聖女と間違って召喚された社畜リーマンが異世界の王女に口説き落とされるまで。
これは「幼馴染を愛している王子様、聖女を娶るべしという伝統に苦しむが、召喚した聖女がおっさんだった件」の続編でございます。
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聖女の叡智によって発展したワルヴァラ王国は500年に一度、異世界から少女を召喚するという慣習がある。王の伴侶に迎え、その叡智でもって国を導くのだ。
そして、その慣習にギリギリと歯を鳴らしている女がいた。王の妃になりたい女……ではなく、異世界マニアの王女、アマーリエだ。
「私が男なら聖女様と結婚できるのに!!」
それがアマーリエの口癖である。
容姿端麗、才色兼備。大学を首席で卒業して国家事業でもある異世界研究所の所長を務める彼女はまさに才女中の才女だった。
美しく、またずば抜けた才能を持つ彼女に有力貴族や他国の王族が男性が結婚を申し込んだが、アマーリエは一度も首を縦に振ることはなかった。
「アマーリエ。そろそろ身を固めないか」
王であり兄のカリマが妹の行く末を案じて尋ねる。アマーリアは研究所の所長として寝る間を惜しんで働いていた。
「いいえ兄上。私は一生をこの研究施設に捧げます。研究所の重要性は兄上もご存じでしょう?」
そう言われればカリマは何も言えない。
ワルヴァラは聖女の叡智で生きる国であるが、その叡智を生かして使えるようにしなければ宝の持ち腐れだ。何がどこに使えるか、これをどうしたら実現できるかを調査し、分析して国に役立てる。ワルヴァラになくてはならない施設で、その第一人者がアマーリエなのだ。
彼女の一日は多忙の一言に尽きる。
日が昇る前に起きて身支度して研究所に向かう。毎日届くたくさんの書類を読みこんで優先度を決めて作業に取り掛かる。部下の育成に新規案件の開発計画、必要があれば国の端まで赴いてトラブルの解決に当たる。最近では治水のための『ダム』建設が彼女の悩みの種だ。
食事は報告書を読みながら済まし、宮殿に戻っても頭をフル回転させて明日の予定や今日あった案件の整理に当たる。真夜中過ぎにようやく就寝するが、酷い時は食事抜きで宮殿の私室に帰らず研究所で寝泊まりする。
それが王女アマーリエだった。
「聖女様の知識は魔法だわ。壊血病や脚気、ペラグラ症を治して海の恐怖を取り除いて下さったのだもの」
聖女はアマーリエにとってヒーローなのだ。そしてその憧れは永遠に届かないものだと分かっていたアマーリエは、研究に生涯をささげることで少しでも聖女に近づこうと思ったのだった。
■
日本の社畜リーマン相田武夫は激務だ。そこそこなんでもできるゆえになんでも任されてしまった彼は、24時間体制で仕事をしているといっても過言ではない。休日出勤で連休がぶっ飛ぶのは日常茶飯事、会社どころか公園のベンチで夜を明かしたこともあった。
労働基準法は管理職には関係ない。ちなみに時間外手当もつかない。
有給休暇は取れるがそんなヒマはないし、休みが取れても必要な資格試験の勉強などで潰れる。
そしてそんな彼のささやかな楽しみが異世界召喚物の小説だった。例えばカップラーメンの湯を沸かしている間、レトルトパウチを湯煎している間にチマチマ読むのだ。
「異世界でゆっくりと過ごせたらなあ……」
そんな彼のつぶやきを神は……拾わなかった。
ただ、相田武夫がトラックにひかれそうな女子高生を助けたことにより、女子高生を召喚するための魔方陣に相田武夫が入ってしまって結果的に武夫の望みは叶ったのだった。
■
ワルヴァラ国の召喚の儀式で相田武夫が召喚されたとき、大聖堂内は皆がびっくりした。しかし、嫌がるものは誰一人といなかった。
「大司教、聖女が男性だった場合はどうなるんだ?」
「前例がございませんが……やはり、ここは王族の女性の伴侶になって頂き、末永くこの国を導いて頂きたいですな」
「王族の女性……つまり、私はキアイラと結婚できるんだな!!」
金髪碧眼のイケメンがぐっと拳を握る。
彼の名前はエルンスト。聖女の伴侶となるハズのカリマが事故でオオアリークイに襲われて亡くなっており、今は相思相愛の婚約者がいる末子の彼が聖女の伴侶として予定されていたからだ。
「キアイラ、もう離さないぞ!」
「エルンストさま。うれしゅうございますっ!!」
美男美女が涙を流しながらうれし泣きし、お付きの人々は拍手でそれを祝福する。
相田武夫がどうしていいかわからずに呆然としていたところに、アマーリエが近づいてきた。
「ワルヴァラへようこそ。聖女様……とはお呼びしない方がいいですわね。お名前をお聞きしても?」
「あ、はい。相田武夫と申します」
リーマンの習性で相田武夫は名刺を取り出してアマーリエに渡した。その瞬間、アマーリエに激震が走った。
「……手のひらサイズの紙に氏名と役職が書かれているのですか。これは……素晴らしいですわ。一目でわかりますし、持ち帰ってあとで管理もしやすいですわ」
