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双星の子守り歌  作者: 宇佐美ましろ
The Opening Act:Theokratia
23/54

Op.22

 


 ユールとソルナは活気にあふれる人々のの中、にぎやかな声を聴きながら大通りを歩いていた。先ほど皇宮管弦楽隊による建国祭開幕のラッパが鳴り響き、皇帝陛下自ら建国祭の開催に即する祝辞が読まれたのだ。



「聖アルストル歴532年、テオクラティアを統べるこのルミタリウムの名においてここにテオクラティア建国祭開幕を宣言する。皆のもの、今日までの準備まことに感謝申し上げる。ここからは祝宴だ!大いに楽しむといい!」



 皇帝の宣誓に民衆は沸き立ち、周りからは割れんばかりの拍手喝采が鳴り響く。テオクラティアの皇帝は代々聖帝と名高く、中でも現皇帝ルミタリウムは積極的に臣民とも交流を行い、身分に関係なく人望が厚い人物であった。



 皇帝が惜しまれつつも皇宮へと戻っていくと人々はすでに賑わいを見せている市街地へと流れてゆく。大通りは昨日の日にならないほどの露店が並び、人々は思い思いに祭りを楽しんでいる。



「見て、ユール!このフルーツキャンディ、目の前で作ってくれるんだって!」

「お嬢さんお目が高いね!今なら一本百ペルのところ三本で二百五十ペルにまけるよ!」

「うーん、でも俺たち二人しかいないからな……」

「なら、二本で百六十ペルでどうだ!これ以上はまけないからな」

「じゃあ、二本で!」



 ソルナが二本の指を立てると店主はまいど、と快活に笑い目の前でキャンディを作っていく。出来上がってすぐのキャンディはキラキラと琥珀色に輝き、まだ外側が熱く、気を付けないと火傷するほどだった。冷ましながらぱくりと口にに含めば飴のいい意味での主張が少ない甘さとフルーツの酸味が混ざり合う。



「おいしい!」

「ほんと、何本でも食べれそうだね!」



 すぐに食べ終わってしまった飴の串をゴミ箱に入れ、その後も二人は通りに並ぶ店を見て回った。北の王国、フロストヴィクの名産である凍肉のステーキ、砂漠と樹林の大国ルハルシャールの伝統衣装、はるか遠い海に浮かぶ島国、四季宮の書物。どれも目新しく、知らないものばかりでありユールとソルナのみではなくテオクラティアの大人も子供も夢中になっていた。



 そんな中、ユールとソルナはルミエールフォアの名産品を取り扱った雑貨店を眺めていた。ルミエールフォアは水の都ともいわれているらしく、水の詰まった瓶には美しい星空が移っていた。



「すごい……水の中に星が浮かんでる」

「でしょう?ルミエールフォアは魔法の国。これくらいのこと朝飯前さ!」



 店子をする女性はユールの見つめていたボトルに向かって手に持った杖を一振りする。すると瓶の中に流れ星が走っていった。流れ星は徐々にその数を増やし、次の瞬間には魚の大群となり瓶の中を悠々と泳いでいた。ころころと変わっていく目を疑うような摩訶不思議な現象にユールとソルナは同じ顔で目を瞠る。



 魔法と神力はどう違うのか、二人が興味津々に聞こうとしたとき誰かの声とともに後ろから抱き着かれた。



「ユール、ソルナ!楽しんでるかい!」

「アイソーポス!?どうしてここに!?」

「ひさしぶり!なんでって今日は前夜祭だよ、楽しまなきゃ損じゃないか!」



 二人に抱き着いてきたのはアイソーポスであった。見慣れた白いローブに飴色の革靴を履き、耳には二人に渡したあの伝令珠に似たピアスをはめており、彼を知らない人が見たらなんと見目の麗しい神官がいるものだとため息をつくだろう。誰かを振り切ってきたのかほのかに頬が上気している。


「あれ、でも神官って建国祭の最中忙しいんじゃなかったっけ。こんなところで油打ってていいの?」

「あー聞こえない、聞こえない!僕だってせっかくの建国祭をちょっとは楽しみたいんだね!まあ、」



 アイソーポスが言おうとした言葉は後ろから全速力で追ってきた青年の荒い息吹でかき消された。青年はアイソーポスを見つけると何かを言うまえにその肩をつかむ。アイソーポスはゲッ、と眉間にしわを寄せ必死に目を泳がせる。



