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父の草履

作者: ちぴのだんな

 お集まりいただきご苦労さまでございます。今月の法話でございますが、私がまだ仏門に入る前のこと、半世紀も前になりますか…私の父の話でございます。


 父も坊主をしておりまして、年がら年中草履をはいておりました。暑い日も寒い日も、雨の日も雪の日も草履をはいておりました。この辺りも今よりも雪が多かったようにも思いますが、膝まで積もるような冬はほとんどなかったように存じます。


 草履は、草を履くと書くのでございますが、子供の頃の時分はそんなことはつゆ知らず、足音が


ゾーリ、ゾーリ


と音がするから、ぞうりと言うのだと思っておったのでございます。


 ある暑い日でした。

 私はいつものように、三和土でメンコかベーゴマで遊んでおったのですが、いきなりするーっと玄関の引き戸が開き、


「今日は暑いな…」


と父が檀家周りから帰って来たのです。


いきなり戸が開くことも、驚いたのでございますが、何よりも私が驚いたのが、父の


ゾーリ、ゾーリ


という足音が聞こえなかったからでございます。


 もちろん、私が遊びに夢中になっておったといえばそれまででございますが、父の草履の音に気がつかぬということが、それまでなかったのでございます。


 父が歩く草履の足音が聞こえると、三和土で遊んでいる私が引き戸を開けるのが常だったものですから。


 しかし、次の日もその次の日も、私は父の足音に気がつくことができませんでした。


 父はやはり、「今日も暑いな…」と言って戸を開けました。顔を見ると、汗一滴浮かんでおりませんでした。


 私は自分の耳がおかしくなってしまったと思い、父の草履を履いて、三和土を歩きました。わざと音を立てて歩きました。


ゾーリ、ゾーリ、ゾリ、ゾリ


と音がしました。安心するどころか、私はひどく不安になりました。


 そして次の日、私は三和土で遊ぶのが怖くなり、暑い夕方だったにも関わらず、布団にくるまって震えておりました。


 その日、父の草履の音はやはり聞こえませんでした。

 そして引き戸の音も、聞こえませんでした。




 その日以来、父の行方は分かりませぬ。

 祖母に、父の草履の音が聞こえなくなっていたと話しました。すると、


「音沙汰がなくなる、ちゅうのはそういうことや」


とぽつりと言いました。


 さて、本日お集まりの皆さまもお帰りの道中、お足元もお足音もお気をつけなされ。

 来られたときから、音沙汰のない方がおられますゆえ…


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