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双星の子守り歌  作者: 宇佐美ましろ
The Opening Act:Theokratia
19/54

Op.18

 


「すみません、何せ突然決まったことですので馬車の用意が間に合わず……何かあればすぐに申し付けください」

「いえ、大丈夫です!むしろこんな経験なんてそうそうできないので!!」



 ソルナは手綱を操るアーティの背中にしがみつく。昨日のアーティの言葉の通り日が上がり切った頃合いを見てソルナたちはフェクロス子爵領を出発し、首都へと早馬に揺られていた。しかし、あいにく馬車の準備ができてあおらず、不運にも子爵家の馬車も点検のために使用ができ負かったためユールはルーフスの、ソルナはアーティの馬の後ろに乗ることとなった。



 可能な限り早く着くことが好ましいということから一行は時折大きく揺さぶられる獣道も通りながら首都への復路を急いだ。整えられていない獣道は幼い二人の身体を振り落とそうとするものの、二人は目の前の背中に必死にしがみつき、初めて(じか)に感じる馬の振動と過ぎ去っていく情景を素直に楽しんでいた。歩いていった往路では考えられないスピードで駆け抜ける馬たちは神官二人の愛馬のようで、迷うことなく四人を首都へとを導いて行った。



 先を行くアーティとソルナの先、徐々に木の茂りが落ち着いたその向こうから光が差し込んでくる。



「ユールさん、首都が見えてきましたよ」

「はい!そんなに長く離れていたわけでもないのにもう懐かしく感じます」

「あはは、そんなものですよ」



 首都に近づくにつれ二頭の白毛はその速度を落としていく。森が開けたその先の白い煉瓦造りの街路、エテルノスの領地に入ると領民たちは神殿の者しか乗ることの許されない白い馬を目にして歓声を上げる。


 テオクラティアの民にとって神殿は皇帝と同じように自分たちの生活を潤し、治めてくれる存在だ。しかも、乗っているのは神殿の中でも表舞台に名をとどろかす者たちであることも民の熱狂を加速させた。



「わぁっ、アーティ様よ!」

「久しぶりにご尊顔を見たわ!いつ見ても美しいわね」



 民たちから聞こえてくる黄色いささやきにアーティはおもばゆい表情を浮かべる。自分は職務を全うしているだけなのに、なぜか表に出れば歓声を上げられる。いつものように軽くてを振れば今まで以上の黄色い悲鳴が聞こえアーティは自分の事ながら勘づかれない程度に耳を赤く染め上げた。



 屋敷では見なかった意外なアーティの照れた顔にソルナはにんまりと笑う。神官たちを統括する立場として屋敷では毅然としていた姿は近寄りがたさを感じていたが、今の顔は年相応に慣れぬ称賛にこそばゆさを感じているようであった。




「アーティさんのことばっかだね……」

「……ほっておいてください。俺はそもそも北の神殿の人間なので。ここはあの人のテリトリーですから」




 民衆の視線は前を行くアーティばかりに向けられており、ルーフスは一瞥もされない。ユールは目の前に広がるルーフスの背中に何とも言い難い哀愁を感じ苦笑いをこぼす。


 一方のルーフスはこんな姿をオーレリウスに見られなくてよかったと心から安堵する。主であるルートヴィヒならば何も言わずそっとしておいてくれるであろうが、奴に見られたら最後、あの朴念仁ならばしばらくは自分が何か言おうものならばこのことを引っ張り出されねちねち何か言われるに違いない。



 歓声も響き止まないなか街路を闊歩していた四人は子爵領から一時間とかからず皇宮へと到着した。アーティとルーフスは門兵から通行を許可されるとそのまま皇宮に敷地内に併設する神殿へと進んでいく。皇宮内にあるとはいえ首都の神殿は皇帝の住む本宮と遜色ないほどに大きく、遠めに見ても多くの神官が行きかっていることが目に映った。



 神殿の玄関口へと到着するとアーティたちは馬を厩に連れて行くよう近くにいた見習いの神官に引き渡す。神殿は開放的な造りになっており目に見える範囲では、扉は本殿へと進むまでの道のひとつしかない。二人はアーティたちの後に続き神殿の中に入っていく。神殿のホールには彫刻の美しい噴水があり、その縁に腰かけている人物にユールとソルナは見覚えがあった。



