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双星の子守り歌  作者: 宇佐美ましろ
The Opening Act:Theokratia
16/54

Op.15

 


 明朝、まだ日も登り切っていない時刻にもかかわらずフェクロス子爵家は人の走り回る足音が響いていた。ユールとソルナも執事のヴィクターに起こされ夫人の待つ応接間に向かっていた。二人が応接間に入るとそこにはすでに身支度の整えたクロエ夫人と数名の神官がいた。



 神官たちはみな同じ白のローブを着用し、地図を見ながら夫人も交えて何かを話し合っていた。




「奥様、お二人をお連れいたしました。」

「ありがとう、ヴィクター。お前は下がっててよいわ。」



 夫人の命にヴィクターが退室すると夫人は手招きをしてユールとソルナを自分の横に座らせ、神官たちに向けて二人のことを紹介をした。居心地が悪そうに膝の上で手を握る二人をちらりと見ると、二人がこの数日の間に邸宅の周りで回収したイデアを机の上へ置くように言う。ユールとソルナは言われた通りに飴色ローテーブルへと瓶に入ったイデアをそっと置いた。ユールとソルナを覗くそこにいた全員が本当にヘスペラのイデアであるか確認しようと瓶の中を覗き込むと目を丸くし、唖然とした。



「これは……本当にへスぺラのイデアなのですか。」

「この色は、奴らのイデアというよりも……まるでオブクリタースではないですか!こちらはどう見てもアイテールそのものです。」

「一体、これはどういうことですの!?昨日、わたくしたち三人が見た時には確かに黒く、まごうことなきへスぺラのイデアでしたわ!ちょっとお待ちくださいまし。」



 夫人は自身のジャケットの懐から小さな瓶を取り出す。中に入っていたのは二人が夫人に渡していた初日に回収した姿の見当たらないのヘスぺラが残していったイデアであり、拾った時と変わらず黒いまま姿のままにそこにあった。


 しかし、ユールとソルナの持ってきたイデアは誰がどう見てもその色も輝きも何もかもが変化している。神官が指摘したように、どちらもへスぺラが落とすようなイデアとは思えないほどの輝きを放っている。全員が未知の現象に戸惑っているとすみません、と断りを入れルーフスと名乗った神官の青年が口を開いた。



「フェロクス殿、今ここでこの鉱石がアイテールあるいはオブクリタースであるかの鑑別はできますでしょうか。」

「え、えぇ。もちろん、少々お時間はいただきますが可能ですわ。」


「では、こうしましょう。夫人はこのクロークスとともに鉱石の鑑別をお願いします。彼女も鉱石に関する知見が深くありますのできっと夫人のお力になれるでしょう。残りの神官はそこのイデアを拾ったというお二人とともにへスぺラが出たと思われる場所へ行ってみましょう。夫人、この地図はお借りさせていただきます。」



 机の上の地図を手に取り、ルーフスは残った神官に対して簡潔に役割を指示すると向かいに座っている二人へと改めてあいさつを交わした。



「はじめまして、私は北の神殿所属の神官、ルーフスと申します。此度はとある事情で一時的に南の神殿に派遣されております。」

「私は宮廷神官のアーティです。此度の派遣では神官たちの統括を任されております。」


「俺はユールです。夫人からのお話にもありましたがエトランゼからの依頼でここにきています。」

「私は妹のソルナです。兄と同じでここには依頼を受けて……。」



 ユールとソルナの不安げに揺れる瞳を見て神官たちは二人の置かれた立場に憐憫の情が湧いてきた。不憫な幼い旅人たちのためできるだけ早く原因を突き止めるようと神官たちはアイコンタクトを交わし、早速ルーフスがテーブルに地図を広げてユールたちにへスぺラの出現場所を確認する。そこには昨日自分たちが遭遇した場所以外にもいくつか丸の印が付け加えてあった。




「これはお二人が来る前に夫人に確認を取ってもらったフェクロス子爵領の地図です。昨晩、子爵家の騎士団の数人が新たにへスぺラと遭遇したようですので遭遇場所に印を付け加えています。ですがお二人と庭師のニコラ殿が会ったという鷹の形をしたものはおらず、みな蝙蝠(こうもり)やリスといった小動物のような姿であったそうです。」



