4.漫画でよくみるかっこいいキメ台詞って、どのタイミングで思いついてんだろう
「わ、分かったよ、写真は消すから、、、ほら、」
同情したのか恐れたのかは分からないが、男は写真を削除することに同意した。少年に背を向けると、カメラをごそごそと操作する。
その後、またこちらを向き直ると、証拠を見せるかのようにカメラのモニターを見せつけた。
少年が目を向けると、そこには確かに「削除が完了しました」という文字画面が表示されていた。
しかし、少年は変わらず疑わしい視線を男に向ける。
「いや、この画面だけじゃ、どれを消したか分からないじゃないですか、もしかしたら他を消したかもしれないですし、」
「そ、そういわれても、、じゃあどうすれば、、」
「ちょっと拝借しますよ、それ」
「あぁ、何をするんだよ!」
そう言うと、少年は男からカメラを取り上げた。慌てた男が少年に詰め寄り取り返そうとてくるが、軽くいなす。
「か、返してくれよ、それに、そのカメラ高いんだからもっと丁重に」
「どの口が言ってんですか、それに、貴方がこっちに突っかからなければ確認だけしてすぐ返しますよ」
しつこく伸ばしてくる手を、少年は体をひねって躱していく。躱しながら、カメラのアルバムを1つ1つ確認していく。
全ての確認を終えた時には、男はここまで逃げてきたときと同じように、息も絶え絶えになっていた。ぜぇぜぇと息を吐く男に対して、息一つ乱していない少年は、カメラを差し出した。
「ほら、確認終わりましたよ、確かに写真は消したようですね」
「はぁ、はぁ、、だから、、言っただろう、、消したって」
「消すとは言われましたが、消したとは言われていないですね」
「あ、揚げ足取るような人は、、はぁ、はぁ、モ、モテないよ」
「どの口が言ってんですか、、まぁいいです、今後はちゃんと許可取ってから、お願いしますね。それじゃ、俺学校あるんで」
「あぁ、、き、気を付けるよ」
男がカメラを受け取り、大事そうに仕舞ったことを確認した、少年は踵を返して、通学路の方へ歩いていった。
やがて少年の姿が見えなくなったのを確認すると、男はその場にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ、、ま、参ったな、ははは」
そして、顔を俯かせ、肩を震わせ始めた。
決して、恐怖が遅れてやってきたわけではない。
危機を乗り越えたことによる、喜びだった。
「はははははははっ、いやぁ本当に参ったよ、こんなに上手くいくなんて」
悦に浸る男は左ポケットに入っていたスマホを取り出すと、何度かタップして、画像を表示させる。
それは、先ほど男が消したと宣言し、少年が消したことを確認したはずの姉妹の写真だった。
「いやーさすが高校生、クラウドなんて概念知りもしねーんだそうな」
実は、男が持っているカメラはネットにも接続できるようになっており、ネットを通じて写真を登録したクラウドストレージにアップロードできる機能があった。
男は写真を消去する前に、クラウドに件の写真をあげておき、アップロードが完了したのを確認してから、カメラに保存されていたデータを消去したのだった。
男の体を支配するのは、危機を乗り越えた安堵、咄嗟の機転を利かせた自身への賛美、そしてまんまと騙された少年への侮蔑だった。
「は、やっぱり所詮ガキだな、この発想も思い至らないなんて、無知、浅はか、低能、大人を舐めんのも大概にしろってんだ」
散々少年に対する悪態をつき、スッキリすると、今度こそ男は安心したように姉妹の画像を眺める。この後に広がる理想の展開を妄想しながら、
「これをあの掲示板に挙げれば、瞬く間に俺は英雄だな。いや折角だし、死守したエピソードも披露しよう。誰もが俺のことを称賛するに違いない、それはきっとあの姉妹もだ。こんなにキレイに撮ってくれたんだ、ってな」
一人ブツブツと呟きながらニヤニヤする男。
「そう思えば、やはり高い金を出した甲斐があったな、クラウド転送機能がなければ、俺もどうなっていたことやら、、うん、つくづくファインプレーだな。あの時の自分を褒めてやりたい」
「まぁ確かにそうっすねー。それにしてもクラウドですか、カメラから直接送れるなんてなんとも便利な世の中ですねー」
「そうだね、まさに情報を知るもの、知恵が回る人間こそがこの世界の勝者になるんだよ、たかが高校生ごときがイキんなよって話だ」
「あはは、確かにこれは耳が痛い」
「何言ってんだよ、さっきのイキリ高校生じゃあるまい、し、、、」
先ほどと同じく、背後から独り言に割り込む声。それはさっきまで男を追い詰めていた声に酷く似ていた。始めて声をかけられた時の数倍の時間を使って振り返る。
