第百三話
ホテルに到着してチェックインする。
遅い時間になったので昨日のホテルと違いフロントは空いていてすんなり手続きが出来た。
昨日、鈴音が言っていた通り二部屋予約出来ていた。
「二部屋取れてるけどどっちも二人部屋なのよね。」
「おい、四人部屋より問題あるじゃねーか。」
「そんなことないわよ。二人部屋だけどソファベッドがあるから三人寝ることも出来るのよ。あんた一人と私たち三人で別れて寝るつもりよ。このホテルは大浴場とかなくて部屋のお風呂使うしさすがに部屋を分けないとダメでしょ。」
「そりゃそうだな。」
渡されたルームキーを見ると部屋は隣のようで部屋の前まで四人で来た。
「部屋の広さは同じなのか?」
「たぶんね。一回両方に入ってみましょ。」
まずは手前の部屋に入ってみる。
入ってすぐ横にある二つの扉の中はトイレと風呂場になっていて真っ直ぐ進むとベッドが二つあり奥の壁にテレビがあってその前には低めのテーブルがある。
テーブルの側に大きめで二人で座っても余裕のあるソファがあり背もたれを倒すと簡易ベッドになるようだ。
とりあえず女性陣が荷物を置いて隣の部屋を見に行く。
広さが変わらなければそのまま最初に見た部屋が女性陣、次の部屋を俺が使うことになるんだろう。
隣もほぼ同じ作りで違うところは構造が左右対称になっているぐらいだった。
「このまま俺がこっち使ったんでよさそうだな。」
「それでいいけど一人こっちで寝たほうがみんなゆっくり出来そうよね。」
「そうかもしれないけどダメだぞ。俺は認めないからな。」
「わかってるって。言ってみただけよ。じゃあ一旦部屋に戻って荷物広げたりするわね。」
「おう、落ち着いたらLINEか部屋に来てくれ。」
「わかったわ。」
「じゃ、優也さんまた後で。」
彩乃は無言で手を振っている。
三人が部屋から出ていってから俺は背中からベッドに倒れ込み一息ついた。
昨日風呂に入るときを除くとこの旅で初めて三人と離れることになる。
大浴場では他の客も居たので完全に一人になる時間はなくこれが初めてだ。
三人との旅行は楽しいし不満はないが一人になるととたんに気が抜けた。
ふと気が付き時計を見る。
どうやら俺は三十分ほど寝ていたらしい。
ポケットのスマホを見てみたがメッセージは届いていなかった。
部屋のドアがノックされて俺が気が付かない事はないと思うので三人はまだ部屋に居るんだろう。
三人に『シャワーを浴びる』とメッセージを送ってから風呂場に向かう。
アクティビティの後は軽くシャワーは浴びただけなので頭と身体をしっかり洗ってさっぱりした。
風呂場から出てスマホを見てみると三人も風呂に入るとのことだった。
女性三人が風呂に入るならだいぶ時間がかかるだろう。
俺は再び三人にメッセージを送ることにした。
『ちょっと海岸のほうを散歩してくる。』
このホテルも海の近くにあって少し歩けば砂浜がある。
今回の旅行で夜の海には来ていなかったのでゆっくり歩いてみる。
昼間に比べたら涼しくて気持ちいい。
同じように浜辺を歩いている人がけっこう居るが海に入っている人は居ないようだ。
しばらく歩いていると走ってこちらに向かってくる女性が見えた。
近付いてくるとその女性が伊佐だとわかった。
「優也さーん、やっと見付けましたー。」
俺の目の前まで来て立ち止まる。
少し息を切らしながら「えへへ」と嬉しそうに笑っている。
「どうしたんだ?風呂に入るんじゃなかったのか?」
「アタシが最初に入ってもう上がったんです。お二人はこれからだと思いますよ。」
「そうか。どうする?戻るか?」
「良ければ一緒にちょっと歩きませんか?少しでいいので二人で話したいです。」
「そうか。じゃあちょっと歩くか。」
「はい!」
伊佐は嬉しそうだ。
ホテルとは逆方向に歩きながら話すことにした。
「優也さん、旅行どうですか?」
「楽しいよ。俺は旅行なんてほとんどしたことないからな。」
「旅行したことないってほんと優也さんって変わってますよね。」
「そういう環境で育ったからな。旅行なんて考えたこともなかったよ。」
「普通じゃないですよね。」
「まあな。それでお前はどうなんだ?楽しんでるか?」
「はい。楽しいですよ。四人で旅行することになるとは思ってませんでしたけどね。」
「だよなぁ。でもお前らが四人で行くって決めたんだろ?」
「そうなんですけどね。このほうがなにかが変わるかと思いまして。」
「変わる?なんのことだ?」
「今の状況ですよ。優也さんも考えてるんじゃないですか?」
「…………」
伊佐も俺と同じようなことを考えていたみたいだ。
二人とも無言になりしばらく歩いていたが伊佐が立ち止まる。
少し遅れて俺も立ち止まり伊佐を見ると下を向いている。
「どうした?」
俺が声をかけると顔を上げたがその表情は緊張を感じさせた。
「あー、もうダメです。我慢できません。今、言わないと後悔しそうです。」
伊佐は真っ直ぐに俺の顔を見つめている。
「優也さん、好きです!大好きです!いつからなのかなにがきっかけなのかわかりません。でも大好きなんです。」
「……そうか。」
「……迷惑ですか?」
「そんなわけないだろ。嬉しいよ。」
「よかった。ちょっと長くなるけど聞いてもらえますか?」
「ああ。」
「アタシって大学で小悪魔とか言われてるじゃないですか。実際にそういう振る舞いをしてましたし男友達は多かったです。でも素のアタシを見せることが出来たのは優也さんだけでした。アタシの家族の事とかを話したのも優也さんだけです。優也さんの近くに居ると凄く安心出来てアタシがアタシで居られるんです。ずっと自分はなんのために生きているんだろうと思ってました。」
俺は伊佐の言葉を黙って聞く。
伊佐は俺が居るから安心出来ると言っているが俺は世話になってるだけでなにも返せていない。
それを言っても伊佐の考えが変わるわけでもないだろうからただ黙って聞く。
「でもあの日、優也さんにかばってもらったときにこの人はなにか違うと思ったんです。恋愛的なことじゃないんですけど……どう言ったらいいのかわからないですけどなにかが変わるかもしれないって思いました。それで迷惑かもしれないけど積極的に優也さんと関わるようにしたんです。そしたらいつの間に好きになってました。旅行中に言っちゃうのはダメだと思ってたんです。でももう言わずにはいられませんでした。あっ、すぐに返事が欲しいわけじゃないんです。ただ知って欲しかっただけなんです。」
「……そうか。ありがとな。俺は……」
「待って下さい。ごめんなさい。まだなにも言わないで下さい。自分勝手ですけど旅行が終わるまでは聞かなかったことにしてもらいたいです。自分で言っといておかしいとは思うんですけど四人での旅行を台無しにしちゃうのは嫌なんです。」
「……お前はそれでいいのか?」
「…はい、言葉にはしてませんでしたけど優也さんも薄々は気づいてましたよね?だから旅行が終わるまではそれでお願いします。」
「……わかった。」
「……じゃあ先にホテルに戻りますね。」
一人で戻る伊佐を俺はただ見ていることしか出来なかった。




