺れているせいか聖火は激しく揺れ、足元の陣は二人を包むかのように光の天幕を広げる。
時の王笏は主の言葉に従い、アイソーポスとヘシオドスの脳内へところどころ黒く塗りつぶされたり空白の多い映像を流しこんでいく。黒く塗りつぶされた場面は音も光もなく、初めから何も存在していなかったかのように一瞬で二人の眼中をすり抜けていった。
ヘシオドスは手に嫌な汗をかきながら今までにこんなことはなかったと心の中で何度も問い続けていた。彼が命じればどんな幸せな記憶でも凄惨な過去でもすべてが見えていたのに、今は半分も見れていないのではないのだろうか。
暖かかった二人の兄の腕。妹とともに眠った広い寝台。崩れていくアイテリオン。兄たちの治める国とテオクラティアを往復していた頃。赤黒く染まり再び災禍の降り注ぐ果てしない大陸。
あどけなく今よりももっと笑っていた無垢な少年が自分たちも見たことのある光景と共に頭の中を駆け抜けていく。
そして、何者かによって掴まれた腕は。
(何があったんだ)
どちらとともなくそう思い、その先を見ようと二人が手に力を込めたその時。
「そこまで」
記憶の中よりも少し大人びた声が響き渡る。二色の瞳はかすかに光輝き、その手の中には数匹の蝶がひらひらと舞っていた。
「これ以上は見せられない。ここから先を見たいというならばこの場でおれに膝をつかせてみて。もしできたならその時はちゃんと見せてあげる」
「っは、何か不都合でもあるようだな」
「何とでも言えばいいよ。ただおれが偽物ではないって証明くらいはできたでしょ」
ルートヴィヒの反論に二人は何も返せないでいた。確かにいま見た過去はすべてルートヴィヒのもので間違えはないだろう。
しかし肝心の部分は全く見れていない。二人はそんな状況に黙って食い下がることもできず唇をかみしめていた。
「……二言はないね」
「いいよ、二人同時に来てくれたっていい」
アイソーポスとヘシオドスは視線を交わして、周りからはわからないほどに小さくうなづく。何としてでもこの子に何があったのか確かめなければならない。そんな突き動かされるようなたぎりだけが二人の心をくすぶっていた。
アイソーポスが指を鳴らした次の瞬間、それまで神殿にいたはずの三人はどこまでも広く澄み切った水面の上に立っていた。三人の遥か遠くには扉がなく開放感のあふれる神殿がそびえている。
「へぇ、アイソーポスの神域に招待してもらえるなんて光栄だね」
「ここなら外との時間の流れを調整できるからね。存分に話し合えるんだね」
自分たちの立っている水面は動くたびに波紋が広がり、ときおり魚が宙を泳ぎ飛び跳ねる。
アイソーポスとヘシオドスは手に宝具を構え、目の前で珍しそうに足を動し波紋を作っていたルートヴィヒを見る。違和感の固まりとなってしまった白銀の髪を揺らしながら二人に向ける顔には何故か寂寥感が滲んでいた。
「じゃあ、始めようか。ルールは簡単。どっちかが膝をつかすまたは降参と言ったら負けだよ。何か異論は?」
「ないね」
「ない」
そう、と呟きルートヴィヒも自身の手に髪色とよく似た白銀の剣を出す。
二対一の構図のまま各々の武器を構えた三人の間で浮かんでいた泡がはじけた。
誰よりも先に走り出したのはヘシオドスだった。長柄の槍は真っ先にルートヴィヒの喉元を掻っ切ろうと速度を上げる。
切っ先があと一歩でその白く細い喉元へ一太刀入れそうになったそのとき、それまで下がっていた白銀の剣が濡羽の穂先と交わり戦いの光が散った。
どこまでも広がる果てない水の上で二人は刃を交えていた。
身軽さではルートヴィヒに分があり、ヘシオドスの攻撃を利用し天高く舞うとアイソーポスの放つ水矢も軽々とかわしながら、器用に二人の攻撃をいなしていた。さすが、あのヴィルヘルムを兄に持っているというだけあり、一見軽く見えるような攻撃でも確実に相手を仕留めようと美しい剣筋を描く。
