第6話 炎とサイコパスのカーニバル
「うわ…指名手配されてる…」
バレイスを倒して世界を救った1週間後、そろそろ【サクリフィス】の雰囲気や本部での生活にも慣れてきたところだった。
本部のリビングで新聞を広げると、俺とアイリーンが【アシュトレト】の脱獄で指名手配されてるのを見つけてしまった。
「ははははっ!まあ大丈夫っすよ、この街は指名手配犯率3割超えてるから。」
「?!…なんすかその嫌な割合…」
俺が嘆いてる姿を見てラッシュさんは笑っている。
指名手配犯率とかいう普通に生きてたら全く使わない割合が存在するとは、やはりあの街は危険で、世間から隔絶している。
「…それにしても、今日は人少ないですね。」
現在本部にいるのは俺とラッシュさん、トイレで第三次世界大戦を迎えている団長、そしていつも通り【秩序の間】で寝ているネルさんである。
普段はアイリーンやチェイス、ギルバートさんとたまにヘーゼルさんがいるのだが、今日は比較的少ない。
「多分【ガラル帝国】で【星屑邪教】の殲滅してるんじゃないっすかね。大規模な作戦やるって言ってたんで、僕ら以外の構成員は下っ端含めて大体向かってるっす。」
「???そうですか。」
全くなんの組織か分からないが、常識みたいな顔して言うから聞くに聞けない。そしてやはり補足はしてくれなかった。【星屑邪教】ってなんなんだろうか。
ちなみに【ガラル帝国】とは、この街の南方にある巨大な国である。【サクリフィス】と【暗界】を除き、世界で最も武力を所持している事で有名だ。
「暇っすねー…」
「そうですね、なんか面白い話でもないですか?」
ラッシュさんはボヤいているが、実際俺も暇だ。4人いるが、ネルさんが寝ているため麻雀もできない。だがあの街なら話題は事欠かないだろう。ラッシュさんなら何か知ってはいないだろうか。
「んー……特にないっすね。」
少し考えた後、首を振る。
ラッシュさんでも特にないらしい。そうなると本当にやることが無くなってしまう。
何か話題がないかと必死に考えていると、ふと思いついたことがある。
「…宴会の時にラッシュさんが言ってた件ってなんなんですか?」
アイリーンが煽ってラッシュさんが豹変した時に出た話だ。
あの時は怖くて聞けなかったが、ラッシュさんはそうそう怒ることがないと分かってから気にすることはなくなった。やはりアイリーンがおかしいということだろう。
「…ああ、その件っすか。まあ話してもいいっすけど…長いっすよ?」
「…!いいんですか?暇なんでお願いします!」
ぶっちゃけダメ元で聞いたから、話してくれるのは嬉しい。
ラッシュさんは一息ついて、【深淵の賭博場】の一件について話し出す───
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半年前、【暗界】───【深き門】前。
青白い色の街灯は多くあるが、自然光は一切ない暗い世界であり、道行く異形は【サクリフィス】より遥かに多い。
そして眼前に広がるのは邪悪な印象を受ける巨大な黒い門。
これは【暗界】の浅層と深層を繋ぐ門だ。開かれれば瘴気が漏れ出て大惨事になる。つまり【暗界】にとって最重要と言っても良い場所である。
そんな場所に俺たちは来ていた。
「なんか…じめじめしてるね。」
「まあまあアイリーンさん、これで終わりですから、頑張ってくださいっす。」
まずはアイリーンさん、そして俺──ラッシュだ。
嫌そうな顔をするアイリーンさんを宥める。
とはいえ、じめじめはしているのは確かだ。俺も長居はしたくない。
「……私いらなくない?…戦闘員じゃないんだけど…」
そしてもう1人、飲んでいる時のテンションとは真逆の、明らかに落ち込んでいるヘーゼルだ。彼女は帰還する時に便利なので無理やり連れてきた。
