第7話 トイフェルの悲惨な一日 前編
「ここもダメだ……」
店を出て、地面に手を着く。計15回目の失敗に心が折れそうになる。しかしどうにかして探さなくてはならない。
──────バイトを。
まあ当然だが、これには理由がある。
【無秩序の聖団】は金があるかと思いきや、金はあるけど活動資金はそう出ない。せいぜい月の飯代ぐらいだ。
まあそもそも本部住まいだから家賃も無いし、飯代が出るならそれでいいのだが、実は最近ハマっていることがあるのだ。
それは───ゲームだ。
【暗界】と【人界】が繋がって以降、双方の資源や技術を合わせることによって様々な魔道具が生み出された。
電子ゲームもそのひとつだ。20年前に最初のゲームが出てから、RPGからノベルゲーまで様々なジャンルが開拓され、【サクリフェス】やその周辺国家では大人気になっている。
かく言う俺も、この前チェイスの野郎に誘われて格ゲーなる物をやった時に衝撃を受けた。
こんな面白いものがあるのか、と。
そこでゲームを欲しがるのは当然の成り行きであろう。しかし、金はない。月の飯代を全て消し去ってもやっすいゲーム機を買うのが関の山だ。ネルさんに毎回奢ってもらうのも悪い。
そこで、バイトをすればいいことに気づいたのだ。
しかしバイトを探す段階でまた問題が発生した。
この街───危険すぎる。
ただのバイトなのに死んでも責任負いませんって制約書めっちゃ書かされるし、そもそも見ただけで危険だと分かる店が多すぎる。
そしてやっとまともなとこ来たと思ったら今度は普通に落とされた。なんでも、普通の人間が働ける場所が少なすぎてバイトなのに倍率が果てしなく高くなっているらしい。そりゃ裏の仕事する人増えるよな。
まあそんなわけで、俺は路頭に暮れていた。
「どーすっかなー…」
もう諦めてしまおうか、そう思いながらふと横を見ると───
「てめぇら勝手に因縁つけといてそれはねえんじゃねえの?」
「あぁ?!この人数差で勝てると思ってんのか?!いいから金置いてけや!」
路地裏でチェイスと不良数人が喧嘩していた。なんでこいつはいつもこうなんだ。
「ちょいちょいちょいちょい、チェイスさん何やってるんすか!」
「ん?おお!貧弱!」
俺が慌てて声をかけて近寄ると、相変わらず失礼なチェイスが反応する。周りの不良は突然人が乱入してきても変わらず怒っていた。
「たまたま肩がぶつかったらここ連れてかれてよ。」
「いや、あんた肩当たりすぎでしょ。肩幅どんだけ広いんだ。」
もうこいつ自分から当たりに行ってるだろ。そうとしか思えないほど、チェイスはよく肩が当たる。
そしてカツアゲが勃発しすぎている。だいたい30分に1回は見つかるぞ。かく言う俺も度々被害にあっているのだが。
「おい…無視決め込むとか調子こいてんじゃねえぞ!」
「弱そうなのが1人加わっただけじゃねえか!」
不良さんは怒っていた。顔がよく分からない生き物なので声と【神覚】でしか判断できないが。
てか弱そうなのって…いや実際強くはないけど。
「うるせえぞカス共!!」
「あ?!…ぶへぇ!!」
「ごはぁ!!」
チェイスは一言言うと不良を次々に地面とおさらばさせる。やはり強い。
だが正直助かった。俺だけなら逃げるぐらいしか出来なかったからな。
そういえば、こいつはなんの仕事をしているのだろうか。
「…チェイスさんって何の仕事してるんすか?」
こいつは一体何で生計を立てているのだろうか。団長やネルさんは地位的に仕事をしなくても問題はないが、この男はただの戦闘員だ。普段仕事しているようにも見えない。
「…いや、これだろ。」
「え?」
当然のように言うチェイスに思わず間抜けな声が出る。
これとは、どういうことだろうか。まさか不良をぶちのめすのが仕事ということか?