だが元来の体力面での差か、徐々にルートヴィヒの息は上がってくる。
この好機を逃がすわけもなくヘシオドスは地面を大きく蹴り、一気に距離を縮めた。力での押し合いであればヘシオドスがルートヴィヒに負けるわけがない。そのまま押し切ろうと身体を騎槍に引き寄せると白銀の剣は軸が揺れているかのように不安定になる。
「その力のなさはお前の弱点だ」
「……」
カチカチと小刻みに震える刃を視界に映しながら二人の距離は近くなっていく。
これで終わりにするというかのようにヘシオドスは腰から下を動かないよう固定し騎槍へと体重をかけた。
これで決着がつく、アイソーポスとヘシオドスはそう確信したはずだった。
「……ははっ、あまり見くびられても困るな」
白銀の刃は白い光を放ち、ルートヴィヒの周りを数匹の蝶が漂い始める。
蝶はゆらゆらと彼の身体から離れると剣身に降り立つ。蝶が留まった先から片手で扱えるような細身だったはずの剣は瞬く間にルートヴィヒの身長などゆうに超える大鎌へと変化していく。
目を疑うような変化に先ほどまで優勢だったはずのヘシオドスの騎槍は動きを止め、変化が終わった頃にはヘシオドスはルートヴィヒから数歩離れ、細い手に握られている白銀の鎌を警戒しながら見つめていた。
「まだまだ、時間はあるんでしょ?」
そんな言葉を契機に先ほどとは立場が反転し、今度はルートヴィヒが大きく鎌を振り上げながらヘシオドスへと向かってくる。見た目の割には扱いやすいのか、ルートヴィヒまるで処刑人の様にまっすぐにヘシオドスの頭上へと向かって鎌を下ろす。
ヘシオドスはこの攻撃にかすりでもしたら勝敗がついてしまうと本能的に感じ、自身を覆うように聖火の半球を展開し、その中に自分の身を隠した。
まっすぐに降りてきた鎌の先と炎の膜は火花を巻きながら一歩も譲らない攻防を繰り広げる。
一方、近距離戦で戦う二人から離れた位置で弓を構えているアイソーポスは遠距離戦の自分は役に立たないことを感じ、手中の水矢を扱いやすい片手剣へと変化させるとヘシオドスの援護へと立ちまわる。
ヘシオドスとアイソーポスの二人は剣戟の合間にそれぞれ鳥と魚を生み出しルートヴィヒへ向かわせるも、そんなことは御見通しだったようで対抗するかのように魚鳥は彼の周りを飛んでいた蝶によってあえなく激突されそのまま宙に消えていく。
決して力で負けているわけではない。普段であればこの程度の戦闘なんてどうだっていうことないのに、なぜか二人の息は上がり目の前はかすみ始める。
「もうそろそろ終わりの時間にしようか」
二人とは対照的に息を乱さず向かい合っていたルートヴィヒのその手の大鎌は一瞬にして蝶の大群の中に包まれ消えていく。
その消えゆく大鎌と入れ替わるようにルートヴィヒの手にはまるでオブクリタースを彷彿とさせる漆黒を基調とした星の輝きを纏ったような王笏が握られていた。
『死命の執政の名のもとに、すべては虚無に帰す』
「やめっ、」
アイソーポスの言葉は結ばれず、三人の立っていた水面は硝子の様には次々と亀裂が入り崩れ始めた。
水面は大きく波立ち、魚たちは逃げようと宙に飛び出してくるもその胴体には水面の罅が伝播したかのように同じ罅が入りあっけなく割れ、光を受けながら散っていく。三人の立つ足場も揺れ動き立っていることさえもままならなくなったかと思った時にはついに自分たちの足場も崩れ、アイソーポスとヘシオドスは自分たちの足元に視線を向けた。
夜のヴェールを纏ったかのような暗い空間の中で美しい水面の隙間から顔を覗かしているのを茫然と見つめている二人の耳もとにピシ、という地面が割れる音とは異なる小さな軽い音が届きアイソーポスとヘシオドスは音の出所を探すように顔を上げた。
