第六十八話
春休みのある日、彩乃から電話があり晩ご飯を食べに来ている。
「優也くん、あとちょっとで出来るからね。ご飯終わったら電気消してオルゴールつけるね。優也けけくんに貰ったオルゴール幻想的な光でとっても素敵だったよ。」
「それは楽しみだ。ところでこの春休みは実家に帰ったんだよね?もう戻った来たの?」
「うん。お父さんが忙しくてほとんど家に居なかったから戻ってきた。でもさっき連絡があってお父さん時間作って明日ここに会いに来るって。」
「そうなの?まだパティシエールになるって夢は言えてないの?」
「うん。でも明日思いきって言おうと思ってる。それで優也くんに相談。明日お父さんと話す時に同席してほしい。」
「えっ?明日?夢の話をする時に俺が同席するの?」
「出来ればお願いしたい。優也くんが隣に居たら言える気がする。」
彩乃に頼られるのは嬉しいが荷が重い。
彩乃のお父さんとは初対面だしそんな話をするときに一緒に居たら間違いなく特別な関係だと思われるだろう。
友達として応援していると言っても納得してもらえるのだろうか。
どうするか迷っていたところでご飯が出来たらしい。
「食べながら話そ。」
彩乃の作ってくれた料理を食べながら続きを話す。
「お父さんとの話に俺が同席していいのかな?」
「優也くんが居てくれたら言えると思う。」
「……わかった。明日の夕方に来ればいい?」
「うん。ありがと。」
ご飯を食べ終わった俺たちはオルゴールの光を楽しむことになった。
電気を消してオルゴールをつけるとクリスタルボールが下からのライトに照らされて部屋の天井に幻想的な光景を写りだす。
オルゴールの音も柔らかくて彩乃は穏やかな表情で音を聞いている。
俺のような無骨な人間にはともかく彩乃の雰囲気に合っていて少しでも癒しになっているなら渡してよかったと思う。
しばらくゆっとりとした時間を過ごす。
「優也くん、お酒飲む?」
「いや、いいよ。また今度ゆっくり…」
ピンポーン
インターフォンが鳴ったが彩乃が不思議そうな表情をする。
「?」
「どうしたの?」
「……今のインターフォンだけど普通は下のエントランスからの呼び出しなの。部屋の前まで来れるのは家族ぐらいのはず。」
「え?じゃあもしかして……」
彩乃がモニターを見てびっくりしている。
「お父さんが来た。明日来る予定だったんだけど……」
非常に困った事態だ。
明日なら彩乃から友達が来ると連絡してもらえたと思うがこの状況で俺が居るのはまずい気がする。
だからといって今から隠れるのは事態を悪化させかねない。
「どうしよ……」
「彩乃、この際だからこのまま話したほうがよくないかな?」
「……でも……」
「明日にしても状況はたいして変わらないと思うよ。」
「……うん、そうする。」
インターフォンの通話ボタンを押してお父さんと話す。
俺はすぐに彩乃のお父さんが入ってくると思いダイニングテーブルの横で立って待つ。
彩乃が玄関に向かいお父さんを迎える。
リビングに彩乃と一緒に入ってきたのはダンディーながら若々しいイケメンのおじさんだった。
彩乃のお父さんは俺を見て一瞬固まったがすぐに話し出した。
「……えっと、君は……」
「初めまして。彩乃の友達の伊庭と言います。」
「……彩乃?」
「えっと……いつも彩乃と呼んでるんです。ここで呼び方を変えてもボロが出ると思うんでいつも通りに呼ばせてもらいます。」
「そうかい。彩乃、彼は?」
「優也くんは彩乃の友達。今日は一緒にご飯食べてたの。前にお父さんに聞いてほしい話があるって言ったでしょ?明日話すときに優也くんにも居てもらうつもりだったの。」
「付き合ってるわけじゃないのか?」
「まだ違う。でもお父さんと話すのにそばに居てほしいと思う相手なの。」
「まだ…かね。しかし彼は……」
彩乃のお父さんは俺を見てなにやら考えている。
初対面だと思っていたが俺を知っている?