 確認が済むルーフスは地図を丸め、四人はさっそく昨日ユールとソルナがへスぺラと遭遇した倉庫へと向かう。その他の神官たちは騎士たちとともに子爵領の周辺を調査するらしい。夫人は応接間を出ていこうとするアーティとルーフスに向けて鑑定には少なくとも一時間は欲しいと告げた。



「では、いまから四時間後、九時になったら一度戻ってまいります。」



 アーティはそう告げると神官を引き連れて部屋を後にする。倉庫に向かう道中、二人はルーフスに持っていたイデアに関して本当に心当たりはないかと尋ねられた。



「決してお二人を疑っているわけではありません。ですが、普通このようなことをできる方はいませんので、何か少しでも心当たりがあればお話し願いたいのです。」

「いえ……本当に心当たりはないんです。昨日寝るまではなんにも変化なんてなくて、」

「そう、でしたか、ありがとうございます。夫人たちからの結果の確認が取れたら、あの鉱石たちは一部を神殿にお送りさせていただいてもよろしいですか?神殿でさらに調べさせていただきます。」

「はい、大丈夫です。」



 ありがとうございます、と感謝を告げルーフスは前を向きなおす。燃えるようなリコリスの髪は寝癖が取れ切っていないのかところどころはねており、夫人からの一報を受けすぐに子爵領へ来たことが見て取れた。



 しばらくは誰も言葉を発さず倉庫のそばまで到着するとそこには子爵家の騎士たちがいた。彼らは神官と双子に気が付くと敬礼をし、状況を説明する。



 団員の一人が昨日の夕暮れにへスぺラが出た以降ここでは何も異変は確認されていないことを報告するとアーティは連れていた神官を何人か残し、団員の彼らに一度休息をとるように促した。そしてアーティとルーフス、そしてユールとソルナが森の深くへと入っていった。朝の森には霧が立ち込め、ひんやりとした空気が肌を撫でる。この先で昨晩、新たにへスぺラが見つかったらしい。



「では、ここからは二手に分かれましょう。私とユールさんはこちらの湖に向かいますのでルーフスとソルナさんはあちらに向かってください。」




 地図を指さしながら行われたアーティの指示にほかの三人は首を縦に振り、さっそく分かれて調査を始める。三時間後にこの入り口の森に集合、得た情報をまとめ邸宅に戻ることをとり決めた。



「ソルナさん、ユールさんもこれを。」



 ルーフスが(そで)から小さな石の嵌められた指輪を取り出す。



「これは私の主である北の神殿の首席神官が力を込めた指輪です。もし、どうしようもならない、何も手立てがないと感じられる状況に直面したらとある条件を満たして心の中で逢いたいと思う人を思い浮かべてください。転移の力が発動するようにしてありますのでお二人が思い浮かべた人物がどこにいようともやってくるようになっています。」

「その条件って言うのは、」

「この一番大きいアイテールに一滴血をたらすだけです。」

「そんな簡単なことでいいんだ。」

「はい、ただし一度きりしか使えませんのでそこだけはご注意ください。」


 そういうとルーフスはユールの分をアーティへと手渡す。二人の神官はそれぞれ双子の示指に指輪をはめると、そのままその手を包み込み祈りをささげる。祈りが終わるのを待って、四人はそれぞれが自分に託された目的を遂行すべく森の中へと進んでいった。






 ユールとアーティは湖に向かって足を進める。騎士団からの報告によれば、昨日この湖の近辺で数体のへスぺラが見つかったらしい。

 湖に向かっている最中、アーティはルーフスの顔を眺めながら口を開いた。



「ユールさんとソルナさんは双子でいらっしゃるんですね。道理でお顔が似ていらっしゃる。お二人とも大変愛らしい顔をしていらっしゃいますね。」



 ユールは彼女から放たれた思いがけない発言にぽかんと口を開け、次の瞬間その顔は真っ赤に染まっていった。



「んなっ!?そ、そんなこと……いや、確かにソルナは可愛いですけど。というか、そういうアーティさんもお綺麗です。」

「ははっ、そういってもらえるなんて光栄です。神殿ではすぐに老人扱いされるので。」

「えっ、そんなわけないじゃないですか?!誰ですかそんなこと言ったのは。」



 アーティはにやりと笑うとユールにそっと耳打ちをする。その口から紡がれた衝撃な数字にユールは言葉を忘れ、酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。



