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双星の子守り歌  作者: 宇佐美ましろ
The Opening Act:Theokratia
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Op.9

 


 馬車は城門の前まで来ると、一度その走りを止める。門前にいた門兵は御者席に座るオーレリウスと二、三ほど言葉を交わし馬車を軽く確認すると一礼し、ユールとソルナたちは無事テオクラティアの城門を超えることができた。今までに走ってきた道とは違い、規則正しく舗装された白い石畳の道をゆっくりと進み始めた。街には民家や商店が立ち並び、人々は活気だっている。そんな街の様子に対し、ユールとソルナは目を輝かせながら胸をときめかせていた。



「ここはテオクラティアの首都、エテルノス。皇帝陛下の直轄領地でエピュフォニアでも有数の巨大都市って言われてる。施設もそろってるし、しばらくはここで過ごすのがいいんじゃないかな?他の領地で求めはしないけど。」



 フェルンヴは車内から淡々と街の説明をする。しばらく街の中をゆっくりと走っていたが噴水のある大きな広場まで来たところで馬車が止まり、外からはオーレリウスが控えめにドアをノックする音が聞こえた。フェルンヴが内側からドアを開けるとオーレリウスは軽く一礼をした。



「ここから先は歩いて行かれる方がよいかと。ユール殿とソルナ殿もご準備をお願いします。」



 短くそう告げると、オーレリウスは馬車の移動を始めるため再び御者席へと戻った。三人はすぐに馬車を降りて、広場のはずれの方に馬車を止めているオーレリウスが帰ってくるのを待った。しばらくして、オーレリウスも歩いて三人の元へ帰ってくる。オーレリウスが横に控えると、行こうかといい石畳の上を歩き始めた。ユールとソルナは先ほど馬車に乗っていた時よりもさらに近くに感じられる街のにぎやかさに視線を奪われていた。




「ねえ、フェルンヴ?なんだかみんな準備をしているように見えるけどお祭りでもやるの?」




 街を歩きながらソルナは問いかける。街の人々はみな何かを話し合い、あるいは慌ただしそうに外壁の掃除や家を飾り付けてどこか浮足だっていた。



「うん、もうすぐテオクラティアの建国祭があるんだ。ちょうど一か月後に迫ってるからそろそろみんな本格的に準備を始めてるんだろうね。」



 街は色とりどりの花々やペナントで飾られ春の訪れを視覚から訴え変えてくる。ペナントには見慣れない紋章が描かれ、それぞれ異なる色の五つでひとつながりかの様に連なり風にはためいている。前を歩くフェルンヴは街の様子を一瞥しながらソルナに答え、それに続くかのようにオーレリウスが口を開く。



「建国祭はこの国で最も力を入れる催事です。毎年、この春の初めに一週間程度行われる祭りでテオクラティアの全土で建国に関する装飾を施すのが特徴です。」



 オーレリウスは事務的に淡々と説明を続ける。



 テオクラティアにおける建国祭は前夜祭、本祭、後夜祭と三部に分かれて行われ、祭りの期間、街にはいつも以上に露天商が立ち並び、外国からも商人たちが来るという。本祭では一日ずつかけて四つの神殿と皇宮で、それぞれを統括する首席神官により祭事が行われる。そして建国祭のフィナーレである後夜祭では貴族、平民関係なくみな仮面をかぶり一夜限りの野外舞踏会が開催されるらしい。



「テオクラティアでは皇城に属する皇室神殿を中心として東西南北にそれぞれ神殿が立っています。それぞれの神殿には通常の神官とそれを統括する首席神官の方々がいらっしゃり、東から順番に、ヘシオドス様、アイソーポス様、テオミュトス様、ルートヴィヒ様、以上四名が今世の首席神官に坐する皆さまです。本祭では北から始まり、西、東、南と続き最後は四名の神官様たちが皇室神殿にて祭事を執り行い幕を閉じます。」



「…ん、ついたんじゃない?」



 オーレリウスの説明を聞きながらしばらく歩いていた時、二人を先導していたフェルンヴが足を止める。フェルンヴが指をさした先には木面が暖かな印象を与える宿があった。そこも建国祭の準備をしていたのであろうか、屋根の先端には色とりどりの装飾が施され、入り口の花壇には暖色を中心とした花々が咲き誇っており、控えめながらにもしっかりと祭りの期待を膨らませているのが見て取れた。