そこにはさっき通学路に消えたはずの少年の姿がいた。先ほどと変わらず、笑顔を見せながら。
しかし、その笑顔は表向きのみで、裏側には怒りが渦巻いていることが見て取れた。
男は脳の理解が追い付いていないのか、多少引き攣った顔をしつつも、これが現実かどうか
「あ、あれ、さっき、あっちに行ったはずじゃ」
「まぁ、それはそれ、これはこれ、という感じですよ。細かいこと気にしてたらハゲますよ」
「ち、ちなみにいつぐらいから」
「何でしたっけ、『はぁ、はぁ、、ま、参ったな、』ぐらいからですかね」
「―――――」
男は声にならない悲鳴を上げる。最初から聞かれていたことに恐怖を覚え、なぜ去ったはずの少年が聞こえるはずのない独り言を知っているのか、疑問に感じることすらできなかった。
何とかしてこの場を凌がなくては、その思いだけが先行し、思考も発想も何もかもが停止していた。
そんな、男の要素など気にする素振りも見せず、少年は男に一歩ずつ歩み寄っていく。
「いやはや、イキんなだの、ガキだの、低能だの、好き勝手行ってくれやがりますねぇ」
「あ、いやそれは、ち、違、」
少年が一歩進むたびに、男は一歩下がる。しかし、ここは狭い路地裏、すぐに男は壁際まで追い詰められた。それでも、少年の様子は変わらない、淡々と男に話しかける。
「そんな否定しなくとも、実際クラウドを思い至らなかったのは私の落ち度でしたしね、全く。でも、これでまた一つ勉強になりましたよ、ぜひぜひ勉強代を払わせてくださいよ」
「よ、よしてくれよ、」
「いやいや―遠慮なさらずに、ほら」
「あ、あははは、やだなー冗談d――」
「笑ってんじゃねぇぞ、クソ野郎が」
「ガッ!?」
この期に及んで誤魔化そうとした男に我慢できなくなった高井は男の頬を一思いに殴った。
勢いで倒れこむ男をよそに、男の手を離れ空中に舞ったスマホをキャッチすると、保存されていたデータを消去する。ストレージのゴミ箱からも消去。他にも盗撮したと思われるような画像がいくつもあったので面倒くさくなりアカウント事まとめて消去。
雑なタップで操作を完了すると、伸びている男に向けて、スマホを放り投げた。
モノに当たってしまった、壊れたらどうしようと、投げた一瞬は焦った少年だったが、スマホは、放物線を描き、ディスプレイ面が男のお腹に当たり、軽く跳ね、そのまま着地した。
多分、あの様子だと壊れることはないだろうと内心ほっとした少年は、男を放置し、今度こそ本当にこの場を去っていった。
通学路に出ると、少年は自身のスマホを取り出し、電話をかける。
こういうときの、何時もの定例報告だった。
「やぁ、裕田君、終わったようだね」
「はい、いつも通り、写真を消して終わらせましたよ、帋草さん」
電話口の相手は帋草大志、佳奈と結良の父親だった。
2人が協力して盗撮犯に対処するのは今回が初めてではない。2人は姉妹が盗撮被害にあうたびに、今回の様に人知れず盗撮犯に対処する活動をしていたのだった。
姉妹に秘密にしているのは、荒事になってしまう場合もあり、知られたくないこと。今回の男の様な、身勝手な言動を知ってしまったら、盗撮された時点で傷つくというのに、より深い傷をつける事になりかねないと危惧したこと。そういったことから、男側だけで対処していくことが、暗黙的に成立していた。
「お疲れ様だね、裕田君、いつもすまないね」
「いえ、別に、お礼を言われるほどのことでは」
「もうそろそろ娘たちも着替え終わると思うから、戻ってきた方がいいと思うよ」
「了解です、すぐに戻ります」
だからこそ、電話口でのやりとりも半ば定型化してきていた。いつものねぎらいに、いつもの謙遜。二人のやり取りはいつもこの調子で終わることが多かった。
しかし、今日はそれだけでは終わらなかった。
「裕田君、それとね」
「はい、」
もしかして、別の事件があったのではないか、そう感じた少年は意識をスマホからの音声に集中させる。しかし、大志が口にしたのは全く別の事だった。
「さっき盗撮の人に、勉強代払わせろって啖呵きってたけどさ」
「はぁ、それが何か」
「傍目から聞いてて意味わかんなかったよ、あれ」
「・・・それ言う必要あります?」
「いや聞いてて、あぁなんか恰好いいこと言いたかったんだけど、全然思いつかなかったんだろうなぁ、ってひしひしと感じたからさ」
「それ言う必要あります!?」
「総じて、クソだせぇなって」
「ねぇ本当言わないでもらっていいですかっ⁉」
人の言葉は凶器になるという事を、少年はこの日初めて実感した。それも幼馴染の父親から。