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混沌都市の異常な奴ら  作者: 鬱病太郎
第1章 混沌都市
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第5話 まじで滅びる1秒前 後編

 バレイスを探して街を歩く。ただ、見れるのは俺だけだから歩く事しかしていない。

 探すだけでやることが無く、ぶっちゃけ暇だった。それ故ずっと雑談タイムだ。


「…お前は【魔纏(コート)】使えないのか?」


「使えてたら貧弱じゃないっすよ。」


「それもそうか。」


 少々腹立つが、チェイスの言っていることは正しい。

 【魔纏(コート)】とは、魔力を身体に纏って身体能力を上げる技術のことである。恩寵とはまた別だ。

 様々な流派も存在しており、竜はによって特性が異なったりする。中には武器に纏うものも存在するのだ。

 しかし、死ぬほど難しい。才能もなく、訓練もしてない俺が使えるような技術では無いのである。


「…【神覚(アクセス)】持ちなら別に使えなくても問題ないと思うけどね。」


「いやいやネルさん、戦う能力は大事だって。この街いたら普通に死にますよ。」


 これも正しい。とは言え、俺は訓練してもろくに使えないのは目に見えている。根本的に戦いに向いていないのだ。

 そんな話をしていると、前方から歩いてきた巨漢の異形がチェイスにぶつかる。

 この街は危険で溢れている。普通の国と違い、ぶつかっただけで済むわけはなかった。


「おうおう兄ちゃん!痛えじゃねえか!…謝罪もなしか?」


 【神覚(アクセス)】を持つ俺にはこの男の言っていることが嘘だとわかる。とはいえ、これは俺じゃなくても分かるだろう。

 明らかな輩を前にどうしようかと考えていると、


「あぁ?!」


「?!ごふっ!!!」


 キレたチェイスが蹴り飛ばした。大して力を込めていなさそうのに路地裏まで吹っ飛んでいき、なんだかよく分からない物に食べられてしまった。

 この男に絡んでしまったが故に死んでしまったさして哀れでもない巨漢に黙祷。


「…とまあ、こんな感じで戦闘能力がないとすぐ死ぬぞ。」


「いや、今のは話が別でしょ!」


「無理やりだったねー。」


 まるで実演してみましたみたいな言い草だが、思わずやっちゃったから慌ててそういうことにしたようにしか見えない。

 どう考えてもこいつの方が悪人である。あの巨漢には同情しないが、突然蹴り飛ばすのもどうなのだろうか。

 

 と、そこで先程ラーメン屋近くで見た異形───バレイスらしき姿が見える。


「2人とも、多分見つけました。…あそこの頭がカマキリみたいなやつ見えます?」


「んー……いや、見えねえな。」


「俺も見えないねー、てことはそいつかな。見せてくれる?」


「分かりました。…でも、あんまり長くはできないですよ?」


 忠告をしつつ、俺の視力のみを貸与する。五感全てを共有か貸与なんてしたら情報の処理が出来なくて脳がショートするのだ。視覚だけでも長くて数分が限界である。


「?!うお!…こりゃすげえ。」


「何もかも見えるね。普段からこんな視界で生きてたら頭壊れそうだ。」


 2人は【神覚(アクセス)】で見た世界に驚いている。恐らく生物のオーラや魔力の流れ、あるいは普段見えてない存在が見えていることだろう。俺は情報を処理する能力も同時に持っているから問題は無いが、それでも高い出力で使うと疲れはする。


