Op.12
窓からの朝日がソルナの眼瞼を刺激する。温かさと瞼の裏に映る光に、ソルナがのそのそと目を開けると隣で眠るユールはソルナの手をつかんだまま小さく唸り声をあげている。テオクラティアにいる間にユールのこの寝起きの悪さを何とかしなければと考えながら、空いている方の手でユールの肩をひっぱたく。
「おはよう、ほらちゃっちゃと起きる!」
「…ぅーん、もうちょっと。」
「それいつも言ってるけど、それで起きられたためしないよね。」
分かってると、言いながらユールは頭から布団をかぶろうとするもソルナの手はとっさに布団を奪い取り、そのまま部屋の入口まで投げ飛ばす。
ユールは薄目を開けてそれを見ると観念したのか大きくあくびをしながら空きあがる。
「んー…おはよう、ソルナ。」
「おはよう、早く着替えて下に行こう。」
ソルナは二度目のあいさつをするとベッドから静かに足を下ろす。ここでは主人が毎朝朝食を出してくれるのだが、九時を過ぎてしまうと彼はカウンターの中で朝寝をしてしまうらしい。時刻は八時をとうに過ぎている。早くいかなければ、懐が寂しい二人にとって毎食外食になるのは避けたいところだ。
二人は手早く身支度を済ませると、部屋を飛び出す。あと数分でタイムリミットだ。
「っ、おはよーございます!!」
「おはようございます!間に合った?!」
「ユール、ソルナ、ギリギリでしたね。」
一階のテーブルにはコーヒカップ片手にオーレリウスが座っていた。その前では主人がちょうど二人分の朝食を置いている。プレートの上には少し焦げた丸いパンとハム、ゆでた卵が乗っていた。主人は息を整える二人に飲み物を聞くと少し待つように言い、裏の小さなキッチンへと隠れる。
しばらくすると主人は二人分の飲み物もテーブルに置く。ごゆっくり、といい主人はカウンターへ戻り本を読み始めた。
「わー!おいしそう。おはよう、オーレリウス。」
「おはようございます。朝食は食べ終わったら食器は重ねてあちらに置いておけばいいそうです。」
昨日よりもラフなシャツとスラックス姿の彼は元のスタイルが抜群なおかげか、その雰囲気も相まって貴公子のように気品あふれていた。彼は二人に座るよう促すと今日の予定を尋ねる。
「うん、とりあえずこの後エトランゼに言って何かできそうな依頼がないか聞いてみるよ。」
「そうでしたか、では自分も同行しましょう。」
オーレリウスの提案に二人はありがとう、と告げ朝食を食べ始めた。簡素だが温かく安心するような朝食は二人の胃にしっかりと重みを足す。二人が朝食を食べ終わるころにはオーレリウスもコーヒーを飲み終わり、カウンターでは本を片手に主人が舟をこいでいた。二人は分担して食器を片付け、テーブルを拭くと外からは徐々に人々の声が聞こえてきた。
「二人の準備が整い次第行きましょう。忘れ物はありませんか?」
ユールとソルナはオーレリウスの話し方が柔らかくなっていることを感じていた。それもそのはず、昨日の帰り道で二人はオーレリウスにもっと楽に話してほしいと伝えておいたのだ。
初めは戸惑い、困りますといっていたオーレリウスだったが二人の懇願に折れ、善処するといってくれたのだ。ユールとソルナは彼の主ではないためできればオーレリウスに自分たちを主人のように扱うのではなく、友人のように対等に扱ってほしいと思っていたのだ。
「うん、私たちは大丈夫。いつでもいけるよ」
「では、行きましょうか。」
三人は最終確認をおこない外へ出る。街はすでに賑わいをみせており、昨日と同じように建国祭の準備をしている人、散歩をする老人、同じ服を着た子供が慌てて走っているなど三者三様の光景が広がっていた。三人はエトランゼへの道中、道脇で風に揺れる花々を見て本格的な春の訪れに心を休める。
「ねえ、さっき子どもたちが慌てて走っていたけど何かあるの?」
ユールは先ほどの光景を思い出す。皆同じような格好で同じ方向へ向かっていくのを不思議に思いながらも何か既視感を覚えていたのだ。
「今日はおそらくアカデミーの開始日なんだと思います。テオクラティアの子どもたちは十一歳まで皆それぞれの領地にあるアカデミーに通うことが決まっていますので。」
アカデミー、どこか聞いたことのある単語にユールとソルナは思い出そうとしてみるがもやがかかったかのように頭には何も浮かばない。何か思い出せるんだろうか、そう思ったその時突然頭の中を何かがかけ走った。
__嫌なことを後回しにするのはおすすめしないよ。ほら、手伝うからさ。
誰かの声が頭に響く。そういえば昔、自分はよく勉強がしたくなくって逃げ回っていたのだ。その時誰かが自分のことを見つけて、あれ?誰が見つけてくれたんだっけ。頭の中がぐるぐると回る、忘れることなんてないと思っていたはずなのにどうして思い出せないんだろう。
急に黙った自分に気が付かず二人が何か話している声を背景に、そんなことを考えているといつの間にかエトランゼに到着した。
「エトランゼへようこそ!あれ?ユールさん、ソルナさん、昨日ぶりですね。」
カウンターに立っていたのは昨日、事務仕事に徹していたエヴであった。彼は二人が何か依頼はないか尋ねるとそうですねぇ、とカウンターの下から何枚か紙を取り出した。
