1. なんてことはない日常
「それじゃ、いってきます」
いってらっしゃーい、という両親の声を背に、少年は家を出た。
時刻は7時30分、少年の通う高校は家から歩いて15分ほどである事を考慮すると、少々家を出るには早い時間。しかし少年は毎日、この時刻に家を出ることにしていた。
家を出て数分、青々とした稲穂を風で揺れる様を尻目に緩いカーブとなっている通学路をだらだらと歩く。
「んー、、やっぱ眠い、、」
欠伸をかみ殺し、歩きながら伸びをする。その拍子に蹴ってしまった小石が2,3度跳ねた後、カンッとバスの停留所の側面にあたり、用水路へ落ちていく。
停留所の側面には、何年か前の選挙候補者のポスターが剝がされもせず、色あせたまま張られていた。
以前に剥がさないのか、役所の人間に聞いてみたのだが、「まぁ、別にいいっしょ」と軽く一言で流されてしまっていた。
そんなんでいいのかとも思いつつ、そんなのんびりしたこの街の空気を、少年は気に入っていた。
やがてカーブを間切りきると、少年は進路右に変えた。
本来はこのまま進めば、高校までは一直線。本来は不要なルート。だが、少年にとってはこれは日課であり、朝早く出る理由になっていた。
曲がった先に見えているのは、生い茂る木々の中に設けられた、石造りの鳥居。その奥にずらっと続く石段。厳かな雰囲気を醸し出すそこは、地元の名所として親しまれている神社になっていた。
少年はそんな雰囲気を気にすることもなく進み、淡々と石段を登る。
通い始めの頃はうんざりしていたこの階段も、慣れると特に何も思わなくなってしまった。
階段を上りながら、慣れというものは恐ろしいものだと思うと同時に、今から会う人物のことに思いを馳せる。
少年が暮らしているのは、長野県のとある田舎町。といっても絶対的な田舎というわけではなく、地方都市の人間が田舎と聞いて想像する程度の町。それ故に、大した名物もなく、見どころもない。町の外の人間に町の長所を聞かれれば、皆数秒考えた後に、みんな優しい、という何も思いつかないときに出るような答えが出る町だった。
しかし、今、日本でこの町の存在を知らない者はいない。それどころか、世界中でこの町の名前は知れ渡っている。その理由はいくつかあるが、最大の理由の一つになっているのが、今から少年が会おうとしている2人だった。
少し息を切らしながら階段を上りきると、広い境内が少年の視界に映る。目的の人物はその左端、社務所の手前にいた。
どうやら丁度朝の掃除を終えるところだったらしい。2人とも見込服に身を包み、1人は箒をしまおうと、もう1人はまとめたごみ袋を持ち上げようとしていた。
息を少し整えて、いつもの声量で少年は2人に声をかける。おおよそ距離は20メートルほど、普通であれば、声が届かない距離。しかし、問題ないことを少年は知っていた。
「おはよう、佳奈、結良」
「あー、おはよう、ゆーくん」
「ん、おはよ、ゆう」
しっかりと少年の声を聞き取り、振り向いた二人は挨拶を少年と交わす。
少し間延びした挨拶をした少女は笑顔で。平坦な口調で返した少女は、特に表情を変えることなく。
振舞いこそ差があれど、どちらも可憐という言葉がふさわしい見た目だった。
だが、それ以上に特異なのは二人の頭の部分にあった。
「もー、私たちだからその声でも気づくけど、もっと近くに来て挨拶しようよー」
「別に聞こえるんだからいいだろ」
「そういう問題じゃないよー、近くで顔を見たいって話だよー」
「そう、常識の話」
「それはどこの常識なんだ」
「・・・猫耳巫女界隈?」
「なんで疑問形なんだよ、そしてその界隈なら俺が知るわけないだろ」
2人の少女の頭に生えているのは立派な猫耳。
猫耳美少女が巫女を務める町、この町を世界中から有名にしている所以だった。