表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双星の子守り歌  作者: 宇佐美ましろ
The Opening Act:Theokratia
3/54

Op.2


 ユールとソルナは怪物から発せられる荒い息の音を耳で追い、一瞬の隙も逃さぬようにただ一点に集中していた。黒く濃い霧のような瘴気(しょうき)が目の前を漂い、その銀色の毛で包まれた足を捉えたその時双子ははじかれるかのように足を踏み出しユールは怪物のの死角へと、ソルナは背後へと回った。



 ユールははじめてその怪物の細部にその視線を移した。自分の2倍はあるであろう背丈に狼のような姿をしていたそれは、いきなり視界から外れた自分たちに混乱しているようでせわしなく視線を動かしていた。その瞳はまさに何もない深淵と表現するにふさわしく黒曜石のようにただ真っ黒な闇であった。



(倒すのは…できるのか?だめだ、なんにもわからない。)



 その姿にたがわず狼と同じ性質を持つのならば、二人は迷いなく弱点を狙っただろう。しかし、目前にあるのは明らかに常軌を逸した生物である。本来の弱点がきくのかどうかはわからない。だが、怪物に自分たちは認知されてしまっている以上、もう何もせずに逃げおおせることは不可能だ。



(ならば、イチかバチか)



 ユールは剣を握り直し声を上げる。



「ソルナ!!」



 声を張り、一気に怪物の胸元へと飛び込む。それはソルナ一緒で、二人はそれぞれそれの正面と背後から一瞬もずれることなく心臓のあろう位置を一突きし剣を素早く引き抜いた。その瞬間、狼の姿をした怪物からはパキッ、と宝石が割れるようなかすかな音を立て、同時にインクのように黒く生暖かい液体を降らせた。そして今まで荒々しく息を吐き、唸り声をあげていた口からは一拍遅れに醜く耳をつんざく咆哮が発せられる。



 二人はその咆哮に一瞬耳を抑えるも先にソルナが動き、ユールの手首をつかみただひたすらに走りだす。決して振り向いてはいけないと本能が感じ取り、二人はただ前へと足を動かす。背後では大きな巨木が倒れたかのような音と少しの地面の揺れがあったのみで二人を追うような足跡は響いてこなかった。



「…っく、ユール、けがは!」

 


 ソルナが吠えるように問いかける。その間も二人の足は留まることを知らず、ひたすらに走っていた。手を取るとき、一瞬見えたユールの顔にはべったりと先ほどの怪物から出された黒い液体がかかっていたはずが今は煤のひとつも残っていない。



「っ大丈夫!ソルナ、いったん止まろう。ひとまず撒けたみたいだ。」



 ユールの言葉を皮切りに二人は徐々に足の速度を落とす。ゆっくりと背後を見てももう怪物は見当たらなかった。二人は同時にその場に腰を落とすと額に浮かぶ汗を拭う。ソルナは先ほどのことを確かめるべくユールの顔を自分の方向へ向ける。まだ幼さの残るまろいほほを両手で挟み込みじっくりとその顔を観察する妹の気迫にユールはあっけにとられ、もごもごと口を開く。



「そうな、なにひゅるの。」

「……やっぱり消えてる。さっきのはいったい何だったの。」



 

 ユールはソルナの言葉から自分にかかったはずのあの液体が消え去ったことを悟る。思い返してみると、必死に走っていた時黒い霧が一瞬、自身の目の前で漂い、霧散したことを思い出す。ソルナは一通り見終わり満足したのかそのまま地面に寝転んだ。目を覚ました時と同じ柔らかな草々が身体を包み込み、一時の休息をいざなう。ユールもそのそばで足を延ばし疲弊した身体を休めることに意識を注いだ。二人の耳には互いの息の音とかすかに水のせせらぐ音がこだましていた。



「近くに水場があるみたいだね。」

 


 ユールがそうつぶやくとソルナは彼の顔をじっと見つめ、次の瞬間には腹の筋肉を使い一気に立ち上がる。そして先ほどのようにユール手を取ると、なら、行こうかと笑って二人は水の音がする方向へ足を進めた。水の音に耳を任せてしばらく歩を向かわせるとだんだんと大きくなる水の音に加え、清涼な空気が流れ込んできた。そして木々が若干少なくなった先に二人は川を見た。そのまま川へ近づいてみると、そこには魚こそいないものの澄み切って川底まで見えるほどであった。




「ねえ、ユールあれって、」



 川へ手を伸ばそうとしたときソルナがぽつり、とつぶやき指をさす。ユールはその指の先を目線でたどるとその先には木でできたのであろう簡素な小屋があった。二人は顔を見合わせ、ひとまず水でのどを潤すと、ゆっくりとその小屋へ近づいていく。そして、その手は先ほどと同様に剣に添えられ二人は緊張の糸を張り巡らしながら小屋の前まで進む。そして扉の前まで来るとドアノブに手をかけようとするソルナをそっと制し、ユールが耳元でささやく。



「ソルナは俺の後ろに回って、いつでも応戦できるように。」

 


 ソルナはうなづくと一歩下がり、ドアが開くのをじっと見つめる。ユールはそれを見てひと息吐くと意を決してその扉に手をかける。小屋は思っていた以上に古かったのか、扉は不快な音を立てながらぎこちなく開く。ユールはそのまま小屋の中に少し顔をのぞかせると、そこは誇り臭さがあるものの自分たち以外の動物は見られなかった。



「ソルナ、何もいないみたいだ。入っていいよ。」

 


 その言葉にユールの肩からソルナも顔をのぞかせる。



 そこにあったのは本当に簡素な部屋だった。ベッドとキッチン、そして一つのテーブルと二脚のいすが主人を失いさみしそうにおかれていた。テーブルの上には中身のなくなったティーセットと一枚の紙きれのみがのっていた。二人はテーブルへと近づき上からのぞき込む。そして、その紙に与えられた役割を理解すると目を輝かせ、口元は嬉しさに震える。



「これって___」



 どちらがともなくつぶやく。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