第9話 超ド級Meat
「そ…んな………ばかな……!!!」
「ふっふっふっ…字一色四暗刻単騎、3倍役満だあああああ!!!」
「こいつ運悪すぎだろ…」
「擁護できないぐらい弱いね…」
まるで悪夢のような光景に、思わず身を乗り出す。
本部───四角いテーブルを俺、アイリーン、団長、ネルさんで囲み、麻雀をしていた。
だが、俺はあまりにも弱すぎた。この手のゲームに向いて無さすぎる。
てか3巡目で上がるとか誰が想像できるんだよ。上がるだけならまだしも3倍役満はないだろ。こんな所まで【不運】が働くのかと思ったが、それで周りの人が豪運になるのは解せない。
「悪いねトイ君。」
「……………」
さして悪くなさそうな声でアイリーンが言うが、それに反応する元気はない。
アイリーンが3倍役満を食らわせたことで、俺のメンタルゲージはマイナスに突入していた。
「おいおい、貧弱は体だけにしてくれ。」
「てめええええ!!ぶち殺してやる!!」
「こいつ感情が忙しいな…」
俺が机に突っ伏していると、ソファでスマホをいじっていたチェイスが笑いながら煽ってきた。こいつはいつか殺す。
「こりゃアイリーンの一人勝ちだな。」
「96000点はちょっとデカすぎるね。」
アイリーンが勝ったとはいえ、大して損してはいない2人はあまり落ち込んでいなかった。
「はっはっはっ!世界は我のものなり!」
「うぅ……」
高らかに宣言するアイリーンのせいで、俺のメンタル低下は収まる気配がない。
今日本部にいるのは俺合わせて5人だ。ギルバートさんは【暗界】に行ってて、ヘーゼルさんは仕事中、ラッシュさんはどっかの国で任務をしている。
そういえば、副団長はどこにいるのだろう。名前はちょくちょく聞くが、1回も見た事がない。
「あの…副団長ってどんな人なんですか?」
『………』
俺が聞くと、全員微妙な顔して黙り込んでしまった。なにか不味いことを言っただろうか。
「…まあ、なんだ、一言で言うと堅物だな。」
「任務で世界中飛び回ってるんだよね。」
「な、なるほど…」
団長とアイリーンが答えるが、特に変なところはないように思える。微妙な顔をするほどのとんでもない堅物なのだろうか。
「ああ、後【二重所持者】だな。」
「そうだそうだ。めちゃくちゃ強いよね。」
思い出したように言うチェイスとネルさんの言葉に驚く。どうも何かを避けようと答えているような雰囲気を文字通り全身で感じるが、まあいいだろう。
【二重所持者】とは、恩寵を2つ持っている人のことだ。非常に稀で強力だが、【呪縛】も2つになる故に意外とやれることが少ないらしい。
「【神徒】2個持ちはずるいよなぁ。」
「?!」
さして羨ましそうでもない団長の言葉に衝撃を受ける。
【神徒】は最上位の恩寵だ。所持者は全人類の1割に満たない。それを2個持ちなど、希少というレベルをはるかに超えている。
「じゃあ───」
俄然気になってきた俺は続きを聞こうとしたが、本部の扉が開け放たれた音で遮られてしまった。
入ってきたのは諜報部門の人だ。俺も何度か話したことがある。結構冷静な人だったはずだ。そんな彼が汗をダラダラ流しながら入ってきた。どう考えても緊急事態だ。
「はぁ、はぁ、…【暴食卿】の制作物が【サクリフィス】中央に現れました!」
「?!」
「また【原罪卿】か…」
息を切らしながら大急ぎで緊急事態を伝える。
それを聞いたみんなの反応は、驚き呆れ面倒など様々だ。
【原罪卿】とは、【暗界】にいる稀代の天才異常者達だ。数々の事件を起こしているが、驚くべきは彼らは異形と人間のハーフというところである。
恩寵と魔術両方を使えることが出来るため非常に強力で、普段は世界の力のバランスを崩さないように深層で暮らしているが、時々耐えきれなくてちょっかいを出しに来る狂人である。
その中の一人───【暴食卿】は、強力な【呪縛】のせいで常に何か食べていないと腹が減って癇癪を起こしてしまうという天才異常魔道科学者だ。今回はなんの事件を引き起こしたのだろうか。
「で?今回は何したんだ?」
「はい、それについては、制作物と共に出現したこの紙を見てください。」
団長の質問に、諜報部門の人は懐から魔力を纏った妙な材質の紙を取り出す。おそらく、【原罪卿】お手製の空間お手紙だ。
団長が紙を開き、内容を読み上げる。
「えーっと、『腹空きすぎて食料追いつかないから無限に体積が増える肉を2つ作った。片方は【人界】全部埋まったら取りに行くからよろしくー。』だってよ。」
