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混沌都市の異常な奴ら  作者: 鬱病太郎
第1章 混沌都市
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第8話 トイフェルの悲惨な一日 後編

「…おい───つ別人───」


「うるせ───大体───」


 意識が戻る。しかし未だ頭はぼーっとしており、周囲の音すら上手く聞き取れない。どのくらい経ったのだろうか。


 少しずつ見えるようになってきた。埃っぽくて狭い部屋で椅子にロープで拘束されており、目の前では先程見た蛙と、腰に剣を差した鰻が言い合いをしていた。


「…ん?おう起きたな。さて、お前の処遇についてだが…殺すことにした。」


「?!えっ?!」


 意識がだんだん戻ってきたところで蛙が俺の処遇を決定する。

 起きて早々殺されるのは勘弁して欲しい。そもそもバッジ拾った直後に敵対組織のメンバーが後ろにいるとかどういうことだ。


「…俺たちと敵対してる【槍蛇の会】のヤツらとは別なのは分かったんだが…俺達【死の蛙クラブ】のアジトを知られて生きて返す訳には行かねえんだ。諦めてくれや。」


「いやいやいや、おかしいだろ!」


 蛙の理不尽すぎる言いぶりに、思わず大声で抗議する。

 【槍蛇の会】とか【死の蛙クラブ】とか一体なんなんだろうか。この街犯罪組織多すぎるだろ。


「うるせえ!!」


「ぶへ!!」


 抗議したせいで蛙に殴られた。非常に痛い。

 さっきからあまりにも理不尽すぎやしないだろうか。俺仕事探してただけなんですけど。

 あまりにも悲惨すぎる現状を嘆いていると、鰻が言い出す。


「…よし、時間もないし殺るか。」


「まままま待て待て!」


「なんだ?」


 鰻に殺されるのは嫌だ。どうにか時間稼ぎをしなければ。なにか話題はないだろうか。普通の話題だと時間稼ぎなのがバレる。しかし凝った話題を提供できるほど上等な人生は歩んでいないし、そこまで頭が良くない。

 必死に考えていると、ひとつの答えとも言えない答えにたどり着く。




 こいつら───倒せばいいんじゃないか、と。




「…ここにはお前らしかいないのか?」


「そうだが…それがどうした?」


 人数の情報を迂闊に教えるとは、やはり馬鹿だった。つまりこいつらさえどうにかしちまえば時間稼ぎはできるということだ。


 蛙の攻撃は俺でも避けれた。つまりこいつは大したことないのだ。そして、確かに鰻は強いが、どんな生物でも持って生まれた強度以上には鍛えることが出来ない部分がある。





 それは──────脳だ。




「じゃあ…しばらく寝てろ!」


「?!があああ!!」


「っ!!!…」


 【全同期(フルシンクロ)】を発動する。耐久力の差だろう、蛙は失神したが、鰻は悶えているだけだった。しかし前に戦ったバレイスほど強くはなかったようで、復帰する気配はない。


「……!っ!」


 遅れて俺の脳にも負荷がかかる。さて、これからどうするべきか。周囲に目をやり、体全体で空間を把握する。

 すると、蛙がナイフを懐に入れてることに気づく。あれをどちらかの手に持てばこのロープも切れないだろうか。

 鰻が起き上がるまでに早くしなければ。

 椅子を倒し、ナイフに少しづつ近づく。



「くそ!このガキ!」



「?!…ぐっ!!!」


 もう少しで届くという時、鰻が復活してしまった。腹を思い切り蹴られて椅子ごと壁に当たり、肺の中の空気が全て出る。


「げほっ!ごほっ!!……」


「舐めやがって…殺してやる!」


 まずい。今回はさすがに死ぬかもしれない。俺の【不運】は今まで死ぬほどのものはなかったが、それは俺の生来の運が良かったのだろう。組織のみんなには悪いな。



 そんなことを考えながら、人生を振り返る。

 鰻がナイフを取り、俺に近づこうとした時───




「悪いんだけどよお、それうちの貧弱君なんだわ。返してくんねえかな。」




「?!なんだお前は?!」


「チェ…イス…さ…」


 部屋の扉が開けられ、チェイスが入ってきた。どうやってこの場所がわかったのだろうか。


「死にそうで草。」


「…こん……と……!」


 指をさして笑うチェイスに向けて、こんな時に笑ってんじゃねえと言おうと思ったが、痛みで声が出ない。


「うちも随分舐められたな…カワズは殺られたが、俺がいれば問題は無い。」


「カワズ?!まじで蛙じゃねえか!」


 真剣な顔で鰻は言い、チェイスは大爆笑している。だが、正直これは俺でも笑う。


「俺をコケにするのもいい加減にしろよ…!」


「水棲生物だから苔ってか!だはははは!!冗談は種族だけにしてくれ!!」


「笑いすぎでしょ…」


 少しづつ回復してきて、声が出るようになった。

 いつまでも笑っているチェイスの煽りに対し、鰻は額に青筋を浮かべ体を震わしていた。確実に怒っている。


「死んでから後悔しても遅いぞ!」


「っ!」


 キレた鰻がチェイスに斬り掛かる。笑っていたチェイスは、狭い室内で襲いかかる剣を軽々と避けている。

 やはり鰻は強い。何故蛙とチームを組んでいたのだろうか。


「……外のやつらはどうした。」


「え?」


「ん?あー、あの水棲生物共は海…いや川に帰してやったよ。」


「…貴様…!!」


 鰻の質問に対し、やはり煽るチェイス。

 二人の間で淡々と話が進んでいくが、ちょっと待って欲しい。こいつさっき俺らしかいないって…


 瞬間、とても恥ずかしくなる。俺はこいつの策にまんまとハマってしまったということだ。なのに馬鹿だなんだと…ああああああ!!!


