Op.11
「へぇ、ユールとソルナね。」
アイソーポスはユールとソルナの前を歩きながら二人を最上階にある談話室へ行こうと誘ってきた。ユールとソルナは談話室までの暇つぶしと言わんばかりにここへ来るまでのことを簡単に話し、自分たちはこの国について知りたくて本を探していることを伝えると、なら神官であるこのボクの出番だねと張り切り誰よりも楽しそうに階段を上がっていた。
最上階である五階へ着くと、目の前には花が咲き誇る庭園が広がっていた。
「意外でしょ。談話室って名目だけど実際は屋上庭園と呼んだ方がいいんだね。今日はあったかいし、お話日和だからね。」
ガラス張りの扉を開けると外の空気が流れ込んでくる。一歩テラスに踏み込めば、文殿の清閑とした雰囲気は一変し道を行き交う人々のにぎやかさが耳に入ってくる。三人は庭園の中央に設置されたソファーへ腰を掛ける。
「さぁさぁ、何から聞きたい?!神官であり原初の創造主であるこのボクに何でも聞くといいね。」
アイソーポスは鼻を高くしてふん、と息をまく。
「……創造主?」
「……っへ?あれ、待って今ボク創造主って言った?」
ユールの言葉にアイソーポスの表情が固まる。双子は不思議そうに顔を見合わせこくり、とうなずいた。すると途端にアイソーポスは自分でも訳が分からないといったように頭を抱え、混乱し始めた。
「うそでしょ……なんで創造主だなんて言っちゃったんだろう。これまでこんなこと言ったことなかったのに。」
小さくぼそぼそとつぶやくアイソーポスを横目にユールとソルナは創造主、と頭の中で言葉を繰り返す。
確かフェルンヴの話していた歴史の中で名前だけ出ていた。彼の話が確かなものならば、創世の神の力を継ぐもので数千年前から続く二度の戦果を生き抜いたものであるはずだ。しかし目の前の青年はそんな年のようには見られない。せいぜい23、4歳といったところだろうか。
「まあ、言ってしまったものは仕方がないね。それで、まず二人はどこまで知っているのかな」
腹を据えたかのようにアイソーポスは二人に向き直り、再び問いかける。ユールとソルナはテオクラティアに来るまでにフェルンヴから聞いたことをそのまま簡潔に話した。その話をじっと聞いていたアイソーポスは二人の話がひと段落するとふーん、と一息吐いた。
「うんうん、おおむねら聞いているみたいだね。それって誰から聞いたの。」
長い足を組みなおし、アイソーポスはとんできた指に蝶ととめる。
「フェルンヴって子なんだけど。そういえば、アイソーポスのこと知ってたみたいだよ。」
「……あぁ、フェルンヴ、ね。うん、知ってる知ってる。」
アイソーポスは先ほど変わらない満面の笑みを浮かべている。フェルンヴも昔から知っているような口ぶりであったし、二人は友人であるのだろうか。
「そっか。二人は友だちなんだね。」
ユールは微笑んでアイソーポスを見る。フェルンヴは見た目に大人びていて掴みどころのない少年であったが、こんなにも正反対な友人がいたのは意外であった。
しかし、アイソーポスは口元を抑え突然大声で笑いだす。
「あはは、ユール冗談はよしてよ。」
何がそんなに面白いのか、アイソーポスはソファーから腰を浮か二人の肩をばしばしと軽く叩いてくる。
「確かにあのことは知り合いだよ。まぁ、あっちが友達って思ってるのかどうかは知らないけれど。」
「ボクはあの子が大っ嫌いだよ!」
満面の笑みでそう言い切るアイソーポスをユールとソルナは唖然と見つめる。しかし、深蒼の瞳は怨恨に揺れるわけでもなくどこまでも澄み切っていた。
「もう、こんな話は置いといて!ほかに聞きたいことがあるんでしょ。時間は有限だよ、ほら何から聞きたいのかな。」
座り直したアイソーポスは駄々をこねる子供のようにその長い手足をゆすると、二人に向かって前のめりになって抗議する。ユールとソルナは一瞬戸惑うが、あえて二人の関係に首を突っ込む必要はないと考えアイソーポスに聞きたかったことを矢継ぎ早に頭に浮かべていった。
「じゃあ、せっかくだしまずは創造主について教えてよ。」
アイソーポスげっ、と苦虫をつぶしたような顔をするが観念したのかしぶしぶ口を開く。
「…聞き流してくれると思ったんだけど、そううまくはいかないものだね。いいよ、でもそれを話すにはかなり時間を戻らないといけないんだね。長くなるけどいいかい。」
「うん、お願い」
二人が姿勢を正すとアイソーポスは楽にしているんだね、と前置く。