 フェルンヴはそのまま宿へ入ると、主人と何かを話し込んだがすぐに外で待つ三人の元に戻ってきた。そしてオーレリウスに耳打ちをした後、ユールとソルナに短く告げる。




「しばらくはここの宿で過ごしな。オーナーも快く了承してくれてるし、いつまででもいてくれて構わないってさ。」



「……え、ほんと!?聞いた、ユール?もう屋根のない自然の中で野宿しなくていいんだよーっ!!」



 フェルンヴの言葉を聞き終わる前にソルナはユールへ抱き着く。この数日間、二人は隣に家族がいて寂しさはなかったもののやはり野宿は身体に堪えていた。ユールも嬉しそうにソルナを受け止めるが、その反面表情には不安が隠しきれていなかった。



「宿があるのはうれしいんだけどさ…俺たちお金なんて持ってないし。そもそもどうやってお金を稼げばいいのかだって…」



 ユールの発言に嬉しさが先んじていたソルナもはっと我に返る。





 現在の二人の持ち物は数日前にはあったパンさえもなくなり、今は腰に差している剣のみになってしまったのだ。宿へ泊るためにはもちろん対価として金が要る。どれだけこの宿の主が優しくとも、太古から不変の契約の原理は覆らないだろう。



 二人はその事実に気づいてしまい、先ほどの嬉しさから一変、まずは何とかして金の工面をしないといけないという焦燥感に駆られた。




「あー…お金ならしばらくの分はおれが払っておくから心配しなくてもいいよ。稼ぐ方法もちゃんとあるからそこまで心配しないで。詳しいことは後でオーレリウスに説明させるから。」



 様子を眺め、なんとなく二人の考えていることを察したフェルンヴが二人に声をかける。ユールとソルナはフェルンヴのその言葉に目を輝かせてほんと!?と叫ぶかのように声高々に発すると、その勢いでそれぞれフェルンヴの左右の手をつかみそのまま抱き着いた。



 予想もしなかった二人の行動にフェルンヴは反応が遅れ、オーレリウスが支えようと手を出そうとするのもむなしく、そのまま双子の勢いに耐えきれず尻もちをついた。ユールとソルナはフェルンヴの申し出に一瞬申し訳なさが芽吹いたものの、今はそんなことを気にしていられる状況でないと開き直り、返済は後々考えようと素直にその申し訳を喜んだ。



 フェルンヴは地面に強くぶちつけて痛む臀部にさすりながらも、自分の胸の中で無邪気に喜ぶ二人を見て小さく口角を上げる。




 フェルンヴは二人を立たせるとその手を取ったまま宿の中へとエスコートする。扉をくぐると宿は外観と違わず、暖かな木目調の壁に囲まれ外よりもゆったりとした時間が流れているように感じた。扉のすぐ横のカウンターでは主人であろう腰の曲がった老紳士が何か書き物をしている。



「部屋は二階の角部屋。いつでも入れるって。」



 もう入る?と尋ねるフェルンヴに二人はもう少し街の様子を見て回りたい、との旨を告げる。二人の意見を聞くとフェルンヴは主人に一言告げ、ユールとソルナとともに宿を出る。



「じゃあ、おれはここでお別れ。ほんとはちゃんと案内したかったんだけど、急用ができちゃってさ。後のことはオーレリウスに任せるから。」



 宿を出るとフェルンヴは二人の方を振り向きそう告げる。横に付き従っていたオーレリウスも彼の言葉に続き、二人に軽く頭を下げる。




「フェルンヴ、本当に何から何までありがとう。」

「とっても助かったよ。でも、もう会えないの…?」



 二人は彼の手を取りながら思い思いの言葉でフェルンヴに感謝を告げる。ソルナは名残惜しそうにフェルンヴの指先を握りながらうつむく。ユールはソルナに対してあんまりわがまま言っちゃだめだろう、と窘める。しかし、そういうユールもどこはかとなく寂しそうに見えた。