『…………』
そのふざけた内容にみんな何も言えなくなる。無限に体積が増える肉などどう考えてもおかしいが、それができてしまうのが【原罪卿】という存在である。
なんか自分勝手すぎてだんだんイライラしてきたな。
「あのデブうううう!!!」
「今度は自分の食料かよ!!!」
ふざけやがって。あまりにもめちゃくちゃすぎてチェイスも一緒にキレるぐらいだ。
天才と狂人は紙一重とは言うが、その2つが合わさればここまで面倒なことになるのか。
「……落ち着け。どこかに核みたいなのがあるはずだ。」
「そうだねー、まあどうにかなるでしょ。」
「ふわぁ……眠…」
「楽観的すぎますよ?!【暴食卿】が作ったんだからろくなのじゃないっすよ!」
冷静に分析する団長と、特に何も考えていないアイリーン、そして眠そうなネルさんに思わず大声が出る。今も少しづつでかくなっていってるのだろう。悠長としている場合ではない。
「まあとりあえず……行ってみようか。」
焦れたのか、眠そうなネルさんが現場に向かうことを提案する。
彼の【呪縛】は【睡眠】だ。人の倍以上の睡眠時間を必要とするため、常に眠そうなのである。
「おう、いってら。」
「団長は来ないんかい?!」
そんなネルさんすら来るのに団長は来ないらしい。
面倒なのか、俺の知らない【呪縛】のせいなのかが分からない。…両方っぽいな。車でカジノ行ってたし。
「じゃあ4人で行こう。」
既にソファで寝っ転がってしまった団長が来ないことにも特に不満はないアイリーンが言い、団長を除く全員で【サクリフィス】中央───【ゲート】がある広場に向かう。
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【ゲート】前の広場に着く。人間も異形も大勢おり、観光客らしき姿もちらほら見える。
禍々しいオーラを放つ巨大な【ゲート】は広場の中心にあった。その先は自然光が一切ないという【暗界】に繋がっているのだろう。
そして【ゲート】から少し離れた場所に、それはあった。
「なんだこれ…」
なんとも言えないその姿にチェイスが呟く。
広場の全員が注目しているそれは大きい肉だ。紛うことなき肉である。特に意志を持っているわけじゃなさそうだが、確かに少しづつ体積が増えている。
「んー…とりあえず攻撃してみる?案外すぐ倒せるかもよ。」
「何言ってるんすか!【暴食卿】の制作物がそんな単純なわけないでしょう!」
アイリーンの適当な案に、珍しく慌てているチェイスが文句を言っている。しかし俺も同感である。
前回の彼の制作物は兎だった。しかしものすごい速さで進化していき、最終的には音速移動するドラゴンになった。その時は兎どこいったと思ったが、被害は甚大。移動するだけで窓が全て割れ、1区画が丸ごとボロボロになった。
たまたま任務から帰ってきてたアイリーンが倒したことで事態は収まったが、あれは悪夢だった。
そんな【暴食卿】の制作物が、ただの増える肉なわけが無いのだ。
「んー、でもやることないし攻撃するね。」
「ちょっ…」
制止を無視して、アイリーンは肉に近づいて手で触り、感触を確かめている。
次の瞬間、アイリーンの手の周囲数メートルの肉が丸ごと腐る。
普通の人が見たらその御業に感嘆するかもしれないが、俺達は違う。
アイリーンが攻撃してその程度なのは異常だ、と。
「あれ?!これやばいよ!多分一定間隔で空間ごと区切られてる。」
「えっと…つまり?」
アイリーンが1発で倒せないのだ。やばいのは分かるが、いまいちピンと来ない。
「空間の壁まで行ってからもう1回同じことしないと突破できない。」
「どうするんすか?!アイリーンさんいれば俺なんもしなくていいと思ったのに!」
「やる気あると思ったらそういうことだったんだ。」
珍しく慌てているアイリーンと、やる気のないチェイス、そしていつでも冷静なネルさんを見て、どう反応すればいいのか分からなくなる。
しかし無限に成長する肉を一定間隔で空間ごと区切るとは、どんな神業だ。やはり【暴食卿】の制作物は異常である。
そんなことを考えていると、アイリーンが腐らせた肉が倍になって復活する。
「?!えー…」
「再生もついてんのかよ…」
「やる気なくすね。」
「どうするんですかこれ!」
目の前の異常事態に、3人はやる気をなくしてしまった。