「二人が聞いているように、かつてこの世界は二つに分かれていた。天空の国アイテリオン、そして地上の国オルティス。ボクら創造主はみな、アイテリオンで生まれたんだよ。創世神サマが自身のイデアを削り、人の形へ作り上げ、そして魂を吹き込む。それがボクたち。今はほとんどがいなくなってしまってしまったけど、かつてはこの国くらいたくさんいて…たのしかったなぁ。」
ふと空を見つめる。かつての大空にはこの目で見えるところにアイテリオンがあったのだろうか。
「創造主は人知を超えた力を持つ。カルニヴァルの夜と呼ばれている1500年前の戦争で創世神サマが逝かれる前ボクらに自身の力を継承させたんだ。ほら、見てて。」
アイソーポスはおもむろに手を出すと手のひらを上に向ける。
『原初の海よ、わが命に従え。アイソーポスの名のもとに』
そういうと白い掌には大小様々な泡と透き通った水球が出現する。アイソーポスが力を籠めると水球は一部が離れ魚の形となり彼の周りを優雅に漂い始めた。
しかしそれは一瞬で溶け、崩れ落ちる。アイソーポスはその様子をみてやっぱりね、と残念そうに肩を落とす。
「見ての通り、ボクはこの原海の権現を行使できるんだね。原海は聖水ともいわれて、治癒とかへスぺラの浄化もできるはずなんだけどね…ごらんの通り今は全然ダメ。700年前の戦争でボクも大きく力をそがれてしまったんだよ。日によって出せる力がばらばらでね、これのせいで神官の仕事はお休み中というか今この国でちゃんと動ける神官はルートヴィヒくらいじゃないのかな。」
オーレリウスが言っていた北部を治める神官。彼は二度の戦争で何の影響も受けなかったのだろうか。二度の大戦を知らないユールとソルナは自分たちには想像もできない何かがあるのだろうと思っていた。
「まぁ、創造主の大まかな説明はこんな感じだね。あっ、そうだボクが創造主であることは基本的に人には教えられないことなんだね。だからきみたちもむやみに言いふらさないように!というか創造主自体存在は大っぴらにされていないからこれからほかの創造主にあってもほかの民には言わないこと。いいね?」
二人を指さしアイソーポスは言い放つ。
「うん、約束するよ。ねえ、この国にはほかに創造主はいるの。」
「もちろん!まずはこのボク、アイソーポス。後はルートヴィヒ、テオミュトス、そしてボクの大親友ヘシオドスさ!まあ、テオミュトスとヘシオドスはご存知の通り今は表舞台には立てないけどね。」
ソルナの問いにアイソーポスは嬉しそうに名前を挙げる。皆、首席神官の名前に上がっていた人物たちであった。
ユールとソルナはアイソーポスの紹介からなんとなくこの国での創造主と神官の関係性を理解した。
きっと一度目の大戦のあと、彼ら四人はこの国を建国し、表舞台では皇帝が、そして彼らは裏からこの国を支えていたのだろう。ユールが続けて口を開きかけたその時、
「ユール殿、ソルナ殿。ここにいらっしゃいましたか、時間になっても来られなかったため司書の方に聞いたらここにいるかもしれないと…」
突然、硝子の扉が動き中からはオーレリウスが顔を出した。そのままつかつか、と近づいてくるとアイソーポスへ一礼し二人に声をかける。オーレリウスの言葉にユールは急いで懐中時計を見ると、すでに約束の時間を過ぎている。
「わっ、ごめん、オーレリウス。全然見てなかった。」
「いえ、何もなければいいのです。」
謝る二人に顔を上げるように言うと、オーレリウスはアイソーポスに身体を向ける。そして片膝をつき首を垂れる。
「お久しぶりにございます。宮廷騎士オーレリウスが神国の柱、アイソーポス様に拝顔いたします。」
「久しぶりだね、オーレリウス。変わりはないかい。」
「はい、アイソーポス様もお変わりがないようで何よりでございます。」
オーレリウスに楽にするよう命じるとアイソーポスは座っていたソファーから立ち上がる。
「時間みたいだね、ボクは建国祭が始まるまではここに滞在してるから、また何かあったら来るのがいいね。」
手短に告げると、アイソーポスは二人の額に軽い口づけを落とす。
「二人の旅に母なる海のご加護があらんことを。」
またね、そう言い残しアイソーポスは二人の元を後にした。庭園に残った三人はそれぞれ立ち上がりアイソーポスの後を追うようにテラスを出る。そこにはすでに彼の姿はなく元の静寂だけが残っていた。