「はっ、はぁ、やっと、捕まえ、ましたよ、アイソーポス様。言いましたよね、どこかに行く際はお声がけをしてくださいと」

「し、しらないなぁ、アイソーポスなんて。ボクは違う名前なんだね」

「アイソーポス様!!!」

「うわっ、ローエそんなに怒らないでほしいんだね!わかってるよ、ボクももう戻ろうと思ってたんだね」

「絶対思っていなかったですよね?神官長様に怒られるのは俺なんですよ!」



 アイソーポスよりも頭一つ半ほど小さい背丈のはずなのに筋肉量の差であろうか、ローエと呼ばれた青年の方がしっかりして見える。彼はアイソーポスの言い訳に目尻を吊り上げた。普段から振り回されているのであろうか、二人が聞いていると小言は徐々に本題から逸れていっている。怒られるたびに何かもごもごと独り言ち、ひとことたりとも聞き逃さないローエによってまた怒られる。



 そんな悪循環にアイソーポスはだんだんとしおれていき、ついにはユールとソルナの背の後ろに隠れてローエを睨みつけた。



「あっ、西の首席神官ともあろうお方が人様に迷惑をかけないでください!」

「大体、キミだって自己紹介もせずに初対面の子たちの前で起こるなんて宮廷騎士の名が廃るんだね!」



 ローエはアイソーポスがとっさに捻り出した指摘に言葉を詰まらせる。アイソーポスの的確な指摘にしばらく唸った後、胸の中心に手を置き騎士の礼を行うと双子を見てにこやかに表情を変えた。



「……ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。俺は宮廷騎士団所属ローエ・スティアと申します。現在はこのアイソーポス猊下の近衛騎士を仕っております」

「この、とはなんだい!ローエ、君はボクをももっと敬うべきなんだね!」

「えぇ、()()()()()()()()敬い、尊敬していますよ!ただ人としては全く敬えません。」



 ローエは双子の後ろから恨めしそうに顔をのぞかせるアイソーポスの手首をつかむと力任せに引き寄せる。騎士を名乗っているだけあり腕力は相当なものらしく、アイソーポスは引きずられるようにして、いとも簡単に双子から引きはがされてしまった。



 腕を掴まれたアイソーポスは観念したのかあきらめてローエのほうに歩いていくとしょんぼりとしながら名残惜しそうに二人の方を見ていた。ユールとソルナは苦笑いしながらアイソーポスを見返しているとローエはコホンと咳払いをして姿勢を正した。



「お二人ともお見苦しいところをお見せしました。本来であればお詫びとしてお茶のひとつでもご馳走したいところですが、生憎この方を西の神殿までお届けしないといけないためこのあたりで失礼いたします」

「二人ともまたね。今度、ちゃんとおいしいお菓子を出すお店を紹介するからね!」



 嵐のように突然現れ嵐のように去っていく。アイソーポスとローエはまだ何かを言い合いながら多くの馬車が止まっている広場へと歩いて行った。ユールとソルナもアイソーポスともっと話していたがったが首席神官として重要な催事を控えている彼がここで何かあってはいけない。二人は店先で騒いでしまったことを店主に詫びて足早にその場を去った。



 名の知れた神官であるアイソーポスと親しげにしていたせいであろうか人々はユールとソルナに注目し、何かをささやいている。いたたまれなくなった二人は人ごみを避けるように広場を抜けた先にある庭園へと向かった。



 首都に住居を構えるスピルス男爵家の管理しているこの庭園は年中一般開放されており、一休みしたい時や散歩の休憩所としてひそかな人気がある。二人もたまにここで買ってきたご飯などを食べることがあり、いつもならばまばらに人がいるが今日は昼時であるというのに誰もいない。



 二人は止むことなく続いていた人々のざわめきから距離を置いたことでほっと一息をつく。庭園に設置されたベンチに座りながら目の前の噴水を眺めていると途端に時間の流れがゆっくりに感じられた。水の落下する音、風が木の葉を動かす音、時折響く小鳥の鳴き声。二人は自然の中に身をゆだね、暖かな晴天の下、ベンチでうとうととまどろみ始めていた。



「おや、こんなところでお昼寝とは、ずいぶんお気楽だね。」



 自分たちの頭上から誰かがつぶやいた。二人はまだ眠っていたいと訴える眼を持ち上げ声の主を見るとそこにいたのは、自分たちよりも一回りは年上であろうか、毛先に連れて濃くなっていく極光色の髪に赤みが差し込む曙色の瞳を持つ貴公子が二人を見下ろすように立っていた。青年も旅人なのか動きやすそうなシャツとズボンに足元まで届くマントをはためかせている。



「あっ、すみません邪魔でしたか?」

「いいや、そんなことないさ。こちらこそ起こしてしまったね」



 横、失礼するねとひとこと言い青年は二人の横で少し開いていたベンチに腰を下ろすと、懐からカードのようなものを取り出してパラパラと軽く扱い始めた。何十枚かあるカードの束落ち着いた色合いではそれは白い手袋に包まれた青年の骨ばった手によくなじんでいる。



「実は僕は占いを生業としていてね、今日もこの国の建国祭と知って一発稼ごうかと思ってここに来たんだけどどこも商人たちの激戦区だったんだ。まあ、とどのつまり商いを行う隙もなかったのさ」