「あいつか。よし…さっさとやろう。」


「いってらー」


「ネルさんは行かないんですね…」


 ネルさんは俺の横で立ったままだ。

 チェイスがゆっくりとバレイスに近づく。足音と気配を完全に消している。並の技術では無い。


 しかし、集中しているせいか周りに注意を払っていなかった。

 あと少しでバレイスに到着するというところで、道行く異形に肩がぶつかる。嫌な予感がした。その予感通り、異形の感情が高ぶるのが分かる。


「てめえなにぶつかっ…?!」


「うるせえ!!」


「やっちゃったよ…」


 キレたチェイスが異形を殴り飛ばし、その騒動に驚いてバレイスが後ろを見る。



 そして───俺と目が合った。



 たまたまの可能性もあるのに、危機管理がしっかりしているのか、バレイスが即座に逃げ出す。


「やばっ…トイくん!追うよ!」


「はい!」


 チェイスも連れてバレイスを追う。こうなったらもう時間との戦いだ。

 計画は知らないが、【人界】の破壊、そして征服を狙っているのだ。恐らくこの辺で1番高い場所──時計台の頂上で箱を開けるつもりだろう。

 そして貸与も長くて5分しか続けれない。

 とにかく必死に走るしかないのだ。


「くそ!悪い…」


「いや、仕方ないっす。無視しても似たような結果になったと思いますよ。」


 チェイスは珍しく反省しているが、今回は正直なところ運が悪かった。

 あそこで無視したとしても、あの異形は通り過ぎなかっただろう。そうなったらどの道戦闘になる。つまりぶつかった時点で結末は決まっていたのだ。

 ここでも俺の【不運】が働いたということだろうか。だが嘆いてる暇はない。とにかく必死に走るのみだ。




 走っているうちに、妙な装束を着た連中が立ち塞がる。

 黒い服で全身を覆っているため誰一人顔は見えない。しかしサイズは様々故に、人外が混じっているのは間違いないだろう。

 そして、その手には武器が握られていた。人数は100人近い。これは恐らく───


「…妨害か。チェイス、 トイくん連れて先行きな。」

 

「了解!」

 

「お願いします!」


 時間がかかると思ったのだろう。こんな時でも冷静なネルさんが引き受けた。

 ネルさんの魔力が上がるのを文字通り全身で感じる。【魔纏(コート)】を発動したのだろう。俺たちより少し速度を上げ、先に進む。


「俺たちはバレイスに雇われた【昏き統一体】!お前らをここで殺す者だ!」


「はいはい、さよなら。」


 ネルさんは名乗りを上げるリーダー格の者の前に移動し、その身体をヤクザキックの要領で蹴る。

 すると、あまりにも威力が大きすぎたのか蹴られた男が破裂する。



 そして次の瞬間、その周囲にいた十数人が連鎖的に破裂した。



「?!」


「…ネルさんの恩寵だな。よし…貧弱!行くぞ!」


「え」


 ネルさんの力に驚いていると、チェイスが突然俺を掴み───投げる。


「あああああああ!!!くそがあああ!!!」


 ものすごい速さだ。奴の筋力はどうなっているのだろうか。あまりの速さにそのままバレイスの所まで行くかと思ったが、手前の地面にぶつかりそうだ。



 これ、死ぬんじゃね?