「やあ、アーティ、ルーフス。ご苦労様」

「宮廷神官アーティが神国第二の柱、アイソーポス様に拝顔申し上げます」

「同じく、北の神殿ルーフスがご拝顔申し上げます」


「わっ、アイソーポス!久しぶり!」

「なんでここに?!」

「あははっ、ユールもソルナも久しぶりといいたいけどそれにしては期間が短いんだね!」



 アイソーポスは噴水から腰を上げ、四人のそばにやってくる。彼は片手に一枚の羊皮紙をひらひらと揺らしながら四人に近づくとアーティの肩に手をのせる。



「なんだか大変なことになってたみたいだね!ボクもこの子から手紙を受け取ってから調べていたけどまずは論より証拠。実際にその力を見せてほしいんだね!」



 アイソーポスは四人を引き連れて神殿の西のとある一部屋に向かった。その部屋はこの神殿に滞在する際にアイソーポスが使っている部屋であり、中は意外にも家具は少なく閉塞感のない部屋だった。外には造られた小川が流れているのか、耳をすませばせせらぐ音が聞こえてくる。



「さて、まずは君たちの力とやらを見せてほしいな。ここにはボクが持ち帰ったヘスぺラのイデアがたくさん置いてあるからね!どれだけ使ってもらってもいいからね」



 アイソーポスは丸いテーブルの上に並べられた中でも比較的平均的な大きさのイデアを二人に手渡す。二人はイデアを受け取ると、フェクロス子爵家で行ったように手のひらにイデアをのせる。そして先ほどの手のひらの感覚を思い出しながらイデアが徐々に温かくなっていくのに身をゆだね、手のひらに力を籠めるとイデアは子爵家で行った時よりも早く変化を始めた。



 ユールの手ではアイテールに、ソルナの手ではオブクリタースに黒かったイデアは美しい鉱石へと変貌を遂げた。その様子を何も言わずに見つめていたアイソーポスは完全に変わった鉱石をつまみ上げ光にかざす。手紙にはクロエ・フェロクスとクロークスが本物であると証言していたとの記述があり、アイソーポスとしても二人の鑑定の目は疑っていない。



 一方でユールとソルナ達は自分の目を疑っていた。フェクロス子爵領では二人は同じ輝きを放つアイテールに変化させたはずだった。だが、今ソルナの手にあるのは黒爛々と輝くオブクリタースである。なぜ突然変わったのか。ソルナの頭は疑問符に埋め尽くされた。



「うーん、確かにこれは本物であるとしか言えないね!二人とも体に異変はないかな?」

「言われてみればちょっと疲れてるような気がするけど、これというほどではないな」



 このことを言い出すタイミングを逃しソルナは口をパクパクとさせるもそういえば初めて変化させた時も自分の手にあったのはこの黒色だったことを思い出だす。今問題なのはなぜ変わるのかであり、何色に変わるのかでは無い。



 二人はは手のひらを開いたり閉じたりする。痛みはしびれはないがまだあの温かさが手のひらに残っている気がしていた。



「鉱石に関してはルートヴィヒが詳しいんだけどね、あの子は忙しいから!本当なら僕と一緒に出迎えるはずだったんだけど、今だって君たちと入れ違いでフェロクス領の調査を命じられてしまったからね」



 四人にも座るように促すとアイソーポスは頬杖をつく。現状、力が日によって不安定なアイソーポスは調査に名乗りを上げようとしてもできないのだ。



 昨日、建国祭の話し合いのために皇宮入りしたアイソーポスとルートヴィヒは皇帝と神官たちと共に恙無く儀式について話し合っていた。だが、アーティとルーフスから届いた手紙によってその状況は一変した。



 皇宮へ登城した際に常駐している神官から一部の神官がフェクロス子爵領へ派遣されたことは聞いていたが、向かったのはあのアーティだ。何事もなく帰城に至ると思っていたが事態はそう簡単なものではなかったらしい。



「どうなっているのだ、いや、ひとまずアーティたちは明日神殿へと帰ってくる。ルートヴィヒ、そなたは夜明けとともにフェクロス子爵領へ向かってくれ。アイソーポス、そなたはここに残り彼女らから事情を聴いてほしい。建国祭についてはそのあと話し合えばよいだろう」



 急いで準備に取り掛かれと言い残し、話し合いは思いもよらない形で終幕した。ルートヴィヒは南の神殿に向かわせたオーレリウスと彼の蝶を介して状況の確認を急いでいる。騒動はすでに南の神殿にも伝わっていたらしくすぐに神官を連れて子爵領に向かっているようだった。



