第四十二話
夜中にうっすらと声が聞こえ目が覚めた。
ベッドを見ると神崎の目から僅かだが涙が出ているのが見えた。
「お、おい神崎、大丈夫か?」
返事はなく目は覚めてないようで嫌な夢でも見ているのかもしれない。
思わず俺は神崎の隣で横になり頭をゆっくり撫でてやる。
神崎は俺のほうに体を寄せると、
「……パパ、ママ……ごめんなさい……ごめん……」
寝言だと思うがこう言ったのが確かに聞こえた。
神崎の家庭の事情は思ったより複雑なのかもしれない。
学祭の時の態度を見ると虐待でも受けていたのかと思ったが虐待するような親をパパ、ママとは呼ばないだろう。
夢に見て泣くほどのなにかがあったということだ。
俺はそのまま神崎の頭を撫で続ける。
しばらくすると涙も止まり穏やかな寝息に変わっていた。
俺はベッドからそっと離れて毛布をかぶり目を瞑る。
しばらく神崎のことを考えていたがいつの間にか意識を手放していた。
朝、神崎の声で目を覚ました。
「おはよーございます、優也さん。もうすぐ朝御飯出来るんで顔洗ってきて下さいね。」
「おかんか。お前、昨日のこと覚えてないのか?」
「昨日?もしかして優也さんナニかしたんですか!?」
神崎は両手で自分を抱き締めるような仕草をする。
「してねーよ。それより朝御飯になるような物あったか?」
「お米は炊きましたし卵があったんで。あと前に来た時の残りで賞味期限が大丈夫なやつ使いました。もうダメな食材もあったんでやっぱり定期的に来てうまく食材使わないと勿体無いですね。というわけで毎日来てご飯作りますね。」
「なにが、というわけなんだよ。毎日とかダメに決まってるだろ。」
「こんな可愛い後輩が毎日来るのを断るとか信じられません。アタシのご飯食べれるのは優也さんだけなんですよ。」
「たまに作ってくれるからいいんだよ。毎日作らすのは悪いだろ。」
「アタシが来たいって言ってるのに。その話は後にするとして出来たんで食べましょー。いただきまーす。」
「いただきます。」
食事が終わり片付けをしようとする神崎だがそれぐらいは俺がやることにする。
「片付けは俺がやるから神崎は帰ったほうがいいぞ。帰って準備しないと大学行けないだろ?」
「そうですけど優也さん出来ますか?次、来たらよけい汚くなってません?」
「洗い物ぐらい出来るわ。」
「じゃあお願いしますね。帰ります。」
「ああ、ご飯ありがとな。気を付けて帰れよ。」
「はい。お邪魔しましたー。」
「じゃあな。」
神崎が帰ったので俺も大学に行く準備をする。
いつものラフな格好で眼鏡を掛ける。
今日からは特に気を付けて学祭のときの人物が俺だとバレないように猫背で下を向きがちにしないといけない。
準備が終わったので鈴音にLINEを送った。
『今日から講義に出るからよろしくな。』
すぐにLINEが来たので鈴音かと思って見てみるとさっき帰った神崎だった。
『優也さん、泊めてもらえて嬉しかったです。ありがとうございました。これからもよろしくお願いしますね。』
律儀な奴だなと思いながら『こちらこそよろしくな。』と返しておいた。
そろそろ大学に向かおうとしたところで鈴音から返信が来た。
『わかったわ。今はあの時のイケメンとあんたの二股が学内の噂のトレンドよ。気を付けなさいよね。』
まだイケメンの話題も終わってないらしい。
大学に到着して講義がある教室に入るとそこそこの数の学生が俺を横目で見ている。
他人にどう思われようと興味はないがじろじろ見られるのは気分のいいものではなかった。
「噂の優也じゃない。元気なの?」
里佳が話しかけてきた。
「ああ、別に病気とかじゃなかったからな。」
「それにしても遠巻きに見ながら噂とかつまんない事するよね。気になるなら直接聞けばいいのにね。」
「里佳はなんか聞きに来たのか?」
「まあね。噂のことじゃないけど。」
里佳は小声で「あの時のイケメンの事で優也と話したいんだけどいい?」と聞いてきた。
やっぱりバレてるんだろうな。
里佳は鈴音の友人でしかも友達が多いので気付いているなら認めて協力してもらったほうがいいだろう。
「いいよ。この後の講義が終わったら話すか。」
「そうしましょ。じゃ、後でね。」
離れていく里佳が向かっているほうを見ると鈴音が居たのでお互い軽く手を上げて無言のあいさつをした。
講義が終わり、後ろから里佳が来ているのを確認していつも座っているベンチに向かった。
二人で並んでベンチに座る。
「単刀直入に聞くけどアレはやっぱり優也だったのよね?」
「直前に顔見られてたしさすがにわかるよな。そうだよ、俺だよ。」
「意外とあっさり認めるのね。たしかに眼鏡外したとこ見たことなかったらまず気付かなかったわよ。それにしても思った以上のイケメンでびっくりしたわ。しかも三女神全員となんて噂以上じゃない。」
「別にイケメンじゃないし三人ともそんな関係じゃないけどな。ただ同一人物だとバレるとかなり面倒になるから里佳にも協力してほしい。」
「協力もなにも優也がもうあの格好しなければそれまでじゃない?」
「だからそのことを言わないように協力してくれってことだよ。」
「いいわよ。喋って優也に嫌われるのも面白くないしね。ただし、一つ条件があるわ。」
「条件?」
「そ。一度あのイケメンスタイルの優也と遊びに行きたいの。」
「いや、無理だろ。秘密にしたいのにそれじゃ意味ないだろ?」
「だから大学から離れたとこで待ち合わせてそこで遊びましょ。それならよくない?」
「一回だけだな。次からはこの俺でいいんだな?」
「ええ、いいわ。日にちと場所は考えとくけどすぐじゃなくていいから冬休みに入ってからでもいいわ。優也って休み中実家に帰ったりするの?」
「いや、帰らないから冬休みでいいぞ。」
「わかったわ。じゃあ次の講義に行くわね。またLINEするわね。あら、こっちに向かってきてるあの人、癒しの女神様じゃない?」
「そうみたいだな。」
「じゃあ私は退散するわね。」
里佳と入れ替わりで近付いてきていた彩乃がベンチに座る。
少し離れた所に友達二人が待っている。
「こんにちは。優也くん、ちょっとお話していい?」
「いいよ。」
俺はこのまま彩乃と話すことにしたので鈴音に『次の講義出れないからよろしく』とメッセージを送った。