仕事柄、たくさんの人と会うアマーリエにとって人の名前と顔を覚えるのは大変だ。あとから調べることもできるが時間が惜しい。
「相田武夫さま。よろしければもっと詳しく教えて頂けません? もっと知りたいのですの」
「え? あ、まあ俺で良ければ」
聖女の魔力も何もない自分でも優しくしてくれるのかと相田武夫はホっとした。
(さっき王族の女性と結婚とかいう話が聞こえてきたけど、俺みたいな凡人に需要ないだろうし聞き間違いだな)
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「まあ、文書にルールがあるのですか。たしかに、規格が統一されていましたら、どこに何があるのかすぐわかりますものね」
「むしろ今までなかったんですね……。さぞご苦労されたことでしょう。俺で良ければフォーマットを作りましょうか」
アマーリエの宮殿の一室に招かれた相田武夫はアマーリエの抱える問題を次々と解決していた。組織改革や部署の新設、法整備に至るまで相田武夫は惜しみなく今のワルヴァラに必要なものを教えた。
「今までの聖女様は美味しい食べ物やコルセットの要らない服飾、便利な器具などを広めて下さいましたが、こういった職務に関する叡智は初めて見聞きしますわ」
「俺の苦労がワルヴァラのためになるのなら今まで頑張ってきた甲斐があるというものです」
相田武夫ははにかみながら笑った。アマーリエはそれを見て微笑む。貴族の子弟と違うスマートさが好ましい。自然体でありながら、他者への敬意が常に感じられるのが心地よかった。
「ところで武夫様。元の場所に戻りたいと思われますか? 帰る方法は一つだけございます。今までの聖女様にもお聞きしている質問ですわ」
アマーリエの問いかけに相田武夫は目を丸くした。
「帰れるんですか!?」
「門を開けば帰ることができますわ。ただ、異世界の叡智を教えて頂いた後になりますので一年ほどお待ちいただきます。歴代の聖女様で故郷が恋しくなり戻られた方もございました」
「……うーん」
相田武夫は悩んだ。便利で洗練された日本は治安がいいしメシも美味いし医療は最高水準だ。ただ、相田武夫の家族は既になく、待つべき人もいない。
仕事に追われる毎日を思い出して相田武夫は笑った。
「あまり未練もないですしね。ワルヴァラが構わないのであれば、ここで骨を埋めようかなあと思います。就職と家の世話をしていただけるならの話ですが」
ハハっと照れくさそうに相田武夫は頭を掻く。アマーリエは自然と唇がほころんだ。
「では、私の伴侶になるのはいかがですか? 王女の配偶者ですもの、ただの貴族ではありませんわ。俸禄も破格のものお約束いたしましょう」
「え? えと……冗談ですよね?」
「おほほほ。こんなこと冗談で言いませんわ。私、結ばれるなら異世界の聖女様と小さいころから決めておりましたの」
「いえいえいえ!! 憧れは恋愛とは違います!! もっとよく考えて下さい!!! 俺はただの一般人ですよ!!」
相田武夫は大慌てで止める。
「小さいころからじっくり考えていましたわ」
「俺とあなたはさっき会ったばかりです!!」
「愛に時間は関係ありませんわ!! 一目見て好ましく思い、お話してその知識に感服し、一緒に居てその態度の謙虚さと思いやりの深さに恋に落ちました」
「早い早い早い!!!!! もっと考えましょう!! 計画的に!!」
「あらいくら考えても同じですわ。それに異世界の叡智を持つあなたが王女の伴侶になるのですよ? 国益になりますし、誰一人反対する者はおりませんわ」
いたとしても潰しますけれど……という言葉はきっと幻聴だ。
相田武夫は冷や汗を掻いた。
アマーリエは美人だ。スタイルがよくて王女様らしい気品もある。こんな美女に言い寄られて嫌なわけではないが、どうしてもウンと言えない。
「お、王女様っ!! 結婚なんかしなくても俺は協力しますし、ワルヴァラの発展に尽力しますよ。あなたは異世界の人間という言葉に憧れているだけです。頭を冷やして下さい」
勢いで結婚して好きになっちゃったらもう戻れない。怖いんだ。
「……わかりました。一度、引き下がります。そして毎日あなたに求婚しますわ」
「え?」
「私、いままで縁談が決まらなかったわけが分かりましたわ。真実の愛が待っていたからですもの。あなたが運命の人だと一目見てわかりました」
にこっとアマーリエは微笑む。
そして彼女の宣言通り、毎日忙しい合間を縫ってアマーリエは相田武夫に愛を告げた。徹夜で目の下にクマができていても、地方視察で移動の連続の後で疲弊していてもアマーリエは来た。
「相田武夫様の世界にも視察……『出張』はあるのでしたっけ。大変ですわよね」
「ええ本当に。あらかじめわかっているのならともかく、急な案件は困りますよね。特に部下の失敗で謝罪しに行かないといけないときは頭が痛いですね」
