7.日本人なのに日本語理解できない人ってたまにいるよね
結良と別れた裕田と佳奈は、3階に上り、自分たちの教室に入った。
「おはよー」
「あ、佳奈、おはー、聞いてよ昨日さー」
途端にクラスメイトの女子達の会話に巻き込まれる佳奈を尻目に、少年は自身の席、窓際の3番目の席に座る。そのまま、鞄を置き頬杖をついてぼーっと窓からの景色を眺める。背後には、昨日見た動画の感想や、宿題の教えを乞う声、放課後の予定を立てる声といったクラスメイトの雑談が変わらず繰り広げられていた。
「いや別にボッチなわけではないんだぞ、本当だぞ、そう強がるものの、心は涙に明け暮れている裕田少年であった」
「勝手にモノローグを付け足すな」
背後からの声に振り替えることなく、少年は応える。
声をかけてきたのは少年の友人かつクラスメイト、澤木英也。
着崩した制服と、金髪とピアスといった、典型的なチャラい男だったが、それ以上に目を引くのは頭についている狐耳。
少年を揶揄って楽しんでいるのか、狐耳が楽しそうに揺れる。少年のそっけない対応も気にしないで、前の席に腰かける。
「相変わらず人気だね、佳奈様は」
「それは本当に相変わらずなことを言うな」
今更何を、と言外に告げる。
「いや、あれだけ人気だと、婚約者の僕の鼻も高いなと思ってね」
「事実を捏造するな。昔お前が、一方的に告白しただけだろ」
「でも、友達が片手で数えるほどしかいない君と、あちこちに顔が利く僕とだったら、確実に僕の方が相応しいと思わないかい?」
「俺とお前で婚約者争いしたこともないし、誰が相応しいかは相手方が決めることだろ、それに、顔が利くのはお前というより、お前の家だろ」
英也の家はこの町の古刹であり、英也はの跡継ぎに当たる。それ故に、小さいころからあちこちの町の会合にも出ていたたおり、顔が利くというのは事実だった。
「僕も家の一員なのだから、何も間違ったことは言っていないさ。それに何よりも僕と佳奈様は君よりもずうっと前から知り合いなんだよ、君とは歴が違うのだよ、れ、き、が」
「…飽きないな、お前も、その話題何回目だよ」
「548回目だね!そんなことも覚えていないなんて、どうやら君の極小の海馬は何の機能もないようだね」
「たまにお前と友達やれている自分が凄いと思う時があるよ」
うんざりした顔で英也を見るが、表情は変わらずニヤニヤと、耳はピンとたっており、英也のご機嫌を表していた。
英也が小さいころから参加していた会合の場には、帋草神社の人間も参加しており、当然、佳奈・結良も参加していた。そこで佳奈に一目ぼれし、今に至る。
少年に対しては基本的にはフレンドリーなのだが、佳奈の話題に限っては、ライバルという扱いになっているのか、事あるごとに煽り散らしてくる。
だが、少年はそれに対して乗ずることはなく、今回の様に適当に流すのが常だった。
何回もされて面倒くさくなったというのもあるが、それ以上に、英也が抱えている事情を知っているため、わざわざ真剣に取り合わなくとも、と思っているのだった。
丁度、その事情となる人物が教室に入ってくるのが見えたので、こっちへ来るように視線で伝える。九段の人物も意味を組んでくれたのか、少年たちの方へ向かってくる。
しかし、英也はそんなことに気付かず、変わらず調子のいい態度に少年にマウンティングを図る。
「まぁ、君が佳奈様から手を引くというのであれば、僕としても友人関係を続けていってあげることもやぶさかではない所存だね」
「言い回しがなげぇよ、政治家か」
「あぁ、佳奈様、願わくば、この男に神罰を、そして私めに――」
「私めに、何ですか?」
「ぴッ!?」
英也の全身の毛が逆立ち、硬直する。そこから首をギギギッと首を90度曲げると、英也からすれば、最も恐れている相手が青筋を立てながら佇んでいた。硬直した体勢のまま、英也は目の前に相手の名前を呼ぶ。
「さ、小百合さん」
「英也さん」
「は、はい、何でしょう」
「以前から何回も、浮気はダメと、言っているでしょう?」
「いえ、佳奈様に対する思いは――」
「佳奈様?」
「いいえ、佳奈、さんです、申し訳ありません」
「全く、本当に自覚あるのですか?あなたは――私の婚約者なのですよ」
そう、先ほどから佳奈様だの、自分が婚約者だの宣っていたこの男、実は既に目の前にいるクラスメイト、若葉小百合と婚約している身なのだ。
婚約者がいる身にも関わらず、別の女性との婚約願望を口にする異常者、それがこのクラスでの澤木英也の認識だった。