「…あそこ潰した後なんかあって出れなかったらヘーゼルの恩寵無いと俺達死ぬんっすよね。あー残念だなあ。俺の人生もここまでかー。」
「わかったわかったって!行くから!」
罪悪感を煽る口調で言うと、案の定了承してくれた。
ヘーゼルにはこういう手が効く。普段は結構おちゃらけているが、この手の話が嫌いなのだ。それの押しつけは尚更。
実際問題は無いのだが、今回の任務はそれだけ難易度が高い。用心しておくに越したことはないだろう。
今回の任務は、【深淵の賭博場】での調査、あるいは目的のブツの奪取だ。
【深淵の賭博場】とは、【深き門】の近くにある【暗界】の金持ち御用達のぶっ飛んだカジノである。
そこで行うゲームは、生死当てやローリングデス、拷問丁半など、正気を疑う物ばかりだ。
そして普通の通貨はもちろん、魔道具に身体の部位、果ては寿命や命まで様々な物をチップに変換し、それを賭け金として使っている。
ではなぜここの調査をしているのかと言うと、チップと交換できる景品に【滅剣】と呼ばれる、刺した場所から半径100mの空間を削るという使用者すら死にかねないクソみたいな魔道具が出されたのだ。
それをどっかの犯罪組織が【人界】の主要都市の破壊に使おうとしているという事で、その組織の調査、あるいは【滅剣】の奪取に俺達が駆り出されたのである。
「じゃあ、行くっすか。」
「はーい!」
「はーい…」
返事は同じだがテンションは全く違う2人を連れて、【深淵の賭博場】を目指す。
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「禍々しいっすね…」
【深淵の賭博場】は非常に禍々しい見た目をしている。
建物の造りだけを見れば普通のカジノだが、よくわからない紫色の煙が出てる上に入口は何かの骨でできていた。それに加えてたまに何かが窓から落ちてくる。
まあ何かと言っても、異形なんだが。
そんな光景を見せられては、誰であっても気が滅入る。しかしアイリーンさんはじめじめしているのが嫌なだけだったのか、うきうきである。
「早く入ろ?ギャンブルが私を待っている!」
「元気っすね…」
やたら楽しそうだが、主目的を忘れてはいないだろうか。まあこの人ならなんだかんだでどうにかするのだろう。
俺達は意を決し。カジノの中に入る。
「……帰りたい…」
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中は普通のカジノだった。…やっているゲームに目を瞑れば。
「おおーー!何からやろうかなー」
「アイリーンさん、やっぱり目的忘れてません?」
「こういうのは紛れないとダメだよラッシュ。それに景品として取れれば万々歳でしょ?」
アイリーンさんのわかってないなと言うような言葉に、なんとも言えない気持ちになる。
彼女の言っていることは全て正しいが、どうせその心の奥底にあるのはギャンブルしたいだろう。
ちなみに、ヘーゼルは精神が既に死んでいた。そこまで嫌なのだろうか。
「この場所にアイリーン連れてきたの間違いでしょ…」
死んでいるのはアイリーンさんが原因だったらしい。全く同意だ。
しかし動かせるのが俺達とアイリーンさんしかいなかったのだ。今回は仕方ない。団長は当たり前のように来ないし。
「何チップに変換しようかな…」
「そうっすね…何か持ってきてないんすか?」
遊ぼうとしたアイリーンさんだが、チップに変換する物で迷っている。普通の通貨は見たところ持ってきてないし、どうするのだろうか。
「…腕でもいいかな…」
「いやいやいやいや、どう考えてもダメっすよ!」
「…いいかなじゃないのよ全く。」
迷った挙句とんでもないことを言う。アイリーンさんの腕が無くなることでどれだけの損害があるかを考えないんだろうか。まあ考えないんだろうけど。
「私が10万あげるからそれ変えてきなさい、もう…」