相田武夫はアマーリエの突撃に困惑していたが、彼女の苦労を知るとどうしても肩入れしたくなる。愚痴を聞いて励まし、閃いたことがあれば伝えた。
「まあ、そういった解決方法があるのですね!!」
「ええそうなんです。俺もさんざん苦労しましたからねえ」
相田武夫の一言でアマーリエの顔が明るくなる。それを見るたびに相田武夫も嬉しくなる。
好きか嫌いかで言えば好きだ。
ただ……どうしても勇気が出ない。
沈黙が二人の空間を支配した。
「……武夫様。私の来訪はご迷惑ですか?」
「そ、そんなことはありません!! アマーリエさんとのお話は楽しいですし。何か力になればと思います。ですが……俺はあなたを幸せにできる自信がありません」
「まあおほほほ。それなら無問題ですわ。だって私はあなたと添い遂げられれば幸せですもの!!」
アマーリエは言い切った。
「もしどうしても不安があるのでしたら一筆書いて布告いたしますわ。『アマーリエは生涯相田武夫さまのみを愛す』とね。碑石を立てるのも素敵ですわ」
楽し気にあれやこれやと考え出すアマーリエに相田武夫は反論すら起きなかった。
「まあ、彼女が楽しいなら……なんでもいいや」
相田武夫は了承した。しかし、彼は気が付いていない。相手が楽しいと自分が嬉しい……すなわちそれこそが恋の一丁目であり、愛のイロハだ。相田武夫は知らず知らずのうちにアマーリエに恋していた。
■
王宮の中央塔は王と王妃の住まう場所だ。繰り上げで王になったエルンストは必死になって勉強の傍ら公務に励んでいる。
だが悲壮感はない。
「キアイラ、覚えることが多くて大変だけど二人で乗り越えて立派な王と王妃になろう」
「ええ、そうですわね」
相思相愛のエルンストとキアイラは大量の書類に囲まれても幸せそうだ。そんな中に突如と現れた人間がいる。
「ちょっと失礼いたしますわよ」
「あ、姉上!?」
「ま、まあ、王女様!!」
二人は昔の習性で立ち上がる。カリマが王に決定したとき、エルンストは東部の総督に任命される予定だった。アマーリエは王の補佐役であったため、公的な身分も上である。そのため、二人は礼を尽くしてしまうのだ。
「両陛下が補佐役の私に礼を取ることはありませんわよ」
「いえでも……姉上は姉上ですし」
「ご指導いただく師でもありますから……」
しどろもどろで二人は言う。礼儀正しいのは美徳だが、立場を理解してもらいたいところだ。
「……おいおい慣れていきましょう。それよりも、相田武夫様のことで相談がありますの」
「ああ、聖女様ですね! あの方のおかげで私はキアイラと結ばれることができました。本当に感謝してもしきれません!!」
「ええ、本当ですわ。まさに救世主ですもの!!」
キラキラと目を輝かせて二人は言う。息もぴったりで本当にお似合いだ。
「その方から結婚の承諾を得ましたわ。相田武夫様の心が変わらないうちにさっさと紙の上だけでも結婚したいと思いましたの」
この国は貴族の結婚に国王のサインがいる。アマーリエは書類一式をそろえて弟に突き出した。
「え、それは……よ、よろしいのですか? 王女の結婚は大々的に発表をしてからパーティを開き、国を挙げての結婚式の筈なのですが……」
難色を示すエルンストにここで初めてキアイラが反対した。
「まあ、何を言うのですかエルンスト!!すぐにでも結婚したいという乙女心がわからないのですか!!」
恋に苦しんだことのあるキアイラだからこそアマーリエの気持ちがわかる。
「理解してくれて嬉しいですわ。王妃陛下」
「いえいえこれくらいはなんでもございません。お幸せになって下さいませ」
「あ……そうですよね。ごめんなさい姉上。私は姉上の気持ちをわかろうとしなかった」
エルンストは謝罪しながらサイン入りの紙をアマーリエに渡した。
「いいのですわよ。これで名実ともに私は相田武夫様と夫婦ですわね!!」
アマーリエは小躍りしながら部屋を出て相田武夫の住む部屋に突撃した。
「私たち結婚しましたわ!! 武夫様、一緒の部屋で生活いたしましょう!! 」
「早すぎない!!?」
「善は急げと申しますわ!!」
アマーリエは相田武夫に遠慮なく抱き着く。相田武夫は両手をあわわと振り、手のやり場に迷った。
照れながらおずおずとその手をアマーリエの肩に添える。
「こ、これからよろしくお願いします」
「ええ、末永くね」
アマーリエは満面の笑みで答えた。
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ワルヴァラ国は公明正大な国王エルンストとそれを補佐するキアイラの下で発展していったが、その後押しをしたのがアイダ公爵夫妻だ。ワルヴァラは今まで以上に栄え、アイダ・タケオ公爵の偉業は銅像にもなって語り継がれた。
後世、「もっとも偉大な聖女は?」と問われれば皆がアイダ・タケオ公爵と答えるようになり、聖女の概念がうら若き美少女ではなく、ダンディーな男性となった。
そして、外国からの観光客は『聖女像』と書かれた男性の像を見て「聖女?」と首を傾げるのであった。