「…しばらくは会えないかもだけど、約束するよ。必ず、また二人に会いに行くよ。」




 そういうとフェルンヴは二人の前に膝をつき胸に手を当てた。慌てる二人を気にもせず、双子を見上げる瞳は太陽の光を受けて鮮やかに輝いている。



「この天地に誓う。おれは何があってもユールとソルナの味方でいるから、君たちは何も恐れずに進めばいい。このエピュフォニアでの旅の中で君たちが何を知り、見つけようとも運命は必ず君たちのそばにいる。忘れないで、君たちもまた祝福されて生まれた者たちだよ。」



 そう言い切ると腰をあげ二人に向き合った。オーロラと金色の瞳には確かな温かさが滲んでいる。


 どうしてここまで君は自分たちによくしてくれるのか。そもそも今の言葉は何だったのか。様々なことが頭に浮かび言葉を詰まらせている間にフェルンヴは二人に背を向けようとする。




「フェルンヴ…」




「それじゃあまたね。君たちに運命のご加護があらんことを。」




 最後にそう告げ、フェルンヴは街のさらに奥に足を進めようとしたその時、何かを思い出したかのように付け足す。




「そうだ、この街で何か困ったことになったら彼を探すといいよ。彼ならきっと君の力になってくれるはずだから。名前は______。」




 それだけ言うとフェルンヴは今度こそ街の人ごみに身を隠していった。その後ろ姿を見送った双子とオーレリウスは彼の姿が見えなくなると自分たちも街中を歩き始める。人々は楽しそうに笑いあい、商人の明快な言葉が飛びかう。




「本当ににぎやかな都市なんだね。」

「はい、エテルノスは皇帝陛下直轄の領地ですのでこの国でも最も人の往来が盛んです。現在は祭事の準備もありますから、自分から見ても平時よりもさらに賑やかに感じられます。」




 街の様子に興味津々なソルナの言葉にオーレリウスは街を見渡たす。人々は外壁を花で埋め、子どもたちもその手伝いをする、そんなほほえましい光景があふれていた。



「オーレリウスはいつもこの街にいるわけじゃないの?てっきりここの住民かと思っていたよ。」



 ユールの素朴な疑問にオーレリウスは小さく首を横に振る。



「いえ、普段は北部にいることが多いですね。フェルンヴ様が北部に住まわれておりますので。」

「そうなんだね、フェルンヴに仕えてるって感じなのかな。…ということはフェルンヴほこの国の貴族だったの!?」

「ええ、そう認識していただければ幸いです。自分は現在の所属こそ宮廷の騎士団ですがもともとはフェルンヴ様の従者ですので。」




 ユールとソルナはフェルンヴの事実に驚愕するも、今までの行動や宿での出来事を思い返し納得する。確かに身なりもしっかりとしており、赤の他人のしばらくの滞在費用をポンと出すのはそれなりの財力を持ったものでないとできない。



 二人は心の中で改めてフェルンヴに感謝した。いきなり黙りこくった二人にオーレリウスは戸惑い、声をかけようと思うが、元来の口数の少なさから何も言えずそのまま足を進めることしかできなかった。三人はそのまま他愛のない話をしながら歩くこと数分、目の前には大きな建物が見えてきた。



「オーレリウス、目の前のあれって…」

「はい、あれが一つ目の目的地です。」



 白壁は汚れひとつなく、エントランスの柱には青々とした蔦とそれを彩るかのように大小さまざまな花が寄り添っている。



「ここはテオクラティアの宮廷文殿です。テオクラティアの文献だけでなくエピュフォニア全土の者が集まっておりますので、お二人はまだ知りたいこともあるかと思いこちらに案内させていただきました。」



 そう話しながらオーレリウスはその重厚な扉を開ける。中は想像以上に広く、吹き抜けとなっている天井はステンドグラスがはめられ大理石の床を爛々と輝かせている。



 オーレリウスは懐から懐中時計を取り出し、近くにいたユールへそれを手渡す。



「それでは()()()……いえ、二時間後またこの場所で待ち合せましょう。この時計はぜひ自分からの贈り物として受け取ってください。」



 それだけ言うとオーレリウスはその黒いローブの裾を翻し、来た道を戻る。手渡された時計は年季が入っているものの丁寧に手入れされていることが一目見てわかるほど美しく、正確な時間を刻んでいた。



