第四十六話
「伊庭くん、今日もいつも通り古本コーナーでお願いね。」
「わかりました。」
日曜日は昼前から夕方までバイトのシフトが入っていた。
古本コーナーで仕事をしていると先に働いていた村田さんが近付いてきた。
「伊庭さん、お疲れ様です。今日もよろしくお願いします。」
「よろしくね。」
あいさつだけ交わしてお互いの持ち場で仕事を始めた。
日曜日は客も多くなる。
その代わりにバイトの人数も多いのだが平日に比べると忙しく、暇より忙しいほうが時間が経つのが早く感じる。
しばらく仕事をしていると村田さんの上がる時間になったようで俺の方に近付いてきた。
「伊庭さん、お先に失礼します。伊庭さんは何時までですか?」
「お疲れ様、村田さん。俺は五時までだからあと二時間だよ。」
「……あっ、あの、…伊庭さんとちょっとお話がしたいんですけど伊庭さんがバイト終わるまで待っててもいいですか?」
村田さんか頬を赤く染めながら不安そうに聞いてきた。
「いいけど二時間も待たないとだよ?大丈夫?」
「はい!大丈夫です。休憩室で待ってますね。じゃあとりあえず失礼します!」
嬉しそうな表情に変わり足早に休憩室に戻っていった。
村田さんの話がなんなのかは気になったが残り二時間は仕事に集中した。
「店長、お疲れ様でした。」
「伊庭くん、お疲れ様。村田さんを遅くまで連れ回さないようにね。」
「しませんよ。失礼します。」
店長の軽口に適当に答えて休憩室に入る。
「あっ!伊庭さん、お疲れ様です。」
「ありがと。どうしよっか?ここだと他の人も入ってくるから移動する?」
「そうですね。とりあえず出ましょうか?」
「だね。ゆっくり話すならファミレスとかに行く?」
「えっ?いいんですか?行きます、行きます!」
「でも家に帰ったらご飯あるんじゃない?」
「親に友達とご飯食べて帰るって連絡します。だから大丈夫なんでご飯行きましょう。」
そう言って村田さんはスマホになにかを打ち込む。
親にメッセージを送るためだろう。
「親にLINEしときました。行きましょう。」
「返信は待たなくていいの?」
「はい。連絡さえ入れれば大丈夫です。お姉ちゃんもよく急に連絡したりしてますから。」
「じゃあ行こうか。なにか食べたい物ある?ファミレス以外でもいいけど。」
「いえ、ファミレスなら長く居ても大丈夫だと思うからファミレスにしましょう。」
「了解。」
二人でリサイクルショップを後にしてファミレスに向かう。
着いたのは全国チェーンでリーズナブルなメニューも多いファミレスだ。
「いらっしゃいませー、二名様ですかー?」
「はい。」
「こちらのお席にどうぞー。」
まだ晩ご飯には少し早い時間なので空席も多く、通されたのは窓際の四人席だった。
「俺が出すから好きなの頼んでね。」
「いえ、それはダメですよ。わたしが話したいって言い出したんですから出しますよ。」
「いやいや、高校生の後輩に出させるわけにはいかないよ。ここは先輩にカッコつけさせたよ。」
「……でも、……伊庭さん、一人暮らしなんですよね?さすがに奢ってもらうわけには…」
「バイトしてるのはお金に困ってるわけじゃないんだ。だだ普通の仕事をしてみたくて始めただけだからね。」
「普通の仕事ですか?それってどういう…」
「あー、いや。たいして意味はないんだよ。海外暮らしが長かったから日本で普通に働いてみたかったってだけなんだよね。」
村田さんは驚いた表情でこっちを見ている。
海外暮らしが意外だったのかな。
当時の事をあんまり話すつもりはないがこれぐらいは言ってもいいだろう。
「そうだったんですね。海外暮らしとか憧れます。」
「そんないいもんでもないよ。」
「もしかして英語ペラペラですか?」
「日常会話ぐらいならね。そろそろ注文しないとね。」
「あっ、そうですね。」
二人でしばらくメニューを眺め、頼む物を決めて呼び出しベルを鳴らす。
テーブルの前に来た店員に注文する。
「俺はツインハンバーグ定食で。村田さんは?」
「わたしはビーフシチュードリアでお願いします。」
「あとドリンクバー二つお願いします。」
注文を取り終えた店員が離れたのでドリンクを取りに行きそれぞれ飲み物を入れて席に戻る。
「伊庭さん、改めてお聞きしたいことがあったんですけど、…学祭の時に暴れてた人たちを倒したのって伊庭さんですよね?」
「……なんでわかったの?あの格好は見たことないよね?」
「なんでかと言うと、……目ですかね。表情は全然違いましたけど目を見たら伊庭さんかもって思いました。それから顔をよく見るとやっぱり伊庭さんだってわかりました。」
「そっか。バイトでよく会ってたからわかるのかな?親しくない人ならわからないと思うんだよね。」
「たしかに違いすぎて普通はわからないと思います。」
「一つお願いがあるんだけどあの時の俺は今の俺とは別人にしときたいから誰にも言わないでほしいんだよね。」
「わかりました。」
小声でさらに「わたしも伊庭さんが実はあんなにイケメンだってことを他の人に知られたくないですから。」と言っている。
声に出したら聞こえてしまうのでそういうことは心の中で思うだけにしてほしかった。
「お姉ちゃんが伊庭さんと同じ大学なので言わないように気を付けます。秘密にしますから一つお願い聞いてもらえませんか?」
「俺に出来ることならいいよ。」
「ありがとうございます。わたし受験生なんで来年になったら入試があるんです。受ける大学が決まったんですけど真剣に勉強しないと難しい大学なんであんまり遊んだり出来ないんです。」
「大変だろうけど頑張ってね。」
「はい。それで一つお願いなんですけど来年の元日に合格祈願に初詣に行こうと思うんですけど一緒に行ってもらえませんか?」
かなり緊張しているのか顔が強ばっている。
勇気を出して言ってくれているのを無下には出来ない。
まだ誰とも約束してないし俺の秘密のこともあるのでOKすることにした。
「いいよ。一緒に行こう。」
「ほんとですか?やった!約束ですよ!伊庭さんと行けたら絶対合格出来ると思います。」
俺にそんなご利益はないが村田さんがそれでヤル気と自信が持てるならいい事だ。
嬉しそうな村田さんを見ていると俺も自然に笑顔になるのだった。
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