第八十六話
朝、待ち合わせの九時に間に合うように準備をする。
もちろん隠キャスタイルだ。
長い前髪も眼鏡も邪魔だと思わなくもないが。
早苗ちゃんからモーニングコールをしてもらったが今日はそれより早く目が覚めていた。
時間に余裕を持って駅に向かう。
約束の十分前に駅に着いたが村田姉妹が先に待っていた。
里佳はいかにも陽キャな格好で見た目も美人なので目立っている。
早苗ちゃんの方は地味で俺と同じように眼鏡をかけてうつむいている。
知らない人が見れば姉妹どころか友達と言われても違和感を感じるんじゃないだろうか。
そんな二人に近付き声をかける。
「おまたせ。」
「あっ!優也さん、おはようございます。」
「おはよ。優也、今日はよろしくね。」
「おはよう。切符買ってくるな。」
「待って優也、これ切符。早く着いたんで買っといたわよ。」
「マジか、いくらだ?」
「これぐらいいいわよ。それより早くホームに向かいましょ。」
「ああ。」
今日はこれからの事も考えて割り勘でいくつもりだったが値段が安いとはいえいきなり切符を奢られてしまった。
電車で二駅ほど通過して次の駅で降りる。
ここからちょっと歩いて目的の遊園地に到着した。
「奢ったり奢られたりも気を使うから自分のチケットは自分で買いましょ。」
里佳の発言は俺にとってもちょうどよかった。
「それがいいな。でも切符買ってもらってたから中で食べる昼は俺が奢るよ。それでチャラな。」
「それだと優也さんが多く出すようになりますよ。」
「それぐらいは見栄をはらせてよ。」
こういう言い方をすれば嫌とは言われないだろう。
「わかりました。ありがとうございます。」
「優也、やっぱりにせ隠キャよね。どう考えても女の扱いわかってるわよね。」
「扱いってなんだよ。奢られっぱなしが嫌なだけだ。」
「ならそういう事にしとくわね。」
それぞれでフリーパスのチケットを買って中に入る。
この遊園地は小さめで地方からわざわざ来る人もあんまりいない。
客も少ないからアトラクションの待ち時間もあんまりないので乗り放題だ。
「まずどれに乗る?」
「まずはジェットコースターでしょ。」
「お化け屋敷とかどうですか?」
二人同時に違う事がやりたいらしい。
「俺はどれでもいいから二人で決めてくれ。」
俺が口を出すとややこしいことになるような気もするので二人に丸投げすることにした。
しばらく二人で話していたが最初はジェットコースターに乗ることになった。
並んでいる人も少ないのでちょっと待てばすぐ乗れそうだ。
まあ遊園地の定番なので無難な選択だと思ったが二人乗りなのでどう乗るんだろうか。
「優也と早苗が前に乗って私は後ろに乗るわね。」
「お姉ちゃんありがと。」
どうやら乗り方も先に話していたようだ。
「優也さんは絶叫系大丈夫ですか?」
「うん、あんまり乗ったことないけど平気だよ。」
「お化け屋敷とか肝試しはどうですか?」
「それも平気かな。」
「優也ってそもそも苦手な事ってあるの?」
「んー、どうだろ?特にないかもな。」
「やっぱり優也はなにげにスペック高いわよね。」
「普通だろ?」
「どこがよ。ケンカ強いし講義もサボったりしてたけど単位はしっかり取ってるんでしょ?これで隠れイケメンとかヤバいわよ。」
「一年生の間でも三女神と仲のいい男の人って話題ですよ。まだイケメンなのはバレてませんけど。」
「俺って一年の間でも話題になってるの?」
「はい。わたしに優也さんの事聞いてくる人も居ますから。」
「やっぱり俺の隠キャ生活は終わってるんだなぁ。」
「今さらなに言ってんの?三女神と仲良くしてたら無理でしょ。そもそも鈴音と仲がいいんだからいつまでも隠キャのフリなんて出来なかったと思うわよ。」
そんな話をしていると順番が回ってきてジェットコースターに乗り込む。
予定通り隣に早苗ちゃんが座り後ろに里佳が座った。
スタートすると二人はワーキャー声を出しているが俺は無言だった。
楽しくないというわけではなく声を出すほどではないと感じただけだ。
スタート位置に戻ってきて出口に向かう。
「優也さん、本当に平気なんですね?」
「うん。海外にいた頃は飛行機とかヘリに乗ったりすることが多かったから。速さとか高さのすごい乗り物には慣れてるだよね。」
「飛行機とかヘリによく乗るってどんな生活してたんですか?」
「親父が特殊な仕事してたからね。まあ昔の話だから。」
あまり昔のことは二人に話すつもりはないのでこの話は終わらせることにした。
「それより次はどうする?」
「次は早苗の言ってたお化け屋敷に行きましょ。」
園内の地図を見てお化け屋敷に向かう。
今いる場所からはちょっと離れているのでゆっくり歩いていると里佳が話しかけてきた。
「やっぱり優也って変わった生活してたみたいね。」
「ああ、当時は思ってなかったけど今考えると変わった特殊な生活だったみたいだな。」
「ケンカが強いのもその辺なんでしょうね。まあ言いたくなさそうだからこれ以上は聞かないでおくわね。」
「そうしてくれ。話してもあんまり楽しい話じゃないからな。」
お化け屋敷に着いて俺が真ん中で左右に二人がくっついて入ることになった。
中に入るとかなり暗くなっていてなかなか雰囲気があって苦手な人ならかなり怖そうだ。
左右にいる姉妹は俺にしがみついていてなにやら柔らかい物が腕に押し当てられている。
ここは突っ込んだら負けな気がするので気付いてないフリをする。
「けっこう暗いですね。」
「そうだね。でも…」
「キャーーー!」
俺は見えてなかったが里佳のほう側からお化けが出てきたらしく俺にしがみついてきた。
その後も色々な仕掛けで驚かされて二人に何度も抱きつかれながらなんとか出口までたどり着いた。
「あー、やっと終わったー。優也さん全然びっくりしてませんでしたよね?なんで平気なんですか?」
「まあなんとなく出てくるとこは予想できるし夜目がきくからある程度仕掛けがみえちゃうんだよね。」
「優也ってやっぱりチートよね。」
「そんなことないだろ。次はどうする?」
アトラクションの案内図を見て次にどこに行くか相談する。