 ユールとソルナは手短に話し合い、時計はユールが持っておくことにしまずは一階の書架から見ていくこと決めた。自分たちの探す書物があるかどうかはわからないが、それ以外にもこの世界について書かれている本は手当たり次第手に取っていくつもりであった。二人はそれぞれ気になる本を手にとってはパラパラとめくる。たまに気になる記述を見つけては片割れを引き寄せ、ともに考える。幸いにも二人以外には来客はいなく、司書たちも午後の日差しを感じながら各々の仕事をしており、ユールとソルナの小声に目を向ける者はいない。



 読んでは戻してということを繰り返しながら懐中時計の針が一周したころ、二人はさらに奥の書架も見ようと考え足をのばしていた。この階では奥に行くほど古い書物が並んでいるようで、馬車の中でのフェルンヴの話も併せて歴史について知りたいと思った二人は必然的に文殿の最奥へと進む。



 奥へと歩みを進める二人はユールが先を行っている。一度このあたりで足を止めようか、そんなことを考えて一瞬気がそれたユールは、次の瞬間気がついたら衝撃とともに横へ吹っ飛んだ。目の前でユールが飛んでいく光景をしっかりと見届けたソルナはあまりにも突然の出来事に、反応が遅れるもののすぐにユールへと駆け寄る。



「!っちょっと、ユール大丈夫?!」

「う、うん。ちょっとしりもち着いたくらいだよ。」



 ユールはソルナの手を借り身体を起こし、さっと汚れを払う。それと同時に、正面で同じようにしりもちをついていた衝撃の原因のいたた、と小さくぼやきながら立ち上がっていた。



「いやぁ、ごねんね。まさかこんな奥に人が来てるなんて思ってなくてさ。痛いところはないかな?」



 その人物はユールとソルナの元へ近づき手を伸ばす。二人が顔を見ようと見上げると、そこには笑顔を浮かべる青年の姿があった。薄い浅葱色の髪は軽やかに揺れ、海を模したような深い蒼の瞳に一瞬落ち着いた印象を見るが、その屈託のない笑みからは穏やかさが感じられた。



「はじめまして、ボクはアイソーポス。この国の神官なんだけど今は訳合ってお休み中。これも何かの縁ってことで仲良くしてよ。」



 アイソーポスと名乗った青年は、再び二人に向かって手を差し出す。そしてそのまま手をつかむと大きく上下に振りよろしくね、と楽しそうに笑っている。手を振られている間、二人はアイソーポスという名前と先ほどのフェルンヴの言葉が頭の中で駆け抜けていった。




『彼ならきっと君の力になってくれるはずだから。名前は______。』




「…アイソーポス。」

「うん、そうだよ!いやぁ、ボクからぶつかっちゃったし仲良くなれなかったらどうしようか考えてたけど杞憂だったみたいだね。」



 うれしいなぁ、友達なんて久方ぶりだよと嬉しそうにしているアイソーポスを見ながら二人は同じことを考えていた。先ほどのフェルンヴの言葉を信じるならば自分たちの旅の助けになるであろう人物、アイソーポス。二人はこの偶然の出会いに期待を覚えることしかできなかった。




「ああ、ごめんね君たちの名前を聞いてなかったね。ねえねえ、君たちの名前も教えて。」



 ユールとソルナは笑みを返しながら何のためらいもなく名前を告げた。



テオクラティア:皇帝と神官によって治められる神国。中央に位置する皇族直轄領とおおきくわけて東西南北で神殿を中心とした四つの領地に分かれている。

首都:エテルノス

皇族による直轄領であり子の国で最も栄えている都市。

南部:フェルヴェンス

神官テオミュトスが管轄する領地。耕作が盛んな都市で穏やかな風土。

北部:セレニス

神官ルートヴィヒが管轄する領地。テオクラティアの中でも年間を通して涼しいため休養の都市として人気。

西部:オーリファ

神官アイソーポスが管轄する領地。南部とは違い牧羊が盛ん。情熱的な風土。

東部:イグニシア

神官ヘシオドスが管轄する領地。工芸、とくに鉱石の加工が盛ん。少し閉鎖的な風土。


人物紹介

アイソーポス:テオクラティアの第位二首席神官。薄い浅葱色の髪に深蒼の瞳を持つ青年。23∼5歳くらい。創造主としては古参にあたる。

小噺

身長は173~76㎝のイメージ、顔タイプは救国顔が近いです。人好きする顔。

かなり自由人なので侍従たちはいつも苦労しています。なので西の神殿の人は声が大きいし叫びなれてます。







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