俺がそう考えていると、倒れ伏す不良に近寄り、何やらゴソゴソやっている。
「………お!なかなか持ってんじゃねえか…こりゃカツアゲした後だな。」
「剥ぎ取りじゃねえか?!」
不良の財布を出して、中身のみを盗んで笑っている。まさかこいつの職業が狩人だとは思わなかった。しかしこの街ならそれも一つの手なのかもしれない。
「…いくらでした?」
「んー…4人合わせて10万だな。」
やはり多い。この街ならしょっちゅうこういうことが起こるから月収は半端ないことになるだろう。
とは言え、俺にはできない。まず倒せないし、【全同期】は脳の負担が半端ないから、相手が異形の場合はむしろこっちが危ない。…いや、倫理観どこいった。そもそもやっちゃダメだろ。
この街の倫理観に染まってきたところで、チェイスがこちらに手を向ける。
「ん」
「いや、なんすかその手は…」
その手はまるで───お手のようであった。
嫌な予感がする。自慢じゃないが、俺の嫌な予感は外れたことがない。
「お前も出せよ。」
「正気かあんた?!」
当たり前だろ、と言わんばかりのチェイスに、
敬語が完全に消え去る。
仲間にすら金をたかるこの異常者に誰か正義の鉄槌を下してください。
「だーせー!!」
「嫌だああああ!!!」
俺の懐を漁ろうとするチェイスを必死に遠ざける。
まさかチェイスがこんな男だっただとは思わ…いや、前からそうだったわ。
チェイスの馬鹿力に負けそうで、もう少しで取られると思った時、突然手を引いた。
「…実は明日彼女の誕生日でよ…いい時計買ってやりたくて…15万必要なんだ。」
「深刻そうな雰囲気出すな!まだ詐欺の方がまともだぞこれ!」
面と向かって言えばいいというものでは無い。悪い事だとわかってるから隠そうとする分、まだ詐欺の方が幾分ましである。
ていうか3人のうち誰の誕生日だよ。
「だいたいさっき10万取れたでしょ!他はどうにかならないんすか?!」
「……昨日全額溶かした。」
薄々気づいてはいたが、やはりギャンブルであった。そして恩寵のせいでここまでのやり取りに嘘がないのがわかってしまうのが1番辛い。
「………【全同期】しますよ。」
「うっ!……あ、AT…彼女が俺を呼んでいる!!じゃ、また!」
「絶対呼んでないだろ……」
俺が脅すと、冷や汗を流しながら安定のクズっぷりを見せつけて性欲モンスターは去っていった。
この短い時間でここまで酷いことができるのは恐らくこいつだけであろう。
いやそもそもカツアゲされたとはいえ剥ぎ取るのが1番やばい。カツアゲされたらカツアゲ仕返して良いとでも思ってるのだろうか。
特にためにならなかった仕事の例は置いといて、再び歩く。なんのバイトが自分に合っているのだろうか。そもそも普通の店でってのが間違っているのか。しかし死のリスクを背負ってでも仕事を得ようとは思えない。
だがゲーム関係なく、やることがないと暇で仕方ないのだ。いくらこの街でも毎日世界の危機が訪れるわけじゃない。それに働かないと世間体が怖い。
近所の奥さんがあの人普段何してるのかしらとか引きこもりなんじゃないかしらとか言うんだ絶対。そして最終的には人の目が気になって外に出れなくなるんだ!!……いや、落ち着け。そんなことは無い。だいたい本部の近所なんて隠れ家的なモンスターバーとかしかないだろ。
そんなことを考えていると、たまたまチラ見したアパートの外壁に見知った顔がいた。
その人物は俺に素早く俺に気づき、話しかけてくる。
「…ん?おー、トイ君、奇遇だね。」
爽やかな声で挨拶するのは、【無秩序の聖団】の唯一の常識人こと、デュラハンのギルバートさんだ。壁に張り付いて一体何をしてるのだろうか。
アパートの敷地に入り、ギルバートさんに近づく。
「こんにちは!何してるんです?」