 そんなルートヴィヒを横目にアイソーポスは再度手紙に目を通す。アーティからの手紙はもう一つ重要な記載があったのだ。ヘスぺラのイデアを双子が変質させた。しかも両者ともに希少と謳われるあのアイテールとオブクリタースだ。



(これはちゃんと見てみないとだね)



 そんな考えを胸にアイソーポスはじきに帰ってくるであろうあの双子のことを考えていた。






「正直に言うと二人のその力についてはまだ分からないね。これからボクも文献を読み直してみるけどあまり期待はしないでいてほしいね!なんせボクはこの国の書物には一通り目を通しているけどそんな記述は見たことがないからね!」



 アイソーポスは膝の上で手を組む。アイソーポスの発言にユールとソルナはあからさまに肩を落とした。創造主であるアイソーポスであれば何か知っているかもしれないという一縷の希望は本人によってあっけなく砕かれたのだ。



「まあ、この話はわかり次第すぐに二人に伝えることを約束するんだよ!はい、これ」



 アイソーポスは二人の手のひらに小さな乳白色の石が付いた胸飾りを渡した。二対で一個と思われるそれは海に眠っている真珠のようにとろんとした色合いで二人の手に転がった。



「それは伝令珠といってね、神力を籠めることで同じを持ったものと離れていてもお話しができるんだね!一部の神官とボクら主席神官は持っているから何かあればそれで伝えられるからね。肌身離さずにつけておくんだね」



 二人はそれぞれ衣服の胸元に一つ伝令珠をはめる。少しいびつな形のそれは二人服と相まって夜空に光る星のように見えた。アクセサリーの類はあまりつけない二人はどうしても気になってしまい、指でいじってしまう。



「うんうん、初めはなれずにそうやって触ってしまうんだね。そのうち慣れるからね、気にしなくてもいいよ。さて、ここからはルーフスとソルナが出会ったというヘスぺラについてのお話をしようか。ルーフス、見たのは馬と女人の姿をしたヘスぺラで間違えはないんだね?」

「はい、どちらも頭部はなく代わりに瘴気が渦を巻いていました。いままで遭遇したどのヘスぺラよりも濃い瘴気を持ち、われらには気が付かないまま行方をくらませてしまいました。」

「二人は知らないかもしれないから一応説明するんだね。ヘスぺラとひとこと言っても大きく二つに分かれる。多く見られるのは動物や植物の形をしたケラノス。ほとんどは知能が低いんだけどごくまれにボクらを凌駕するくらいの賢さを持つ者がいるんだね」


「そして、もう一つ本当に少数だけど人の形を持つヘスぺラもいるんだよ。彼らはアーテルと呼ばれてとても高い知能を持っていてね、一体のアーテルは一つの街を滅ぼすほどの力を持つともいわれているね。」

「ソルナたちが出会ったのは恐らくそのアーテルの可能性が高い。危険性が比にならないうえに行方が分かっていない以上、何としてでも見つけ出すのが最優先事項になるから、ルーフスたちも用意ができ次第ルートヴィヒに合流してあげてほしいんだね」



 アイソーポスの言葉に二人は御意と言うとそのまま部屋を出ていき、中には三人だけが残った。二人も首都に来たばかりであるのにとんぼ返りをさせてしまったことにユールとソルナは申し訳なさを覚える。



「さて、ようやく三人きりになれたね!いや、あの子たちはボクが創造主であることは知らないから話しにくいこともあってね」

「えっ、そうだったの?わたしはてっきり神官たちは知っているものだと思ってたよ」

「そこらへんはちょっと複雑でね、ボクら創造主のことはこの国で君たちと歴代の皇帝しか知りえないことなんだね!だから言っただろう、誰にも言わないでねって!」



 テオクラティアにおいて建国を成し遂げた創造主は戦禍によって眠ったもの信じられている。そのため人々はそれ以降その栄光に敬意をこめて神殿の中でも最高位に就くものを建国の英雄たちになぞらえて呼ぶのが習わしとなった。



「でもそれっていつかばれちゃうんじゃないの?」

「そこは、まあいい感じにね!それなりの年数がたったら形だけではあるけど代替わりを行っているんだよ」



 テオクラティアの神官事情に驚きつつも、二人はアイソーポスに聞きたいことが山のようにあった。



「本当に私たちの力に関してなんにもわかんないの?」

「うん。ごめんね力が及ばなくて。実はねボクも大戦の影響でところどころ覚えていないことがあるから……だから本当はルートヴィヒにも同席してほしかったんだね。創造主が二人になれば何か知恵でも出るのかと思ったけれど、あの子は忙しいからねぇ」