いや、さすがにそれはないか。
「まあ立ち話もなんだし座ろうか。」
ダイニングテーブルで彩乃とお父さんが向かい合う形で座り俺は彩乃の横に座る。
「私は彩乃の父親の京條将士という。よろしく。」
「彩乃の友達の伊庭優也です。彩乃があなたに明日話をすると聞きました。そこに同席してほしいと言われてましたのでこのまま話させてほしいと思ってます。」
「……わかった。……で、話というのは?」
「お父さん、彩乃はやりたいことがあるの。」
「やりたいこと?」
「うん。彩乃、パティシエールになりたいの。」
「パティシエール?それで生活は出来るのかね?」
「わからない。」
「彩乃、私は彩乃が苦労する姿は見たくない。だからうちの会社に入れてお金に困らない生活が出来るようにするつもりだ。お菓子ならそれでも作れるだろう。それじゃダメなのかね?」
「……………」
「わたしは彩乃に幸せになってほしいんだよ。」
「……うん。」
彩乃は俯いている。
あんまりお父さんに意見を言ったことがないんだろう。
でもそれじゃダメだ。
夢があるならはっきり言うべきだ。
「彩乃、それじゃダメだ。パティシエールになりたいんだろ。夢なんだろ。それならお父さんにはっきり言え。」
「…優也くん…」
「彩乃がどうしたいかはっきり言ってお父さんを説得するんだ。自分で勇気を持って言わないと相手には伝わらないぞ。」
「…そうだよね。…わかった。お父さん!」
彩乃の表情が変わった。
強い意思を感じる表情だ。
「彩乃はやっぱりパティシエールになりたい!これから洋菓子店でバイトして勉強して自分のお店を持ちたい!その為に頑張るのを許してほしい!」
「……彩乃、本気なんだね。父さんはお菓子のことはわからない。なにも手助け出来ないがそれでもやるのかね?」
「うん。やっぱり夢は諦められない。どうなるか先のことはわからないけどやらずに後悔はしたくない。」
彩乃のお父さんは考え込む。
どんな答えが出るかわからないが彩乃は夢をはっきり言った。
ここで否定されるようなら俺なりに説得に協力するつもりだ。
「……わかった。四年だ。あと四年、彩乃が二十五歳になるまでは自由にやってみなさい。それまでにある程度夢に近付いていたらいい。全く進展がなければうちの会社に入ってもらう。それでいいかね?」
「うん、ありがとう。彩乃頑張る。絶対お父さんに認めてもらう。」
「なら精一杯やってみなさい。それで……伊庭くんだったね。君が彩乃の手伝いをしてくれるのかね?」
「俺はお菓子の事はわからないから近くで応援するぐらいしか出来ません。」
「君が応援歌してくれるというならいいだろう。彩乃をよろしく頼むよ。支えてやってほしい。」
「わかりました。出来る範囲でですけど支えます。」
「うむ。伊庭くん、よければ連絡先の交換をしてくれないかね?」
「わかりました。」
彩乃のお父さんの電話番号を登録した。
「優也くん、今日はありがと。優也くんが居てくれたから勇気を出して言えたよ。」
「いや、彩乃が頑張ったからだよ。それじゃ親子で話すこともあるだろうし俺はそろそろ帰るよ。」
「もう帰るの?もっと居てほしいよ。」
「また来るからね。今日は帰るよ。」
「……わかった。」
「伊庭くん、少し話したいことがあるんだか明日にでも電話してもいいかな?」
「はい。大丈夫です。それでは失礼します。」
こうして俺は彩乃のマンションから出て自宅に向かう。
帰りながら彩乃のお父さんの事を考える。
明らかに俺の事をを知っている感じだった。
どこかで会った事があるとすれば俺がまだ海外に居た頃だろう。
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