「外壁の塗り直しを依頼されたんだ。…ああ、つまり仕事だよ。」
さすがギルバートさんである。俺の質問の意図を即座に把握するとは、色んな意味でチェイスとは大違いだな。
しかしギルバートさんは外壁塗装の業者やってたのか…意外すぎる。
「…どうやって仕事見つけたんですか?」
「どんな質問さ……【空間魔術】使えると外壁塗装が楽になるからね、ヘーゼルに推薦されたんだ。」
「なるほど、なら俺向きじゃないですね。」
もしや俺も仕事を得れるのではと思ったが、ギルバートさんは例外だったようだ。
ギルバートさんは次元、空間魔術の申し子である。【秩序の間】や空間転移の列車もギルバートさんの魔術によって作られている。
なんでも、【暗界】の魔術学院を飛び級かつ主席で卒業したらしい。これが天才と言うやつだろうか。
しかし、収穫はあった。
「ヘーゼルさんに聞けば何か仕事貰えたりしませんかね?」
「そんなに仕事したいの?【神覚】保持者が仕事なんてしたら団長が……何も言わないか。」
「はい…」
ギルバートさんは言いかけて思い止まる。
団長は現在【無秩序の聖団】最重要人物である俺を普通に放任しているのだ。俺としては楽でいいが、組織の長としてはどうなんだろうか。いやていうか、あの人働いてるの見た事ねえぞ。
「ヘーゼルは見る目だけはあるからなぁ…そこでも仕事ないって言われて立ち直れる?」
「うっ!!」
厳しい現実を突きつけてくる。
その通りだ。実はヘーゼルさんは表裏どちらでもOKな人材斡旋業をしており、良い仕事をすると有名である。
良い仕事をするということはヘーゼルさんの見る目が良いということであり、そこで仕事がないと言われたら俺に才能が全くないのがわかってしまうということでもある。
「……やめときます…」
「ああ、うん、まあでも【神覚】あるならやれることは多いと思うよ…頑張って。」
「ありがとうございます…」
精一杯の励ましをしてくれる。今はその優しさが痛い。
お仕事中のギルバートさんと別れ、再び歩き出す。チェイス以外はみんなしっかり仕事をしているらしい。俺このままだと無職のレッテルを貼られてしまうのでは?
「いてっ!」
そんなことを考えていると道にできたでっぱりに躓いてしまった。今日は散々な日だ。これはこの先の人生も躓くという暗示だろうか。
そこで、地面に何かが落ちているのが見える。
「…なんだこれ?」
拾ってみると、なにかのバッチだった。槍を持った蛇の装飾がされている。一体なんのバッジだろうか。
立ち止まって考えていると、肩を叩かれる。
「…?」
振り返ると、随分ごつくて厳つい蛙の異形がいた。一体なんの用だろうか。
「おう兄ちゃん…てめえ【槍蛇の会】のメンバーだな?シンボルのバッジを拾ったのが仇になったな!!」
「えっあの、ちょ」
問答無用と言わんばかりに、蛙は殴りかかってくる。しかし【神覚】をもってすれば文字通り全身でどこの位置に攻撃が来るかを感じることが出来るため、避けるのは造作もない。敵が1人なら尚更だ。
【槍蛇の会】とはどこの犯罪組織だろうか。恐らく、バッチを拾うとこだけを見て勘違いしているのだろう。訂正しなくては。
「あの、僕【槍蛇の会】じゃない!です!」
「うるせえ!しらばっくれてももう遅いね!」
避けながら言うも、全く聞く耳を持ってくれない。これだから脳筋は嫌いなんだ。そして、俺は体は常人だ。いつかは当たるし、仲間が来てしまったらどうしようもない。
そこで、突然後ろから害意を感じとる。
しかし間に合わない。【神覚】をもってしても直前まで害意を悟らせないとは、相当な手練だ。
「?!がっ…」
首あたりに激痛が走る。意識が朦朧とする中、蛙と鰻のような見た目の異形が俺を運ぼうとするのが見える。しかしそこで意識が途絶えてしまった。
ああ、やっぱり、俺は運が悪い───