 そう思ったが、地面とディープキスする瞬間なにかに受け止められる。


「?!」


「おし、おつかれさん!走るぞ!」


 チェイスであった。この男、まさか俺を投げてから走り出して追いついたのだろうか。【魔纏(コート)】を発動しているとはいえ、なんという身体能力だ。


 体勢を整え、再び走り出す。時計台までは100メートル近くある。


 しかし、そこでバレイスが時計台に到着してしまう。

 人外の脚力で時計台の頂上まで飛び、背中の剣を抜き、切り飛ばす。

 時計台の天辺は地面に落ちていく。バレイスは平坦になった時計台の頂上に乗り、こちらを見て──おそらく──笑っていた。



「おい!急げ貧弱男!!世界滅びるぞ!」


「うるせええええ!!!誰が貧弱男だ!!俺は、はぁ、あんたと違って、はぁ、体力がないんだよ!!」


「やっぱり貧弱じゃねえか!」


 もはや反論する余裕もない。

 こんな状況でも軽口は叩けるほど、俺は図太かっただろうか。

 そんなことを考えていると、バレイスがついに箱を開けようとしていた。


「…!!チェイスさん!あと何秒あれば倒せますか!?」


「あ?!…5秒だな。もはや間に合わねえが。」


「分かりました!そのまま走ってください!」



 やるしかない。少々遠いがギリギリ50m、射程内だ。


 短く息を吐き、立ち止まる。意識を集中させて、即座に発動する。




「?!ぐあああ!!」




 突然バレイスが苦しみ出し、頭を抑えて呻いている。




 これは【神覚(アクセス)】の感覚共有──────【全同期(フルシンクロ)】によるものだ。




 2人にやったような視力の『貸与』ではなく、五感を全て『共有』した結果、あまりにも多すぎる情報と、体と視界の違いから来る違和感にバレイスの脳が圧迫されたのだ。

 これは俺にも負荷がかかる上に数秒しかできないが、大体の人間はこれだけでしばらく行動不能になる。


 しかし流石異形と言ったところだろうか。すぐに立て直し、再び箱を開けようとする。



「っ!!!…くっ…!」


 遅れて俺の脳に負荷がかかる。頭が割れそうなほど痛い。俺はこの戦いではもはや何も出来ないだろう。



 これだけやってもたった数秒、それだけだ。俺ができるのはたったそれだけ。












 しかしその数秒は───世界を救う数秒である。










 

「よくやった貧弱、これでいける。」






 チェイスはちょうど時計台の下に到着したばかりだ。

 だが次の瞬間、バレイスを超える異常な跳躍力で瞬時に頂上まで到着する。



「?!お前は…?!」



「悪いなカマキリ、今回も俺らの勝ちだ。」



 バレイスは突然現れたチェイスに驚いて一瞬動きが止まるが、もう1秒もせずに箱は開く。


 しかし、その時間さえあればこの男は───数回は殺すことが出来る。


「?!??!」


 魔力量が上がり、チェイスの本気の拳が直撃する。

 バレイスは悲鳴を上げる間もなく破裂し、未開封の【闇楽匣(あんらくこう)】はチェイスの手に収まった。


「おーし、終わった終わった。」


「ふぅ……危なかった…」


 飛び降りたチェイスの言葉に、終わったことを確信する。

 とりあえず一安心だ。あまり世界が救われた感じはしないが、危機は去ったのだから。

 

「おつかれー、こっちも終わったよ。」


「ネルさん…!早いですね。」


 それからすぐに余裕のネルさんが到着する。返り血はついてるが、かすり傷すら負っていなかった。

 別れてからそう経っていない。100人を超える無法者をものの数十秒で蹴散らしたと言うのか。



 分かってはいたが、【無秩序の聖団(アナーキー)】のメンバーは強い。今回はたまたま俺と合った状況だったから活躍したが、普段なら俺は要らないのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、3人で本部に帰還する。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




 本部に戻ってきた俺達は、回復した団長に報告しに行った。

 本部にはアイリーンと団長、そして初めて見る人───狐がいた。


「お疲れ様ー」


「おう、帰ったか。箱は?」


「これですが…この方は?」


 世界を救ったというのに2人は普段と全く変わらない。【闇楽匣(あんらくこう)】を団長に渡すが、横の狐が気になる。


「ふん、遅いぞ貴様ら。」


「?!」


 狐人が口を開いたかと思えば、随分尊大な口調で文句を言っている。一体どこの誰なのだろうか。


「クレイ…なんでいんの…」


「なんでだと?!これは【パンドラ】から盗まれたんだから当たり前だろう!」


「えっと…【パンドラ】の関係者さん?」


 ネルさんは苦手なのか、嫌そうな顔をしている。しかし、【パンドラ】の関係者ってここ入れるのか。


 【パンドラ】とは、正式名称を【危険存在保護収容所】と言う。

 別に略称では無い。人間から人外、有機物から無機物まであらゆる危険なものが入りすぎて、開けてはならない物という意味を込めてパンドラと呼ばれるようになったのだ。

 【暗界】の浅層に存在しており、そのセキュリティは【アシュトレト】の遥か上、つまり世界一の監獄とも言える。


 この組織なら収容対象になってもおかしくは無いと思うが、なぜ普通にいるのだろうか。


「こいつは…【パンドラ】最高責任者のクレイ・カルカトスだ。危険な存在を収容するこいつらと世界の支配から守る俺らとでは似てるとこがあってな、協力し合ってるって訳だ。」