何か打開策はないかと、【神覚】を使って肉を見つめる。しかしそれで感じるのは、肉に刻まれた繊細すぎる複数の魔術だけだ。核が見つからない。
【神覚】を高出力で使うと負担が大きいのだが、今回は仕方ないだろう。
出力を上げ、じっと見ていると肉の中心部分に赤いオーラを発する魔力の塊があった。あれが恐らく核だろう。
「皆さん、核ありました!中心です!」
「おお!でかした貧弱!」
「よーし、みんなで中心向かって攻撃するよ!」
俺の言葉にやる気を取り戻したのか、3人は戦闘態勢に入る。アイリーンは再び触れ、ネルさんとチェイスは【魔纏】を発動する。
一泊置いて、全力で攻撃を始める。
アイリーンが触れた場所は次々腐り、ものすごい速度で中心に向かっていく。
ネルさんが蹴ると周囲にその影響が及び、広範囲が消し飛ぶ。
チェイスはいつも通りの馬鹿力で肉を掘り進んでいく。
これならば行けるかもしれない。そう思った時だった。
「?!うお!!」
「なにこれー!」
「聞いてない…」
肉がさっきよりも急速に再生し、これまでのダメージを全て肉に変換する。その押し戻しで3人が吹き飛ぶ。
再生が終わった肉の大きさはもはや家より遥かにでかい。そして増殖速度が上がり、周囲の物を圧迫し始めている。
「何やってんだお前ら!」
「無駄に刺激するんじゃねえ!」
「うるせえええ!!お前らがやれ!」
観客の異形共に野次を飛ばされて鬱陶しくなったのか、チェイスがキレている。
ちなみに既に人間は全員逃げてしまった。
「これ、進化してない?」
「間違いない。」
「【暴食卿】進化好きだねー…」
「どうするんだよこれ?!アイリーンさん何とかしてくれ!」
チェイスが俺よりあせっているが、これはどう考えても進化している。もはや反応のしようも無い。
どうしようかと考えていると、チェイスが突然構え出した。
「…よし、俺の恩寵を使う。」
「え?いいの?」
「頼んだー。」
恩寵の使用を宣言するチェイスに、アイリーンとネルさんは大人しく引きさがる。しかし俺は言いたいことがあった。
俺はチェイスの恩寵を前に1度だけ見たことがあるが、あれは今回使ったところで───
「あの、チェイスさん、今回───」
「おらぁ!!!」
しかし既に遅かった。普段と同じように殴ったチェイスだが、その威力は桁違いだ。周囲に衝撃波が飛び、肉の表面、全体の3割は消し飛ぶ。
「あれ?なんか少ないんだけど…」
「いや、空間で区切られてるんだから壁で止まっちゃうでしょ。」
『あ』
最初に説明したのアイリーンなのに、どうやら気づいてるのは俺だけだったらしい。
空間の壁はおそらく、肉に埋め込まれた天才的な【空間魔術】によるものだ。
つまり掘り進んで手前の肉を消し去らないと壁は消えない。どれだけ威力が高くても1発じゃ意味が無いのだ。
チェイスがやったのは表皮を消し去ったのと同義だ。これでは無駄に再生するだけである。
そうこうしているうちに肉が再生を始め、先程の倍近い体積になる。そしてやはり増殖速度も増える。このまま行くと残り数時間で【サクリフィス】は押しつぶされるだろう。
「週一の力使っちゃったぞおい…」
「どんまい」
「いい事あるって。」
「おつかれさまです。」
あまりのショックにチェイスが地面に手を着いている。これには流石の俺達も同情する。
チェイスの恩寵は、【聖徒】に属する【怠惰な鬼神】だ。
その効果は、週一で攻撃の威力を何十倍にも引き上げるというものである。つまりチェイスは週一の切り札を無駄に消費したのだ。
とは言え、気づかなかったのは仕方がない。
なんせこいつの【呪縛】は─────【馬鹿】だからだ。そこまで大幅に馬鹿になるわけじゃないが、それでもやはり知能は下がっている。
初めて聞いた時は大爆笑した。その後ボコられたが。
つまり今回の問題は他2人が気づかなかったことである。
「やべえ…デカすぎて【ゲート】壊れるんじゃねえのこれ」
「ゲートは『場』だから壊れないよ。……出入りは出来なくなるけど。」
チェイスの嘆きにネルさんが補足する。
やはりこいつは馬鹿だ。だが【ゲート】はともかく、このまま放置したらいつか世界中に広がってしまう。今回の最適解は小さい時に倒すことだったのだ。
ここまで大きくなってはもはや為す術は無く、今回はさすがに世界崩壊かと、そう思った。
「どきたまえ、私がやる。」
「?!」
