第三十二話
夕方、神崎が来た時にアパートの前で待たせることにならないように早めに帰って来た。
神崎にご飯のリクエストはしていない。
するとLINEにメッセージが届いた。
『お疲れ様でーす。今、食材買い終わったんですぐ着きます。連絡なかったんでメニューはアタシが決めました。』
俺は『気を付けてな。鍵開けとくからそのまま入っていいぞ』と返信しておいた。
ピンポーン
LINEに既読は付いていたが律儀にインターフォンを鳴らす神崎にきっちりしてるなぁと思いつつ待っていても入ってこないので「入っていいぞ」と声を掛ける。
カチャっとドアが空き遠慮気味にゆっくり妙に大きなボストンバッグを肩に掛けた神崎が入ってきた。
「お邪魔しまーす。入っていいって言われても勝手に部屋に入るのは抵抗あるから出て来て下さいよー。」
「いらっしゃい。俺がいいって言ってんだから気にするなよ。で?まず話するか?」
「そうですね。ご飯にはまだ早いですし先に話させて下さい。まずは伊庭さんすみませんでした。」
神崎はいきなり頭を下げてきたが理由がわからない。
「なんだよ、いきなり。なんで神崎が謝るんだよ。」
「一昨日のLINEです。変なの送ってすみません。」
「それはいいよ。あのメッセージで確信したけどやっぱり土曜日にあの居酒屋にお前居たんだよな?」
「そうですね。最初びっくりしましたよ。伊庭さんがあの癒しの女神様と二人きりで入ってきましたから。もしかしたら付き合ってるのかなって思いました。」
「そう見えてもいいように行動してたからな。」
「わざとですか。アタシそれを見たことを伊庭さんに知られないほうがいいかと思って隠れてたんですよ。なんか見ちゃイケないものを見てるような気がして。」
「居酒屋で普通に飲んでただけなのになんでだよ。」
「知ってると思いますけど最近癒しの女神様の良くない噂が流れてたんですよ。だから伊庭さんも遊ばれてるのかなと思ったから月曜日にLINEして話しようと思ったんです。その後、噂のことが気になったんでちょっと探ってみたら癒しの女神様に嫉妬した人たちが変な噂流してるってわかりました。」
「自分の気になってるイケメンが癒しの女神に夢中だからって悪い噂流すとか下らないな。そんなことして自分に振り向いてくれるわけないだろ。」
「ですよね。で火曜日になったら全然違う噂が流れてました。とある隠キャが悪者になってて癒しの女神様は無理矢理付き合わされているみたいな。」
「事実だな。俺が連れ回してただけだし。」
「さすがに気付きますよ。伊庭さん、自分を悪者にして癒しの女神様の噂を上書きしたんですよね?」
「いや、そんなんじゃなくて女神様と遊びたかっただけだ。なんで俺がわざわざ自分の悪い噂広めるんだよ。」
「だから癒しの女神様のためですよね。好きなんですか?」
「違うわ。ちょっと噂流してる奴らにムカついただけだ。」
「それでも伊庭さんが自分が悪く思われてでも助けてもらえる癒しの女神様が羨ましいです。」
「お前になにかあっても同じ事をしてるよ。」
俺の言葉に驚きの表情を浮かべてから「な、なに言ってるですかぁ」と言いながら少しずつ頬が桃色に変わっていく。
急に黙り込んで俯いていたがしばらくして頬も肌色に戻ってきた。
「そういえば今日は伊庭さんの部屋を掃除しようと思って色々持ってきたんですよ。」
神崎は持ってきたバッグから掃除道具らしき物を出してきた。
「伊庭さん、それほど散らかってはないですけど掃除はしてないですよね?本格的にやるんで邪魔しないで下さいね。」
「おいっ、なんで家主の俺が邪魔なんだよ。俺の部屋なんだから手伝うぞ。」
「掃除出来るんですか?苦手な人が居るよりも一人のほうが効率良く出来るんですよ。出掛けてもらったほうがいいかもです。」
「さすかに悪いだろ。神崎の言うとおりから言ってくれ。」
「わかりました。じゃあ徹底的にやりますからね。」
こうして神崎の指示による掃除が始まった。
神崎の掃除スキルは凄まじく掃除、片付けがテキパキ進む。
もちろん俺は神崎の指示通り掃除は上から下へとか水拭きしてから乾拭きなど聞いたことはあるけどやったことはないやり方を実行する。
気付くと掃除を始めて二時間ぐらいたっていた。
「よし!とりあえず終了です。今日持ってきた道具ではこんなものでしょう。」
「やっと終わりか。改めて見ると滅茶苦茶綺麗になったな。」
「まだまだですよ。次回は違う道具で今日出来なかったとこやらますからね。」
「え?まだやるのか?」
「もちろんですよ。今回出来なかったとこもですけど次来たらまた汚れてそうですし。この状態をキープ出来ますか?」
「無理だろうな。一人だと掃除なんかしないな。」
「なんで自信満々なんですか?これからも来た時には掃除しますこらね。ところで伊庭さんなんで如何わしい本とかが全然ないんですか?」
堂々ととんでもないことを聞いてくる神崎に絶句した。
「……お前なに普通にそんなこと聞いてんだよ。うちにそんなもんねえよ。」
「残念。伊庭さんの秘密はスマホとパソコンの中ですか。パスワードとかわかんないからどんなのが好きかはわからないですね。」
心底残念そうな顔をする神崎。
間違ってもスマホのロックやパソコンのパスワードを解除した状態で放置するのは止めておこうと心に誓った。
それほど変な画像があるわけじゃないがなんとなく見られたくないと思った。
「伊庭さん、掃除も終わったし料理しますね。お米は……おっ、買ってるじゃないですか。ありがとうございます。ついにこの家の炊飯器が仕事をするときがきました。」
そう言いながら再び自分のバッグを漁る。
「色々調味料持ってきました。ここに置いといていいですか?毎回運ぶのは嫌なんですけど。」
「いいよ。その辺は好きにしてくれ。」
「ありがとうございます。料理に時間かかるんで伊庭さんは風呂にでも入ってきたらどうですか?掃除で汗かいてますよね?」
「掃除はともかく料理はホントに手伝えないからな。さっぱりしてから食べたいしマジで入っていいか?」
「どうぞどうぞ。ゆっくり入ってきていいですよ。」
「まあシャワーだからすぐ出るけど入らせてもらうよ。」
「はーい。」
俺はお言葉に甘えてシャワーを浴びるため風呂場に向かった。