「はあ、そうなんですか。」


 団長の説明に納得する。よく考えたら、最終的な目的と手段は違えどやってることは似ている。

 今回は【パンドラ】側の尻拭いをこっちがしたということだろう。逆にこっちがなんかやらかした時は【パンドラ】側がなんかしてくれるということだろうか。


「しかしなんでこの箱盗まれたんだ?一級危険魔道無機物だろ。」


「なんて?」


 チェイスの言葉は、【神覚(アクセス)】を持ってしても正確に聞き取れなかった。恐ろしい詠唱だ。

 俺を無視して、クレイさんは絶対零度の視線でチェイスを見る。


「…なんだ、ただの性欲モンスターか。簡単だ───私が扉を閉め忘れたのだ。」


「いや、もう色々酷いんだが…」


 クレイさんの言葉に性欲モンスターは微妙な顔をしている。

 色々と言いたいことがあるが、最高責任者が当然のように閉め忘れたと言うのはどうなんだろうか。

 みんな呆れちゃってるよ。…ていうか、こいつ性欲モンスターなのか。まあ何となくわかってたけど。


「クレイはさー、なんでそんなに忘れちゃうのの?歳?」


「何を言うかサイコパス!私はまだ128歳だ!」


 全くデリカシーがないアイリーンはクレイさんにすらサイコパスと呼ばれているらしい。

 128歳なのは流石【サクリフィス】と言ったところだろうか。【暗界】の異形の寿命の長さは人間の比では無いということだろう。


「…そして貴様が【神覚(アクセス)】の所持者か。…随分ふざけた顔をしているな!」


「ふざけた顔?!どういうこと?!」


 クレイさんの興味は俺に移ったが、できれば移らないで欲しかった。


 そこまで変な顔をしているのだろうか。あるいは人間じゃないから価値観も違うということか。

 いやどの道ふざけた顔ってなんだよ。


「ははははははっ!!ふざけた顔だってよ!」


「笑いすぎだてめえ!!」


 チェイスはいつまでも笑っていた。こいつはいつか殴る。


「では、私は帰るぞヘリアル。」


「おう、二度と来んな。」


「じゃーねー、クレイ。」


 団長と軽口を叩き合い、アイリーンの挨拶を無視し、クレイさんは本部を出ていく。まるで嵐のような狐であった。


 ここまで会った組織のトップはどれもろくなのがいない。それでよく生きていけるものだ。


 いや、少し抜けている方がこの街、そしてこの世界では案外生き残りやすいということなのかもしれない。

 チェイスもネルさんも、普段はだらしないがいざとなれば非常に頼りになることがわかった。

 …アイリーンはどうか分からないが。


「トイ君、結構いい顔になったんじゃない?」

 

「え?そうか?」


「うん、この組織向きの顔になった。」


 アイリーンが俺の顔を見て言う。

 この組織向きの顔ってどんなのだ。異常者っぽくなったということだろうか。ということはクレイさんの言うふざけた顔っていうのもあながち間違いでは無いのか。…なんか嬉しくないな。


 まあどうあれ、認められ始めたということだろう。素直に喜ぶことにしよう。



 【サクリフィス】には俺が思ってる以上に世界崩壊クラスの危険が溢れかえっていた。今回だってあと1秒遅ければアウトだったのだ。この組織は毎回こんなギリギリの戦いをしているというのか。

 いつか破綻するのではと思うが、それでも今まで対処してきたのだ。俺も自分に出来ることをしよう。

 そう決心する。しかし───



「でも貧弱は貧弱だからなぁ」


「はあああ?!てめえ表出ろ!!」


「おうかかってこいや!ボコボコのボコにしてやるよ!」


「脳みそ沸騰させんぞ!」


 やはりこいつとは、仲良くなれそうにない。

 

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