後ろから声がして、振り返る。
そこにはスーツを着て、眼鏡をかけているクールなイケメンがいた。歳は20代後半ぐらいだろうか。
一体どこの誰だと思っていると、
「副団長?!帰ってたんすか!」
「レイズだ!おかえりー!」
「おかえりレイズ。」
「副団長?!」
3人はまさかの人物の登場に歓喜している。
彼が副団長のレイズさんだと言うのか。まあ確かに堅物そうではあるが。
「暑苦しい…君がトイ君か。奴の核を私に見せる、あるいは感知させることはできるか?」
「え、ええ。できます。」
まとわりつく3人に鬱陶しそうにしながら、淡々と俺に話しかけてくる。
戸惑ったが、大人しく視覚と触覚共有を行い、魔力の感知と視覚化を可能にする。
副団長はしばし遠くを見て目を慣れさせた後、肉の中心を見つめる。
数秒の後、目を解して一言。
「ふむ……よし、私が倒す。」
「え?なに───」
あまりにもあっさりしている副団長に理由を聞こうとした時、なんの前触れもなく肉の核が消える。
「?!」
その光景に驚いていると、副団長の右手に核らしき物が握られていた。
次の瞬間、ビルほどもあった肉が萎んでいき、最終的に豆粒ほどの大きさになる。
「え!?」
「…終わったな。帰るぞ。」
動揺している俺を他所に、なんの感情も感じられない声で副団長は帰ろうとする。
「うおおお!流石副団長だ!」
「レイズー!!!」
「良かったー。」
「ええ…」
超巨大な肉をあっさり倒した副団長に喜びながらついて行く3人を見て、1人状況に置いてかれた俺は立ち尽くしていた。
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「私の恩寵?」
「はい、気になってしまって。」
本部に帰って核をぶっ壊した後、さっきの力が気になりすぎて聞いてしまった。
「まあいいが…さっきのは【雲煙万里の手】という恩寵だ。座標がわかってる場所に空間を超えて手を飛ばすことが出来る。」
副団長は意外とあっさり教えてくれた。
流石【神徒】である。空間を超えて攻撃出来るなど、勝てるものはいないんじゃないかとすら思う。だが、やはり万能な能力なんてものは無いらしい。動いている物は外れやすく、【呪縛】の影響で左手は使えないらしい。
「レイズはしばらくいるの?」
「ああ、最近はどこも大人しいからな。私が行く必要は無い。」
アイリーンの質問に、副団長は即座に答える。副団長の滞在に皆嬉しそうだ。行く前に聞いた時は微妙な顔をしたが、普通に仲はいいらしい。
ではなぜ微妙な顔をしたのだろうかと思うが、あまり深くは考えないでおこう。
「俺の負担が減るぜ…」
「いや、俺の負担は減らないんすけど。」
「ああ?うるせえぞ貧弱!」
「う、うぐ…」
アイリーンに絡まれなくなるという意味でチェイスが言うが、俺はチェイスに絡まれるから大して意味が無い。なんせ今もこうして首を絞められているのだから。
「……チェイス、可哀想だろう。トイ君ではなく、私にやるんだ。」
「ふ、副団…」
まともなだけじゃなくて自己犠牲精神も持ち合わせているのか、そう思って尊敬の眼差しで顔を見ると、副団長は少し頬を染め、鼻息が荒くなっている。
あれ?この人、まさか───
「い、いや副団長…アイリーンさんに頼んでください…」
俺の首を締めるのをやめ、顔をひきつらせながら少しづつ離れていく。
チェイスが引いている。アイリーンを勧めるということは同性愛者というわけじゃなさそうだ。
ということはこの人───
「私はストレスが溜まっているんだ。分かるだろ?」
「い、嫌だあああああ!」
──────ドM?
逃げていくチェイスを副団長が綺麗なフォームで追いかけている。俺は呆然と眺めることしか出来なかった。
これを見ると前情報の意味が変わってくる。
確かに堅物っぽくはあった。しかし世界中飛び回って働いているのは真面目だからではなくドMだからで、最近はどこも大人しいから行く必要が無いのは、ドMだから刺激がないと行く気になれないということだろう。
この事実を知り、俺は学んだ。
ああやっぱり、この組織にまともな人なんていないんだ、と。
俺は人を信じることをやめ、期待を裏切られる前提で生きていこうと思った。
こうして、超ド級Mの堅物副団長──レイズ・リールフィストさんが加わったことで、【無秩序の聖団】は戦力が上がり、俺はまた1歩大人への階段を上ったのだった。