 よし、考えないでおこう。精神衛生上そっちの方がいい。


「…何してんだお前?」


「聞かないでください……」


 俺の悶えが身体に出てしまっていたらしい。椅子をガタガタと揺らす姿にチェイスは訝しげだった。


 その時、チェイスの後ろから鰻が襲いかかる。

 しかしさすがと言うべきか、あっさり回避して一言。


「っと!話してる途中に斬るのは随分非常識なやつだなぁ。」


「いや、あんたが言えたことじゃないでしょ。今まで何やってきたと思ってるんすか。」


「は?置いて帰るぞまじで。」



「お前ら……ほんとに仲間か?」


 俺たちの会話に、鰻が戸惑っている。割といつも通りの会話なんだが、【死の蛙クラブ】はだいぶ仲がいい組織らしい。もうここまで来ると愛着が湧いてくるというものだ。


「腹減ったし、そろそろ終わりにすっかー。」


「先程から逃げてばかりの猿が終わりにするだと?」


「食料が随分いきがってんじゃねえか。」


 チェイスは誰といても煽り合うらしい。一言言い合って、構える。


 まず最初に動きだしたのは鰻だ。さっきよりもだいぶ速い動きでチェイスに斬り掛かる。

 対するチェイスは【魔纏(コート)】を使用し、剣を正面から殴ろうとする。これが正真正銘最後の攻防だ。



 そして数瞬の後、勝敗は決する。




「?!がっ…!!」


「井の中の蛙…いや鰻だったな。」



 右手に魔力を集中させて拳自体の硬度を上げたチェイスに、鰻の使う剣は無力であった。

 あっさり折られて、そのまま鰻の顔面に直撃、部屋をぶち抜いてどこかに飛んで行った。

 流石と言うべきか、鰻も強かったがこの男はさらに数段上だったらしい。



 チェイスが俺のロープを解き、ついに解放される。


「いつつ……どうやってここが…」


「まあ…お前発信機ついてるからな。」


「?!」


 まるで当然のように言うが、いつの間につけられたのだろう。助けてくれたのは嬉しいが、俺のプライバシーは一体どこに消えたのだろうか。


「……なんでチェイスさんが来たんすか?」


 普段仲が悪いどころかたまにカツアゲすらしてくるのに、どうしてチェイスが来たのだろう。


 色々あったが、この男もなんだかんだ言いつつ俺が大事なのだろうか。どうせなら可愛い女の子が良かったとは口が裂けても言えないが、大事にされるというのはありがたいことだ。



「…じゃんけんで負けたんだよなぁ。」



「ちょっと聞き捨てならないっすよそれ!勝った方じゃないんですか?!」


 チェイスが、面倒くさそうに自分が来た訳を話す。全く大事にされて無さそうだ。

 一体そのじゃんけんに参加したのは誰だったのだろう。小一時間問い詰めたい気分だ。


「……じゃ、ラーメンでも食ってくか。」


「話聞いてるんですか?!………まあ、ラーメンは行きますけど。」


 話を無理やり切り上げて、チェイスが提案する。しかし俺も腹は減っていたので、大人しく乗ることにする。

 だが忘れたわけじゃない。帰ったら全員説教タイムだ。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「ちわーっす。」


「お!坊主とクズやないか!」


「え…?クズって呼ばれてんの?」


 【クトゥグア】に入ると、クラブさんが声をかけてくる。

 相変わらず気さくな人だが、チェイスのことをクズと呼んでいた。クラブさんってそういう人だったのだろうか。


「ネルやんがそう呼べってゆうたんや。」


「あ、そう…なんですね。」


 どうやらネルさんの差し金だったらしい。それにチェイスは特に気にしてないようだ。肩ぶつかったら吹っ飛ばすくせに、こういう時は大丈夫らしい。こいつの沸点は可変式なのだろうか。


 そんなことを考えていると、クラブさんが続けて話しかける。




「時に坊主、うちでバイトせんか?実はこの前バイトが引越してもうて人「やります!!!」




 まさかの提案に、思わず食い気味にOKする。この展開は予想外だったが、そもそも最初からここに来ていればあんなに苦労することはなかったのではと思う。


「お、おおそうか、良かったわ。シフトは後で相談しよな。」


「はい!!」


「無職の貧弱からバイトの貧弱にグレードアップしやがった…!」


 引き気味のクラブさんに、嬉しさのあまり元気よく返事をする。


 3人の彼女のヒモであり、無職でもある性欲モンスターがなんか言ってるが、そんなもの今の俺は笑って聞き流せるし、俺を助けるのをじゃんけん制にしたのも水に流そう。これで俺にも自由なお金が手に入るのだ。



 今日は散々な日だった。バイトを15回落とされ、仲間にカツアゲされかけ、現実を突きつけられ、誘拐された。これは不運な俺の人生でも珍しいほどの悲惨さだった。

 しかし、最後にいいことがあれば良い日だと思えてしまうとは、人間はやはり単純である。

 終わりよければすべてよし、これを最初に考えた人は人間のことをよく分かっていると思う。



 そんなことを考えつつ、俺の長くて悲惨な一日は終わっていった。

ブクマとか評価していただけたら鬱病が治りますので、良ければ押してってください!

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