そこには地面と同じような罅が頬から首にかけて入り、今もまさに広がり続けているルートヴィヒの姿があった。
しかし、ルートヴィヒはそんなことなどどうでもいいのか何も気にせず王笏を持ち上げると水面にいちょどだけ叩きつける。
「ルートヴィヒ、その傷は……!」
ルートヴィヒによってとどめを刺されたのか、地面はついに崩壊し三人は抗えない浮遊感と激しい突風に包まれた。
つい先刻までは澄み渡る青に囲まれていたはずの三人が次に目を開けた時には元の神殿の床に足をつけていた。揺れない大理石に立っているはずなのにアイソーポスとヘシオドスは激しい虚脱感とめまいに襲われその場に倒れこむ。
まるで一気に百年分の時間がたったかのような感覚に二人が息を切らしながらも何とか立ち上がろうと這いつくばり腕で身体を持ち上げようとするがかろうじて上半身を持ち上げることで精一杯であった。
「あまり無理しない方がいいよ。少なからず死命の力に触れたんだから」
しんどいでしょ、と二人を見下ろしながらルートヴィヒはその手の王笏を仕舞う。王笏が光の粒子となり消える最中ルートヴィヒの周りには黒と金の蝶が戯れていた。
「隠しててごめんね。おれも執政の権能を持ってたんだ。まぁ、知ってたのはテオミュトスとハンスだけだったし、言うつもりだってなかったけど」
「……どうして私達には隠していた」
「だって言う機会がなかったからね。それにこんな力早々使うものじゃないから」
アイソーポスとヘシオドスは信じられないものを見るような目でルートヴィヒを見つめる。目の前の少年はほほに入った罅に指を添わせながら祭壇へと足を運んでいく。
ルートヴィヒの頭頂から流れ落ちてくるロングヴェールはなだらかに階段を滑り落ち、空に浮かぶ星雲の様に神秘的に広がっていた。
「君は……あの大戦の後何があったんだい」
「……忘れちゃった。いつか全部話せるのかな」
ルートヴィヒは祭壇に手を置き振り返る。日が昇ってきたのだろうか、天井のステンドグラスからは様々な色の光が降り注ぎ白銀の髪を鮮やかに染めた。
「でも剣を交えるのは楽しかったし、お礼に一個だけ話してあげる。おれはあの戦いの中で唯一深淵たちに力を奪われなかった。これが何を意味するのか、なんでおれだけが奪われなかったのかそれは全く分かんない」
なにを言っているのか、すでに二人の耳からどんどんとルートヴィヒの声が遠くなっていく。視界は白み始め頭は回らなくなる。
そんな二人を一瞥してルートヴィヒは祭壇へ腰を掛け天を仰いだ。ステンドグラスから降ってくる光は暖かく、白雪のような肌に様々な色をのせる。
「きっとあの日、二人も知っている純粋無垢でみんなのお話を聞くことが大好きだったあの子は死んでしまったんだろうね。今ここにいるのは深淵への業火を身に宿したただの死にぞこないの成れの果て、創世神の傀儡なのかもしれない。あはは、そういうところではおれとヘスペラたちは同類なのかも」
だんだんと意識の薄れていく中、二人はルートヴィヒの声だけがこの空間を揺らしていることを感じていた。
その口から紡がれる言葉はまるで懺悔の様に胸を締め付けられるような救えなさを含んで二人の耳へと届いた。
本当はただ話を聞きたいだけで君を叱るつもりは毛頭ない、ただ何があったのか、自分たちでは力になれなかったのかそう言いたいはずなのに身体は言うことを聞かず、ついに瞳に映るのは瞼の裏の闇だけだった。
「この力の代償も、創世の原罪も全部おれが持っていくから。いつか全部が終わっておれがいなくなる時が来たら……」
あぁ、泣き虫だった君はどこに行ってしまったのだろうか。
「そのときはどうかあの子たちを、ユールとソルナをよろしくね」
皆の腕の中で屈託もなく夢を見ていた幼いあの子はもういなくなってしまったんだね
冷たい大理石に落ちた涙は誰のものだったのだろうか