第五十一話
そろそろ帰らせたほうがいいかと思い始めたところで神崎が話し始めた。
「優也さん、アタシの家族の事なんですけど……やっぱり優也さんにはちゃんと話したいです。」
真剣な表情になった神崎を見て俺も気持ちを引き締めて話すことにした。
「いいのか?俺が聞いても。」
「はい。優也さんには知っていてもらいたいと思うんです。」
「今からだと遅くなりそうだな。」
「……そうですね。……ダメですよね。すみません、また今度聞いてもらえますか?」
下を向く神崎。
こういう話は話したいと思ったときに話さないといけない気がする。
日を改めたりすると話せなくなるなんてこともあるだろう。
「神崎、お前は俺に聞いてほしいんだな?」
「はい。アタシのことをちゃんと知ってもらって見てもらうためにも家族のことを話したいです。」
「わかった。ただ今から話すとかなり遅くなるからな。今夜は泊まっていくか?」
「えっ?いいんですか?」
「すぐ終わる話でもないだろうしな。お前、俺の寝込みを襲ったりしないよな?」
「襲いませんよ!ってゆーか逆でしょ?優也さんがアタシを襲うんじゃないんですか?」
「襲わねーよ!俺の理性の強さ舐めんな。長い話になるかもだから風呂とか入って寝る準備してから話すほうが良さそうだな。またスエット着るか?」
「いえ、大丈夫です。こんなこともあろうかと着替えも持って来てますし、コンディショナーも買って来ました。」
「…ちょっと待て。なんでそんなもん持ってきてんだよ?お前最初から泊まる気だったのか?」
俺は神崎に疑いの眼差しを向けた。
「違いますよー。そんなつもりじゃなくてこの前の事があったんでもしものために持ってきてたんです。優也さんがいいって言ってくれたら置いておこうと思っただけでダメなら持って帰るつもりでした。」
神崎の表情を見る限り嘘は言ってなさそうだ。
「今日で二回目だからな。絶対ないとは限らないから置いといてもいいぞ。ただもしもの為であってこれからも泊まっていいって事じゃないからな。」
「もちろんです。優也さんが女性を軽々しく泊めたりしない人だってことはわかってます。」
「ならいいよ。もちろん寝るのはこの前と一緒でお前がベッドで俺は下だからな。」
「はい。先にお風呂頂いてもいいですか?髪乾かすのに時間掛かりますし、話すことも頭で整理しときたいので。」
「ああ、わかった。」
神崎が荷物を持って風呂場に向かうのを見送った俺はスマホを手に取った。
メッセージが何件かきているみたいだか既読を付けてしまうと返信しないといけなくなる。
既読スルーはしたくないし今は神崎の話の前に余計なことを頭に入れたくないのでそのままスマホを床に下ろした。
風呂から上がった神崎だが風呂上がりで濡れた髪の女性というのはなんでこんなに色気があるのだろう。
同じシャンプーを使っているのになぜかいい香りがするような気がする。
ただ色気があるのは顔だけで首から下を見るとモコモコのパジャマを着ていて全く色気を感じない格好だった。
色っぽい格好をされても困るのでそのほうがいいのだが。
神崎にドライヤーを渡した俺は風呂に入ることにした。
風呂から上がると神崎が今日持ってきたペアカップにコーヒーを入れてくれた。
ローテーブルに置いたマグカップの前に座ると神崎が話し出す。
「優也さん、改めて話を聞いてくれてありがとうございます。」
「お礼はまだだろ。」
「そうなんですけど先に言っときたくて。……それでですね、…もう気付いてるかもしれませんがアタシの両親はもうこの世にいないんです。両親どころか家族と呼べる人が一人も居ないんです。」
「そうか。なんとなくそんな気はしてたよ。」
「やっぱりわかってましたよね。一つ気になってるんですけど優也さんも同じじゃないですか?」
「……まあ俺も両親はもう居ないよ。でも俺の話はいいんだよ。とにかく今はお前の話だ。」
「…はい。アタシの家庭は普通でした。特別裕福でもなければお金に困るようなこともなかったです。年に一回は旅行に行ってたし、一人っ子なんで甘やかされてたと思います。」
昔を思い出しているんだろう軽く笑みを浮かべている。
「ただ中学生になってからですかね。親と一緒に行動するのが嫌と思うようになってきたんです。」
いわゆる反抗期というやつだろう。
俺には親父に反抗するような感情も環境もなかったのでわからないのだが。
「友達も増えてきて遊びに行くことが多くなりました。ただその分両親とケンカすることも増えたんです。今思えば急に出掛けることが増えたアタシのことを心配してくてただけなんですけどね。あっ、一つ言っときますけど遊んでたのは女友達ですからね。」
「そうなのか?」
昔の話だし俺は気にしてないが女友達と遊んでたことをアピールしてきた。
「そうなんです。男性と遊んでたと思われるのは嫌なんで。それでですね、ケンカすることはあっても両親とは仲が良くてその年も旅行に行く予定だったんです。行くところは三人で相談して決めてその後のプランを両親が決めたんです。」
そこで言葉を切る神崎。
昔を思い出しながら話しているんだろう。
俺は黙って神崎が喋るのを待つ。
「でも出発する前にもケンカしたんですよね。それから色々話したんですけど結局両親だけで旅行に行くことになったんです。後でアタシも冷静になって両親にやっぱりアタシも行きたいって連絡したんです。もう高速に乗ってた両親は次のインターで降りて急いで帰ろうとしてたらしくてスピードの出しすぎで………」
そこからの話はかなり辛かっただろう、涙ながらで聞いている俺でも辛い話だった。
両親は事故で即死だったらしい。
それから母方の祖母と暮らしていたが祖母も他界して今は天涯孤独の身だということだ。
「……アタシが最初から一緒に行ってたら、……やっぱり行きたいなんて言わなければ、ずっとそんなことを考えてました……」
「その気持ちもわからなくはないけどお前のせいじゃないだろ?」
「…でもっ、…アタシがっ、…あんなこと言わなければっ、…………」
嗚咽と共に言葉にならない声を出す。
後悔してもしきれないのだろう。
「他人の俺がどうこう言う資格はないかもしれないがお前は悪くないよ。ずっと溜め込んでたんだろ?よく今まで耐えてきたよ。もう自分を許してやれ。」
俺はそっと神崎を抱きしめた。
されるがままに俺に抱き締められた神崎は俺の胸に頭を預けて静かに泣いている。
俺はその頭を優しく撫でる。
神崎が落ち着くまでずっと撫で続けた。