「神官は任命されると同時に創造主様の使いともいわれる首席神官の方々からご加護を受けるおかげで普通の人間の(ことわり)から少々外れるんです。ですから外見もゆっくりと老化していくんです。」



 ルーフスはまだほとんど外見通りですけどね、と付け足し再びユールの前を行く。



 言われてみればアイソーポスも二千年以上生きているに関わらず、外見は青年そのものであった。神の加護というものはそんな力もあるのかと思いながらユールも白いローブの後に続く。自分たちの視線少し先で湖の水面であろう何かが反射しきらめき始めている。



「どうやらあそこが我々の目的地である湖のようですね。」

「ここから見る限りだとヘスペラはいなさそうだけど、」



 もう少し近づいてみますか、とユールが言おうとしたその時二人の目の前にかすかな黒い霧が横切った。



 二人はとっさに息をひそめ足音を鳴らさないように細心の注意を払う。そして茂みから湖を見つめるとそこには昨日ニコラと双子を襲った鷹の形を纏うへスぺラがいた。その姿を確認するとユールはゆっくりと剣を取り出しいつでも飛び出せるように体制を整える。


 アーティはユールを手で制しながらへスぺラの様子を確認する。へスぺラは二人に気が付いていないのか嘴で器用に湖の水を飲むと二人の目の前まで来てその腰を下ろした。一息おいた後ユールとアーティは視線を交わし、音のないアーティの合図とともに茂みを飛び出す。



 突然の襲撃にへスぺラは一瞬反応に遅れた。万全に整えていた二人はその一瞬を見逃さない。



「風よ、咆えろ!!」



 アーティが短く詠唱すると手のひらから生まれた風球はすぐに膨張し、へスぺラを拘束する。動きを封じられたへスぺラは何とか身をよじり抜けだそうとするもアーティが絞めろ、とつぶやけば風の鎖はさらにへスぺラを締め上げる。



 ユールがそんな絶好の機を見逃すわけもなく太陽の光を受けてまばゆく輝くアイテールの剣をまっすぐにへスぺラの胸部へと向かっていた。迫りくる消滅の足音にへスぺラは成す術もなくその切っ先を体内へと受け入れた。咆哮を発することもできず、イデアを砕かれたへスぺラは黒い霧となって空中を霧散していく。


 ヘスぺラが消えるのを見届けると風の鎖は球状へと戻り空気をゆらゆら漂いながらアーティの元へと帰ってくる。風に巻き上げられていた砂埃が地面へ戻っていくのと同時に地面へとイデアが落ちた。



 ユールとアーティがイデアを確認しようと地面に転がるイデアを見下ろした。ユールの剣を受けて中心を境に真っ二つに割れたイデアはその割れ目から少しずつ水晶のように変化していっている。二人はまさかの出来事に目を瞠り、同時に叫んだ。



「なっ!?」

「どういうこと?!」



 慌てて二人はイデアを拾い上げる。するとユールの手中に収まったイデアはさらにその速度を上げあっという間にアイテールのような輝きを放つ鉱石に姿を変えた。それは自身の剣身と相たがわない光を纏い、天にかざしてみると内部は様々な色に輝いている。アーティの手に取ったものも変化を終え、同じように確認をするも、それはどこからどう見てもアイテールである。


 二人は目の前で起こった不可思議な光景に思考を停止させる。しかしここですぐに結論を出すことはできないとの判断を下し、ひとまず周辺に残痕はないか調査することにした。



 湖の調査を終え邸宅に戻る道で二人は再び蝙蝠のへスぺラに遭遇するも手ばやく処理をして邸宅までの帰路を急いだ。その場に転がっていたイデアも先ほどと同様に、裏も見えぬほどの黒から美しい水晶色へと変化していた。二人は先ほどのものとまとめて懐へと収納するとゆっくりと道を進む。



「……もし私の考えが正しければ君とソルナさんには一度、皇宮の神殿に来てもらう必要があるかもしれない。」



 道の途中、アーティの言葉にユールは小さくうなづく。おそらくユールも同じことを考えていたのだろう、反論の意は唱えなかった。今は横にいないソルナのことを思いユールは木々の隙間から見える青々とした空に目をやった。


自分達はいったい何者なのか、当たり前にわかるはずの問いでも今の二人にとってはこの世のどんな難題よりも解けそうにない問いかけだった。


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