「では、私たちも行きましょうか。今日はもう一か所回って宿に戻りましょう。」
オーレリウスはすでに階段の手すりに手をかけをかけ双子はそのあとを追っていった。
「オーレリウス、今度はどこに行くの」
オーレリウスの後を追うソルナが尋ねる。オーレリウスは文殿の扉を開け、外に足を出す。
「エトランゼという施設です。エトランゼはエピュフォニアを旅するもの達のための協会で、大陸全土に支部があります。各国からの依頼が日々届いてきており、依頼を解決することで報奨を得られるシステムです。旅人登録さえしておけば依頼を受け、報酬を得ることができるのでお二人も登録されたいかと思いご案内させていただいております。」
三人は文殿からさらに皇宮の近くへと足を運ぶ、そしていよいよ皇宮が目の前に迫ってきているその城門のすぐそばにエトランゼはあった。カウンターの奥では二人の男女がせわしなく書類作業をしている。
「失礼、旅人登録をお願いしたいのですが。」
「はい、かしこまりました!登録されるのは三名様でよろしかったですか?」
「いえ、私は結構。こちらのお二方とも手続きをお願いします。」
対応をしてくれたのは女性の方だった。ユールとソルナがカウンターに近づくと女性はコンシェルジュのアヴァです、と名乗りその手にはすでに必要とされる書類があった。
「登録されるのはお二方ですね!では、ここに必要事項をご記入ください。」
アヴァはカウンターに紙とペンを置く。二人は目の前の書類にそれぞれ記入していくがある一点でその手が止まる。
「……すみません、実は俺たちちょっと事情があって、この欄が……」
ユールはアヴァに正直に申し出をする。二人は出身国、所属国の欄でそのペン先を詰まらせていたのだ。アヴァは二人の様子を見ると事情を察したのかにっこりと笑う。
「あぁ、そういうことでしたら出身国は空欄で大丈夫です。所属国は……そうですね、いっそのことテオクラティアで登録してしまいましょう。少々拝見しますね……うん、ここまで書けていれば登録に問題ありません!」
それでは手続きを進めますね、と二人から書類を受け取りそのまま後ろで作業をしていた青年に渡す。そして数分もしないうちに登録は終わり、三人はエトランゼから解放された。アヴァは最後に二人へチャームを渡してきた。このチャームは所属国によって違うデザインをしているもので身分証の代わりになるという。
「では、皆様の冒険の旅が決して陰らないことを祈っております。創世神の祝福あらんことを!」
三人はその言葉を聞き宿舎への帰路を歩いた。いつの間にか日は傾き始め、民家からは暖かなにおいが香り始めている。
三人は夕食を外で食べていくことを決め、オーレリウスが適当に選んだ店へ入る。テオクラティアの一般的な家庭料理が食べられる店のようで、中は様々な人々でにぎわっていた。
ユールとソルナはメニューとにらめっこをしながら時折オーレリウスにどんな料理か尋ね、夕食を決定した。
しばらくして運ばれてきた料理はどれも素朴だが豪快に盛られており見た目だけで食欲をそそられる。三人は朝からほとんど何も食べていないこともあり、食事に集中し会話は一言二言感想を言い合うくらいに留めていた。
食事を終えオーレリウスが会計を済ませると三人はすぐに店を出た。客足が多くなり、外にも数人並んでいる。すっかり日も暮れ、春先特有の夜風が三人を包んだ。
「おいしかったね。ごちそうさま、オーレリウス。今度は私たちにごちそうさせてね。」
「いえ、気にしないでください。ぜひ次はフェルンヴ様も誘って差し上げてください。」
ソルナとユールが感謝を告げるとオーレリウスは目を伏せる。二人はもちろん、と意気込み帰路を急いだ。そして宿につくとオーレリウスは主人に何かを話し二人のもとに戻ってくる。
「二、三日は自分もここに滞在するので何かあれば一階までお越し下さい。」
二人はオーレリウスへ改めて今日の感謝をし部屋の鍵を受け取る。
「おやすみ、オーレリウス。」
「おやすみなさい。」
「はい、疲れもあるでしょうから早めにお休みください。良い夢を。」
三人は夜のあいさつを交わし、それぞれの部屋へ向かう。きっと今日はよく眠れるだろう、そんなことを考えながら二人は部屋のドアを開けた。
人物紹介
アヴァ:エトランゼ・テオクラティア支部のコンシェルジュ兼事務 最近お客様対応の楽しさに目覚めた
エヴ:アヴァと同じくコンシェルジュ兼事務 予定のない長期休暇が欲しい