「え?!いいの?!ありがとうー!」
「さすがっすヘーゼル」
ヘーゼルの苦肉の策にアイリーンさんは大喜びしている。
金持ちはやはり大金をぽんと出せるらしい。同じ組織なのに何故こうも差が出るのか。
だが今回はさすがに助かった。アイリーンさんの腕が無くなるのはまずい。
そこからはアイリーンさんが遊び、それに俺達が付き合っていた。周囲に目を走らせるも、特に違和感はない。ただの客がギャンブルに興じているだけである。
もしかするとその犯罪組織とやらは普通に景品として取ろうとしてるのだろうか。
「お、めっちゃ勝った!!」
「…!」
アイリーンさんの大声に思考が途切れる。今やっているのはローリングデスである。
数人の罪人を、坂になってる非常に細かい剣山の上で転がして、誰がいつ刺さって死ぬかを当てるゲームだ。ちなみに死ななかった罪人は釈放となる。いい加減すぎる。
アイリーンさんは3番コースの罪人をピタリ当てた。ビビるぐらいの大勝ちだ。ちなみにさっきから結構運がよく、何回か勝っていた。…これ、景品として買えるんじゃないだろうか。
「…アイリーンさん、何枚貯まりました?」
「んーっとね…今ので5倍になったから…12500枚だね。」
「多すぎるでしょ!お釣りが来るわ!」
アイリーンさんの言葉に、だんだん回復してきたヘーゼルがツッコミを入れる。ちょっと単位がおかしいが、これなら【滅剣】は余裕で買える。
意外とあっさり終わったものだ。
だが、アイリーンさんがいるのだ。やはりそう甘くはなかった。
「…お客様、VIPルームへの参加権をチップ7777枚で買うことが出来ますが…よろしければいかがでしょうか?」
俺達が話しているところに骸骨の黒服がやってきて、アイリーンに提案する。周囲の異形はその光景にざわめいていた。
「……いや、やめておきましょうアイリーンさん、ここで負けたら【滅剣】が買えなくなる。」
7777枚ということは、【滅剣】の値段である5000枚に少し足りない。出来れば避けたいところだ。
というか常人ならそうするのだが、生憎この女は常人ではない。
「んー…いや!VIPルーム行こう!」
「あんた…ほんとにおかしいわ…」
「勘弁してくださいっす…」
アイリーンさんは少し悩んだ後、特に何も考えてなさそうな声でVIPルーム行きを宣言した。本当に勘弁して欲しい。
しかしこの人の意見を曲げさせるのは団長でも難しい。副団長ぐらいにしかできないだろう。
「…かしこまりました。では、こちらへどうぞ。」
黒服は即座に返事をし、アイリーンを連れていく。俺達2人は入れないらしい。
「…これどうするの?」
「…まあ正直アイリーンさんなら死にはしないっすからね…待つしかないっす。」
不安そうなヘーゼルだが、彼女なら死ぬことは無い。しかしチップが無くならないとは限らないのだ。まあそれならまた貯めればいいのだが、敵にはどう対処するか迷う。
しばらく黙って考えていると、VIPルームからアイリーンさんが飛び出してくる。そして後ろからは黒服が追いかけてきていた。今回は何をやらかしたのだろうか。
「アイリーンさん!なにを…」
そこまで言って、気づいてしまう。
彼女の手には───【滅剣】が握られていた。
「見て見てラッシュー!さっき『貰った』んだー!」
「いやいやいやいや!ならその頬についた血はなんなんすか!!」
兵器レベルの剣をおもちゃのようにブンブン振り回しているアイリーンさんは、嬉しそうに言っていた。
どう考えても平和的交渉(物理)したようにしか見えないが、アイリーンさんは貰ったと言い張る。
とは言えこれで目的は達成だ。アイリーンさんにしては大人しかったからまあよしとしよう。
しかし、何事もそう上手くは行かないものである。
「じゃあ、あとは頼んだ。」
「え?」
