第五十三話
大晦日の夜、アパートで一人で年越しを迎えようとしていた。
神崎や里佳からカウントダウンイベントへのお誘いはあったが全て断った。
テレビのお笑い番組でカウントダウンがありそのまま新年を迎えた。
すぐにスマホに着信が入ったので見てみると鈴音からだった。
「もしもし。」
『明けましておめでとう。今年もよろしくね。』
「あけおめ。よろしくな。」
『一人なのよね?』
鈴音からは年越しどうするのか聞かれたので一人で過ごすことは伝えてあった。
「そうだよ。初詣はバイトの後輩と行く予定だけどそれまでは一人だよ。」
『そうなのね。女の子でしょ?』
「まぁ、そうだな。」
『あんたに男友達なんていないから当然だろうけど。やっぱり去年の後半から色々あったし今年もかなりあんたの周りは騒がしくなりそうよね。』
「不本意ながらな。」
『じゃあ今日は新年のあいさつだけだから切るわね。戻ったら連絡するから。おやすみ。』
「ああ、おやすみ。」
通話を終えてスマホを見るとメッセージが数件来ていた。
メッセージの来た順番通りに返信していく。
一通り返し終わったがその中の一人とやり取りを続ける。
『明日は十時に駅に待ち合わせでいいですか?』
初詣に行く相手は村田さんなので予定を決めないといけない。
『いいよ。どこの神社に行くの?』
『ちょっと遠いですけど住吉神社に行きたいです』
住吉という地名は各地にあるので同名の神社は全国各地にあるが村田さんの言う住吉神社とは三駅ほど向こうにある神社だろう。
それほど大きくはないが学問の神様を祭っているらしくこの辺りの受験生はよく参拝するらしい。
『わかったよ。明日十時にね』
『はい。楽しみにしてますね。おやすみなさい』
『おやすみ』
明日の予定も決まったので早めに寝て明日に備えることにした。
朝、起きて着替えたのだがもちろん地味目な服装だ。
時間に余裕を持って駅に向かうと既に村田さんが待っていた。
「ごめん。待たせたかな?」
「あっ、伊庭さん、お疲れ様です。全然待ってませんよ。わたしが早く来ちゃっただけですから。改めて明けましておめでとうございます。」
「明けましておめでとう。待ってないならいいんだけど。」
村田さんはワンピースにニットセーターを着ていてパステルカラーで纏めたこれぞ清楚系といったファッションだ。
いつものバイトで見る格好とは違っていてとても可愛らしい。
「今日の服は可愛くて似合ってるよ。」
「ほんとですか?ありがとうございます!」
村田さんは頬を赤く染めながら俯いているが見える表情は嬉しそうだ。
「じゃあ行こっか。」
「はい!」
二人で切符券売機で切符を買って電車に乗る。
「伊庭さんは今日はあの格好じゃないんですね。」
「言わなかったっけ?あの格好はなるべくしたくないんだよね。ごめんね。」
「いえいえ。わたしは今の伊庭さんがいいです。あの時の伊庭さんはカッコ良すぎて緊張しちゃいそうですしちょっと怖かったです。わたしはいつもの伊庭さんのほうが落ち着きます。」
「ならよかった。やっぱりあの時の俺は怖かった?」
「伊庭さんが怖いんじゃなくてあの時の喧嘩が怖かったです。伊庭さんはあんは人たちと喧嘩してよく平気ですね。あの時に庇ってもらえた女性が羨ましいです。」
「あのチンピラが大したことなかったからね。村田さんが同じような事になったらもちろん守るからね。」
「ありがとうございます。」
また照れて顔を赤くしている。
この程度の事で照れる村田さんがチョロすぎるような気がして心配になる。
ちょっと優しくしてくる男に騙されなければいいのだが。
住吉神社の最寄り駅に着いて二人で神社に向けて歩く。
最初は人も少なかったが神社に近付くにつれて人も増えてきた。
神社に着くと参拝客で行列が出来ていたので最後尾に並んだ。
「意外と参拝する人多いみたいだね。」
「そうですね。もっと早くに出たらよかったですかね?」
「まあ参拝はそんなに時間掛からないからすぐじゃないかな。」
「そうですよね。」
しばらく並んでいると順番が回ってきた。
小銭を賽銭箱に投げ入れ鐘を鳴らして参拝する。
俺が参拝を終えて横を見ると村田さんはまだお祈りを続けていた。
村田さんのお祈りが終わり二人でおみくじを引いてみた。
「わたしは中吉でした。伊庭さんはどうでした?」
「俺も中吉だったよ。村田さん、学問は?」
「叶う、でした。」
「それはよかった。願ったのも大学合格だよね?」
「それもですけど他にもお願いしました。」
「どんなこと?」
「それは伊庭さんには……」
小声になる村田さんだか「言えません」と俺には聞こえてしまった。
だいたいなにを願ったのかわかってしまったが今は考えないようにしておこう。
「伊庭さんは恋愛はどうでした?」
「俺は『未来に幸福あり』だったよ。村田さんは?」
「わたしは『今はまだ駄目です』でした。」
「お互いに今より今後に期待ってことかな。」
「そうですね。わたしにはよかったです。これから受験勉強頑張らないとですから。」
「そうだね。頑張ってね。息抜きぐらいなら付き合うからね。」
「ほんとですか?やったー!」
「息抜きだからね。しょっちゅうはダメだよ。」
「はーい。春の映画の約束もありますし受験勉強が頑張れそうです!」
「そう言ってもらえると今日来た甲斐があったよ。」
「付き合っていただいてありがとうございました。」
「これからどうしよっか?昼でも食べて帰ろっか?」
「いいんですか?じゃあここの近くに話題のラーメン屋があるらしいんでそこに行きたいです。」
「じゃあそこに行ってみよう。」
二人でラーメン屋に向かった。
先に食券を買うタイプの店だった。
村田さんが財布を出す前に券売機に金を入れる。
「村田さん、好きなの押していいよ。」
「えっ?でも申し訳ないですよ。」
「俺なりの受験へのエールだと思ってくれていいよ。奢るのがエールにはならないような気もするけどね。」
「じゃあお言葉甘えさせてもらいます。奢ってもらうからなおさら頑張らないとですね。」
「プレッシャーになったらごめんね。」
「プレッシャーかかったほうが頑張れるので大丈夫です。定番のラーメンにします。」
「俺はニンニクラーメンにするよ。」
券を買い、店員に渡す。
すぐに頼んだラーメンが提供され二人で食べる。
「評判通り美味しいです。」
「こっちも旨いよ。この店当たりだね。」
「そうですね。大学合格したら一緒にお礼詣りとここに食べに来たいです。」
「いいよ。志望校合格したら来ようか?」
「はい。その時はわたしが奢ります。」
「じゃあその時はお願いするよ。」
ラーメンを食べ終えて電車で帰って来た。
「今日はありがとうございました。帰って勉強しますね。また連絡していいですか?」
「もちろんいいよ。じゃあバイバイ。」
「じゃあさようなら。」
村田さんを見送ってから俺もアパートに帰る。




