第七十六話
今日は村田さんと食事に行く予定だ。
普段、出掛けるときは手ぶらで出掛けるが今日は大学に行くときに使うバッグに村田さんに渡す物を入れて持って行くことにした。
待ち合わせ場所で合流して予約してある店に向かう。
「今日はどんなお店に行くんですか?」
「村田さんはまだ酒が飲めないからね。普通の居酒屋じゃなくてちょっとお洒落なところにしたよ。」
「えっ?普通の居酒屋でよかったですよ。」
「わかってるんだけどね。居酒屋だと酒を飲むために濃い味の料理が多いからね。初めてだしイタリアンが美味しい店にしたんだよ。うちの大学生もよく合コンで使ったりしてる店なんだけど食事するだけに行く人も多い店だからね。」
「わたしのこと考えて選んでくれたんですね。ありがとうございます。」
「まだ合コンとかは行ってないの?」
「一回誘われたけど行きませんでした。伊庭さんはよく行くんですか?」
「いや、ああいうノリは好きじゃないから滅多に行かないかな。友達との付き合いで何回かは行ったことあるけど。」
「そうなんですね。お姉ちゃんはよくやってるみたいなんですけどね。」
「へー、お姉さんがね……」
そんな話をしながら歩いていると目的の店に到着した。
着いた店は大衆居酒屋に比べるとお洒落な見た目なのだが値段は比較的安めなのでデートなどで使う学生も多い。
俺がこの店を知ったのは前に参加した合コンで来たからだ。
合コンで使う学生も多いが大衆居酒屋ほど大声で騒げる雰囲気ではないので店全体が比較的落ち着いた感じだ。
村田さんと来るならこういう店のほうがいいだろう。
「いらっしゃいませ。」
店員に案内された席は個室などではなく普通にいくつものテーブルが並んでいて他の客もいるところだった。
「伊庭さんはこのお店よく来るんですか?」
「いや、一回合コンで来たことがあるだけだよ。こういう店に来る友達がいないからね。だから今日は村田さんと来れてよかったよ。はい、これメニューね。好きなの頼んでいいからね。」
俺はテーブルにあったメニュー表を村田さんに渡す。
「ありがとうございます。」
「あっ、酒はダメだからね。」
「もちろんです。わたしはまだ飲める歳じゃないですから。」
「そうなんだけど大学に入ったら飲む人も多いからね。俺が居ないところではいいんだけど俺の前では二十歳までは飲まないでほしいんだよね。」
「わかりました。他でも飲まないですけどね。」
食べたいメニューが複数あったので一つずつ頼んで適当に分け合うことにした。
「美味しいです。でも伊庭さんはお酒飲まなくていいんですか?」
「それほど飲みたいわけじゃないからね。一緒に食事する人が飲めないなら飲まないよ。」
「そうなんですか?飲んでもらっていいですよ。」
「いやいや、ホントに飲まなくて大丈夫だからね。」
「わかりました。それで、あの………伊庭さんって…お姉ちゃんと友達だったんですね?」
「あー、そうだね。お姉さんから聞いた?」
「はい。前に伊庭さんと待ち合わせたところを見掛けたって聞きました。」
「俺も里佳から聞いたよ。まさか村田さんと里佳が姉妹だとは思わなかったよ。」
「学祭の日にお姉ちゃんと二人で居る時にあの事件があったんです。」
「あれは目立ったよね。だからあの格好はしたくないんだよね。」
「お姉ちゃんから聞きました。伊庭さんはお姉ちゃんと合コンで知り合ったんですよね?」
「そうだったね。最初は漫画の話で意気投合したんだけど考えてみれば村田さんの影響だったのかな。」
「伊庭さんも最初は漫画とか読みませんでしたもんね。お姉ちゃんもわたしの漫画をよく読んでますよ。」
「里佳は最初、漫画の話で盛り上がったけど友達になってみたらあまりの陽キャぶりにびっくりしたよ。」
「ふふ、そうかもしれませんね。お姉ちゃんはわたしと違って社交的で誰とも友達になりますからね。」
「里佳はそんな感じだよね。」
「伊庭さんはお姉ちゃんと付き合ったりしないんですか?」
村田さんは上目遣いで不安そうに俺の顔を覗き込む。
「付き合うって?恋愛的な?」
「はい。」
「それはないよ。里佳もそういう気持ちはないと思うよ。」
里佳が多少、俺の事を意識していたのは気付いていた。
でも俺が村田さんの憧れている(自分でいうのもなんだが間違いないだろう)先輩が俺だとわかって少し距離を置こうとしている気がする。
「でも冬休みに二人で遊びに行ったんですよね?お姉ちゃんも誰とでも二人で遊んだりはしないと思うんですよね。」
「そうかもしれないけど今のところ恋愛感情はないかな。」
村田さんは小声で「よかった。」と呟いた。
俺は聞こえないふりをしてそのまま話を続ける。
「まあ里佳の話はそれぐらいでいいんじゃない?今日は村田さんの入学祝いでもあるんだからね。」
「そうですね。」
「そうだ。村田さんに渡す物があったんだ。」
俺はバッグから小さな包みを取り出して村田に渡す。
「これ、入学祝いだよ。大した物じゃないけどどうぞ。」
「えっ?!いいんですか?こうやってご飯に連れてきてもらえただけでも十分なんですけど。」
「それだけじゃ寂しいと思ったからね。よかったら受け取ってよ。」
「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
「どうぞ。」
包みを受け取った村田さんは丁寧に包装を解いていく。
中に入っていたのはボールペンとシャーペンのセットだった。
特に高級でもないのだがデザインが可愛かったので村田さんに合うと思った物だ。
「わぁ!ボールペンとシャーペンですね。」
「うん。大学で使うからちょうどいいかと思ってね。」
「ありがとうございます!デザインも可愛いし使わせてもらいますね。あの……一つお願いがあるんですけど……」
「なにかな?」
「お姉ちゃんのことは里佳って呼んでるんですよね?わたしも名前で呼んでもらえませんか?」
「あー、二人とも村田さんだもんね。……じゃあ…早苗ちゃん…でいいかな?」
「呼び捨てでいいですよ。」
「それはさすがにちょっとね……早苗ちゃんでいいなら。」
「じゃあそれで。」
その後も食事を楽しんでお腹いっぱいになり帰ることにした。
「伊庭さん、今日はありがとうございました。」
「あれ?俺のことは名字呼びなの?」
「……あの、…男性の名前って呼んだことないんです。わたしは今まで通り伊庭さんでお願いします。いつか名前で呼ぶように出来ればとは思ってますけど……」
恥ずかしそうに言う早苗ちゃんを見て俺は納得した。
「そうだね。早苗ちゃんが呼びたくなったら呼んでくれたらいいよ。」
「はい。ありがとうございます。」
最初に待ち合わせた場所まで帰ってきてさよならする。
「今日は楽しかったよ。」
「わたしも楽しかったです。ありがとうございました。また普通の居酒屋とかにも行きたいです。」
「そうだね。また行こうね。」
「はい。あっ!今度お姉ちゃんとも一緒に行きませんか?」
「里佳とも?俺はいいけど……」
「じゃあお姉ちゃんに話してみときますね。じゃあおやすみなさい。」
「おやすみ。」
元気に帰っていく早苗ちゃんを見送る。
里佳がどう思うがわからないが姉妹二人と出掛けるというのはなかなか現実的じゃないと思いながら家に帰った。
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