第六十二話
金曜日、今日は鈴音と飲みに行く約束の日だ。
もちろん地味目の服装で眼鏡も掛けた隠キャスタイルで行く。
鈴音から昼間に時間と場所の連絡が来ていたので遅れないように家を出た。
待ち合わせ場所に到着するとすでに鈴音が待っていて誰かと話していた。
俺が近付いてきたことに気付いた鈴音は「待ち合わせ相手が来たからこれで。」と話していた男に別れを告げて俺の前に移動してきた。
「悪い。待たせたか?ナンパ?」
「違うわよ。私も来たばっかりだしナンパじゃないわよ。同じ学部の人だし知ってるでしょ?」
「んー?見たことあるようなないような、ってとこかな。よく覚えてないな。」
「全く、女しか覚えてないのね?さすが天然たらしね。」
「たらしじゃねーよ!俺はたらした覚えはないぞ。」
「だから天然のたらしなんじゃない。まあいいわ。予約したお店に行きましょ。」
鈴音が歩き出したので俺も付いていく。
「店、どこにしたんだ?」
「あんたが焼肉好きだからさ、最初は焼肉にしようと思ったんだけどあんまり長居しにくいじゃん。だから普通に居酒屋にしたの。駅近くにある居酒屋の半個室を予約したから遅くまで飲めるわよ。割りとリーズナブルなお店だしね。」
「高級な店とかじゃなくてよかったよ。」
「あんたが高級な店とか嫌いなのわかってるのに選ばないわよ。明日はバイトないんでしょ?とことん付き合いなさいよね。」
「いいけど潰れるなよ。」
「その時はよろしくね。」
「おい、ほどほどにしとけよ。」
鈴音が予約した店に到着した。
週末ということで客も多いが予約しているのですぐに席に通された。
まずは飲み物を聞かれたのでフタリトモビールを頼んだ。
「なんか食べたいものある?」
「最初は鈴音が適当に頼んでくれたんでいいよ。」
「わかったわ。」
ちょうど店員がビールを持ってきたのでそのまま鈴音が食べ物を注文した。
「じゃあ、改めてかんぱーい。」
「乾杯。」
「今日は久しぶりだし飲むわよ。ちゃんとついてきなさいよね。」
「はいはい。」
頼んだ料理が少しずつ出てくる。
初めて来た店だがどれも旨くて酒が進む。
「ところであんた最近猫背は止めたの?」
「あー、それな。なんか最近大学でお前らと絡むことが増えてきただろ?あんまり自信無さげな態度だとちょっかいかけてくる奴とかが居るからな。この際だから態度だけは変えることにしたんだよ。」
「だったらついでにイメチェンしたら?」
「そこまではしたくないな。」
「したらモテるのに。でももうあんたが隠れイケメンじゃないかって言われ始めてるわよ。」
「そーなのか?」
「まだ学際の時のイケメンがあんただってのはバレてないけどあんたに興味を持ってる女子は居るわね。私も友達にあんたのこと聞かれたりしてるし。」
「マジか。もう目立つのは仕方ないから学際の時と今の俺が同一人物だってことだけはバレないようにしないとな。」
「それもその内バレるような気がするけどね。まああんたがモテるようになったら私が仲良くしてたのはこんなにいい男だったのよって自慢出来そうね。」
「なんでそれでお前の自慢になるんだよ?だいたい俺はモテないからそうはならないだろ、」
鈴音はため息をつきながら呆れ顔で言う。
「あんたそれ本気で言ってんの?まあいいわ。……ねえ、もしあんたが彼女作ったらちゃんと私に教えなさいよ。」
「もちろんだ。前だって言っただろ?お前にだけは隠し事はしない。これからもずっとな。」
驚いた表情の鈴音はすぐに下を向き顔を赤く染めた。
「そうよね。ねえ、彼女が出来たからもう会わないとか止めてよね。ずっと親友でいなさいよ。年取って疎遠になるとかも嫌だからね。」
「お前もな。彼氏が出来たからバイバイとか言うなよ。」
「言わないわよ。あんたとずっと親友で居ることを認めてくれないなら彼氏にしないしね。」
「そんな奴なかなか居ないと思うぞ。俺たちの今の関係は普通は理解してくれないだろ?」
「ならずっと彼氏は出来ないかもね。」
鈴音は本気で彼氏を作るつもりはないのかもしれない。
だからといって俺との関係を進めることにも積極的ではない。
他の女の子に遠慮しているのか、それとも俺との関係が変わることを恐れているのか、鈴音がどう考えているのかわからない。
飲み始めて三時間。
俺はまだ大丈夫だが鈴音はだいぶ酔っていた。
「鈴音、そろそろ帰るか?」
「なによー。私はまだまだ飲めるわよ。」
「酔ってんじゃねーかよ。」
「酔ってないわよ。ちょっと気分が良くなってるだけよ。」
「じゃあそれでいいよ。会計済ませて来るから水飲んどけ。」
店員に頼んで持ってきてもらった水を鈴音に渡す。
「私が出すわよ。」
水を受け取った鈴音は飲みながら俺に財布を渡す。
「簡単に人に財布を渡すなよ。」
「あんたにしか渡さないわよ。奢る約束なんだから私のお金で払ってよ。」
「わかったよ。」
鈴音の言う通りにして支払いを済ませた。
店を出ると鈴音はおぼつかない足取りで歩く。
「やっぱりちょっと酔ったかなー。なんかふらふらするわ。」
「だろうな。ほら、掴まれ。」
「ありがと。」
鈴音は俺にもたれかかるようにして腕を組んできてそのまま歩き出す。
正直、酔った鈴音にひっつかれていて歩きにくいが俺の腕には二つの柔らかい感触が押し当てられている。
俺も若い男なのだ。
その感触を楽しみながら鈴音の家まで歩いた。
「送ってくれてありがとね。どう?私の感触は楽しめたかしら?」
「やっぱりわざとかよ。…まあ……ご馳走様でした。」
「ねえ、うちに上がってく?泊まってもいいわよ。」
「……鈴音、お前……」
「……ごめん。ダメね。こんな酔った勢いなんて最低だわ。」
「……鈴音、今日は帰るな。」
「…うん。優也、また連絡するわね……」
「ああ、今日はありがとな。……鈴音、お前は俺にとって大切な存在だよ。それだけはずっと変わらないからな。おやすみ。」
「……うん、私と同じよ。おやすみ。」
鈴音のマンションを後にする。
鈴音は今日、一歩踏み出そうとしたのかもしれない。
しかし酒を飲んだ状態だと後でなんとでも言い訳が出来てしまう。
そう思い理性を保つことが出来たがまた同じような状況になったら次は無理かもしれない。