 カードを自在に操る横顔は人好きする笑顔で、自分の予定がうまくいかなかったことに対する失意なんてものは微塵も感じられなかった。



「そうだ、ここであったのも何かの縁さ!せっかくだし二人を占ってあげよう」

「えっ、」

「ここであったのも何かの運命かもしれないし、遠慮なんてしないで。お代は結構!これでもよくあたると評判なんだ」



 青年は突然の提案に狼狽する二人を見ないふりしてベンチから立ち上がる。二人の前に立ちふさがるようにして立つと左手を高く掲げ一つ、指を鳴らす。



 ユールとソルナの目の前に広がるのは色彩の豊かな庭園ではなく、いつの間にかどこまでも深い満天の星空の下に立っていた。



「は、な、何ここ?!」

「どういうこと?!」

「大丈夫、ここは僕の仕事場でね。ほら座った座った」



 いつの間にか現れていたのは水晶のような、泡玉のような透明な丸椅子に玻璃でできたテーブル。青年はテーブルをはさんですぐ向こう側に座っており二人を待つかのように机に肘をついている。二人は怪訝に思いながらも言われたとおりに椅子へと座る。青年は満足げにその様子を見ると、早速先ほどのカードをテーブルに並べていった。几帳面に一糸乱れぬよう並べられたカードには裏面に見たことのない文字が書かれている。



「今から僕が一枚ずつカードをめくっていく。このカードには遠い昔の途絶えてしまった不思議な力が込められていてね、目の前の人物についての情報が浮かび上がってくるんだ。あまり説明しすぎてしまってもつまらないし、それでは始めようか」



 そこからは彼の独壇場であった。二人の関係、現在の状況、今なにをしているか、好きなもの、印象に残ったもの、二人が頭の中に浮かべることと一言一句違わずに次々と当てていく。



「すごい!わたしたちのことずっと見てきたみたい!」

「そんなことまで……。なんでわかるんですか?」

「んー、それはカミサマのお導き、かな。さあ、過去、現在ときたら次は未来だね」



 青年朗らかに笑いながらカードを一度まとめるとよくかき混ぜ、今度は半円状に並べる。



「じゃあ二人ともこの中から一枚カードを選んで。何も考えずただ素直に選べばいい。ほら、手を伸ばして」



 二人は言われたとおりに自分の直感だけで一枚カードを選ぶ。青年は二人の選んだカードを抜き取るとそれぞ目の前に置きなおし、ユールとソルナは青年の整えられた指先と真っ赤に塗られた爪先が優雅に動くのをじっと見つめた。青年が同時に二人の前のカードをめくると相変わらず表の白面は何も書いていないように見えるが青年にははっきりと見えているらしく、口元に手を置きながら時折うなづいている。



「うんうん、この先もしばらくは星の輝きはついえないだろう。あぁ、だけど一等星が曇っていくのが見えるね。どうしてだろうか……もう少し詳しく見てみた方がいいようだ。二人とももう一枚カードをめくってみてくれるかな」



 ユールとソルナは青年の言葉に一抹の不安を覚えた。今まで的確に当ててきた青年の言葉には妙な説得力がある。二人は言われるがままに再度カードの束へと手を伸ばす。そういえば、さっき青年がカードを取り出したはずなのにその隊列は全く崩れていない、そんな疑問を頭の片隅に抱くもそんなことは気にせず二人がカードにふれようとしたその時だった。

「いっ、?!」

「っきゃ!!」



 ユールとソルナの指先がカードに触れようとした瞬間、その爪先からカードに向かって伸びるように小さな閃光が発生するのと静電気が走ったかのような鋭い痛みが走る。突然の痛みに二人はすぐに腕を引っ込めて指先をかばうように逆の手で覆う。青年も驚いたように手で口元を隠し固まっていた。




「なんてことだ……まさかこんなにも強い加護で守られているとは……」




「二人とも大丈夫かい?さぁ、指を見せてごらん。」



 青年は二人へと手を伸ばしその指先をじっくりと観察する。あれほど強い光だったのに指先は傷どころか赤みのひとつだって残っていない。痛みの既に引いているようで二人は先ほどの衝撃よりも何が起こったかわからないことによる当惑の感情の方が強いようだった。



「どうやら君たちはずいぶんと清廉な神様に守られているようだね。その神様が守ってくれるのならば心配はいらないだろうし、占いはここまでにしようか」



 青年は椅子から立ち上がり、この空間を開いたときと同じく指を鳴らす。すると二人はまたスピルス男爵家の広場へと戻ってきていた。先ほどと変わらずベンチに座ったまま、目の前に広がるのは星空ではなく一面の花で、目の前にいたはずの青年はいなくなっていた。


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