アイリーンさんはそう言うと【滅剣】を持ちながらヘーゼルを捕まえ、ヘーゼルの恩寵を無理やり発動させる。
「あ、ラッ」
ヘーゼルが何かを言う前に、その場から消える。これはヘーゼルの恩寵である【空っぽの道】の効果だ。
背後では黒服、そして恐らく、今回あれを狙っていた犯罪組織であろう赤い服の集団が武器を持って戦闘態勢に入っている。
その光景に、じわじわと怒りが湧き出てくる。
「…あのサイコパスが……!」
敵地の真ん中に味方を置いていくとはどういう神経してるのだろうか。まあどの道殲滅する予定ではあったから問題は無いのだが。
いや、問題大ありだ。ここは【暗界】1のカジノである。敵はこいつらだけでは無い。
事実客の1部も、楽しみを邪魔した俺達にキレており、武器を持っている者もいる。敵の数は数百に登るだろう。だが、うちのメンバークラスの強者がいないのは運がいい。
当然俺一人で相手しなくてはならないがそれ自体はこの際どうでもいいのだ。
一つだけ言わせて欲しい。
キレたいのは──────俺の方だ。
「くそがああああ!!!!!」
叫び、恩寵───【付き纏う炎】を発動する。
その効果は、解除しない限り消えない炎を身体に纏う、あるいは放出するというものだ。
まあ消えないと言っても、プールに飛び込めばさすがに消える。あくまで消えずらいという程度である。
そして俺の【呪縛】は───【激憤】だ。
1度怒りの感情を感じると、自然に解消されるまで抑えることが出来ないという【呪縛】である。
俺は普段あまり怒らないからそこまで致命的なものではないが、逆に言うとキレると非常に面倒なことになる。
さらに【魔纏】も使う。頭に血が登っているとは言え、本気で殺らねばこっちが殺られかねないということぐらいは分かる。
準備が整い、まずは挨拶代わりに黒服と犯罪組織連中に向けて炎を最大出力で放出する。
「あいつ…絶対殺してやる!!!!」
俺の豹変にビビってる奴もいるが、もはやそんなことはどうでもいい。
たとえ無理でも、あのサイコパスを1発殴らなきゃ気が済まない。
その後は襲ってくる奴をボコっては燃やしボコっては燃やしを繰り返しており。結局俺が帰れたのはカジノごと敵を完全に燃やし尽くした後だった。
この出来事は後に【憤怒の化身事件】と呼ばれるようになり、アイリーンに匹敵するほど高額の懸賞金がラッシュにかけられたのだった。
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「とまあ、こんな感じっす。」
「こんな感じって…」
ラッシュさんの長い話を聞いていたが、色々と酷い。最初はアイリーンがとんでもないことをするんだなあと何となく思ったし、実際そうだった。
しかしこの話はむしろラッシュさんの方がやばい。
キレており、【呪縛】のせいで抑えれなかったとはいえ、カジノを丸ごと燃やし尽くすなど普通の人にはできない。いや、できるとしてもやらないだろう。
改めてこの人もこの組織の一員なのだと感じた。
『無秩序』にピッタリのエピソードである。…入ってから『聖』の部分が見当たらないのだが、どういうことだろうか。
「ただいまー、疲れたあああ…」
「冗談言ってんじゃないよアイリーン。」
「みんなお疲れっす。」
そこでみんなが帰ってくる。アイリーンは血塗れだった。当然返り血だ。
アイリーンの言葉をヘーゼルさんが指摘し、ラッシュさんが労っている。
「え?何その目…どうしたの…?」
「いや、なんでもない。なんでもないさ…」
俺の、アイリーンを見る目が変わったのに気づいたのだろう。訝しげだ。
しかし、先程の話を聞けば常人なら誰でもこうなる。
これから先、俺もこの女にラッシュさんと同じような目に合わされる日が来るのだろうか。
自分の不運と合わさってきっととんでもないことになるだろう。
嫌な予感がして、それ以上は何も考えなかった。