第七十五話
ある日の午後、彩乃から電話がかかってきた。
『優也くん、アルバイトが決まったの。ゆっくり話したいから今日の夜、ご飯食べに来ない?』
「おっ?スイーツの店だよね?じゃあ今日の夜お邪魔しようかな。」
『うん。待ってるね。』
夜になり彩乃のマンションに来た。
「いらっしゃい。」
「お邪魔します。」
「優也くん、来てくれてありがと。」
「こちらこそ。ご飯ご馳走になるしね。」
「もう出来るから座ってて。」
彩乃に言われた通りリビングの椅子に座る。
すぐに彩乃が料理を運んできてくれた。
二人で「いただきます。」と言って食べ始める。
「旨いよ。彩乃いつもありがと。ごめんね、他の言い方出来なくて。ホントはもっと細かく感想言えたらいいんだけどどう言えばいいのかわからなくて。」
「それで十分だよ。細かく言われたら恥ずか死しちゃうよ。それでこの前のことなんだけど優也くんってお父さんと知り合いなんだよね?」
「知り合いってほどじゃないんだけどね。昔、一回会ったことがあるだけだよ。」
「お父さんは優也くんに恩があるって言ってた。」
「あんまり詳しくは言わないけど海外に住んでる頃にやってた仕事で彩乃のお父さんと会ったことがあるんだよ。」
「やってた仕事?まだ子供のころだよね?」
「日本で普通に暮らしてたら中学生ぐらいの歳だったかな。俺は学校には行ってなくてかなり特殊な生活をしてたんだよね。」
「そうなの?優也くんのこともっと知りたい。どんな生活してたのか教えてほしい。」
「……ごめん。簡単に話せるようなことじゃないんだよね。」
「そっか。気になってたんだけどやっぱり鈴音さんは知ってるのかな?」
「……知ってるよ。長い付き合いだし俺が日本に住むようになったときに鈴音が居たからなんとかなったんだよね。日本での常識を全く知らなかった俺は高校で浮いててね。その時に世話を焼いていろいろ教えてくれたのが鈴音だったんだ。鈴音が居なかったら今、こうして大学生活も出来てなかったんじゃないかな。」
「そうだったんだ。だから鈴音さんと親友になったの?」
「……それだけじゃないけどね。やっぱり鈴音は俺にとっての恩人であり親友なんだ。これから俺に大切な人が出来たとしても鈴音と疎遠になったりするのは嫌なんだよね。正直なところ鈴音の事を理解してくれない相手とは付き合えないんじゃないかな。」
「それぐらい鈴音さんの存在が大きいんだね。でも鈴音さんとは付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「鈴音とはそういう関係じゃないよ。あくまで親友だから。」
「でもこれからはどうなるかわからないよね?」
「……そうだね。まあ親友から関係がずっと変わらないとは言いきれないかもね。」
「彩乃も優也くんに昔のことを話してもらえるぐらい仲良くなりたい。だから頑張る。」
父親に聞けば少しはわかると思うがそれはせずにあくまでも俺から直接聞きたいんだろう。
彩乃も伊佐と同じように俺の過去のことを聞きたいと言う。
二人にはもう話してもいいんじゃないかと思わなくもない。
もともと俺という人間のパーソナルスペースはかなり広い。
他人に近付かれるのは苦手でなるべく距離を置きたいと思っている。
こうして人の家に来たり、自分の家に人を入れることはほとんどやったことがなかった。
そんな俺だが二人には完全に気を許していると言えるかもしれない。
そう思える相手は鈴音を除けば初めてだ。
二人が特別なのか、俺自身が変わってきているのかは分からないが。
「いつか話すときがくるような気がするよ。」
「優也くんが教えてくれるの待ってるね。」
しばらく静かな食事になったが悪い気分じゃなくて心地よい静けさだった。
食事が終わりコーヒーを飲みながらゆっくりしているとバイトの話になった。
「彩乃のアルバイトなんだけど優也くんの働いてるリサイクルショップの近くにあるスイーツ店でスイーツの勉強をしながら働くことになったよ。」
「あー、あのいつも若い女の子がたくさんいる店だね。俺は入ったことないけど。」
「うん。彩乃が働き出して慣れてきたら来てくれたらうれしいかも。平日に働くのは遅くなるから無理だけど土日の昼間にウエイトレスをして暇な時間と夕方にスイーツ作りの勉強をさせてもらうことになったの。店長さんも女性ですごいいい人だからいろいろ教えてもらうの。」
「それはよかったね。夢に一歩前進ってことかな。あんまり遅い時間まではやらないんだよね?」
「うん。暗くなる前には帰らせてもらえる予定だよ。」
「もし遅くなることがあれば連絡してくれたら迎えに行くよ。俺がバイトの時は一緒に帰ってもいいしね。」
「ありがと。その時はよろしくお願いします。今まで独学でしか作ったことないから楽しみ。」
「応援してるからね。」
「うん、ありがと。」
俺には特に夢なんてないが夢に向かって頑張ろうとしてる彩乃は輝いて見えてずっと応援したいと思った。