「そういえばほかの神官については俺たち何も知らないんだった。ねぇ他の神官たちはどんな人たちなの?」



 ユールの問いにアイソーポスは目を輝かせる。



「そうだね!僕の大切な友人をちゃんと紹介していなかったね!でも全員紹介するのは時間がかかるからね。取りえずテオクラティアにいる子たちを紹介するね」



「まずは何といってもこの国の第一の柱、テオミュトスだね。彼は一番最初の創造主でありボク達創造主のまとめ役をしてくれてねいいやつなんだよ。二人目は第三の柱、そしてボクの大親友でもあるヘシオドスさ!彼もいいやつでね、何といってもあの手先の器用さはアイテリオンでも三本指に入るほどだったんだね。この指輪だって彼に作ってもらったんだけど細部までこっているだろう?そして、三人目はこの国の第四の柱にして最も若い創造主、ルートヴィヒだね。あの子はまぁ、秘密主義というか猫っぽいというか。いい子ではあるんだけどね」



 まるで喜劇を語るかの如く立ち上がり、大きく身体を動かし一コマ一コマ表情を変え続けるアイソーポス。



 ユールとソルナはフェルンヴやオーレリウスから聞いていた情報とも照らし合わせながら頭の中を整理していた。二度の厄災によって崩壊の危機にさらされたエピュフォニアで何度も戦い続けた彼らは自分たちの過去のカギとなりうるのか。



「でも、今起きているのはアイソーポスとそのルートヴィヒって人だけなんだよね。」

「そうだね、テオとヘスはエリュトロスの大厄災と呼ばれる二度目の戦争で力を封ぜられて今も眠ったままだよ。ボクもあの戦いの後随分と長く眠っていてね、目を覚ました時にはこの国はだいぶ復興の兆しが見えていたんだね。」

「……ちょっと待って、アイソーポスも眠っていたのならなんで目を覚ましたの?その方法が分かれば他の人たちだって、」

「それなら簡単な話だね。」



 ユールとソルナに背を向けていたアイソーポスが振り返る。内緒の話をする子供のようににやりとした笑みを浮かべると二人にその視線を向けてきた。



「ボクを目覚めさせたのが一番末のあの子だ。ボクだけじゃない、この大陸で力を奪われ、眠り続けていた創造主はルートヴィヒが起こした。あの子はボクに現在の状況を説明するとこの国の神官としてもう一度舞台に立ってほしいと頼んできたんだね。民たちの記憶を少々書き換えて不自然にならないように裏方仕事は終わらせたからって、まだ目を覚ましたばかりのボクにだよ。ほんとに困っちゃうんだよ」



 口ではそういうものの、その顔からは弟の成長を喜ぶ兄のように穏やかな顔をしている。



「そしてあの子を持ってしてもテオクラティアの二人は目を覚まさなかった。現状としてあの子以外にそれを成し遂げたものが居ない以上は方法は分からないんだね」

「そうだったんだ……他の三人とも会えるといいな。」



 ソルナのつぶやきにアイソーポスは花のような笑顔を浮かべる。



 自分たちの冒険の先にもしかしたら二人の目を覚ますきっかけを見つけるかもしれない。目的が増えれば楽しさも増える、そう思えばこれからの冒険の旅はさらに充実したものになると心を躍らせた。



「そうだね!!いつか君たちにもヘスに作らせたものをあげたいんだね!」



 アイソーポスは自身の指輪を撫でながら未だ眠る遠き友への思いをはせる。



 二人が目を覚ましてこの国を見たとき何を思うんだろうか。


 一人ぼっちでこの国を復興へと導いたであろう末のあの子はその痩躯に背負う荷物を少しは降ろして休むことができるのだろうか。



 机上の空論だとはわかっていてもいつか訪れてほしい未来に思いがあふれる。



 その後もアイソーポスは他の創造主との思い出を嬉々として二人に語り続けた。天空の国での生活はまるでおとぎ話のようで情景はなかなか浮かばないものの楽しげに話すアイソーポスに思わず笑みがこぼれる。創造主という立場を隠さねばならない彼は長いことこのように思い出話をすることもできなかったのであろう。


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