「お二人は昨日入会したばかりですのでまずはこのあたりからが良いかと!今は建国祭の準備期間ですからそれに関連した依頼が多いですね。あとは、少し危険ですが最近南部と西部の領地とその付近でへスぺラが頻繁に出現しているとのことですのでそれぞれの神殿から臨時の依頼も出ていますね!」
どれになさいますか、と十枚ほどの依頼書を提示されユールとソルナは内容を見比べる。エヴの言う通りまずは簡単な依頼からこなしていくべきではあるが報奨が少々寂しい。二人はしばらく悩んだ末にこの中では一番羽振りのよさそうな依頼を三枚選んだ。二つはエテルノスの郊外に住む子爵家の装飾の手伝いでもう一つはその近くで最近見られるという何かの調査であった。
調査依頼は危険が伴いますがよろしいですかというエヴの確認にうなづき、二人は依頼を受けることにした。
「かしこまりました!フェロクス子爵家はここから南方に二時間ほど歩いたところにあります。必要であれば馬車の用意も可能ですがいかがしますか?」
「いえ、大丈夫です!」
「かしこまりました!それでは、いってらっしゃいませ。創世神のご加護があらんことを!」
そして、ユールとソルナはオーレリウスと別れ、依頼のあったフェクロス子爵家領へと向かった。
フェクロス子爵家の現当主は恰幅の良い夫人であり、先だった夫の跡を継いで現在はテオクラティアに数店舗宝飾店を営んでいる商売人らしい。エヴから渡された依頼人情報を読みながら二人は歩き続けた。
二時間は歩くと言われていたが想像よりも早く着き、ランチタイムの前にはフェクロス子爵家へとたどり着いた。
「すみません、協会からの依頼を受けてきました。ユールとこっちは妹のソルナです。夫人はいらっしゃいますか?」
子爵家の門に立っていた一人の門兵に声をかけると、門兵は二人のチャームを確認し少々お持ちくださいと告げ邸宅へと入っていった。
しばらく待っていると先ほどの門兵とともにパンツスタイルの貴夫人が出てきた。夫人は見た目こそ年増に見えるが、姿勢が良くその瞳は若者と変わらず好戦的な色で輝き自信にあふれた雰囲気を纏っている。
「お待ちしておりましたわ、わたくしはクロエ・フェロクス。この家の当主を担っておりますの。さあ、お二人とも上がってくださいな。今朝お二人が依頼を受けてくださったと連絡が入りましたので、ご一緒にと思いちょうどランチの準備をしようとしていましたのよ。」
クロエ夫人は二人の姿を見て目を輝かせると少々早口になりながら自己紹介をすまし、二人を邸宅へと案内する。庭はきれいに整備されており、小動物が楽しそうに走り回っている。夫人は二人を食堂へ案内すると座るように促し、自身も対面に座る。そして食事を運ぼうとするメイドに少々待つように伝えると三枚の紙を取り出して二人に差し出した。
「改めて、この度は依頼をお受けしていただき感謝いたしますわ。今回お二人にお願いしたいのはこの邸宅の飾りつけと、庭の整備、そしてわたくしともう一つの子爵家との合同で出させていただいた調査依頼の三つですわ。期限はすべて五日間。この期間はこちらで過ごしていただいて構いません。何かありましたら近くの使用人に声をかけてくださいまし。」
簡潔に説明を終えるとクロエ夫人は昼食を取ったら始めましょう、と食事の準備を始めさせた。三人は談笑しながらの楽しい昼食を終えると、夫人は後のことを執事に託し自身は執務室へと戻っていった。執事はヴィクターと名乗り屋敷を案内すると早速今日の業務について説明を始めた。
「今日と明日は日暮れまで外壁の飾りつけを行っていただきます。清掃は終わっておりますのでこちらのヴァ―ノンピスと装飾品で飾りつけをお願いいたします。」
「ヴァ―ノンピスって…これは花?でもなんか宝石みたい。」
「えぇ、ヴァーノンピスはテオクラティアの国花でこの時期のみに咲くものです。鉱石でできた花弁を持ち、建国の際に祝福としてこの地に与えられたとの伝説のある花で、建国祭が終わると不思議と花弁は空に溶けてしまう、とても幻想的な花となっております。」
ソルナとユールはそれぞれハス色に輝くそれを手に取る。光を受けて輝く花弁は確かに盛大な建国祭にぴったりであった。
「それから、夕食後は邸宅近辺の森を中心に調査をお願いいたします。子爵家の騎士団も同行させますが、危険を感じたらすぐに調査を切り上げるようにと奥様より言づけをいただいております。調査結果は朝食の席と最終日に紙に記録して奥様にお渡しください。」
必要事項を伝え終わるとヴィクターも持ち場へ戻っていった。二人は夫人から渡された作業着の腕をまくりをし、さっそく作業に取り掛かった。
人物紹介
クロエ・フェロクス:恰幅の良い貴婦人。首都で宝飾品店を営んでいる商売人で亡くなった主人のことは今でも愛し、尊敬している。ロケットペンダントには主人の写真と結婚式の写真が入っている。
小噺
ヴァーノンピスの花弁で南部産のパパラチアサファイアのものは最上級のものであり、皇室献上品でもあります。南部はパパラチアカラーを始めとするや赤、オレンジ系のヴァーノンピスがよく見られます。